本門の題目とはなにものか?

本門の本尊に関する疑問に対して納得できる答えは見つかりそうにありません。たぶん無理だと思います。破門されたほうが勝手に破門したほうの御本尊をコピーして「こっちにしか力はない」って言い張ってるわけですから、普通の人が納得するわけがありませんよね(笑)創価にとっては会員さんたちが疑問に思わなければ教義の矛盾なんかどうだっていいということがよくわかります。

先のスレッドが一週間もしないうちに100超えましたので、次のテーマに移ります。

三大秘法の中の「本門の題目とはなにものか?」です。

本門の題目というと南無妙法蓮華経なわけですが、前にも言ったように、これを意訳すると、「法華経におすがりします」ってことです。唱題会なんかで学会員さんがたくさん集まって、みんなで口を揃えて「法華経におすがりします」って延々と大合唱してる姿ってキモくないですか?「法華経におすがりします」が幸せになれる魔法の呪文というのが日蓮正宗と創価学会の教義の基本です。自分の中にある仏の生命を引き出す魔法の呪文が「法華経におすがりします」なんだそうです。

それが何であろうが「信じる人が信じればそれでいいじゃないか」って話なんですが、創価の場合は「これが絶対唯一の幸せになれる宇宙の法則で、これに逆らうと地獄に堕ちるんだよ」と、自分たちの信じるもの以外を否定してきました。それが「折伏」であり、日蓮仏法最大の特徴です。つまり「折伏」とは他宗を全否定することで、創価も創立以来ずっとこれをやってきた結果、幸福の科学に次ぐ日本で二番目に大きな新興宗教教団になれたわけです(笑)。

他宗を否定することが折伏であり、日蓮仏法の最終目的であり、創価学会の最終目的でもある広宣流布はこの折伏なくしてはありえないのですが、近頃の創価学会は他宗も尊重して、みんな仲良くやりましょうとかに変わったんだそうです。でも、創価学会の公式HPにも2015年の活動指針の最初に掲げているのが「折伏をしっかりやりましょう」なんだそうです。

は〜い、先生!言ってることがわかりませ〜ん(笑)

『ぶっちゃけ「法華経におすがりします」と唱える以外、人間は幸せになれないわけ。だからあんたも他のインチキ宗教をすてて、法華経におすがりしなさい』これが折伏ですよね。だから学会員さんは毎日毎日「法華経におすがりします」って書いてある紙に向かって「法華経におすがりします〜法華経におすがりします〜」って一心不乱に唱えているんです。これが本門の本尊に向かって本門の題目を唱える場所になる。その場所が本門の戒壇なんだそうです。日蓮正宗では弘安2年の大御本尊が本門の本尊で、これがあるところだけが本門の戒壇だと言ってるので、破門された創価としては三大秘法のうちの二大秘宝までが手も足も出せなくなりました。なので勝手に教義を変更して、「どこでも本門の本尊」と「どこでも本門の戒壇」をドラえもんばりに作ってしまったんですね。創価学会は四次元ポケットだったんですね。時代に合わせてなんだって出てくるんですから便利ですよね(笑)で、本門の題目はもともとが「どこでも本門の題目」なので変更する必要はないわけです。

広宣流布が何万年後に達成するのか知りませんが、世界中の人が「法華経におすがりします〜」って唱えながら、他の宗教ができそうになったら徹底的に叩き潰している姿を創価してみてください。学会員さんはそんな恐ろしい世界を本気で夢を見ながら毎日「法華経におすがりします〜」って唱えてるんです。完全にカルトですよね。

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本門の題目とはなにものか?」への74件のフィードバック

  1.  このスレッドとの趣旨とは異なりますが、今日学会員の知人からちょっとおもしろい話を聞きました。まあ、どこまで本当のことなのかは正直わかりかねますので、話半分と言うことで。
     池田氏はまだ健在のようです。ただ脳梗塞を発症しており、片麻痺が残っているようなので人前には出られないようです。今年の創価学園の卒業式の時に長谷川理事長の挨拶に割って入り、「みんなで歌おうよ」との本人の肉声を聞いたそうです。
     あくまでも話半分と言うことでお願いします。

  2. 覚醒の瞬間のスレッドで初めてコメントをさせて頂いた夕顔です。
    signifieさん、前回はお返事ありがとうございました。

    覚醒した今だからこそこうして口にできることなのですが、創価の人達が勝手にコピーして作り出した御本尊に向かってただひたすら何十分も何時間も南無妙法蓮華経と唱え続ける事は、はっきり言って時間の無駄ですよね。
    例えで言えばイエスキリストの像に向かって、ひたすら「アーメン、アーメン」と言っているようなものです。

    最初こそは「御題目三唱でいいのよ」なんて言っていますが、よりディープな話になってくると2時間や3時間唱題が当たり前の次元に入ってきます。
    果てには10時間唱題をやり遂げた人が褒め称えられるという謎の世界になります。
    10時間も唱題をする時間があるのなら、その時間を他のことに使うなどして有効活用すればいいのになぁ……と思ってしまいます。
    丑寅勤行(私の地域の女子部ではやってる人がいました)などは最早バカバカしいとしか言いようがありません。僧侶じゃあるまいし、普通に身体を壊しますよ。
    まぁ、それが出来ないから「南無妙法蓮華経=法華経におすがりします」と必死になって唱えているんでしょうね。

    私は身内から、各家庭にある御本尊に向かって祈る事は同時に本門の本尊に祈っている事と同じである、と教わりました。
    そんなアホな…!と思うでしょうが、中には本気でそう思い込んでいる創価の人間が居る事も事実です。

  3. はじめてこのサイトを知りました。私は二世、親は大幹部です。創価の信仰を貫けば、幸せになれると。このように教えられて来ました。悲しいですが、全くもって嘘っぱちです。片親は「苦しい苦しい!」と言いながら死にました。もう片方はわざわざ9000万も出して購入し提供した座談会会場で会合が行われているときに、隣の家で自死してました。お葬式で後輩の国会議員が来たときに「選挙があるので会場使えますか?」と言ってくださいました。「大丈夫ですよ。是非使ってください」とお伝えすると「良かったです」とほっとされていました。毎年100万円の財務をしていました。信心の世界では、「死に際が大切」臨終に総決算が現れる。といいます。創価に尽くして来た末路が、このような現証ならおそらく両親の信心が歪んでいたからだと思わざるを得ません。学会につくすと不幸になると結論せざるを得ません。男子部で部長をやり、社会的な組織でも人材グループに入ってました。マインドコントロールがとければとけるほど、「陳腐な嘘」がよくもまあまかり通るものだなと。ある意味感心します。

  4. 打ちのめされた人ですさん、はじめまして。
    コメントありがとうございます。
    もしよかったら、HNをふつうの感じにしていただけるとありがたいです。
    お気持ちはわかりますが、お名前を呼ぶのに「打ちのめされた人ですさん」では、皆さんがちょっとお話ししづらいような気がします。よろしくお願いします。

    しかし、なんていっていいかわからないほど辛い経験をされてきたんですね。宗教的な因果関係を抜きにしても、打ちのめされた人ですさんのどこに持っていきようのない無念さは、想像を絶します。辛いことを思い出させるようで、ほんとうに申し訳ありませんが、創価の非情な実態を少しでもわかっていただけるよう、これからもよろしくお願いします。

    創価の場合、いいことがあったら信心のおかげだし、都合の悪いことが起きると、みんな自己責任で、創価とはまれで関係がなかったかのように知らぬフリで済ませます。創価学会員から歴史に残る多くの凶悪犯罪者を出していることひとつとってもわかるのですが、学会員が犯罪を起こすと、間髪入れずに除名し、いっさい関係がなかったものにしてしまいます。都合の悪いことはどんな手を使っても闇から闇に葬る。それが創価の裏の部分です。このあたりを言い出すと、ちがうちがわないという水掛け論にしかなりませんので、あえて話題にしませんが、少なくとも創価が健全な宗教団体ではありえないことは確かですね。
    とにかくそのことに気づいた人が、ひとり、またひとりとやめていく以外にないと思っています。このブログは少しでもそのきっかけになればと、みなさんの実際の体験のお話を募集しています。都合の悪いことを徹底して封印してきた創価学会のほんとうの姿を、みなさんの一言ひとことの積み重ねによって、一枚ずつはがしていければと思っています。よろしくお願いします。

  5. キリコさん、そうですか。
    どっちみちそんな感じだろうとは思っていましたが、やはりそうなんですね。年に数回だけ新聞に載っている池田氏の顔写真は脳梗塞を煩った後の表情ですよね。あとは元気だったころの太るだけ太って脂ぎった顔の写真ですもんね(笑)。脳梗塞にもなるでしょう。

  6. これは昔から疑問に思ってた質問です!

    もしあなたが南無妙法蓮華経を唱える人だとして、
    地球の裏側で外国人に教える設定でも、人類滅亡の危機になったとして、南無妙法蓮華経を知ってる人が自分だけしか居なくなったという設定でもいいです。

    教えられた人はその人がどの日蓮系教団の人なのか知る由もありません

    さて教えられた人は功徳はありますか?

    教えた人が創価なら功徳があって、正宗だったらないですか?
    顕正会ならどう?
    霊友会なら?

    誰か答えて。

  7. なんみょ~。ですか。
    本門の題目っていうタイトルに合うかどうかわかりませんが、私の経験と感想。
    バリ活だったころ、入会してから9年間で1千万遍の題目あげ、全国各地の女子部の1日の流れ、という全国版の特集で「◯◯市の◯◯宅では◯◯の会合が開かれ、ここで入会以来9年経ち、1千万べんあげたkickeyさんがうんちゃらくんちゃら(当時の様子)、拍手の輪が広がった。」と、キ◯ガイ新聞で紹介されたことがあります。
    その頃は、ものすごい名誉なことだとすご~く喜んでいたんですが。
    今では、だからなに?って感じです。題目1千万遍あげたら、1人をしゃくふくしたことと同じだけ人間革命でき、宿命転換できる。福運もついてくる。そう言われた。そうかなあ?
    何も変わらんけど。
    人間革命ってなに?人間からロボットになることですか?

    入会以来、9年で1千万遍なので、次の10年も同じペースであげてきました。そしてまた・・・と。10時間唱題の時なんて、半分以上キ◯ガイ状態です。想像してください。10時間しようと思ったら、1日のほとんどはトイレ以外なんみょ~ですよ。トイレと三食のごはん以外なんみょ~!本当に機械みたいな人間に思えます。(特に集まってするとき、異常な光景です)
    私の個人的な感想ですが、繰り返し繰り返し機械のようになんみょ~、することで、本当にロボットのような人間を製造しているんじゃないかと。
    だってですよ。活動をやめたり、脱会したり、活動に関して疑問を投げかけた会員、元会員を無視ですよ。無視ならまだいい。攻撃する人もいますよね?
    それって人間性豊かですか?信仰は自由なんだから、会合に出なくなっても活動に疑問持ってる人間に対してでも、「挨拶」ぐらいはしませんか?普通。ああ、あの人はこのなんみょ~しないほうを選んだんだな。って。同じマンションに住んでいても、顔だけしか知らない、しゃべったこともないような人でも「挨拶」はしますよね。してくれますよ。こちらもしますし。
    でも学会員は違うんです。もう、顔を合わそうともしません。
    挨拶もしないそれって人を人と思ってないのですよね。創価ロボット扱いです。使い捨てですよ。人間の心を失う宗教だと思いました。人間の心を失うなんみょ~だと思いました。
    皆が一同に会場でなんみょ~して、たくさんの創価ロボットを作って、信心から抜けたり反対意見を言う人を攻撃するんです。ターミネーターです。
    たくさんなんみょ~して本当に心の功徳で豊かになって、心が穏やかになるのなら本当に正しい宗教だと言えますがね。
    まったくいいことなんてありませんね。まったく家庭事情もかわらんし!
    願いとして叶わないことはないご本尊だろ?なんみょ~したら叶うんだろうが。
    叶わないのは全部私が悪いんですか?
    なんだかおかしな話です。
    なんみょ~やめた今のほうが穏やかになってきました私。でもまだまだ鬱々するときあります。
    まだまだ解毒してないから。
    足だって題目ダコができて、足きたな~~~。サンダルだって格好良く履きたいのに。
    まだまだおしゃれしたいしさ。着の身着のまま相変わらずアイロンもあててない汚い洋服着て選挙に走り回っている近所の人を見ていたら、そういう面でも、これって豊かにみえないよな~って思いますが。みなさんいかがでしょうか~~~~~(会合風)www

  8. 連投すみません。
    なんだか白いブランコさんの対話が、お決まりの活動家さん独特の「説明重視系」文章傾向になってきています。そんな気がするのは私だけかな~?
    組織の説明とかいらないんですけどね。そんなもの言われなくても知ってますよね。
    これで攻撃的だとイライラするところですけど、白いブランコさんはまだ話が穏やかだから見てられるのでしょうか。ここに来て殴り込みに来る人は結局はターミネーターですね。

  9. kickeyさん、まいど歯切れのいいコメントありがとうございます!

    kickeyさんにコメントしていただけるとわまりが明るくなってありがたいです。
    基本的に暗い話題なので(笑)、私もできるだけ楽しく読んでいただけるように頑張ってます。

    私も昔は人に負けないくらいお題目あげました。
    そりゃ婦人部や指導部のおばあちゃんに負けますけどね(笑)
    やっぱり1時間もあげ続けてると、ハイになりますね。そのあとの数時間なんてあっというまに過ぎていきます。終わった後はやっぱり長距離走ってきたような達成感がありました。これを「やっぱりお題目には力がある。勇気が湧いて来る!すごい!」って勝手に勘違いしてましたよ。単に脳内物質のなんチャラかんチャラが普段より多く分泌してハイになってるだけなんですけどね。べつに「なんみょ〜」じゃなくたって「なんまいだぶ」でも「テクマクマヤコン」でもいいわけです。それよかヨガの呼吸法をマスターしたほうが、よっぽど心も身体も快適になります。頭の回転もよくなります。いままで勤行・唱題につかった時間をヨガや禅の呼吸をしとけば、もっと健全な心と身体になったんじゃないかと思います。
    いえ、べつに禅宗に傾倒しているわけじゃないです。健全な心と身体は健全な呼吸からみたいな一般的な知識としてです。

    それから余談(今回はみんな余談です すみません)ですが、ときどき幹部がやる勤行で、なに言ってるんだかわからない人っていましたよね。すっごいダミ声で、「ナン*≧∋@√⁂⌘♀♨〜〜、ナン*≧∋@√⁂⌘♀♨〜〜、ナン*≧∋@√⁂⌘♀♨〜〜〜〜(お数珠じゃらじゃら〜)」って(笑)
    あのころすでに「あ この人功徳ないな〜」って思ってました(笑)

    まあ、結局どうがんばっても功徳なんかなかったんですけどね。

  10. ふと思い立って、「薬を飲ませ続けたおばあさん」のお話につづく第二弾をなんとなく書きました。このところの皆さんとの対話の中で浮かんできた学会員さんの気持ちを表現してみました。

    題して「願いの叶う呪文」です。

    _______________________

    「旦那、旦那、じつはね、ここだけの話なんですがね、旦那にだけ特別に教えてあげやすぜ。へっへっ、じつはなんでも願いが叶うっていう凄い呪文があるんでさあ。あ、いやいや、ウソじゃねえってば。これさえ唱えれば、どんな願い事もたちまち叶うって寸法でさあ。その証拠に、もう日本だけでも1000万人はこれを唱えて願いが叶うって大はしゃぎしてるんですよ。そう日本でも10人に1人は知ってるってことですよ。もう日本だけじゃなくて海外にも192カ国・地域の人がこの呪文で願いを叶えてるんですぜ

    ……え?じゃあなんでそんなのが有名にならないのかって?そりゃ旦那、あっしがその呪文を旦那に教えたとするでしょ。旦那は他の人に教えてまわりますかい?……でしょう?みんなね、知ってて黙ってんですよ。みんなが願いが叶ってしまえば、そのうち呪文の効力が切れて願いも叶わなくなるかもしれませんぜ。だから、あっしも特別に旦那にだけ教えようと思ってんです。

    え?何?そりゃもう、何でも叶うってくらいの呪文ですから、あっしが旦那に呪文を教えるっていう願いも当然叶うってわかってるから、こうして話をしてるんでさ。

    え?いくらすんのかって?……やっぱり旦那はあっしが見込んだだけのことはあって察しが早いねえ!ま、単刀直入に言わせてもらうと100万でどうですかい?

    …え?高い?旦那、バカなこと言っちゃいかんですなあ(笑)、この呪文さえ手に入れれば、100万出そうが1000万出そうが、お金なんかあとからいくらでも入ってくるんですぜ。とりあえず、100万でどうです?

    ……え?おまえが何でも叶う呪文を知ってるんだったら?金なんてとらなくていいじゃないかって?………いやいや、旦那、これにはね、ルールってもんがあって、この魔法の呪文は誰かに教えなきゃ効かないんですわ。だからあっしは教える相手をずっと探していて、ついに見つけたのが旦那だったってわけで、あっしは旦那にこの何でも願いが叶う呪文を教えた途端にあっしの願いが叶うって寸法でさあ。それでこんどは旦那がこの何でも願いが叶う呪文を誰かひとりに教えた瞬間に、旦那の願いが叶うってわけなんで。ね?これで100万は安いもんでしょ。

    ……え?ほんとに願いが叶うのかって?……そりゃもうばっちりでさ。有名なところではロックバンドの高橋ナントカって歌手がいたでしょ。彼なんかただの一曲が大ヒットして、いまでも印税で左うちわですぜ。

    ……え?でも奥さんに逃げられたって?う〜ん、そんなこともありましたっけ?でも有名なサザンオールスターズの元ギタリストもこの呪文のおかげでバンドは空前の大ヒットしましたよ、どうです?

    ……え?麻薬で捕まってボロボロだって?う〜ん、それはね夢が叶ったあとの本人の問題であって、願いが叶う呪文の効き目には関係ないでしょ。それから劇団を率いてる喜劇役者のMさん。いまじゃ芸能界では泣く子も黙るマルチタレントとして活躍中ですよ。

    ……え?言うことを聞かないタレントを片っ端から干してるから芸能界では嫌われもんだって?…ま、人間だれしも権力をもつとろくなことはないですなあ…。しかしねなんせこの何でも願いが叶う呪文をしってる日本人は1000万人もいるんだから、なかには落ちぶれる人間もいるでしょうよ。

    ……え?1000万人もの願いがかなっているんなら、日本はもうちょっとましになっててもいいんじゃないかって?

    ……う〜ん、それはごもっともな話かもしれませんな。日本の10人に1人が自分の願いが叶っているんなら、阪神淡路大震災や東日本大震災であんなにひどいことにならないですわな。阪神淡路と東日本にはたまたまこの呪文を知ってる人がいなかったのかもしれませんなあ。

    ……え?何?そりゃ苦しい言い訳だろって?……すんません、旦那。正直に言いますとね。あっしはどうしてもこの呪文を1人の人に教えなきゃいけないっていうノルマがあるんでさあ。このノルマをこなさないと、あっしが地獄に堕ちることになるんで、旦那にはどうしてもこの何でも願いが叶う呪文を100万で買ってもらわなきゃいかんのですよ。お願いしますよ、旦那あぁ

    ……え?そんなに100万がほしいのかって?いやいや旦那、この100万はあっしのもんになるわけじゃねえ。このままそっくり元締めの手に渡ることになってる。あっしには一円だって入ってこないんでさあ。

    ……え?その元締めって誰かって?…旦那、そりゃ勘弁してくださいよ。あっしも命は惜しいんでさ。しかしあっしもね元締めが誰か知ってはいるんですが、この5年間はチラリとも姿を見せないんですわ。いったいどういうことになってるのやら。でもみんな1人ずつ魔法の呪文を教えるたびに100万円もらっては元締めの銀行口座に振り込むようになってる。

    ……え?おまえは1人だけに教えるってさっき言ったじゃないかって?…旦那、申し訳ない。こうなったら洗いざらい話しちまうよ。こうやって1人だけに秘密を教えるって言って、教えられたほうは「超ラッキー!」って喜んで100万出すでしょ。だから、特別に、あんただけ、今だけ、何でも願いが叶う魔法の呪文がたったの100万円!っていうセールストークで売って売って売りまくれ〜!て幹部からマニュアルもらってやってんですよ。

    ……え?それでお前は願いが叶ったのかって?……そ、そこを聞かれるとなんとも言えねえんですがね、願いって言うのか、やっぱり同じことをやって願いが叶う呪文を売ってる仲間がいるんでさあ。これがけっこうみんないいやつでね。こいつらと一緒にやってると、まあこれでも楽しいからいいかなあて思えちゃうんですよね。

    ……え?それってまるっきり詐欺の使いっ走りじゃないかって?…いや、そんなことはねえですぜ。元締めはすげえ人なんだ。会ったことはないんですけどね。オイラみたいな中途半端な人間でも、ちゃあんとわかってくれてる。なんでも知ってるって話なんでさあ。だから仲間ともいっしょに頑張ろうって勇気がわいてくるんでさあ。

    ……旦那、旦那だからここまで言うんですがね、正直言うとね、願いが叶う呪文なんて信じちゃいません。そんな虫のいい話があるわけねえでしょ。でもいいんです。こうやって気の合う仲間と楽しい時間が過ごせるだけでもいいんです。仲間の先輩だっていていろいろ人生相談にも乗ってくれるし、なんかこう、ときどき強烈に虚しくなる時があるんですよねえ。そんなとき先輩や仲間が声をかけてくれて、一緒に頑張ろうって励ましてくれる。だってここを抜けてもオイラどこにも行くとこないんですからね。元締めには感謝してるんですよ。だからこんな仲間に出会わせてくれた元締めのためにも、この何でも叶う呪文で1人100万ずつもらって銀行口座に振り込むのがあっしの使命だって確信してるんでさあ。

    ……え?おまえは騙されてるって?……旦那、それを言っちゃあおしまいよ。オイラね、騙されたっていいんです。こうして誰かのために何かをできてるって思えるだけでいいんです。こんな世知辛い世の中で、オイラなんかのことを大切に思っててくれる仲間がいるってことだけで十分なんでさあ。騙されたっていい。お金をふんだくられたってかまわない。どうせたいしてお金なんか持ってねえし。

    ……え?元締めが報酬をくれるんじゃないのかって?…いやあ、旦那、元締めからお金なんて貰えるわけがネエじゃネエですか。オイラのほうがお金を出してるんですぜ。毎年そういう時期がありましてね。願いがかなう呪文でもらったお金以外に元締めに差し出すお金が要るんで、おいらはそのために毎日いろんなところに仕事に行って稼いでますわ。道路工事の現場だったり、船着き場の荷物運びだったり、そりゃもういろいろですわ。でも毎年どんだけたくさんお金を差し出せたかで元締めから感謝状が来るんで、オイラそれが楽しみで生きてるようなもんで。ときには牛乳とパンなんかも貰ったりして、そんなときはうれし涙でパンがしょっぱくなって…へへへ、すみませんねえ、涙出てきちゃって。

    ……だからオイラはずっとこれでいいんですよ。旦那、心配してくれてありがとうございました。何でも願いが叶う呪文のことは誰にも言わないでくださいね。旦那とオイラだけの秘密ですよ。じゃあ、あっしはこれで失礼します。おたっしゃで

    ……え?何?おまえはそれでいいかもしれんが、100万騙しとられた人間はどうなるんだって?

    ……旦那、バカ言っちゃいけません。どこに被害者の心配をする詐欺がいるんでさあ」

    チャンチャン!

  11. 読んだことのない方のために第一弾の「薬を飲ませ続けたおばあさん」(今題名を思いつきました(笑))をコピペします。

    __________________________

    昔むかし、あるところにおじいさんとおばあさんがいました。二人とも歳はとっていましたが、飲むだけで元気になるという噂の薬を毎日飲んでいました。おじいさんはそれを薬だと思っている。もちろんおばあさんも同じようにずっと薬だと思って飲んでいたのだけども、なかなかこれといった効き目がないものだから、なんかおかしいなと思い始めました。そして同じようにその薬を飲んでいた近所の人に訊いてみたら「あれは薬じゃない。何にも効かないよ。まだ飲んでたの」と言われました。

    おばあさんはビックリして、他の多くの人にも訊いて回ったのですが、みんな「あれは薬なんかじゃないよ。みんなそれがわかったから、あの薬屋には行かないようになった。行ってるのは何も知らずに薬だと信じている年寄りだけだよ」と言っていました。それでおばあさんはよくよく考えてみることにしました。自分のこれまでの体験にも照らし合わせてみたところ、それが薬じゃないと仮定したら、みんなつじつまが合うのでした。そこでおばあさんはおじいさんのことを思って「それはじつは薬じゃななかったんだよ」と言いました。

    おじいさんは思ってもみないことを言われたのでビックリすると同時に、おばあさんは頭がどうかしたんじゃないかと心配になりました。ついこのあいだまで一緒にこの薬を飲んでいたのに、なんで今さらそんなことを言うのかわかりませんでした。おじいさんは薬屋から「これは絶対よく効く薬です。でも元気になると信じて飲まなければ効きません。効き目を疑ったりしてはいけませんよ」とくりかえし言われてきたことを思い出して、薬をやめようとはしませんでした。おばあさんはそんなおじいさんの姿を見て、なんとか薬をやめさせなければと思い、客観的な証拠をたくさん集めておじいさんを説得しようとしました。しかしその薬を疑うことで効き目がなくなることを恐れたおじいさんは、おばあさんの話を聞こうとはしません。かえってそこまで言うおばあさんは自分のことを嫌ってるんじゃないかなどと疑心暗鬼に陥ってしまいました。

    そんな態度のおじいさんを見て、おばあさんはとても悲しくなりました。「おじいさんはどうして私の言うことを信じてくれないんだろう」とさらに考えました。そしておばあさんはこう思ったのです。「おじいさんは薬を信じているのではなくて、薬をくれている薬屋のことを信じているんだわ。だから薬が効いてなくても効いているような気になってるのよ」。おばあさんはその薬局のことを調べました。するとその薬局では、お客さんに「これはよく効きます。でも信じなかったら効きません。それに効かないと文句を言ったりしたら、今まで飲んだ薬の効き目もなくなってしまいますよ。そして薬を飲むのをやめたりでもしたら、病気になってしまいます。初めから飲まない人よりも悪くなるんです。ですから絶対この薬はやめないでくださいね。はい、今月のお薬代1万円」。

    おばあさんはビックリしました。「薬を飲まない人よりも具合が悪くなるだなんてどういうことでしょう」おばあさんはますますこの薬局は怪しいと思って、さらにいろいろと調べてみました。するとこの薬局はときどき薬の内容を変えていたのです。つまり仕入れ先ともめて、いままでの薬が仕入れられなくなったものだから、その薬の成分表を仕入れ先から盗んで、自分たちで勝手に薬をつくって売るようになりました。お客さんには「こんどお薬の中身が変わりました。今度の薬はもっと効きますよ。じつは今までの薬にはちょっと問題があったので、私たちでもっといい薬を開発したんです。今までよりちょっと高いんですけど、安心して飲んでくださいね。私たちがいい薬を作ったものだから、いままで作っていた仕入れ先が私たちのことを妬んで、あることないこと言ってますけど気にしないでくださいね。それから、飲んだことのない人にも紹介してくれたら、この薬はもっと効きますよ。これはそんなとってもありがたい薬なんです。でも効き目を疑ったりしたら毒になってとっても苦しみますから注意してくださいね。はい2万円」。

    もうおばあさんはビックリ仰天です。ただの薬屋が、勝手に薬までつくって売ってるのですから、それは驚きます。これでその薬屋が完全に怪しいことがわかりました。「やっぱりこの薬屋は効きもしない薬を客に騙して売りさばいて金儲けをしているんだ」おばあさんはやっと気がつきましたが、おじいさんにそのことをいくら話しても聞こうとはしません。おじいさんはそんな話を聞いたら、今まで飲んできた薬が効かなくなるどころか、病気になると思って怖がっているからです。そしておじいさんは、あろうことかおばあさんが自分を病気にしようとしていると思い始めました。「こんなばあさんの話なんか聞いてられるか」と、あんなに仲の良かったおじいさんはおばあさんを憎むようになってしまいました。おばあさんは途方に暮れます。「おじいさんのためを思ってここまで言ってあげているのに、どうしてわからないんだろう。いままで何十年もいっしょに暮らしてきた私をさしおいて、あんな薬屋の言うことを信じるなんてあんまりだわ」おばあさんも、いいかげんおじいさんを嫌いになり始めました。

    おばあさんは、その薬を何十年も飲んできました。その薬を飲んで来たからこそ、たいした病気もせずに、おじいさんと仲良く暮らして来れたと、その薬に感謝もしていました。でもよく考えてみると、この薬のおかげで元気だった証拠なんてどこにもありません。それにこの薬をやめてずいぶんとたちますが、体調の変化もありません。ただおじいさんのことが心配で、不眠症になったぐらいです。そこでおじいさんが飲んでいる薬の成分が何なのか調べてみました。そしたらなんとただの小麦粉だったではありませんか。おばあさんは愕然としました。「私とおじいさんは何十年も何千万円も出して小麦粉を飲んでいたんだ」おばあさんは気が遠くなりそうでした。

    そこでおばあさんは気を取り直して、もう一度よく考えてみました。「おじいさんはどうしたら気がついてくれるだろう?」「もし自分がおじいさんの立場だったら?」「みんなどうしてあんな薬屋の言うことを信じてしまうんだろう?」いろんな疑問が次々に湧いてきました。そしてこう思いました。「みんな何かを信じている。何かを信じるには、それなりの理由があるのだけど、それは科学的な根拠だとか、目の前の事実だとか、そんなものは理由にならないんだ。どんなことであっても、いったんその人がそれが正しいと信じれば、その人にとっての真実になってしまう。たまたまこの薬を飲んだときと、病気が治ったことが重なって、この薬のおかげだと信じきってしまうのも当然だわ。だってそう信じたいんだから。信じるって、信じたい気持ちが、ものごとをそんなふうに見せるのね。でも、この世の中に何があっても動かない絶対的な真実なんてありはしないとお釈迦さまも言ってた。あるのはその人にとって都合のいいことを真実だと思い込んでしまうこと。それこそが人間の不幸の原因であり、不幸の始まりなんだと、2500年も前に教えてくれてる。だからまわりからどんなにあからさまな間違いを指摘されても、それが何を意味するものかがわからなくなるんだわ。おじいさんの都合では、あの薬屋の言うことが真実だから、それと違うこととなると、私がどんなに間違いである事実を言っても聞かない、聞こうともしないのは当然なのよ」おばあさんはそう納得してはみたものの、それではおじいさんを救えない。原因がわかったところで、このままじゃおじいさんはただの小麦粉に大金を払い続けることになる。それよりも何よりも、このままでは私とおじいさんの仲が壊れてしまう。私は優しかったおじいさんと一緒にいつまでも暮らしたい。なんとかしておじいさんの優しい心を取り戻さなければ…」。

    おばあさんはおじいさんを説得する材料がないか、さらに調べました。その薬局のことも。そしたら、その薬局の社長がどうもそうとうな悪人らしいのです。その社長は自分のところの薬が効くことを客に信用させるために、ただの小麦粉を薬だと騙して売ったお金を使って世界中の著名人と会ったりしているところを写真に撮らせて、それらを載せた会報を有料でお客さんに売っていました。ただの小麦粉に高い値段をつけて売っているというのに、さらにそのお客さんの家族や友人知人にもその会報を購入させているのです。お客さんを自社の商品の販売員としてタダ働きさせているのでした。お客さんは、自分が飲んでいる薬が効くようにと、その薬を売ってまわります。どこまで欲深い社長でしょう。ところがなぜ会報を売ったら薬が効くのか、なぜかお客さんは何の疑問も持ちません。それはそういうものだと信じているからです。お客さんは薬が効きさえすれば何だってする気持ちになってしまっています。お客さんにとってはもはや理屈などどうでもよくなっていることに、おばあさんは恐ろしいものを感じました。

    それからその社長は薬を飲んでいる人同士を集めて、その薬や会報をたくさん購入するにはどうしたらいいかを相談する会合を開くようになりました。たくさん薬を売ったお客さんが体験発表をして、まだあまり売れてない人を激励するようになりました。そのうち、あちこちにそんな集まりができて、お互いに競争するようになり、それがだんだんエスカレートしていくと、あろうことか売れなかった会報をひとりで何冊も買う人が出てきました。もうおばあさんは開いた口が塞がりません。薬が効くようにと会報を何冊も買う人の気持ちは普通の人には理解できません。でも、そんなことを言っても、お客さんたちは何の疑問も持ちません。それで自分が飲んでいる薬がいっそう効くのだと本気で信じているからです。おばあさんは思いました。「人間、信じるものを間違えると大変なことになる。もしかしたらおじいさんも一生このまま小麦粉を飲み続けて死んでしまうかもしれない」。おばあさんは寒気がしました。

    さらにその薬局の社長が今何をしているのか気になりました。なにしろ自分の大切なおじいさんに、バカ高いただの小麦粉を飲ませ続けているのですから。すると、どうもその社長は近頃人前に姿を見せないのだそうです。もうかれこれ4年半も。おばあさんはおかしいと思いました。「会社の社長が4年半も社員の前にすら顔を出さないなんてあるかしら。でも病気じゃないと言うし、あいかわらず会報には大量の執筆をしているし。でももっとおかしいのは、そんな社長のことを社員もお客さんも誰一人として心配していないことよ」おばあさんは、何かあると思いました。「社長がいなくても、この薬屋はどんどん小麦粉を売りさばいているし、社員も何一つ文句も言わずに働いている。会報には薬を飲んで幸せになったお客さんたちの満面の笑顔がびっしり載っているし、社長の文字だけのメッセージには、なぜか大昔の社長の写真が載っている」おばあさんは思いました「あまりにも不自然だわ」。

    ある日のこと、おばあさんは結論を出しました。「おじいさんに正気に戻ってもらうには、この私を信じてもらうしかない。はじめから理屈なんかじゃどうにもならなかったのよ。私はおじいさんに元気になってもらいたい。以前の優しかったおじいさんに戻って欲しい。おじいさんは自分が信じているものを私が否定したから私を嫌って、ますます私のことを信じられなくなっているんだわ。だから私は何があってもおじいさんを信じなくちゃいけないの。私までその小麦粉にふりまわされてなんかいられない。私が大事なおじいさんを信じていけば、きっといつかおじいさんもわかってくれる日が来る」

    それからおばあさんは、その薬の話はいっさいしなくなりました。おじいさんの言うことにいちいち反論したり、冷たくしなくなりました。そしたら次第に優しいおじいさんに戻ってきました。おじいさんは優しくなったおばあさんの変化に少し気がつきましたが、薬をやめようとはしません。おじいさんにとって、おばあさんと薬はなんの関係もないからです。

    おばあさんは何事もなかったように、優しくおじいさんに接しました。おじいさんも何事もなかったように、仲良く暮らしました。それからさらに20年の月日が流れ、いよいよおじいさんの寿命が尽きようとしています。もう動けなくなったおじいさんに、いつもかいがいしく面倒を見てきたおばあさんも、別れの覚悟を決めるときが来ました。

    「ばあさんや、わしもいよいよお迎えが来たようじゃよ。いままで本当にありがとう。いろいろ世話になったな。贅沢はさせてあげられなかったけど、こうして今までたいした病気もせずに、事故にもあわずに生きてこれたのは、ばあさんのおかげだよ。感謝してるよ。ありがとう」

    「いいえ、おじいさん。私こそ、いままでほんとうにありがとうね。私はおじいさんと生きてこれて幸せでしたよ。途中でいろんなことはありましたけど、おじいさんを信じて生きてこれた私は幸せでした。ほんとうにありがとう」

    「それとわしがこうして元気で来れたのも、若い時からずっと飲み続けてきたこの薬のおかげじゃよ。この薬にも感謝しないとな。まあ、ずいぶん高い薬ではあったが、命には換えられんものな」

    「そうね、感謝しなくちゃね。ほんとにいい人生だった。私もすぐあとから追いつきますからね。また一緒にくらしましょう」

    そうやって、ふたりは最後まで心を重ねたまま幸せに生涯を全うしたのでした。

    ただひとつ、おばあさんはおじいさんに言わなかったことがありました。それはおばあさんが薬の正体に気がついた20年前から、あの薬を台所にある小麦粉にすり替えてきたことでした。

    チャンチャン(^^)

  12. signifieさん、江戸っ子風の折伏ばなし、お見事です。
    (“⌒∇⌒”)
    オダイモクをたくさんあげることは、ランナーズハイやクライマーズハイと同じく、脳内麻薬のエンドルフィンがたくさん分泌されて気分が高揚し、「宿業転換できた」とか「人間革命できた」とか「祈りがかないそうだ」とか、勘違いしているだけなのですね。

    バリ活時代の同志だった県男子部長は、とにかくオダイモクをたくさんあげることで有名でした。しょっちゅう、10時間唱題会をしてました。
    現在は、妻子を捨てて行方不明です。
    創価学会によって、人生をことごとく破壊されてしまいました。
    かわいそうな男です。

  13. ここでのテーマ「本門の題目とはなにものか?」とはいえ、ここで日蓮仏法の講釈を垂れようってことではありません。
    南無妙法蓮華経って唱えるだけですべてがうまくいく、イッツオーライッ!ノープロブレム!って日蓮は言いました。なぜなら「オレが末法を救うスーパースターだから」。なぜ「オレ」がスーパースター(末法のご本仏)なのかを説明しよう。ということで、日蓮は仏教で何がイチバンなのかを知る必要がありました。なぜなら、そのイチバンを自分が超えなければスーパースターにはなれないから。つまり日蓮は桁外れの上昇志向人間だったと思います。日蓮は千葉県の小さな漁村の漁師の子として生まれました。千葉県と言っても鎌倉時代の話です。ものすごい田舎の貧しい漁村のせがれだったわけです。どう考えてもその漁村で漁師をやって死んでしまうだけの人間が、頭だけはキレれたのでしょう。自分の今の身分から上へと目指すにはどうしたらいいのか、田舎者というコンプレックスをバネに、仏門に入ることでその突破口を見出します。しかし当時の超エリート僧団である比叡山に運良く潜り込んだ日蓮でしたが、その我の強さと協調性のなさのあまり、あっけなく追い出されます。日蓮はすでに異端児でした。そして乞食同然に諸国をまわり、起死回生のチャンスをうかがうというしたたかな人物でもありました。
    天台が大乗仏教をいろいろと研究してまとめた結果「法華経すっげー」というのが摩訶止観だったわけですが、日蓮はそこからさらに釈迦をも天台をも抜きん出だ存在が自分であることを証明せんがための理論武装をはじめます。と同時に、彼はたいへんな妄想癖もあったのではないかと考えます。そうした何事も並外れた自信過剰な彼がとった行動が、一部の人共感を得ることとなり、幕府や他宗の攻撃にも臆することなく「独善的スーパースターへの道」をひた走るようになったのではないかと想像します。
    このコンプレックスをバネに人並みはずれた上昇志向によって、一定の人心を引き寄せる人物を知っています。その名は松本智津夫。彼の生い立ちからどうやってサティアンを築くまでになったのかを、写真家で作家の藤原信也氏が「黄泉の犬」という紀行文の最初の80ページほどの短い紀行文の中で書いています。これは食い入るように読みました。もし興味にある方は読んでみてください。
    http://www.amazon.co.jp/dp/4167591057/ref=cm_sw_r_tw_dp_32Xfvb0QWFBNF

    日蓮と松本智津夫死刑囚を同一視することは、日蓮系宗派の人にとっては聞き捨てならないことは百も承知です。しかしそのコンプレックスからくる上昇志向と一部の人間に対する求心力という側面に共通したものを感じると言う意味においては、なんら荒唐無稽な発言ではないと考えます。

    このブログで私は日蓮のことを独善的選民主義のカルト人間だと言ってきました。今もその考えは変わりません。
    日蓮が立宗宣言をして762年。彼にとっての知りうる世界はインド、中国、朝鮮と日本。中東もロシアもヨーロッパもアフリカもアメリカ大陸も知らない日蓮にとって、広宣流布という意味もまったく違ったものでしょう。彼がインド仏教がどういったものなのかも知らなかっただろうし、一閻浮提総与の意味でさえ、今とはまったく違うものだと思います。
    2500年の昔、インドの釈迦は、この世に変わらないものなどはないと気がつきました。べつにその気づきが始成正覚だとか、仏の中のひとりの悟りだとかと言うのは、何百年もあとから付け加えられただけの解釈です。釈迦は単に人間の苦しみがなぜあるのか、どうやったらその苦しみや死への恐怖から抜け出すことができるのかを知りたかった。そして知ることができた。またそのことを多くの人に知らせて苦しみから抜け出すように促した。彼は人の生き方やものごとの考え方についてのビジョンを示した賢明な1人の人間でした。それが彼の死後、伝説となり、ヒンズー教の勢力からたたき出された後も、さまざまな形で伝承され、そのあいだに釈迦自身が神格化され、宗教として組織化され、分裂し、他国の言葉に翻訳され、土着信仰と結びつくことによって変化しながらも継承され日本までたどり着きました。そこにはもはや釈迦の教えなど片鱗もない、国体を整えるための権威主義の都合のよい構造が出来上がっていました。そこからさらに時代が過ぎて、不安定な世の中になり、人々がもはやどうやって生きていいかわからなくなったときに出てきたのが、鎌倉新仏教でした。なかでも異彩を放っていたのが、この日蓮の極端な独善的選民思想だったと考えられます。くわしくは歴史をひもとけばわかりますので、興味のある方は自分で調べてください。釈迦も日蓮もすがって願いが叶うような神や仏では絶対にないということがわかります。人間を神格化して人に崇めさせる。これは明らかに支配者の意図を感じさせます。日本は70年前まで天皇は神様だということになっていました。とくに神国日本の根拠として、天皇家が神でなくては他国侵略の根拠を失くしてしまうからです。そう言う意味では、ほんの70年前までは日本人はとんでもない妄想を押し付けられていたのだと思います。
    さて日蓮は、日蓮正宗や創価学会が言っているように「末法のご本仏」なのでしょうか?この時代にそんなことが通用するのでしょうか?そもそも末法って何?誰が言い出したのか?すくなくとも釈迦ではない。法華経かもしれない。ただし法華経がいつ誰がどのようにして書いてまとめたのかすらわかっていない。鎌倉新仏教でさえ末法思想を論拠にしたのは念仏宗と日蓮宗だけだった。それは終末論によって「これをやらなければ地獄に堕ちる」という恐怖をあたえて自分の教えをいやでも信じさせる手法だった。戦後の新興宗教の多くがこの終末論と抱き合わせた教義によって信者を獲得していることを考えると、日蓮の教義はがいかに偏狭で異端だったのかがはっきりと見えてくる。結局のところ、日蓮は「自分がイチバンだぜ」という終着点にたどりつくためのドラマづくりをしていったのだと思います。
    学会員さんって、とにかく日蓮が最高、創価が最高、池田先生が最高ってだけで、あとは功徳欲しさに言われるがままに動いています。自分が毎日唱えているお題目は一体何なのか、どんな意味があるのか、だれがどのような根拠で言い出したのか、それを唱えることで何がどうなるのか、そしてそれを信じている自分が周りの人にどんなことをしているのか、いま一度検証してみて欲しいと思います。

  14. 選挙に功徳があるんですか?と率直に尋ねると、幹部は一応反論します。
    「いや、選挙そのものに功徳があるんじゃなくて頼む時、勇気がいるでしょ。それで題目上げるでしょ。それで功徳がつくのよ」
    「ただの選挙と思うからいけないの。一切が広宣流布なの。信心と捉えるから功徳があるのよ」
    とか何とか。
    「そういう選挙目的で上げる題目は、他の題目より功徳が絶大」だそうです。
    あ、やっぱり功徳あるんですね。

    がしかし、もちろんそのようなことはSOKAの公式ホームページには載っていません。
    一幹部が個人的見解で言ったことになるんでしょう。

    これはその他一切に言えることで、財務は出せば必ず戻ってくるんですか?と聞けば、一応反論します。
    「いやそんな気持ちじゃなくて100%真心よ。強制じゃないし」
    でも「出し惜しみせず思い切った戦いをすれば、凡夫には想像もできない功徳があるんだ」と言い切ります。
    あら、やっぱり功徳あるのね。

    もちろん、これも公式ホームページには載せません。
    幹部の個人的な戯言ですから(笑)

    現場幹部は本心から確信を込めて指導しますから、嘘はついてない。
    騙そうなんて思ってない。
    だから詐欺なんて働いてるつもりはないのかもしれないけど、中枢部はこんなことして功徳があるとは全く思ってません。
    常識で考えて当たり前です(笑)
    思ってないけど現場の幹部にはガンガン言わせています。
    当然、黙らせないし注意もしません。
    トンデモ教とわかっていながらそれでよしとしています。

    創価は正宗を否定して、本尊の解釈も否定して、他宗を邪宗を呼ぶことも否定して、次は何を否定するのか知りませんが、「創価には功徳がある」だけは否定しません。
    これを否定したら終わりですからね。
    「本尊が変わろうと教義が変わろうと、新聞を10部取ろうとそんなことはどうでもいい」
    「功徳さえあれば何でも信じるし、何でもやるわ!」
    こういう信者がいる限り、どんな詭弁でも使うでしょう。

    シニフィエさんの仰る通り、例えば新聞の多部数購読を改革しようと思えば「こんなことをしても功徳とは無関係だ」という思考から改めないといけません。
    功徳があると信じるから、やる人が後をたたないんですもん。
    ですがトップはここだけは絶対に否定しません。
    唯一ぶれずに否定はしない部分なのに、公式ホームページには載せませんが。
    載せたらトップ自らが詐欺を働いた証拠になりますからね。

  15. 以前投稿させて頂いた、三世の方とお付き合いしていた外部のマキです。

    もうすぐ選挙ですよね。
    もしかしたら連絡あったりするのかな?とか思っていたら本当にメールがありました。
    内容は「元気?」って程度でしたが、その先が何となく分かってしまい無視しました。
    何て分かり易いんでしょう(笑)
    もし選挙のお願いだったら色々言ってやろうかと思いましたが、もう今更話して何になるのか、と思いもう連絡先もメールも全て消去しました。

    少し話は変わりますが。
    yさんの書き込みを読んでいて、そういえば彼も「尊敬する先輩がいて、その人は本当に凄いんだよ。」とか言っていました。
    何がどう凄いのかまでは聞かなかったのですが、何故尊敬する先輩が指導してくださった素晴らしい宗教団体に属していることを外部の人間に胸を張って言えないのでしょうか?

    少し時間がたった今なら言えますが私は騙されるところだったのでしょう。
    騙すという言葉が言い過ぎなのであれば、ごまかされるところだったのだと思います。

    創価が自分にとって切り離せない大切な存在ならば、まずはその事を話して受け入れてもらってから、というのが筋なのではないでしょうか。
    相手の心が既に自分にあり、いまなら受け入れてもらえる、と確信してから伝えるのはやはり卑怯だと思います。

    後になってから
    「創価は世界中に広まってて南無妙法蓮華経はNammyohorengekyoって唱えられてるんだ!」とか得意げに言われても目が点ですよ。
    だから何?じゃあ最初に言えば?
    彼自身の人間性かもしれませんが、そういう体験談があまりに多いです。

    素晴らしい信仰だと思っているのに胸を張って外部に創価学会員と言えない二世、三世、四世さん達は、コロコロ教義を変えてきた創価学会の矛盾をそのまま内に秘めた様な存在ではないかと感じます。
    ある意味振り回されてきた被害者なのにそれすら気付かずに「自分を導き育ててくれた恩を感じている」から離れられないように思えますが。

  16. 管理人様、皆様、はじめまして。

    ご自分の体験を元に主観的でもない、感情論でもない、客観的な意見交換がなされている
    建設的なサイトだとお見受けしました。
    また、創価学会の影響で様々な苦しみやトラウマなどに悩まされている方々が沢山おられる
    こちらのサイトに、私のような能天気な人間が投稿するのは少々躊躇しつつも、思いつくままに
    つらつらと書いてしまった長文ですが、お付き合い頂けましたら幸いです。

    私は生まれも育ちも東京、昨年から埼玉県民、バツイチ既婚者(子なし)で、
    肩書きは、主婦もどき&なんちゃって取締役(超零細企業)を生業としている
    創価学会在籍40数年の、ほもさぴえんす(♀)と申します。

    40年以上も創価在籍だとバリバリの活動家だったように思われてしまいそうですが、
    活動していたのは10年未満、それも殆ど受身的で積極的ではなく、役職につく事もなく
    20年以上前から活動から遠ざかり脱会はしてませんが現在はまったく活動はしていません。
    入信した時期は、親に確認したところ、1歳か2歳?の頃ですので学会2世となりますが、
    中学生になるまで創価学会という組織があるという事すら知りませんでした。

    両親は、私が生まれる前後あたりに創価学会に入信したそうです。
    その時の成り行きで(?)私も入信(ご受戒とも言うんでしたっけ?)させたと言っていました。
    両親は殆ど活動らしきことをしていた記憶はありませんが、たまに両親が仏壇に向かって
    お経(勤行)を唱えていた記憶が小学生の頃にありますので、ひっそりと細々活動をして
    いたのかもしれません。
    まだ30代40代の両親が仏壇に向かってお経をあげるなんて、年寄りくさくて辛気臭いこと
    しているなぁと子供心にも感じていました。

    そして私が中学生の時、20歳くらいの女子部の方が訪問してきました。
    ちょうど母が学会活動を熱心に始めたころで、私がすでに入信済みであったという事と、
    創価学会という組織の存在を知ったのもこの時期でした。

    当時、私自身にも悩みがあり、尋ねてきた女子部の方が
    「祈る(題目)だけで願い事が叶うんだよ♪」
    と魔法のような言葉に魅力を感じ、女子部の方の明るくきさくで親しみやすい人柄も手伝ってか、
    私もこの信心というものをやってみようとあまり深く考えずに首を縦に振りました。

    その後、創価学会は世界平和のために戦っている宗教団体であると教えられ、
    座談会やら、本幹やら、新年勤行会やら、唱題会やら、富士美術館やら色々なところへ誘われて
    足を運んだりしました。
    任用試験?教学試験?だったっけ?を受験して合格してしまったり、
    なんちゃら文化祭の時は池田先生に晴れやかな歓喜の姿をお見せするのだと、
    女子部幹部の指導のもと小金井公園で皆で文化祭ダンスの練習をしたこともありました。

    座談会や会合などは、19時-20時頃の夕食時や土日の昼間などに行われる事が多く、
    ちょうど一息つきたい団欒やせっかくの休日が台無しになるのもストレスに感じたりしましたが、
    学会員は(一部の人を除いて)良心的な方、まじめで誠実な方も沢山いる感じだし、
    明るくてパワーのある雰囲気だし、多少の疑問はあるけど、学会は人類の平和のために
    活動しているのだから清く正しい平和な組織なのだ、と自分を奮い立たせていたりしました。

    友人や職場の同僚に折伏っぽい行為をして、気味悪がられたり・・
    学校を卒業して就職した職場は上司や先輩に学会員が何人もいたり・・
    そもそも社長自身が熱心な創価学会員だということを後で知り・・
    類は友を呼ぶように、創価は創価を呼ぶのか。

    財務に関しては 、低賃金社会人ということもあって毎年1万円のみ納めていましたが、
    財務のために毎月少しずつ貯めた10万円を納めた事が一度だけあります。
    当時フリーターに近い貧乏な20代前半の私にとって10万円は大金ですが、沢山納めるほど
    功徳があるよと言われて信じていました(青いなぁ・・)
    当時は活動から遠ざかりつつあったので、少し負い目に感じている部分もあり、
    世界平和のために財務が使われて、自分にもご利益あるなら一石二鳥じゃん♪
    大義名分と見返りを期待していた私でした(打算的とも言う?)

    その後、財務の功徳(見返り)があったか記憶にありませんが、相変わらず貧乏でつつましい
    生活をしていた記憶はあります(10万円程度で強欲?)

    しかし、毎朝の勤行(約30分)と毎夜の勤行(約20分)は正直面倒だった。
    それに正座しなくてはならないのも苦痛。
    お題目をあげればあげるほど幸福になれるんだよ、と言われていたので、
    かったるい気持ちを払拭しながら、ひたすら南妙法蓮華経・・・

    時計を見ながら、
    えーと、1遍南妙法蓮華経と唱えるのに約3秒くらいで約1分で20遍だから、
    約10分で200遍、約30分で600遍・・・と、何遍唱えたのか数をカウントするのが
    重要になってこれでは本質を見失っているのではないかと疑問に感じつつも
    学会の方たちは100万篇唱えたら願いが叶うとか言ってるし・・。

    唱えている間はじーっと仏壇中央に掛けてある曼荼羅を凝視しているのですが、ここに書かれてある
    沢山の漢字に一体どんなご利益があるのか。世界の言語は沢山あるのに唯一アジア地方のみ使用
    している漢字で書かれた曼荼羅に念を送っている行為って一体何?と心の中でつっこんでみたり・・
    曼荼羅は日蓮大聖人の魂が込められている。自分の命と同じくらい大切なもの。
    と、親をはじめ周りの学会員から言われて妙に納得してみたり(単純だ・・)

    今にして思えば、
    「曼荼羅に祈るだけで幸せになれる、おとぎ話のような世界」なわけで、脳内お花畑状態のような
    おめでたい思想とも解釈できるのですが、題目を沢山あげたら願いが叶った、という体験談などを
    聞いていたのもあり、当時、若かった(バカだった)私は、殆ど真に受けていていました。

    そういえば昭和の頃に、中部地方である若い女性が殺されて木曽川に遺体を遺棄された
    という事件があり、母から、
    「その被害者の父親は以前から学会に反対していて、ご本尊を木曽川へ
    捨ててしまっていたらしいの。命と同じくらい大切なご本尊を粗末にした罰らしいけど
    娘さんがこんなことになって可哀想に・・」
    と言っていたのを思い出しました。
    この宗教は恐ろしい呪術のような力があるのかと錯覚してしまいそうですが、
    当時のMC風味な私の脳内では、この宗教は力のある本物なんだ、という風に変換された
    思考になっていました。

    20代後半以降、活動も信心も財務もまったくしなくなり、学会活動はやりたい人がやればいい、
    強制されるものではないというスタンスになっていました。
    母は相変わらず熱心に学会を信じており、忙しい自営業の合間をぬって新聞配達をし、選挙活動をし、
    健気に信心を続行していました。

    財務のシーズンは、
    「このお金は、あなた(私)の分として財務にするね」と、母が私の分を立て替え(1万円)て
    納めていました。いくら反対しても聞く耳をもってくれないので、母の意志に任せようと判断しました。
    選挙シーズンでは、
    普段まったく交流のない、親戚や知人へ電話をかけたりして、「選挙の時だけ連絡してくる」といった
    相手の嫌味(クレーム)に母は創価は世界平和の活動と公明党の正当性を懸命に説得していました。

    両親は、私が20代半ば頃に離婚しました。
    子供の頃から、両親はあまり仲が良いという印象はありませんでした。
    父は母と同じ創価学会員でしたが、離婚する前に他宗教へ移りました。
    日顕宗だったか?立正佼成会だったか? すみません、うろ覚えです。
    何という宗教かは忘れましたが、創価学会を批判している宗教でした。

    30歳近くなった頃、父がその宗教信者の方(幹部?)を連れて私の部屋へ尋ねてきました。
    「池田大作が一番悪いんですよ。池田が元凶なんです!」
    と力説して私を納得させようとしていましたが、
    当時の私は、宗教そのものに関心がなくなっていましたので、
    「私は宗教に興味ありませんし学会活動もしていません」
    と言いいましたが、この宗教が一番正しいのです!とその信者の方は延々と説明をしていました。
    あーめんどくさー、おっさん早く帰ってくれないかなぁ、と心の中で悪態をつきながら適当に
    あしらっていました。
    父とその宗教信者の方は、この宗教が一番正しいと心底信じていて真に私を思ってくれて
    たのかもしれませんが、やはり私にとって宗教活動をするんなんて、めんどくさーです。

    わずらわしい人間関係や、人一倍責任を伴う行動(行為)が苦手な私ですが、
    創価学会が発信している、
    「世界平和のために!」 
    「この世から戦争(暴力)をなくすために!」
    「一人の人を大切に!」
    というスローガンはもちろん賛成です。
    人類普遍のテーマと言いますか世界中の人が望んでいる事だと思います。

    本当に純粋に世界平和のために財務や活動が行われているのなら応援します!
    ・・・応援するだけで怠慢な私は活動はめんどーだからしませんが。
    本当に純粋に国民のための政党であるなら公明党に投票してもいいです!
    ・・・投票するだけで怠慢な私は活動はめんどーだからしませんが。

    こんな他力本願的な私が言うのもなんですが、

    選挙活動や財務をするほど幸福になれる(関係ないんじゃ・・?)
    学会から離れたり他の宗教を信仰したら不幸になる(それって脅迫じゃん?)

    私が活動をしなくなったのは、「色々と面倒だから」という理由以外に、母が10年20年30年と
    信心を続けていていく過程の中で、あまり幸せな人生を歩んでいるように見えないからです。
    母は、「この信心にめぐり合えたこと自体が幸せだ、この信心をしなかったら不幸で惨めな
    人生だったに違いない」と信じています。

    母は、人一倍信じやすく簡単に騙される人ですので、私が子供の頃から、訪問販売や
    金融業の営業マンやら何度も何度も騙されて、うまい話には気をつけるように何度も注意しても、
    歯の浮くような見え透いたお決まりのセールス文句にコロっと騙されてしまうの繰り返し・・
    といった人生を歩んできています。
    母は人が好すぎていると言いますか、それとも単に学習能力のないおバカな人かも・・

    信心は民衆を賢くするためにあると創価学会では主張していたと記憶しておりますが、
    すべての信者を賢くするのは不可能だと思いますが、母のあまり幸せそうでない人生は、
    創価の解釈からすると信心が足りないのだからもっと精進しろということでしょうか。

    70歳になった母は、昨年、脳内出血を起こしたため視覚障害者となり、40年以上続いている
    聴覚障害はまったく改善しておらず、おまけに記憶障害も始まってトリプル障害者となって
    しまいましたが、食事、お風呂、トイレ、徒歩1、2分程度のコンビニへの買い物などについては、
    幸い、介添え者なしで一人でこなすことができています。
    脳出血を起こしたら、身体麻痺になって寝たきり状態になる人もたくさんいるのに、この状態で
    済んだのは信心のおかげ、ご本尊に守られているのだ、創価流ポジティブ思考をもって解釈
    しましょうということでしょうか。

    こちらのサイトに選民意識という言葉を見つけてハッとしたのは、
    世界一、いや、宇宙一すばらしい生命論を唱えた信仰であり、それを布教している学会員である
    自分はなんて類まれなる幸運な人間なんだろうと思わせるシステムになっているのでしょうか。
    別の言い方だと優越感を与えて自尊心をくすぐると言いますか、「ヒーロー」「ヒロイン」にでもなった
    ような錯覚を与えているとか・・。
    私も、日蓮大聖人の仏法は宇宙の生命を解き明かした絶対的なものなんだよ、
    この仏法にめぐり合える人は非常にまれで尊い事なんだよ、
    と、母からも学会からも教えられていましたっけ・・(遠い目)

    CPUに例えたら100MHz程度しかない私の頭の回転(どんだけ遅いんだよ!)では、
    判断力や洞察力に欠けますので、あれこれ偉そうにはいえませんが、
    どのような団体であれ、組織であれ、人間が集まるところには多かれ少なかれトラブルは
    つきもので、たとえ純粋で理想的で平和的な理念と行動をしていたとしても、やはり人間が
    多く集まれば集まるほど、大きな組織になればなるほどそれぞれ違う価値観や考え方の
    違う人間同士の集まりである以上100%清廉潔白な組織はありえない。
    重要なのは、組織のトップの理念(本音)がどうあるか、ぶれていないか。

    そもそも宗教も組織も人間が作ったのだから、完全無欠ではないのでしょうが。

    学会が日蓮の教えを利用しているだけかもしれないという可能性もありますし、
    日蓮を都合の良いように神格化してしまっているという可能性も否めません。
    または、池田氏は立派な人格者であるけど、組織が大きくなるにつれて、コントロールが
    できなくなって、それをいいことに側近がうまく池田氏に取り入って利用していたが、
    組織が巨大化したためしがらみや利権などを無視できず、結果色々な都合の悪いボロが出ているとか、
    元々池田氏は立派な人格者ではなく、戦略に長けている野心家で宗教を利用して世界の帝王で
    絶対君主になったと錯覚しておかしくなってしまったとか??
    私の脳内で色々とあれこれ想像をしてしまっております。

    しかし、収支明細が公表されていないのは明らかにおかしい!と私も感じます。
    表向きは平和組織だけど裏では何をしているかトップ連中の本音がわからない。
    この巨大宗教団体と、政界、経済界、法曹界などが、腹黒い利害関係で結ばれて
    「お金と人権を搾取する世界」を巧妙に築きあげているとしたら、実に根が深く罪深い
    恐ろしい組織であるといえますね。

    母は、
    「池田先生は今まで大変な苦労を重ねて今の学会を築いてきた。世間から非難されるのは
    御書にも書かれてある通りで、正しい事をしている証明。いずれ時代とともに池田先生の
    偉大さを歴史が証明する時が必ず来る」と信じています。
    それが本当ならいいのですが、北朝鮮の将軍様日本バージョンになりそうな予感がしています。

    宗教や人々の心を利用した詐欺教団なら、一刻も早く衰退して消滅するのを強く願いたいですが、
    そんな詐欺組織で30年以上も健気に活動してきた母を思うと、真実を知ってしまったら、
    計り知れないショックを受けて記憶障害が悪化して認知症が進行してしまう可能性もありますので、
    母が信じているように創価学会は善良で絶対的平和な組織であると信じたままにしておいて
    このままお墓まで持っていってもらったほうが高齢の母にとって幸いかなのか、
    それとも真実を知ってもらったほうが良いのか・・・悩ましいです。

    創価の信者度インジケータを私流に5段階カラーであらわすとしますと、

    ・ホワイト(人類社会の救世主になると信じている)
    ・ライトグレー(問題はあるが平和を目的とした善良な組織である)
    ・グレー(善良なのか、偽善なのか判断できかねる)
    ・ダークグレー(実態が怪しく危険な香りがする)
    ・ブラック(完全脱会、創価拒否、公明党拒否)

    私の現在のインジケータは、グレーからダークグレーに移行しております。

    創価学会は、人間社会にとって悪となり日本の汚点となるのか?
    池田大作(山本伸一)という人間は歴史に残るほどの悪党となるのか?
    いずれ死亡したらその後の創価学会の行方を見届けたいと思っています。

    活動家の方の意見、脱会された方の意見、どちらも100%鵜呑みにするつもりはありませんが、
    こちらのサイトを知ってから、さらに創価学会について客観的に考えられるようになり、
    そのきっかけを与えていただいた管理人様をはじめ皆様に心よりお礼を申し上げます。

    ありがとうございました。

  17. 管理人さんの見事な言い回し、落語会デヴューもやぶさかでないような…
    先日亡くなられた噺家さんの大往生をしみじみ思い出しました。
    お噺を極めるのは人間性を深く養生してくれますよね。

    日蓮と麻原氏に共通にみられるコンプレックスを足がかりとした
    宗教をベースにした権力へのあくなく野望…
    池田氏も頭によぎります。
    ここを丁寧に解きほぐしていかないと、
    テロ行為に先走る組織構築につながっていきます。

  18. 白いブランコさんがおっしゃられてる
    折伏三原則。
    守って入会された方を私は見たことないです。
    地区2などの目標と期限があるから
    そんなゆっくりさせてくれるはずがありません。
    婦人部が黙ってないでしょ。
    私自身も数人折伏しました。
    もう懺悔の念で苦しいです。
    どれもこれも入会すると行ってくれた
    当日やら、その週の週末までには
    ご本尊送りでした。
    周囲の折伏も全てそうです。

    同中で会長が言ってました。
    この三原則は絶対守って頂きたいって。
    現場に通じるわけないじゃん
    と思っていたけどマインドコントロール中なので
    特に不信感も何もなく。
    今は変わったのでしょうか?

    白いブランコさんみたいな組織が
    実在するのなら
    真実の地区最優秀賞なんか頂いて
    聖教の一面トップニュースを飾って欲しい。
    庶民が主役と言いながら絶対一面は
    イケダが譲る訳ないですがね~。

    さて、題目ですが、私も幼少期から
    唱えまくりました。
    福運帳なるものを作り
    累計が貯まっていくのを
    親と喜んでいました。
    未来部時代に10時間唱題を一週間くらい
    した時もありました。
    狂ってますね。
    一遍の題目の力は計り知れない。
    それをあんなに唱えてきたのに。。。。。
    もっと早く気づきたかったです。

  19. 白いブランコさん

    創価は詐欺に当たらないようなことだけを公式に発表して、掲載します。
    それ以外のトンデモ教は大・小会合で幹部に口頭で喋らせます。
    大確信をこめて。
    しかしそれらは公式には載ってないので、追及されても個人のヨタ話とされます。
    どの段階で誰が言ったの?と煙に巻く手法です。
    年々、印刷物も残さないように細心の注意を払っています。
    昔のように指導のテープを出回わせることもなく、録音も御法度です。
    過去に出版された書籍は絶版にして知らんふりです。
    一切を謝罪せずなかったことにする手法の創価にとって、文字や録音を残すことがどんなに不都合かよくわかってるのです。
    アンチも負けず、youTubeをアップするなど容赦しませんが、そんな言葉を生で100万回も聞いてるはずの白いブランコさんまで

    >いったい、誰が言いだしているのでしょうか。

    なんて言われると白けますよ。
    「折伏は折って伏せると書く。文字通り相手の命の害毒を切ってあげるんだ!」
    「末法は折伏です!」
    「この精神がなくなったら学会は終わりなんだ」

    「初めて聞いた」なんて言わせませんよ。
    こんなことアンチとわざわざ対話しなくても、創価ならよーーーーーーくわかっているはずです。
    私たちは白いブランコさんが聞いたこともないような話なんてしていません。
    ちゃんと組織にいて素直に活動してきた人ならむしろ、誰よりわかる話しかしてないじゃありませんか。

  20. signifieさん、いつもオモシロイ物語をありがとうございます。
    いつもおなか抱えて読ませてもらってますよ~。
    本当に、創価の話題になると暗くなりますよね・・・。
    私も一人でいるときは今までのことのトラウマなどもあり、うつうつするときもあります。
    面白い物語を読んで、今日も明るくさせていただきました♪ありがとうございました。

    マキさんこんにちは。
    覚醒して数年、今やいつ脱会しようかタイミング待機中です。(私の心の中では今年中にとの予定です。信じている高齢な母の心身の問題もあり、大丈夫な時をねらって・・・)
    学会員が付き合う人(恋人でも友人でも)に、最初に学会宣言しない件について・・・。

    これはあくまでも私や母の場合ですが、参考までに。
    創価は世間で悪い意味で騒がれていた時代があり、団体イメージが悪いという意識があるので、
    言い出してそれに属している自分まで嫌われるのが嫌だという思いがあります。
    まだ知り合って間もない時期に、親しくなるチャンスも逃して去っていかれるのが嫌なのです。

    それと、組織の中では、このように言われます。この仏法は難信難解だから、一般には受け入れられないことが当たり前で、この仏法の話(要するに創価で活動していることを指す)を切り出すと、必ず三障四魔(非難されたりなど自分にとって信仰をやめようかな~と思わせるような魔)が出てくるよ。それは御書にも出ているよ。と、指導されています。

    覚醒した今となれば、単に創価というのが自分とイコールに思われるのが嫌で、それほど心から団体に所属していることを喜んでいなかったのですよね。私自身の入会動機として、願いとして叶わざるなし(なんでも祈れば叶う)大聖人仏法ができるならと、この団体は仏教なんだからと言われたので、そして入会しないとこのご本尊をもらえない(いえ、ただではないですが)と言われたので入会したまでです。もともと創価に入りたいわけではなく、このご本尊がほしいだけで。創価に入れないとこの仏教ができないと言われたので入ったのです。しかし、入会後にその団体は自分の周囲でもすごい評判が悪いことを知る。あ~、そんなにあの人もこの人も嫌っていたのか・・・。しばらくは黙っておこう・・・。って感じでした。

    創価が仏教を基本にしていなかったら、私も入ってなかったでしょう。
    しかし、覚醒した今、仏教でもなんでもない、ただのツールだと知った、わかった今は創価には何の価値もなく、バリ活だったころ以上に創価を恥ずかしく思っています。いえ、恥ずかしいというより大嫌いです!早くつぶれてほしいと願い、生きている間に崩壊の姿を見たいと思うほど嫌っています。

    私が推測するに、おそらく現在バリ活の人でも創価でいるのが「恥ずかしい」のでしょう。そういう人が多いのだと思います。
    恥ずかしくないなら初めから学会宣言しますよ。うちの近所のバリ活キ◯ガイ婦人部のように。

    あと、会社では宗教活動は駄目だと言われているので、仕事関係の友人にはなかなか宣言もしないし、選挙も頼みません。逆に職場で学会宣言して選挙頼む神経もびっくりです。(過去にそういう人いました)
    今考えたら職場の人たちには学会宣言しなくてよかったと思っています。もう、私には関係ないですし。創価と思われて一生その職場で過ごすのも嫌ですから。どうせ近いうちに脱会するんだし、脱会していない今でもすでに創価とは縁を切ってますから。いえ、創価に疑問、質問して以来、キ◯ガイ扱いされ、こちらからは一切連絡できなくされてしまってますから。そう、追放されてます。こんな団体のどこが慈悲の団体なんでしょうね。
    あ、最後にもう一つ。
    宣言してから強気に良いところをじゃんじゃん話す件について。
    創価と知られてしまった今は、語るに語るしかない、そういう状況に突入したと解釈するのです。会員自身が。なので良いところをじゃんじゃんいうでしょう・・・・・。
    逆に話を聞かされる立場としたら「そんなに良いなら初めに言えば?」って思いますよね。覚醒した今なら私も思います。同感です。語る時期だ!となれば創価スイッチのようなものが作動し、じゃんじゃん攻撃(創価は良いよ!の羅列攻撃)開始です。
    なかなか理解いただけないかもしれないですが、理解できないようなそういう変な団体なんですよ。創価っていう存在があるために、マキさんのように嫌な思いをされる被害者がたくさんおられるんですよね。まったくもって迷惑な団体です。

  21. 私が会員のときに教わっていたのは、南無妙法蓮華経とは、法華経を信じますという意味だと。釈迦が説いた教えをまとめた経典は数あるけれど、亡くなる前の8年間で説いた法華経が最も素晴らしい教え。でも、凡夫がその教えをすべて理解して実践するのは不可能。そこで日蓮大聖人が、南無妙法蓮華経と唱えれば、法華経を学んで実践したのと同じ意味になるとした。と。そして、御本尊に向かって題目を上げることで、自分の中の仏性が湧現して、願いが叶ったり、守られたりすると。で、その題目は、由緒正しき?御本尊に向かってでないと駄目だと。そこと繋がっていないで、ただ題目を上げても駄目なのだと。だから他に南無妙法蓮華経の題目を唱える宗派は多々あるけれど、日蓮正宗の御本尊に対してで無くては駄目なのだと。そう言われてました。それが本門(本物?)の題目?としたら、かろうじて日蓮正宗のご本尊ではあるけれど、勝手にいじってしまったまがいものの御本尊に対して上げる題目も効果が無くなったのではないでしょうか?それとも元々御本尊に特定のものもへったくれもなかった。ということで、題目自体に力があるとなったのでしょうか?とすると、他の宗派が上げてる題目にも力があるということですね?=題目による功徳が目的なら、創価学会で無くてもいい。ということになりますね?それとも、いやいや、題目何千篇やろうと、選挙活動の功徳にはかなわない、創価に使っていただく財務の功徳にはかなわない、新聞配る功徳にはかなわない。ということなのでしょうか?だったら、尚更、もう、御本尊だの、題目何万便だの言ってないで、世の中で最も功徳の貰える、公明党の支援組織として新たにリニューアルしたほうがいいと思いますよ。あ、宗教にしないと非課税にならないから駄目なわけですね。

  22. 選挙で何倍も功徳が出るのは、人に投票を頼むとき勇気がいるので、題目を一生懸命上げるから功徳があるのよという理屈だそうですが、そもそも選挙依頼で普段の何倍も題目上げる人ってどれくらいいるんでしょうか?要するに、題目を上げることが功徳につながっているだけというなら、選挙活動なんて面倒なことしないで、題目だけ上げていればいいだけです。実際会員は題目上げる上げないに関係なく「選挙活動」そのものに功徳があると思ってるんじゃないでしょうか?その為に選挙活動の功徳の発表を、創価の文化会館でして煽ってるわけでしょうから。

  23. 創価の功徳をちらつかせた詐欺まがいの勧誘については、どんどん書かせて頂きます。
    ここ大事ですよ。
    創価がここまで巨大組織になって二世三世の連鎖にまで繋がって、社会問題にまで発展した根源だからです。

    仏教は本来そんなものじゃない。
    欲の皮につっぱった奴らが商法に引っ掛かったくせに人のせいにするな、と笑う人もいるでしょうが、ではそんな何でも解る賢い御方は、藁をもすがる思いだった人の気持ちは解りますか?

    昭和の一昔前は、問題が山積みだった家庭の中、一母親がすがるような思いで入会した、なんてのはよくある話でした。
    学も教養もなく、難しい仏教の話には圧倒され頷くしかなかった。
    折伏を始め、活動は嫌われてナンボ、それにひるまず勇気を出してナンボ。
    これと引き換えにしなければ宿業は取れないと叱咤されました。
    口答えなんて許されない。
    そこまでしても子どもを守りたい幸せになりたいと、唇を噛んで素直に実践した、選択の余地なんてなかった人もいたのです。

    完全に人の弱みにつけこんだビジネスですよ。
    「仏教は本来そんなものじゃない」
    「多様性を認めましょう」
    とか何とか今さら取り繕っても、過去に散々言ってやらせたことを謝罪もせず、いつ何時もすべて自分たちは正しいかった、正義だとか言わない創価。
    どんな苦しい見苦しい言い訳に終始しても、負けも間違いも認めないでツンとしている創価。
    活動家の人柄がどんなによくても、この点を厳しく指摘しないなら本当に良い人でしょうか?
    おめでたいというより鈍感すぎます。

    世界平和だ、開かれた宗派などと言えば言うほど白々しく、私にはもう吐き気がする団体にしか見えませんけどね。

  24. kickeyさんの書き込みを読んで思い出しました。
    外部の人から「創価学会って何やってるの?」とか「池田大作が新聞に出てたけど」と聞かれると、どういうわけか恥ずかしかったですね。池田氏を「池田先生」と呼ぶことや、日蓮を「日蓮大聖人」ということにです。
     昨日池田氏が脳梗塞だと話してくれた知人は、公認会計士であり税理士でもあります。決して無学な人ではありませんが、池田氏を心から尊敬しています。何てもったいない。何と嘆かわしいことか。

  25.  連投すみません。
     日蓮仏法の優位性を証明するためのいわゆる「」五重の相対ですが、これは天台の五時八経の教判が元になっています。
     これは一切経が釈尊の説法であるという前提というか建前によって成り立っています。しかし、現代の批判的科学的研究によって法華経をはじめとするいわゆる大乗経典が釈尊の説法ではないことが明らかになっています。
     例えば、法華経や阿弥陀経は紀元前後、華厳経は3世紀頃、阿含経は紀元前3世紀頃、大日経にいたっては紀元7世紀の成立であることが知られています。
     近現代の批判的科学的研究という光を当てると学会的には比類のない教学も実にむなしいものです。

  26. モニカさんが書かれてるように、人は悩み事があるときは弱いものです。たとえば健康な人に、高額な健康食品や健康器具を勧めても、これって怪しくない?と警戒心を持てます。でも、家族や自分が病気になったときは、これって絶対に体にいいよと言われると、警戒心が薄れて、とにかく試してみようとします。創価も「絶対に幸せになれる」「絶対に願いが叶う」という言葉で、心の弱っている人をカモにしてきました。お金があるから沢山出すわけではなく、少しでも今の状態が良くなるならと無理して出してきた人がほとんどではないでしょうか?そういう心の弱みに付け込んできたわけです。本当に悩める人のための組織なら、こんなお金の集め方をするでしょうか?ただ働きで選挙に利用するでしょうか?トップが膨大な自己資産を隠し持つでしょうか?特権富裕層職員など存在するでしょうか?無駄に機関誌を何部も買わせるようなノルマなど作るでしょうか?上から降りてくるノルマ制度って、搾り取れるだけ絞る為にあるのではないでしょうか?センセイセンセイと涙を流してる会員を、こうも利用できるでしょうか?やっと生活している人がいるというのに、最低一万円の財務ってなんなんでしょう?一万円以下の真心はいらない。とバカにしてるのでしょうか?なぜそんな無理をさせているのでしょうか?財務の戦いって言葉おかしくないですか?どう考えても、人々の幸せを願っている組織だなどとはまったく思えません。活動が原因で会員が幸せになっていなくても、すべて自己責任とするなら、そんな考えをこれ以上、日本でも世界にも広めるのはやめたほうがいいです。改善というのは、欠陥住宅をちょこっとリフォームするようなわけには行かないのと同じで意味がありません。焼け石に水で根本解決にはなりません。宗教が生活に深く入り込んでいなくても、人はそれなりに生きています。幸せにもなっています。一度宗教から頭を離して、なぜ創価に依存して、南無妙法蓮華をそんなに何時間も唱えなければ、幸せになれなくなってしまったのか?を考えてみたほうがいいですね。

  27. 毎日新聞掲載(2001/9/25)記事一部抜粋
    参考サイトhttp://www2s.biglobe.ne.jp/~masajun/sintyaku/200109252.txt
    池田大作・創価学会名誉会長インタビュー
    「あらゆるテロは絶対悪」
    毎日新聞 2001/9/25(火)1面掲載
    【「国連特別総会でテロ対策」を提唱 創価学会池田名誉会長】
    創価学会〕~独裁などあり得ない~

    北村    :創価学会は70年を超えました。今、創価学会はどういう段階にあるのでし
    ょうか。長年、指導者の立場にある点をどうお考えですか。
    池田氏   :ほぼ日本の1割に(会員数が)なりました。基盤が出来上がったと見てい
    ます。当然指導者がいなければ、組織は正しい方向に動きません。とともに、皆に責任を
    持たせ、青年を育てていかなければ、どんな団体であっても安定と発展、持続はできなく
    なるものです。独裁などあり得ないし、時代遅れです。学会の運営は、役員会議・中央会
    議などを中心に、民主的にみんなの意見を最大に尊重して行っています。会議も私があま
    り出ると皆が遠慮してはいけないと思い、原則として出ないように心がけています。
    岩見    :何か新しい独裁みたいな感じもしますが。(笑)
    池田氏   :どう見られても、私は構いません。全部、自由ですから。ただ、私も名誉
    会長として、会則通りに働いています。独裁であれば人は育ちません。世界にも開けませ
    ん。独裁は臆病です。必ず滅びます。
    北村    :名誉会長、最近までずっとマスコミに登場しなかったのですが、最近、朝
    日新聞への寄稿から始まり、登場が続いています。何か思うところがあってですか。
    池田氏   :創価学会というと、すぐに公明党と見られがちです。その公明は自民と一
    緒になってます。一般の方々は学会も同じように、つながってしまっていると思われかね
    ません。そのように思われることは学会にとっては非常に迷惑なことです。心ある会員に
    しかられます。また離れていきます。そこで、創価学会の主体性を明確にしておかないと、
    内部的にも納得を得られないと思って発言を多くするようにしました。私たちは、公明党
    を支援するために信仰しているのではない。宗教は人間と人間との心の連帯です。
    もはや党派性の時代ではない。それでは必ず行き詰まる。あくまでも人間です。人間のた
    めの、人間による宗教活動を、私たちは進めていきます。

    あまにぃ
    10年ちょっと前に学会員から上記の新聞のコピーをもらいました。
    当時はこの内容が理解出来ませんでしたが
    今となっては池田氏の得意の二枚舌であったことが判りました。
     

  28. satouさんがコメントされている、
    >南無妙法蓮華経と唱えれば法華経を学んで実践したのと同じになる…

    遠い記憶がよみがえりました。
    私も座談会で同じような指導を受けました。
    いまの創価学会が向かおうしている指導と異なります

  29. 義母が、選挙活動頑張ってるから、病気が軽く出た。だから更に頑張るって言ってました。関西なので選挙活動は、激しいです。毎回、ローラーっといって近所回りをしています。今回は、嫌なローラーは、したくなかったけど息子の持病が出てきたので、サボってられない。頑張るらしいです。祈って祈って乗り越えてきた義母。信心一筋で疑う心を持たずに。何かあれば意味がある。持病持ってる息子のおかげで祈れる。この子のに感謝。私は、何も言えませんでした。因みに息子は信心していません。今日も朝から会合でした。

    私は、覚醒してから信心していない友人に、マイ聖教のことや、財務100万したことを恥ずかしながら話しました。びっくり仰天です。一般人は知りません。一般のかたにドンドン話をしていきましょう。

  30. キリコさん、よくわかります。私も経験あります。創価のこと聞かれるのも恥ずかしい。

    しかし、高学歴な人ほどわかりそうなものなのに・・。なぜかわからないのでしょうね。
    変な世界にのめりこんでも・・・。今日のABCテレビの特集。何時間もしている特番で、日本赤軍の昔のハイジャック事件を取り扱ってましたが、赤軍のメンバー見ていたら京都大学とかの高学歴が多いってことにびっくりでした。
    オウムの教団幹部も早稲田とか高学歴の人が多いですよね。

    その特番、今、オウムの特集に変わりました。
    お布施について、オウムでは人間の貪りを弱めるための修行だと。

    薬物を打たれたり、イニシエーションという体験をさせられて、
    良い光景を(幻覚でしょうか)見たら、信心が上がっていってる。
    悪い幻覚を見たらお布施をすることによって浄化させるしかないって。

    なんだか創価とまったく同じだと思うのですが。

    創価の教えでも、あらゆる物欲を失くし、人間の欲をなどの浄化の功徳(うまいこと説明できませんが、このようなたぐいの言葉でした)もあると聞いたことがあります。それが本当だと思い込んでいた私。しかし教団トップの池田がデブ状態で欲の塊だというのを先に気が付かなかった間抜けさ。我ながらマインドコントロールにかかったあほさを悔やみます。

    うまいこと言ってお金を取る、信者を実験台にするのは創価もオウムも同じですね。

  31. 会員さんは自分たちの信仰は新興宗教ではなく由緒正しい仏教なんだと思い込ませるトラップに完全に引っかかってるんですね。客観的な視点と言うか、人としてあたりまえの感覚で見れば、創価学会が幸福の科学や統一教会やオウム真理教となんら変わることのない新興宗教(新宗教)だということは普通にわかるんですが、そこも創価がなぜ日蓮を利用したか、それも差別をなんとも思わない選民思想の日蓮を採用したかがよくわかります。新興宗教の多くが日蓮や南無妙法蓮華経をお題目にしているのは、お題目に力があるからではなくて、人を洗脳しやすい教義だからです。

    会員さんに「あなたは幸福の科学や統一教会ではなくて創価を信じるのはなぜですか?」と訊いたら「何をバカなことを言ってるんだ。あんなのと一緒にしないでくれ。まったく話にならん」って言うでしょう。10年前の私でもそう言ったと思います。でも創価も幸福も統一も、教義がちょこちょこっと違うくらいで、やってることはほとんど同じです。会員を騙してお金を巻き上げる。教義は会員を騙すための道具でしかないからどうでもいいんです。このブログでも話したことがありますが、たとえば幸福の科学では大川隆法総裁が、創価で言う末法のご本仏なんですね。エル・カンターレって言うんだそうです。この世はもともと大川隆法が作ったんだそうです。幸福の科学の信者さんは本気でそう信じているんですよ。びっくりでしょ。でも私たちから見れば、創価の教義を信じてる学会員さんもさほど変わらないんです。大川総裁は釈迦もキリストも過去世において自分が強化したんだと真顔で言います。それを会員は真顔で信じてるんです。彼の奥さんはギリシャ神話に出てくる美の女神である「ミロのビーナス」の生まれ変わりなんだそうです。それで幸福実現党の党首になり、衆院選だかに立候補しましたがもちろん落選します。それで大川総裁は美人秘書との浮気が奥さんにバレて1億円の損害賠償と離婚の訴訟を起こします。そしたら大川総裁は、奥さんが世界旅行と買い物三昧でとんでもない散財をしたということで1億円の損害賠償訴訟を起こしてるんですね。釈迦やキリストを教化したこの世の創造主が、奥さんに浮気がバレて訴えられても、会員さんは何とも思わずに、大川総裁が天地創造のエル・カンターレだと信じているんです。学会員さん、これとんでもない話だと思うでしょ。ですよね。でも創価学会も五十歩百歩なんですよ。普通の感覚からすれば、創価も幸福の科学も同じくらい怪しい集団なんです。まあ、ここでいくらそんな話をしてもヨタ話にしか聞こえないんでしょうね。わかります。よ〜くわかりますよ。こんな風に言う私は魔に負けたんだと。正法を広めようとするところには三障四魔が憤然として競いおこるんですよね。私もそう思ってました。それって創価の言いなりの言葉を再生してるだけなんですけど、信じてる人にとってはそれが真実なんですよね。私なんかの言うことは魔にたぶらかされて退転した哀れなやつだと。何ものにも動じない絶対的幸福境涯という成仏への切符を自ら破り捨てたやつなんだと。わかりますよ〜(笑)そう教わってきましたからね〜創価の幹部に。
    一般的な創価の立ち位置というのは、学会員さんが信じているような仏教の本道でもなんでもなく、幸福の科学や統一教会等のいわゆる新興宗教であるということをまず認識すべきではないでしょうか。
    さらに日蓮正宗とはなんの関係もないと宣言したのですから、創価はいよいよ純然たる新興宗教、一般的には日本の新興宗教は「新宗教」と呼ばれているようです。

  32. 白いブランコさん了解です。

    >私の疑問は率直な疑問なのです。いままで特に問題とも感じていなかった部分ですが、改めて考え始めたとき、なにか変だなと思ったことを話し始めております。signifieさんはじめ常連の皆様にとっては当たり前と思っていることが、こちらとしてはわからない状態なのです。

    確かによく知ってることでも、当たり前だと思って受け止めていた時と「何か変だな」と思い始めてからは感じ方が違ってくると思います。
    私も引き続き、「それでも創価にこだわるのか」伺いたいです。
    ご意見よろしくお願い致します。

  33. 電車に乗っていてふと、思い出したのですが、拝む時の目の位置は、ご本尊を下に見ないようにと言われてました。ある日、腰の治療している時期にどうしても正座出来ず、椅子に座っている件と、小さな椅子を利用しても、どうしてもご本尊と平行か下に見えてしまう件を幹部に話したら、椅子の足を切ればいい。と言われた。
    そこまでして?ばかか。
    もちろん切ってません!そこまでしろと言うのなら、根拠を示して欲しかったけど、アホな幹部だから無理でした。
    あと余談ですが、ごしょを畳や床に直接置いたらあかん、とか、なんだか不当な扱いをしたらたたりがある魔物扱いですね。バカみたい。

  34. 会員にとっては、題目をあげることよりも、何より功徳があると思われている選挙。
    「公明党・ 松あきら子宮頸がんワクチン利権疑惑が勃発」というタイトルを見つけて、数年前に書かれたブログを覗いてみましたが、公明党の松あきらによるワクチン利権疑惑というのがあったようですね。知りませんでした。要するに公明党副代表でもあった夫が製薬会社と繋がっていて、そこに国から接種費用として年間三百億円という多額の公費助成金が出る。そういう利権がらみなんでしょうか、数年にわたって、その夫から松あきら個人の政治団体や政治支部に高額献金がされていたという話。そして副作用の問題が出始めると、それまで公明新聞で「公明党の推進で承認が決定」とか、「命を守る! 公明党の実現力と、その成果を誇示した。」とか大々的にアピールしておきながら、副作用問題が出始めると、やっきになってその事実を隠そうとしたとか。マスコミも、公明党=創価学会という構図を恐れて、その問題をあまり表ざたにしなかったとのこと。
    会員のみなさんは、公明党は素晴らしい、もし、何か問題があったなら、それはよこしまな個人が起こした問題で公明党とは無関係としますが、命を守る公明党さんなんですから、この問題にしても公明党として、副作用問題を公表して謝罪すべきだと思います。新聞で大々的に宣伝して、会員に、ワクチン接種を周りにも推奨することを促してきた事実は消せません。また、都合の悪い事はマスコミに圧力をかけてでももみ消そうとする?体質も、結局会員が出すお金が元手ですよね?だとしたら、会員も間接的に揉み消しを手伝っていることになります。本当に創価学会は正しいと堂々と言いたいのなら、問題が起こったときには、それを隠すなと追求する姿勢が必要ではないですか?私は個人の不祥事の裏には、組織の指示があったんじゃないかと疑いますが(だから松さんも、公明党の顧問になどなっていられる?)。創価の実態なんて、もともと末端会員には分からないと思います。公明党の議員さんの選挙演説をを聞くと、こんないい人、素晴らしい人には、是非国会で活躍して欲しいと思わせられるような人を顔として立候補させますしね。でも、それらの人も組織の指示の元動いているだけじゃないですか?裏で指示する組織がよこしまなら、誰が立候補しようが同じという事です。だから、誰が出たって戦争は止められない方向に行くわけです。集団的自衛権行使容認にしても、戦争ビジネスをしたい某国が日本にも高額な武器、戦闘機などを買って、それを消費すべく戦地に繰り出そうと圧力かけてきたからではないでしょうか。それこそ、最もストッパーにならなくてはならない場面です。時代に合わせてなど、どんな言い訳も通用しないでしょう。人質事件にしても、助けず、わざわざ刺激するようなことばかりしていたのも、裏には、テロリストという敵の残忍さを認識させて、戦争賛成に持ち込むためだったのではないですか?公明党のストッパー力って、いったいどこで発揮されてるのでしょうか?どこが命を守る公明党なんでしょうか?都合のいいように作られる世論。学会員さんも、都合よく作られた情報に載せられるだけでは、知らず知らず、よこしま連中の仲間になってしまうんじゃないですか?そんなことで成仏だの世界平和だの出来ますか?

  35. satouさん、先日から特に精力的にコメントをいただき感謝してます。satouさんのコメントはほんとうに的を射て無駄がなくわかりやすいです。これからもよろしくお願いします。
    子宮頸癌ワクチン問題は、これだけのたいへんな被害者を出しておきながら、公明党は謝罪の一言もなく、また今でもこのワクチン接種は行われています。問題が大きくなっても決してこのワクチンを使用禁止にするような措置はとられていません。厚労省は「子宮頸癌ワクチンによる副反応との因果関係は否定できないので、とりあえず推奨は控える」といった曖昧な表現です。どれだけ利権がらみだったかがわかりますよね。おそらくワクチンによる副反応を認めてしまうと、たいへんな賠償金を支払うことになるからでしょう。

  36. すみません、横から失礼します。覚醒した一人ですが、子宮頸がんワクチンのことは、信仰とも公明党とも別の問題として考えて頂けないでしょうか。
    女性として、また公明党や学会とは全く関係のない女性の友人たちも、副作用があるなしの問題で、子宮頸がんワクチンが使用できなくなることを大変恐れています。
    たとえ利権が絡んでいたとしても、薬の副作用や効果の詳細は、公明党だけのことで済ませられる問題ではないと思います。命に関わることですので、どうぞよろしくお願いします。

  37. 通りすがりの女性さん、わかりました。
    子宮頸癌ワクチンに関しては創価問題以外の問題も大きいようですので、ここでの言及は避けることにします。

  38. 通りすがりの女性さん、子宮頸がんワクチンは、創価学会として公費助成を求める署名活動を行って、350万人もの署名を集めて国に届け、公明党が中心となって推し進めたという事実があるため、そこに利権がからんでいたとなると、切り離して考えられない問題だと思い取り上げました。いろいろと問題が指摘されてるワクチンを使用するかどうかは、個人の判断に委ねられてるわけですが、敢えてここでは触れませんが、実際このワクチンがどのようなものなのかよくよく調べて、使用に際して慎重になる必要があると思っています。

  39. 子宮頸癌ワクチンに限らず、日本の薬事行政の利権体質は凄まじいものがあります。向精神薬ひとつとってみても、もうほんとにメチャクチャなんですよね。またおそらく通りすがりの女性さんは、子宮頸癌ワクチンがなくては困る人もたくさんいて、そうした現実面の問題も考えあわせていかないと、単に一部での副反応があるからすべてがだめだという押しつけをこのブログで発信すべきではないとの意味だと思います。おっしゃるとおりです。私は私の知っていることを述べたつもりでしたが、そうしたところまで配慮していませんでした。すみません。逆に日本では欧米で承認されて実績のある抗がん剤の認定にも何十年とかかって、経済的に余裕のある人は欧米で治療したりできますが、それができない患者さんが手遅れになると言ったこともあるようです。このあたりは創価問題とは別の場所で問題意識を高めてかないといけないですね。

  40. たとえば自民党が公明党に「消費税も含めてこれだけいろんなもの増税して物価も上がるんだから、もういいかげん宗教法人も課税しないと国民は納得しないよね〜、そろそろ考えようかな〜」とか「アメリカがSGIをカルト認定するかもよ」なんてほのめかしたら、公明党(創価)は黙って言いなりになるしかないわけです。池田氏を国会の証人喚問に引っ張り出されたら、すべてが水の泡ですもんね。池田氏の健康状態がバレるし、出したら出したで何を言い出すかわかったもんじゃないし(笑)、これで執筆活動がみんなウソだったということが会員にバレるし、さすがにこれではマスコミも黙っちゃいないし、脱会者続出は確実ですもんね。創価は政府とその裏にいる方々たちから完全に首根っこをつかまれてますよ。だから公明党はだまって自民党と連立組んで言われるがままになってます。あれ連立じゃなくて完全に隷属ですよ。創価にいるとそんなこともわからなくなって、ストッパーだとか、公明党がいたからあれくらいで済んだとか本気で思わされてるんですよね。ちょうど悪いことがあっても信心してたからこれくらいで済んだとか、このおかげでお題目をあげられたとか、ほんとうの信心がわかるためのお導きだわとか、完全に仏教を神様信仰と勘違いしてます。仏教は何かにおすがりするもんじゃないし、おすがりする対象なんかないんです。いつのまにか釈迦自身が禁じた偶像化があたりまえになって、それを拝めば何とかしてくれるって話になってしまったんですよね。「ご本尊様助けてください!」って仏教はそんなもんじゃないって(笑)。釈迦は徹底したリアリストだったんです。「現実をきちんと見なさい」と言ったんです。「現実を自分の都合のいいように見誤るから不幸になるんだ」と言ったんです。なにかを拝んだり苦行に励んだりして特別な力を得られたりするもんじゃないってことですよ。釈迦や日蓮がそんな超能力者だったら、2人ともお腹壊して死んだりしませんよ(笑)。

  41. 私が実家で信心していた頃は、
    創価学会は日蓮正宗創価学会であって新興宗教ではない…!
    と、自分の親も周りの大人達も憤然と主張していましたが、
    いまや新興宗教であることは否定しきれなくなってしまったんですね、
    新宗教か〜…ずーっと組織についている人ほんとに違和感ないですか???
    やはり公明党にとって支持母体であることが何より優先なのですよ

    子宮頸がんワクチンについて、日経新聞の記事より
    厚生労働省が接種後症状解明への研究班を設置することを決めた
    とあります。
    成り行きを見守ることにしましょう

  42. 少しこれまでのことを整理してみますと、おおよそこういうことでしょうか。

    創価学会は発足以来61年間は日蓮正宗の信徒団体だったが、1991年に日蓮正宗から破門され、信徒団体ではなくなったために、特に既成宗教とは関係のない独自の宗教法人として再スタートした。また創価学会は、池田大作を会長とする創価学会インターナショナルの日本組織のことで、現在は日本では827万世帯、SGIとしては192カ国・地域に会員がいる。組織をあげて強力に公明党の支援活動を展開しながら、さらに政府与党として自民党との選挙協力をしているにもかかわらず、公明党の得票数は創価学会の世帯数に満たないまま、ここ10年で50万票も減少していることから、会員数も減少傾向にあると推定される。
    昨年末、創価学会は聖教新聞に掲載した「教義の変更について」の中で、日蓮正宗との関係を一切ないものという立場を明確にし、教義の中でもとくに信仰の対象としてきた三大秘法である本門の本尊、題目、戒壇の解釈を変更したことを発表した。

    やっぱり創価学会始まって以来の教義の根本的な変更をしたのだから、せめて小冊子をつくって会員に配布するとか、公式HPには載せないとまずいんじゃないかと思うんですよね。創価学会は新宗教に生まれ変わりましたって知らない学会員さんも多いのではないでしょうか。教義の一部が日蓮仏法を基にしているとしても、日蓮仏法のいちばんの特色である折伏の定義から違うんですからね。もはや創価では五重の相対は間違いだったことになってるんですからね。つまり日蓮仏法が正しいという根拠とされてきた法華経をさえ否定しているんですから、これはもはや伝統仏教とはなんの関係もない新興宗教であるということです。でも創価の公式HPには五重の相対の解説が載っていて、創価が日蓮仏法を基調とする理由はここにあるのだみたいなことを書いてます。日蓮は五重の相対においてバラモン教やヒンズー教を外道と言ってるんです。今は言いませんよね。日蓮は世界最大の宗教であるキリスト教の存在すら知らなかったでしょうけど、五重の相対でいえば、世界の宗教のうち94%が外道なんです。日蓮は94%を宗教とすら言えない取るに足りないものだとした。でも今の創価学会の教義では全ての宗教は尊重されなければいけないとなりました。もうここから日蓮仏法を基調とはしてません(笑)。ここまでの教義の大転換を会報に一度載せたぐらいで済ませるのは不自然です。会館に冊子でも販売しているんだったら買って読んでみたいんですけど(笑)。学会員さんがほんとに1000万人もいるんだったら、1冊300円で売ったとしても……うっひゃあぁ〜(笑)予想実質会員数の250万人だったとしても…うっひゃあぁ〜(笑)

  43. 子宮頸がんワクチンの副作用で重大な障害がでてまともな生活が送れなくなった少女たちが多くいるのに、なにを寝ぼけたことを言われているのでしょう?!

    通りすがりの女性さん、あなたが覚醒されているなんて真っ赤な嘘ではありませんか?!

    いまこの選挙期間中に創価学会が最も触れてほしくないアキレス腱だから即座に火消しにまわったとしか、わたくしは思えません!!!!!!!!!!

    許せない。。。・゜・(ノД`)・゜・。

  44. こんばんわ。皆様はじめまして。りみと申します。
    コメントの流れを切ってしまって申し訳ありません。

    学会3世、創価学園・創価大卒で、学生部時代は2年生からずっと人材グループにおり、県幹部も務めました。
    大学3年時辺りから徐々に違和感を覚え始め、4年時に気を病み、就職後は忙しさを理由に完全な未活です。
    自分で言うのも何ですが、それなりの「エリート」だっただけに、周りからは冷たい目で見られていると思います。

    数日前にこちらのサイトを見つけ、色々と拝見しております。
    教義のことは恥ずかしながらあまりわかりませんが、選挙のことや、池田氏が姿を見せないこと、折伏におけるノルマ化(からの無理やりな折伏)、などなど皆様に共感できる部分が多々あります。
    啓蒙や財務などは経験ありませんので、皆様のほうが大変な思いをされてきたことかと思いますが・・・。

    未活に変貌後、組織が大して関わりをもって来ないので平穏な日々を過ごしております。
    もしも、今後しつこく関わってくるようになったら、その時は脱会も視野にいれなければな、と思っています。

    しかし、幼き頃からの「教育」による悲しい性でしょうか。
    やはり、脱会後の「現証」のことは多少頭をよぎります。
    もしその「現証」が本当であるならば、この書き込みや、こちらのサイトを拝見すること自体も悪因となるのでしょう。
    ある意味でその検証の意味も込めまして、また皆様との対話の機会を得られることを願って、今後ともちょくちょく顔を出させて頂きたいと思います。

    長文失礼いたしました。

  45. 連投失礼致します。
    1つ、書き忘れてしまいました。

    本当に、こちらのサイトは上質だと思います。
    どこかの記事でどなたかが書いていたように思いますが、創価学会で検索して引っかかるサイトといえば、マンせー系か、罵詈雑言を書き連ねたアンチ系ばかりでした。
    こちらのサイトの皆様は、ほとんど感情的にならず、冷静に問題点を分析されているのが素晴らしいと思います。

    それでは失礼します。

  46. 創価学会第二代会長 戸田城聖の肉声動画

    内容は↓
    学会員の質問(問)私は日蓮正宗の信者であって創価学会の信者ではないと思っているが、いかがでしょうか?
    (答え) 戸田城聖 私自身も日蓮正宗の信者だよ創価学会の信者なんてある訳ないじゃないか
    みんな日蓮正宗の信者だよ創価学会に君らに信心してもらうものなんか何もないよ。
    会長自身が日蓮正宗の信者ですよ。

    創価の矛盾をあげればきりがありません🎶

  47. 連投コメント失礼します。
    創価学会の入会に約半年かかり
    脱会には約4年かかりました。
    しかし恐らく一生トラウマは抜けないかと思います・。
    昨日も無意識で!?か威風堂々の歌を口ずさんでいました(ー ー;)
    また昨夜は池田氏の夢を見ました!
    ほとんど意識のない彼の手を翻訳の女性とおばちゃん二人が持ち上げて
    ピアノの鍵盤を押させて大楠公を弾いているのです。
    終わると車椅子に乗ってる彼(首にリード付き)を一緒に引っ張り慌ただしく退場!!!
    興ざめのする夢でした。
    創価MC
    創価学会と公明党が無くなるその日まで続くのかな〜???

  48. 一連のコメントを読んでいて思いますが、創価はこのままどんどん教義を変え、柔軟で多様性を認める組織にになっていくでしょう。
    新興宗教と呼ばれようが、日蓮の正当性を露骨に否定することになろうが、そんなこと言ってられないんです。
    そうしないと存続できないからです。
    もう始まっていますが脱会者を攻撃したり、他宗の批判は取り締まるくらいになっていきますよ。

    古くから在籍している人は「じゃあ今までのは何だったんだ」ということになりますが、もはや変えない方が無理があります。
    変えても変えなくても批判が出て脱会者が出るなら、カルトめいた教義じゃなくて、数あるおとなしい新興宗教団体として行儀よくやっていく方を選ぶでしょう。
    世界のネットワークを生かして目指す分野のアピールはするでしょうけど、唯一正しいだの、これ以外では成仏できないだのはもう言いません。(最初からそんな事実はなく、ただのキャッチコピーだったのですが)
    アプローチの仕方も変えるんでしょうね。

    「絶対的に正しい。だからこそ魔も競う」とそこに魅力を感じて、迫害されることすら誉れを感じてたのはもはや過去のこと。
    そんな人たちは老い先長くはないし、今の若者には通用しません。
    存続するにはこれしかないのです。

    冷静にこの点を考えてみませんか?

  49. 本門の題目とは、本門戒壇の大御本尊様(弘安二年十月十二日に御図顕の御本尊)を信じて南無妙法蓮華経と唱えて修行することである。
    以上、日蓮正宗教学小辞典・監修池田大作、編著者創価学会教学部、発行所創価学会
    、昭和43年11月21日 発行(旧「日蓮正宗教学解説」に補訂を加えたもの)

    前回初めて投稿しましたが(投稿その物が初めて)。血尿と痛みに堪らず、買っていた¥430の安ワインを飲んで、痛みを紛らわしつつ「対話を求めて」をROMしていたら、yさんなる執行部スタンス(騙す方の立場)の投稿があって、安酒の悪酔いに任せてなんやら書いたのですが、気が遠くなってきたので寝たのですが……血尿・結石を解決するのが先決問題と思い続きは放っときました。で、今書いてる訳です。

    金曜日に膀胱結石摘出手術を行い(14㎜×9㎜のラグビーボール状の石でした)土曜日に退院し安静にごろごろして、日曜日に「対話を求めて」を見たら、10日も経たないのにコメントびっしりで吃驚しました。やっと今日=月曜日に前回投稿まで辿り着きました。
    シニフェ様って売れない物書き並みの執筆量ですね(褒めてます)。仕事されながらのこの情熱には、頭が下がります。

    “創価憎けりゃ日蓮まで”のようですが、日蓮は法華経至上主義ではあるが、お釈迦様のご金言が法華経であって、私(日蓮)も命懸けで身読してますから~四菩薩の一人位の位置は貰えるのでは?お釈迦様~と云った処ではないでしょうか。
    ですから日蓮宗は釈迦本佛日蓮大菩薩ですよね。
    日蓮本仏なんてのは、日蓮正宗系だけと言ってもいいでしょう。まさに異端ですね。
    「日蓮を敬うとも悪しく(カリスマとして)敬うな」と言ってたのはこの事だったのですね。

    日蓮に倣うこと・学ぶことが有るとすれば、法華経(正義)を貫く為には、権力を恐れるな。という事ですよね。将にシニフェ様がやられていることですよね。
    翻って創価たるや……ネトウヨ並みの低能右翼アヘの最大の支持票団体ですよね。
    白川勝彦元議員のブログ“友よ”のここ最近の記事は、安倍ファッショへの警告・心配ばかりですね、まともな人ならそう思うでしょう。
    元公明市議の(現法華講)たけしのブログーに依りますと「創価は既に折伏される邪な団体になっている、早く気づきなさーい」とあります。

    そもそも私が、創価に見切りを付けたのは、40年位前に遡ります。近くの市に池田文化会館が出来て、建立式に先生が来られるからぜひ行ってと言われ、池田ってどんな人間なのかな?と後学の為に行ってみたのだが……その団体バスの中で責任者らしき青年が、先生は供え物に果物を持って来られますから、私が一個でも二個でも貰いますから、小さくなりますが皆さんにおすそ分けしますよーワアーワアー(盛り上がり?)。
    って、どんだけ創価のレベルって低いねん。先生は結局どうしてもの用事で来られなかった。って何のこっちゃ!
    そのとき、このレベルが責任者じゃあ、賢い人間・まともな人間は将来居なくなるだろう。と思い、所謂幽霊会員に脱会する20数年前までなってたので、選挙の時だけお願いしますの電話と、路で会った時だけ世間話するぐらいでしたね。
    両親世代はもう半分くらいかそれ以上が亡くなってますね。

    正宗を破門になって以降、ヘイトスピーチの先駆けの如き猊下誹謗僧侶こき下ろし記事。あまりの口汚さに裁判官も顔を歪めて注意してましたね。まともな人間は創価辞めるでしょう。
    あと、日顕撲滅唱題会。どう考えてもまともな精神の持ち主ではないよね、精神が完全に病んでるよね。
    呪詛諸毒薬、諸欲害身者、念彼観音力、還着於本人(法華経普門品第二五)
    お経にある通り、まさしく創価員へ倍になって跳ね返って来てますね。

    誰かさんが、大幹部の葬儀は何故家族葬、と不思議がっておられましたが、正しく還着於本人で、とても末端会員に見せらない堕地獄の相だからではないのでしょうか。
    まさに、代作センセが姿見せられないでしょう。

    最後に、現代で、釈迦に最も近かったと思われる中村元先生の「ブッダの真理のことば」より
    第二十一章 さまざまなこと
    二九一 他人を苦しめることによって自分の快楽を求める人は、怨みの絆にまつわられて、怨みから免れることができない。

    対話を求めても飛び飛びにしか読んでないので未読の分を読了してから又お伺いします。
    もともと「創価を静かに去るために」って、私はとっくに去ってますし。ただシニフェ様の熱気に当てられて参加してみたかったのです。

  50. りみさん、はじめまして 創価学会の言う脱会後の「現象」に関してですが、では、なぜ、どういう仕組みで現象が出るのか?と考えていくと、結局単なる脅しの洗脳にすぎないと理解できると思います。これが創価と敵対している日蓮正宗側からだと、創価学会員全員謗法で地獄に落ちるになるわけです。でも、創価の人はだれもそうは思っていない。要するに自分が信じている組織がそう(現象が出る)言うからそうだと思い込んでしまうというだけの話になります。脱会するときに、脱会の恐怖心をまったく感じなかった人はいないと思います。それでも多くの脱会者が、二度と戻りたくない。やめて良かったと言っています。むしろ、現象に悩んだ。やめなければ良かった。という人の話を聞いた事がありません。参考までに。

  51. 子宮頸がんワクチンの被害のことをもっと知ってください。。
    そんな少数の被害なんかぢゃないんですよね。。
    はっきり言って薬害です。。死亡例もあるんです。。
    それに、このワクチンは最近の研究から癌に効くわけではないんだそうですよ。。

    ここでも創価学会や公明党のやってきたことをまるで、なかったことにしようとしているではありませんか。。
    被害を訴える少女は千人を越しているのですよ。。

  52. モニカさん
    >創価はこのままどんどん教義を変え、柔軟で多様性を認める組織にになっていくでしょう。
    非常に良く分かります。
    友人の本部職員の話ですが、10年程前は
    「お前がどんな道を歩もうと、俺は味方だ。ただし、脱会するようなことがあれば
    殴ってでも止める」と言っていたのですが、
    去年、脱会したことをカミングアウトしたところ
    「そういう選択肢もあると思う」と言ってました。随分寛容になったものです。
    他の友人たちも、誰一人、私を責めることはありませんでした。
    皆、「これからも友達だ」と言ってくれました。
    退転(笑)した私にこれだけ寛容であり、自分自身も薄々学会のおかしな点に気づきながらも
    「師匠との誓いを果たすため」そして「自分を育ててくれた学会の恩に報いるため」
    今も籍を置いている感じの人が多いと思います。
    広宣流布というよりも、もはや義理人情、浪花節の世界です。

    りみさん、初めまして。
    私もいわゆる「創価エリート」でした(笑)
    現証、恐いですよね。
    私は脱会して2年になりますが、りみさんのお気持ちはよくわかります。
    ただ、文証、理証、現証の三証自体、もはや支離滅裂ですよね。
    学会の文証は日蓮の御書ですが、「師弟不二」は御書にありません。
    理証はその宗教の主張が道理にかなっているかどうか、ということらしいですが、
    その判断は誰がするのでしょうか。財務すればお金に困らない境涯になる、
    選挙の戦いで宿命転換…道理にかなっているのでしょうか。

    文証、理証に多少の矛盾があろうとも、「現証」の魔力の前にはたいした問題ではありません。
    「いい現証」を勝ち取るためには、文証になくても、道理に反していても、突き進むのが創価。
    創価を批判する輩には「悪い現証」が手ぐすね引いて待っている。
    …こんな教えを1年365日、なんみょーなんみょー唱えながら刷り込まれたら、
    そりゃ恐いです(笑)

    でも心配ありません。
    私はやめたことに後悔は微塵もありませんし、悪いことも起こってません。
    このサイトには、創価で日々刷り込まれてきたことと真逆の体験が溢れています。
    そしてその体験にはまぎれもなく道理のある現証です。
    ゆっくりと、噛み締めてみて下さい。

  53. 師弟不二。
    池田亡き後これも言わなくなり、なかったことにするでしょうね。
    創価の教義はその場その場の、会員を繋ぎ止めるための詭弁でしかありません。
    時代とともに矛盾が指摘されたり不都合が出れば、カメレオンのように姿を変えていきます。
    それを「生きた宗教」とか「人間主義」とか「開かれた」とか言えばいいのですから。
    良くも悪くも、それが創価なんだと思います。
    もはやいちいち噛みついていたらキリがありませんね(笑)

    会員はこれをよく理解して「それでもいいなら」居ればいいんじゃないですか?
    真剣に他宗を責めてこれが慈悲と思っていたら、いつの間にか多様性を認められない独善的な人として冷たい目で見られている。
    夢中になって「師弟不二」を実践してたら、それもやがて「時代遅れ」と言われますよ。
    だって「永遠の師匠」じゃないかと言ったところで矛盾なんて毎度のこと。
    それがどうにも抑えられなくなったら、また教義の変更でもするでしょうね。

    信者は創価の教えが「絶対的なもの」だとそこに魅力を感じてるんだと思いますが、残念ながら幻想ですよ。
    そう信じたいのはわかりますが、幻想に身も心お預けて財産も差し出すなんてご苦労さんだこと!

  54. 創価が折伏の定義を変えて、今まで単に下種と言っていた行為も、折伏だというようになった背景に、柔軟性を持たせすぎて、売りが無くなってしまったということもあるでしょうね。この宗教でなくては「絶対に」駄目といういままでの教義を自ら撤回してしまって、浪花節くらいしか訴えるものが無くなってしまった。会員のみなさんは、今後どういう内容で折伏をして会員を勧誘して行くのでしょうか?会員になると友達できて楽しいわよとサークルに誘う感覚?理屈はわからないけど何でも叶うのよと霊感商法で行きますか?

  55. シニフィエさんが粘り強く対話を続けている某氏ですが

    >創価学会の宗教的に良い部分は時代に合わせて変えてもいいと思っていますし、

    未だにこのように述べている時点で、永久に話がかみ合わないような気がするのは私だけでしょうか?

  56. なぜ公明党を支持しなければならないのか?
    利権をおもむろに手中におさめいている事実があるからじゃないでしょうか。
    以前、生活保護に関する本を読んでいたとき、
    議員の口利きで認可を受けやすい、という部分がありました。
    与党であるということで利権に近い分、数集めも必須のノルマなのではないでしょうか。

  57. >satou さん
    はじめまして。コメント有難うございます。
    そうですよね。実際、ここ数年ずっと勤行・唱題などせず、新聞すら呼んでおりません。
    ごくたまにある訪問も、適当にあしらっております。

    しかし、何一つ悪いことなど起きた気がしません。
    むしろ、浮いた時間で自炊をしたり、ジムに行く時間・趣味の時間・友達との(肩肘を張らなくて良い)時間を作ったりと、どんどん調子が良くなっているように思います。
    仕事の面で良くないことが起きたりはしていますが、冷静に自分を見つめると、何れの件も自分の言動・行動に原因が見つかります。
    むしろ、バリ活だった時の方が、自分を見つめたり改善したりなどせず、「唱題が解決してくれる!」などど思って勢いに任せていた気がします。

    >庫裡山 さん
    どこかの記事にて、庫裡山さんのことは拝見しておりました。
    同窓の先輩からのコメント、嬉しく思います。

    師弟不二、師弟不二とうるさいですよねえ・・・。
    その割には、池田氏の現状は気にしていなかったり、気にしても声に出さなかったり。口だけですね。
    御書に書かれていない件、初めて知りました。ついつい検索してしまいました。
    完全に造語だったとは・・・完全に騙されていたのですね。

    また、知人に「師匠」をお持ちの方がいます(もちろん、創価関係者ではありません)。
    その方は、普段の話から「師匠のおかげで・・・」「師匠との出会いがあったから・・・」と恥ずかしげもなく話されています。
    創価の人間が、外の世界において「師匠が・・・」とか言えるのでしょうか?
    言えないですよね。本当に師匠だなんて思っていないのでしょうね。

  58. >先生に喜んでもらいたいとの一心

    バリ活時代も今も、一番嫌いな言葉。

    なんで自分自身の信仰をするのに「先生」に喜んでもらおうと思うのか
    まったく意味不明だった。昔も今も。
    ただただキモイ。
    なんで「先生」のため票を取るのかも意味不明。

    そんなんでモチベーションも上がらないし。
    現在も汗水鼻水流して票取りに走ってる方々、お気の毒です。
    人に嫌われるだけで一銭の得にもなってませんし。はい。

  59. 二郎さん、そうですね。私もそう思います。
    白いブランコさんの

    >創価学会の宗教的に良い部分は時代に合わせて変えてもいいと思っていますし、

    という発言は、日蓮仏法の根幹を否定しているということに自分で気がついていないということが問題だと思います。

    日蓮はAという。
    これまでの創価も日蓮が言ってきたとするAということを信じてきた。
    しかし創価は日蓮正宗から破門された途端にAではなくじつはBだったと言う。
    そのことに対して白いブランコさんは迷うことなく
    「時代に合わせて変わるのは当然」という理由で創価のBを信じるようになった。
    白いブランコさんはその180°の転換に何も疑問を感じていない。
    末法のご本仏とされる人物が生涯をかけて見出したと言うこの世で絶対に変わることのない唯一の真実を「時代に合わせて変わるのは当然」というのですから。
    教祖である日蓮が「絶対に変わらない」と言っていることを「変わって当然」と言っているのです。
    ということは白いブランコさんは、もともと日蓮の信仰ではなく創価学会を信じていたということです。
    ちょっと意地悪な言い方かもしれませんが、白いブランコさんにとっての日蓮仏法は創価学会によってどうにでも変化してかまわない教えだということです。
    750年間、日蓮正宗が伝え続けた「日蓮がAと言ったこと」が、白いブランコさんにとっては創価学会Bといえば迷わずBなんです。そのことに何の矛盾も感じない。
    いや、それはそれで信教の自由ですから他人がとやかく言うことではないでしょう。
    覚醒した私にとって日蓮の教義が変わらないとか変わるなどということはどうでもいいことなんですが、少なくとも日蓮仏法を基調とする宗教団体が、教祖が言っていることを、破門を理由に「変わって当然」と教義を変えるというのは、普通の感覚では理解できませんよね。そこに埋めようのない感覚の違いを感じています。
    でも白いブランコさんは素直に正直に自分の気持ちを言葉にされています。もちろん私も素のままで話をしています。だから対話が続いていけるのだと思います。おそらくこのスレッドを読んでいただいている人はじれったくてたまらないと思いますが、それでもこうして会話ができているだけでも画期的なことだと思います。長い目で見守ってあげてください。

  60. こんばんは、外部のぽっけです。
    宝星さんの「議員の口利き」のお話を読んで、今まで言っていいものかどうか迷っていたことを書きます。

    私の友人は元バリ活の地区部長、奥さんは地元婦人部の幹部(盲信者)。
    友人の仕事は食品関係の営業です。
    その友人から聞いた話ですが、会社で雇用している外国人たちが不法滞在していることが発覚したそうです。
    でもその時、友人が公明党議員に頼んで、その不正をもみ消してもらったそうです。
    見返りに公明票を期待しているのか、議員は選挙のたびに挨拶(念押し?)に来るとか。
    友人の話から察するに、この会社には創価学会員がわりと多くいるようです。

    当時、友人は「公明党議員は我々の身近な問題にきめ細かく対応してくれる」と自慢げに言ってましたが、これは単に不法滞在という罪の隠ぺいですよね。
    普通の良識ある議員は隠ぺい工作に加担などしないでしょう。
    創価学会のそういった汚れた連帯感を、さも面倒見が良くて困った時に頼りになるかのように嬉しそうに話していたのが、聞いてて薄気味悪くてとても嫌でした。

    私が通報したらどうなるんだろう、と考えたこともあります。
    でも友人から聞いた話というだけでは説得力もないし、万が一調査が入ったとしても議員がまたもみ消すかもしれないと思い・・・。
    悪い組織が力を持つと、世の中の秩序も平和もどんどん巣食われていくのでしょうか。

  61. ここはシニフィエさんのブログで私がシニフィエさんの方針に口出しする権利も道理もないことはよくわかっていたので、ずっと黙っていたのですが、某氏はそもそもシニフィエさんの話に聞く耳なんて持っていませんよ。シニフィエさんに相手をしてもらうために、創価にも悪いところがあるということ認めたそぶりをみせて、あるいはシニフィさんの話を聞くふりをして、結局は創価学会は素晴らしいんだという事を主張したいだけなのです。典型的なかまってちゃんですよ。某氏は、かなりの確率で昨年出没した人物と同一です。IPアドレスは定期的に変わりますから。

  62. ぽっけさん

    もみ消しといえば足立区だかでも幹部が公明議員の不正を揉み消してますよ。たしか。

    矢野さんは国税の調査を揉み消し依頼してるし、
    そもそも言論問題も不都合なことがでることの揉み消しをはかったものですよね

    創価の伝統芸能です。

  63. スマホでコメントするとあとから読み返したとき(めったに読み返しませんが)誤字だらけなのがわかって恥ずかしいですが、「シニフィエも老眼なんだなあ」と見過ごしてください(笑)

    このごろ特に思うんですが、宗教って自分ではどうしようもなく抗えない力の存在を信じて、それを神様とか仏様とか大いなる力とか救世主とかご先祖様とか宇宙人とか、いろんな実体の確かめようのないものにすがって奇跡を欲しがる。その存在を感じたり出会ったりできた自分は特別に選ばれた人間なんだと思い込んでしまう。またはそうんなふうに人から言われたまんざらでもない。たしかに壮大な自然の力を目の当たりにすれば、なにかしら神様的な超越した力と意志を持った存在やそうした存在が作り出した法則の上にこの世界が成り立っているなどと思うのも無理からぬ話だし、それが世界各地で文明が起ると同時に、さまざまな神話をはじめとした伝承が、少しずつ形を変えて今に至っているのだと思います。

    そういう意味では、日本人の多くは、宗教に対するほどよい距離感のようなものがあるのではないでしょうか。クリスマスには家族でケーキでお祝いしプレゼントを交換したかと思えば一週間後には神社に初詣に行き、近頃節分には恵方巻きなるものを面白がり、バレンタインデーなどほとんど宗教色はありません。お盆には渋滞覚悟で実家に帰り墓参りに行く。葬式は坊さんを呼び、結婚式は憧れのチャペルで神父さんの前で指輪を交換する。節操がないといえばそうなんですが、これが日本人らしい宗教観といってもいいでしょう。このような宗教に関しての日本人の寛容性は徳川幕府時代の政策の賜物かもしれません。もしこんな姿を日蓮が見たら気を失ったかもしれません(笑)。それほど日蓮の教義は現代の生活には適応できないということでもあります。この世の普遍の法則であるわけがありません。ましてやそれが日蓮が言い出したことであるなどと、750年間も言い続けた結果がこの程度です。どこに現証があるのだと言いたいですね(笑)。

    戦後から昭和40年代くらいまでの創価学会員の数が増えていたころは、もしかしたら世界に広がるんじゃないかという可能性も考えられたかもしれませんが、いまや創価学会は衰退する一方です。この80年間で世界の0.35%しか活動していない団体が、いかにも世界全体に広まっているかのように会員に信じさせているという事実からしてみても、いかに信用できない組織なのかはわかります。

    昭和40年代までくらいは、それで会員を騙くらかすことができたんでしょう。「折伏経典」を片手に、創価学会員は日蓮正宗以外の宗教をボロクソに批判し、人を大勢で取り囲み入会カードにサインするまでは帰れない圧倒的な雰囲気をつくり、他人の信教の自由を奪っていきました。神棚や他宗の仏壇を片っ端から焼き払っていきました。まるでアルカイダが世界遺産の石窟寺院を爆破するのと同じように、自分たちだけが正しく、自分たち以外は間違っているのだという考えを押し付けてきました。そうすることで福運がつく、功徳が貰える、過去世からの宿業を断ち切ることができる、未来永劫にわたって幸せになれると信じていたのです。しかしさすがに近頃ではそんなことが通る世の中ではなくなりました。いままで邪宗といって全否定していた他宗を否定しなくなりました。それは日蓮仏法をあたまから否定することでもあります。しかし学会員さんたちは自分たちの信仰の基本が変わったことに疑問に思わなかった。なぜか。功徳があると言われたから。そう。教義が変わろうがそれはどうだってよかったということです。功徳があるならご本尊がイワシの頭になっても信じるんでしょう。だって実際に破門された宗派のご本尊の改ざんコピーを信じているんですから、イワシの頭とどこが違うというんでしょう。それほど創価の組織は会員をなめきっているし、多くの会員はどんなになめられているかもわからないで騙され続けているんです。

    普通なら「教義がここまで変わったんだったらいいかげん気づけよ」と言いたいところですが、それでもどうして気づかないのかも、経験者である私たちにはよくわかります。宗教的要素の話が入ると、人間は簡単に目の前の当たり前のことが見えなくなるんですね。基本的にほんとかどうかを確かめようのないことなので、ほんとかどうかではなく、信じるか信じないかの世界です。そこに天才的な詐欺師が目を付けた。天才的と言っていいのかはわかりませんが、つまり人を騙すことの罪悪感を微塵も感じない人間という意味での天賦の才能というか欠陥ですね。そしてそのおこぼれに預かろうというコバンザメのような幹部たちが群がっていて、その下には本気でそれを信仰だと信じている被害者がいる団体。騙されていることも知らずにお互いを騙しあっている。それが一般の学会員さんです。

  64. 二郎さん、ご心配していただいてありがとうございます。
    もしかしたらそうかもしれません。でもこうやって対話形式で創価の立場の人との対話で、創価のおかしさをはっきりさせることができているという意味ではいいと思っています。たしかに二郎さんが指摘されているように、白いブランコさんは理解を示しているようで、肝心なところは完全に盲信者のステレオタイプなことしか言いません。まるで半覚醒者と盲信者の2人が交代で書いているように。それは誰も感じていることだと思います。それが白いブランコさんの意図的な発言だとしても、あるいはどうしてもそうした思考にしか留まれないのだとしても、創価学会員の姿を具体的に現していることには変わらないと思います。
    あるいは白いブランコさんは二郎さんがおっしゃるように私の話を聞く耳をもっていないのかもしれません。でもそれはそれでいいんです。私は白いブランコさんを創価から救い出そうなんて思ってませんし、創価VSアンチ創価のバトルをくりひろげているわけではありません。悪く言えば、私のほうが白いブランコさんを利用しているととられても仕方のないことかもしれません。だって白いブランコさんが明確な答えを言えないのがわかっていながらこちらが質問をするのだし、こうした対話がまわりからどのように受けとめられているのかを白いブランコさんだって承知のことでしょう。むしろ創価には答えられないことがこれだけあるんですよという事実を列挙できるだけでも貴重な機会だと思っています。
    二郎さんはいっこうに埒があかない対話にいらだちを感じたり、白いブランコさんのノラリクラリぶりを見ていられなくなったのだと思いますが、私はかまってちゃんに遊ばれている気はないですし、創価の矛盾をはっきりさせるにはどういった論点を見つけ出せばいいのかをさぐるためのよい機会となっていると思います。
    二郎さんのご心配は大変ありがたいです。ありがとうございます。この対話を読まれる人の中で一人でも「なるほど創価の言い分はここがおかしいんだ」ということに気がついてもらえればいいと思って続けています。あまり気にされないでください。たとえかまってちゃんの暇つぶしだったとしても、私としては自分の考えをまとめるよい機会となっています。
    それと、過去の殴り込みさんとのバトルがあったらアクセス数が跳ね上がっていたのですが、この「白いブランコさんとの対話」のスレッドは意外なほどアクセス数がありません。他のスレッッドの3分の1とか4分の1くらいです。

  65. どんなに創価学会の教義が変更になろうが、師匠である?池田大作が姿を消そうが、隣り組の誰それが重大な犯罪を犯そうが、創価学会員としての信仰が揺るがないのは。。。
    もしかしたら?報恩感謝の想いが強いからかもしれませんね。。

    自身が創価学会で培ってきたモノに対する感謝&報恩。。

    それらを裏切ってはいけない、との頑なな想いだけかもしれません。。

    脱会者は忘恩の輩、だと。。
    そんな奴らの声を聴いてはならない、と。。

    わたくしにも創価学会に対しての感謝の想いはありますね。。
    あの時の自分には必要だったし、ほんとうにお世話になりました。。もしかしたら?創価学会に巡り逢わなければ乗り越えられなかったこともあるかもしれません。。

    わたくしを叱咤激励してくれた人、適切なアドバイスをしてくれた人、寄り添うように話しを聞いてくれた人。。

    そして、池田大作の言葉の数々にも奮い立ち、そして慰められた。。

    その当時は、それも事実です。

    でも、いまの自分には必要はないし、そして卒業しました。。

    何故、そんなわたくしが創価学会から離れたのか。。?

    わたくしの脱会のキッカケは、あのイラクの時の公明党と創価学会の在り方でした。。

    何故?世界平和を願う創価学会が?公明党が。。?

    その当時は混乱していました。。
    どうして?という疑問に納得がいくように応えてくれる先輩も同志もいませんでした。。

    というより、そんなことを考えている人はいなかった。
    ただ、組織からの打ち出しのままに動いている学会員ばかりでした。

    無疑曰信、疑うと罰が出ると教えられているからか、疑問を持つわたくしは組織から弾かれました。。

    でも、年々日々、創価学会は悪、でしかないな。。と思うに至っております。

    もし?いつも喩えでシニフィエさんが言われるように創価学会がたとえばヤクザだとしたら?あるいはオウム真理教のようなとんでもない宗教だとしても、あなたはそこに恩を感じているからと辞めることはないのでしょうか。。?

    正直申し上げて創価学会はヤクザよりもオウム真理教よりも、この日本という国にとってトンデモない組織だと思いますよ。。

    後々の歴史が証明するスケールですよ、まさに。。

    乗り越えてください。。その小さな自我を、そして価値観を。。

    自分が後生大事に抱え込んでいる価値観を手放してみませんか。。

  66. いつだったか、父が「今は、世界中のどこでも24時間(各国時差がありますから)誰かが題目をあげている時代だから、安心だ、世界が平和になるよ、昔は何時間もあげてきたからな、今は創価学会が世界に広がったのだからすごい時代になったよな」
    と、言っていたのを思い出しました。
    父が、言ったというより、きっと幹部が指導の話で、言った言葉なのでしょうね。
    勤行の最後の方で、『世界の平和と一切の衆生のために~』
    って祈ってますものね。
    覚醒前は、心を込めて、ご本尊に祈ってました。
    功徳や福運は欲しかったけれど(笑)、やっぱりもう絶対に戦争とか起きてほしくない、
    貧困とかなくなって、平等に皆、幸せになってほしい、と思ってました。
    国と国が武力ではなく、対話で平和を築いていける時代が来てほしい!
    そういう気持ちもあって、実際の活動には、疑問を持ちながらも、題目には力があり、祈ることだけはやらなきゃ!と思ってました。
    世界の平和にできるのは、題目しかない、と信じて祈ってました!
    何か見えない神様的な力が働いて、祈りを聞いて下さって、その願いを叶えてあげましょう、みたいなイメージがあったのかもしれません。
    で、今は?24時間、世界中で題目あがってるから、平和??
    覚醒して、思い出してみると、どんだけいい加減な指導してんじゃ!って怒りです。
    春休みで実家にいき、父に「世界中でテロが起きてるよ、日本も狙われてるかもしれないね」
    話してたら、「まったくだな、う~む。怖いなぁ~」と言っていました。
    あの指導は忘れているみたいです。

    覚醒したころ、本部長とも対話した時、選挙と宗教の疑問をぶつけたのですが、
    その答えが、「ただ祈ってるだけじゃ、世界は平和になれないのよ、行動が大事なの、世界を平和にするには具体的な行動が必要でしょう、それが公明党の役割なの」でした。
    はぁ?わけわからんって怒りでしたけど。
    じゃあ、最初から題目なんていりませんよね?祈ってるだけじゃ、平和になれないのよって、
    題目の力、否定しちゃってますよね。
    祈って、行動してこそ、願いが叶うと指導されますけど、関係性がわかりません。
    病気もそう、今は祈るだけじゃ治らない!医者にいってくださいって、言うけれど、
    無宗教の人はいち早く、医者にいかなきゃ?と思うのが当たり前で、最善の方法です。ご本尊に祈ってなくても治ります。もちろん誰でも、治したい!元気になりたい!と心で祈ることは皆平等ですよね。
    そこが、詐欺ですね、祈ることは皆平等にあることなのに、これでしか祈りは叶わないなんて、
    他より一番、願いを叶える力があるとか。心を盗む詐欺ですね。

    それから、私はご本尊に向かって題目やめたし、世界の平和になってほしい気持ちは変わりませんが、心の中で静かに祈ってます。
    だから、今後の自公政権はしっかり監視します。公明党に入れることはないし、自公政権がどんどんおかしくなっていくなら、ノー!を突き付けます。
    誰かに聞いているわけじゃないのに、~ですね。という書き方多くてすみません。
    最近、中学時代からの友人が、子宮ガンの検診でひっかかり、取り除く手術が決まった、と連絡がありました。毎年、検診を受けていて、再検査になるも、クリアしてきたけど、そろそろ取り除く方がいいと言われたからとのことで、初期なのかな?
    友人に「凛々子も毎年、きちんと受けなよ!」と言われましたが。
    本当に心配なので、まずは無事、手術終わること祈ってるね(心でね)あと、見舞いいくよ、絶対、って伝えました。
    これが、ふつうですよね。ご本尊に向かわず心の底から心配で祈るのと、ご本尊に向かって題目して祈るのと、何が違うのでしょう?教会に行って祈る、神社に行って祈願する、何に違いがあるの?題目の力?創価のが一番だからよ、っていうなら人をバカにしているとしか思えない。
    ただ祈っているだけじゃ叶わないのよ、って、手術受けるの友人なのに、私はどう行動するの?
    祈りより<行動の方が功徳。おかしな宗教・・・・・
    題目の力で、病気治った、ありがたい~、ってまぁよくいいますが、
    小さな祈りは叶います!世界の平和ってでっかい祈りは、大きすぎて叶わないんですね。
    題目の力って、そんな程度ですか?

    最近、また頭の中が混乱してまして(T_T)、おかしな文章ですみませんm(__)m

  67. シニフィエさん
    なるほど、ご自分が納得されているのであればそれでいいと思います。私は人のよいシニフィエさんのことだから騙されているのかなあと心配になっただけです。

    対話のスレッドにアクセス数が少ないのは、周囲から見ても不毛に思えるからではないでしょうか。

  68. 本門の題目とは何か?

    「旦那、旦那、へっへっ、じつはなんでも願いが叶うっていう凄い呪文があるんでさあ。」

  69. 白いブランコさんが盲信創価思想を語ってくれることで、創価の矛盾点があぶり出されてます。創価を改善したいと来られる方は、脱会者や外部の人に、創価の問題点を指摘してあぶり出して欲しいと願ってこられてますが、実はそう言っている自分自身の中にすでに問題点が多々あったということに気がつかされたことでしょう。signifieさんによって問題点をあぶり出されたら、自分自身を改善する気持ちがありますか?無い。私は我が道を行きます。と思うのでしたら、組織とて同じことです。だから、無駄ですよ〜と言っているのです^_^

  70. ぽっけさん、コメントありがとうございます。
    私が20余年前に実家で組織について信心をしていた頃は、
    外国人の方や外国人のご主人を持つ方が入信されるケースが
    だんだんと見受けられようになりました。
    決して偏見からではなく理解を……とは思いましたが、
    熱狂的な座談会の空気の中で冷静に受けとめることが難しく、
    こうしたことも距離を開けるきっかけになってしまったように思います。

    生活保護について書かれた著書の中では、
    その後の生活が自助努力に基づくものにつながるような
    社会システム作りが大事である、といったようなことが書かれてあり、
    そのための法整備を見直す時期がきている、と思いました。
    戦後生きていくためにすがりつくような思いで
    機能していた時代と、いまとでは相違点があるのですから。
    社会保障の財源不足が指摘されるまでは
    大して問題にならず、選挙に利用できたのでしょう。

    政治家がこうした社会問題を政策に結びつけず、
    自身の手段に結びつけるだけに終始しているのでは、
    政治家を名乗るのもどうか、議員定数削減に焦るのもうなずけます。
    もちろん公明党議員に限ったことではありません。

    白いブランコさんは長年に渡って法戦の経験をなさったことでしょうし、
    こういった現場を耳にする機会がなかったというのは想像できません。
    管理人さん、モニカさんの後の方から拝見して
    文体から表れる誠実なお人柄に、
    私としてもいつになく対話が通じるように感じられ
    コメントを述べさせてもらいました。

  71. こんにちは、外部のぽっけです。

    やまとだましいさん、お返事ありがとうございます。
    やはり昔から他にもいろいろなもみ消しがあるのですね。
    むしろ、そういう事をするために警察やマスコミなどに学会員を送り込んでるように思えてなりません。

    また、末端が善良な人ばかりとは限らないとも感じています。
    取引先の飲食店の倉庫に自社の食材を納品する際に、そこに保管してある他の食材を「味見」と称してこっそり盗み食いしている事実を悪びれもせず言う人がいました。
    良心の呵責より、バレなければOKという感じで罪悪感がマヒしてるみたいです。

    また仕事の契約の際に「契約する代わりに聖教新聞とって」と平気な顔で交換条件を出す人もいました。
    仕事と聖教新聞は関係ないじゃん。
    公私混同、本当に迷惑な話ですよ。

    上層も末端も、罪を犯しても迷惑をかけても拝めば自分のしたことはチャラになり、世間的にチャラにできないことは、もみ消しの手があると思うから強気なのかなあ。
    もちろん、そんな感覚の人は学会員の中でもごく一部かもしれませんけどね。
    騙されて盲信して、拝めばなんでも大丈夫なんて勘違いすると、良くない事を平気でしかねない側面もありますね、思考停止になってしまうだけに。

  72. りみさん

    ほんと、そうですね。
    対外的に池田名誉会長を「私の師匠が…」と語る学会員、見たことありません(笑)
    みんな内心分かってるんですよ、「師匠」と言ったら白い目で見られることが。
    それがどれほど恥ずかしいことか。

    でも信仰はやめない。功徳が欲しいから。地獄に堕ちるのが恐いから。
    それがマインドコントロールの恐ろしいところです。

  73. 男子部時代のバリ活先輩(本部長)から電話がありました。
    会則の変更の矛盾点を言うと
    「日興上人が身延下山した事と同じだ」と言ってました。
    MCによって根本的な問題が見えていないようです。
    現在の曼荼羅が創価学会で修整して、カラーコピーをされている事も知らず

    本部職員が高額の給料を貰っていることも知らず
    人間革命が作り話が多い事も知らず・・・
    財務、票、聖教新聞の為だけに会員は利用されている。

    私がウソを言わない人間だと知っているので
    真実を伝えると絶句してました。

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