パートナーが活動家という問題

みなさま、お待たせしました。世の中は統一地方選挙の遊説でやたら騒々しく、とくに市議会選挙では信じられないようなトンデモ候補者もいたりして笑ってしまいますが、このブログではもう選挙に関してはいいんじゃないかなと言う気がしていますので、別のテーマで始めたいと思います。

前のスレッドではあっという間に120以上のコメントがあり、後半では対話中だった白いブランコさんへのイラダチのようなコメントも増えたりして、私もいろいろと考えさせられる機会となりました。あれだけ創価の「過ち」に気づいていながら、その「過ち」を創価ではなく幹部の伝え方のせいにしたり、末端会員の盲信のせいにしたりという、ある意味変則技でかわしていくという意外な展開となりました。「幹部が先生の指導を正しく伝えているわけじゃない」「末端会員が指導をそのまま受け取るのは間違いだ」などなど、自分の勝手な判断が「過ち」を生むのであって、その「過ち」が創価のせいではないと言います。誰のせいだろうが、その「過ち」があること自体が問題だと言っているのに、その「過ち」は池田氏の意図ではないと言う。池田氏の意図を正しく汲めば「過ち」は起らない。だったら最高指導者の責任として正しく伝えろよ、なんでその「過ち」をほっぱらかして5年も「ほとんど(笑)」姿を現さないんだよって話なんですが、都合のいいことにそういう発想はないようです。自分の意図を正しく伝えもせずに会員に「ほとんど(笑)」姿を現さない最高指導者。信心は師弟不二だ〜!とさんざん言っておきながら、なんで「ほとんど(笑)」姿を現さないのかと訊いても答えない。いろんな質問をしても、ほとんど創価が掲げている現実離れした夢みたいな建前しか言わない。そして自分の考えをと求めると自分の考えは創価の建前とほとんど同じだと言う。だったらなんで「過ち」を改善するためにその建前に逆らって自分だけボイコットするのかと訊いても答えない。たくさん質問をすると、わざと言葉をすり替えて、あたかも矛盾しているかのように誘導すると批難して、肝心の質問には「いちいち反論するのもバカバカしい」といって答えない。こないだまではどうにか話ができていたんですが、どうにも答えようのない質問があいついだのか、とうとう創価スイッチが入ったようで、完全にこれまでの殴り込み活動家の論調になってしまいました。いい人だと言うことはよくわかるだけにとても残念です。創価シャッターと創価スイッチという最強のダブルフォーメーション(笑)

そこで思ったのですが、やはり白いブランコさんにとっての現実は、本人がはっきり言っているように、創価の建前なんですよね。創価の建前が自分にとっての現実にすり替わっている。これこそマインドコントロールだなと思いました。よくわかりました。なにしろ自分で言ってるんですからね。だから創価の「過ち」を認めるにしても、その原因が創価そのものであってはならないから、幹部や末端会員のせいにするしかないんだと思います。なんかあの言葉でよくわかりました。「ああ、この人のベースはいつのまにか創価の建前に塗り替えられていたんだ」と。そういえば私も3年前まではそうだったなと思い知らされました。常になんかおかしいなとは思いながらも、そんな疑問が出るたびにあわてて「創価の建前」というペンキで、現実を塗り固めていた。私の場合、壮年部になってから、そのペンキ塗りがしんどくなったんだと思います。そしてだんだん塗り残しが増えていって、ある日のこと、ペンキが剥げ出したんです。ふとその剥げかかったペンキのふちを引っ掻いてみると、いとも簡単にポロポロとはげ落ちていくのがわかりました。「え?このペンキの下にはほんとうの自分がいたんだ」と気がついたんですね。そしたらペンキはどんどん剥がれていきます。剥がれれば剥がれるほど、自分はとんでもないペンキを自分自身に塗り続けていたんだと思い知らされます。「君は信心がおかしくなったんじゃないか?とことんお題目をあげて先生のために頑張るんだ」そう言われて、お題目と言う思考停止のペンキを自分の心に一生懸命塗っていたんですよね。白いブランコさんは「創価が詐欺団体だと言う思考停止」だと言います。実際は「創価は正しい宗教団体だ」という思考停止から抜け出して本来の自分の思考を再開したのですが、そこは思考停止している側からすると理解できないのも無理はありません。「創価が詐欺団体だ」という気づきは、何かを教えられてのことではなく、宗教的な呪縛から解放された結果なのですから思考停止の結果であるはずはありません。「創価は正しい宗教団体だ」というのはまさに「創価の建前」です。それを心に塗り固めていって、本来の自分の心を見えなくしてしまうこと。まさに創価は思考停止の詐欺だということですよね。

長くなってすみません(笑)。そこで今回のテーマは、前回のスレッドの中でもちらっと出てきましたが、「パートナーが活動家という問題」とさせていただきます。、結婚を前提にお付き合いをしていた相手から、いよいよ結婚という話になったときに自分が創価学会員だと言うことを打ち明けられて、困り果ててこのブログにたどり着いたという方がもうすでに何人もいらっしゃいます。私の場合、まさにその加害者であったので、このテーマはそうとう堪えるのですが(笑)、これはほんとうに深刻な問題ですので、あらためてこのテーマをとりあげたいと思います。結婚に際してだけではなく、結婚を機になんとなく流れで入会させられてしまったとか、逆によかれと思って入会させてしまって後悔しているとか、創価によって起るパートナーとの人間関係の歪み全般をテーマにしたいと思います。また、自分のところではこんなふうにして創価問題を回避できているといったお話があればとても参考になります。よろしくお願いします。

パートナーが活動家という問題」への79件のフィードバック

  1. はじめまして。宮部(男)と申します。30代前半の非学会員の者です(無宗教だという自覚がありますが、祖父母の葬式は浄土真宗で行われました。)。
    一人で思い悩んでいたところ、このブログに出会い、過去の記事を遡って読んでいましたが、奇跡的なタイミングでこの記事がアップされましたので、藁にもすがる思いで書き込むことにしました。長文で申し訳ありません。

    私には、付き合って半年くらいになる同世代の彼女がいます。
    私は、彼女の素直なところ、前向きなところ、何事にも一生懸命に取り組むところ、お茶目なところが大好きで、外見もタイプです。彼女のことが心底好きで、彼女も私と一緒にいる時間を楽しんでくれているように思います。付き合ってそれほど時間を要さず結婚したいと考えるようになりました。
    付き合って3か月目くらいに、私の両親に軽い感じで会おうという話になったところ、彼女から学会員であることを告白されました。彼女は、まずは彼女自身のことを知ってもらうことが大事で、学会員であることはもっと後になって話そうと思っていたらしいのですが、私の両親に会うのであれば、話をしておかなければと思ったらしいです(じゃあその話がなければ、ずっと言わないつもりだったのかという気がしますが。。)
    彼女のご家族には学会本部で働かれている方もおられるようで、ご家族全員熱心に信仰されているようです。彼女も小さなブロックの副部長か何かの役職があるとの話で、教学試験も全て通っているとのことで信仰心は強いと思います(ただし、最近は会合にあまり参加してはいないと話していました。)。

    最初に彼女から学会員であることを告白された際には、そもそも学会にいい印象をもっていなかったので、冷静さは装いましたが、驚き、ショックを受けました。
    ただ、学会のことについて彼女と意見を交換するためには、私も知識を得るべきだと思い、学会のHPや、学会が編集した入門的な書籍を読み、少しずつ情報を得るようにしました。会合にも連れて行ってほしいと自ら彼女にお願いしております。彼女は現時点では、あちらから学会の話をしてくることはほとんどありません。むしろ私が色々と質問しているような状況です。

    これまで、signifie様のブログを初め、様々なネット・書籍の情報に触れてみた私の知識からすれば学会の「広宣流布」の考え方に強い違和感を覚えています。他の宗教を邪宗と捉えている点に強い「押しつけがましさ」を感じます。これは私が、これまで育ってきた生い立ちから、「相手の立場に立って考える」ことを何より重要な考え方として持っているため、私が特にそう感じてしまうのかもしれません。しかし、それ以外の、外部的行為を伴う点以外の「考え方そのもの」は、内心に留まる限り、人が前向きかつ、冷静に生きていくためにありうる考え方かなと思っています。

    ただ、私が勉強している限りでは「他者への働きかけ」というのが信仰の核心の一つであるような気がしています。
    もし、この理解が正しければ、私はこの信仰を否定するしかなく、私の子供にはこの信仰をしてほしくないと考えています。「相手の立場に立って考えなさい」というそれだけが私が子供に伝えられる唯一の考え方で、その考えと、価値観を絶対視して「他者へ働きかけ」る学会の信仰が矛盾してしまうからです。なお、私は、どちらかというと合理主義者で、そもそも「信仰」の概念自体に意味がないと考えており、今から何かを信じることはありえません。

    私は以上のような考え方から、
    ・私が信心することはありえない、
    ・子供には信仰させたくない、
    ・彼女自身が内心で信仰することは気にならない
    ・もし子供ができれば、一緒にいる時間の長さから必ず母親の影響を受けるため彼女にも外部的行為は一切してほしくない(会合に行ってほしくない、できれば、仏壇も置いてほしくない、新聞もとってほしくない、)
    と思っています。
    彼女は、
    ・信仰を禁じられたくない
    ・仏壇は家に置きたい 新聞もとりたい
    ・結婚後も会合には参加したい(独りよがりの考え方になってしまうから)
    ・子供を会合に連れて行くことはあるかもしれない
    ・子供が信仰するかどうかは本人に選択してもらえばいいと思っている。
    ・私が学会の考えに違和感を持つのは、私が学会の実態について「知らない」からだ
    ・できれば私にも同じ信仰をしてほしいと思ってはいるが、考えを押し付けるべきものではないので、反対さえされなければよい
    と考えているようです。

    長くなりましたが、このような二人が歩み寄ることは可能だと思われるでしょうか。
    彼女のことが好きなだけに、理解できない部分があるところが苦しく、彼女に上記考え方をそもまま伝えていいのか、どのように伝えたらいいか迷っています。

    もしよければご意見伺えれば嬉しく思います。

  2. 宮部さん。初めましてスマイルと申します。大好きで結婚を考えている彼女が創価学会員とのこと。そして彼女の親族も強信者とのことですね。
    わたくしは、元々逆の立場でした。付き合っていた当時の彼女(現在は妻)は信仰しておりませんでした。私はバリバリの創価学会員でした。両親は最高幹部から相談を持ち掛けられる立場、強信者、池田大作さんを社会的に守る立場にありました。わたしは妻を入信させて結婚。結婚式には池田大作さんからメッセージが届き、方面の最高幹部が主賓でした。
    そのような中、生まれながらに創価学会員で、男子部の部長、牙城会という人材グループに属し、根っからの学会大好きっ子、であった私ですが、純粋に信心に励んでいたのですが、だんだんと創価学会の実態がわかってきましたので、信心から、組織からどんどん離れております。
    私自身の体験は「ニンゲンカクメイってなんですの?」の70-80番目にコメントしておりますので、是非お読みください。
    おそらく彼女様も学会の本当の実態について知らないと思います。「創価学会は正しい!」と信じている限り、本当の実態は見えません。わたくしのように死ぬほどつらい目に何回もあって初めて目が覚めるような感じです。
    実際に現場では「100万円の財務(三ケタの財務といいます)をすれば幸せになれる!」とか「(選挙違反をしてでも)公明党を勝たせるんだ!」と実際に公職選挙法違反。「聖教新聞の部数拡大だ!」といって自腹を切って必要のない部数を購読。こんなの当たり前です。本当に序の口、信心があれば(非常識なことですが)このようなことはチリのようなたいしたことではありませんが。
    このサイトは、創価学会に騙され、傷つけられ、やり場のない思いを抱えられた方が、たくさんおられます。創価の表の顔は聖教新聞にのっていますが、実態は・・・・・
    なんとも申し上げることができませんが、御自身の目と耳で確かめてみてください。
    結婚前にはよくよく話し合っておかれることが大切だと思います。
    彼女様からは創価の表の顔しか伝わらないと思います。

  3. こんにちは初めまして。40代前半男性のyouです。
    私は学会員の彼女と3年お付き合いをして結婚しました。学会員と告白されたのは付き合って1年後です。告白時には「自分自身のことを知ってもらって理解してもらえる人」だと思って告白したそうです。一見良い言葉に思えますが、相手に自分を好きになってもらって告白すれば理解してもらえる確率が上がる?(本心はちょっとずるいんじゃないの?と思いました)
    告白時には創価学会は決しておかしな事をしている宗教ではなく、又、神や仏にすがりつく宗教ではなく、自分で実践する宗教だと言ってました。何もしなければ何もないと・・・。
    私は創価学会自体名前は知っていましたが、具体的に何をやっていたのか全く知らずネットなどで調べたり、友人や職場の仲間にに聞いたり、おそらく宮部さんと同じ情報が私の中に入っています。ただ、告白された私は再婚な為、宗教で彼女を選んだのでは無く彼女の心が好きになったので気持ちを抑え暫くお付き合いをしました。ちなみに彼女は3世で女子部時代役員で地区の頭をやっていたそうです。
    彼女は初めに宗教には入らなくても自分を理解してくれればそれで良いと言っていました。
    (たぶん創価の人は自分を理解してもらう辛い気持ちも試練と思っているかもしれません。)
    今でも同じですが、心の底では彼女をどうすれば創価から脱退させられるか?そう思ってます。
    結婚してもこの問題は創価学会が存続する限り続く問題かと思います。
    宮部さんの質問で、お互いの主張及び妥協点はあるのか?っとの事ですが、今のところ答えは彼女の好きにさせ、こちらもあまり考えないようにして宗教以外の事に集中する事です。
    もしくは別れて大切な時間を次の出会いに注ぐ事しかありません。
    ただ、宗教活動の中でこれはおかしいと思う事はしっかり話あって下さい。
    又、すべてが悪い訳でもないので、一緒に実践できる事はやってあげる事です。
    たとえば、朝の題目三唱は私が仕事へ行く時には必ずして出かけます。
    もちろん信じてやってる訳でもないのですが、自分への規律と思い、気合の意味で行ってます。題目三唱は創価の物ではなく日蓮宗共通の物です。
    あと話し合いをした中では、他宗は邪教?日顕撲滅?最初に言ってた世界平和を願う宗教と大きくかけ離れてると質問した事ががあります。本人は考え込んでいました。
    他宗もお互いに尊重する事が平和なんじゃない?と言った事もあります。
    その影響か、初詣や神社仏閣などの参拝は出来ないと初めは言ってましたが、最近は初めて一緒に初詣も行って、有名な神社や仏閣でお参りも出来るようになりました。(創価の信仰心が無くなった訳ではありません)
    実際には信仰と言うより日本の文化へのお参りです。
    自分たちの祖先が作った文化を拝む物ではない?創価はどう言う指導をしてるのでしょうか?
    裁判の件など全勝してる?調べれば8割は負けてるじゃん??
    自分たちの都合の良い事ばかり末端信者に伝えて本当の事は言わない?
    この事は全国的にも大きな某会館の池田講堂の中で堂々と言ってあげました。
    でも、そこに居た学会員達に嫁が「すいませんこんな事言って」と謝ってましたが、非会員の貴重な意見を聞けて良かったと言っていたのには紳士的な対応だなと感じました。
    要は池田大作の宗教ビジネスに皆マインドコントロールされているだけ、末端学会員は優しい人が多く、池田大作に力を注ぐのでは無く正しい宗教に目を向けて欲しい。そう願っています。
    いずれにしても、池田氏の寿命は残り僅かです。
    急成長した物は早く滅びると言います。オームの件を見れば創価学会が無くなる事はなさそうですが、今、創価の活動してる者の半数以上が団塊の世代な為、10年、20年後は会員が激減して池田大作の声が届かなくなれば間違いなく変わって行くと思います。
    最後に宮部さんの考えを今伝えても彼女は自分の考えを変える事は無いと思います。
    しかし、必ず伝えて下さい。
    時代は必ず変わります。本当に彼女の事が好きなら支えて下さい。

  4. 宮部さんはじめまして。
    私の場合、パートナーに「パートナーが活動家という問題を抱えさせてしまった元創価」という立場でコメントさせて頂くことになります。
    昔、今の宮部さんの彼女様と同じ立場だったことになります。

    私が女子部だった頃は、今よりもっと「結婚するなら内部」という意識が強かった時代でした。
    というより活動家ならそれが当然!というくらい。何しろ
    「信心してない男と結婚するなんて不幸になるようなもの」
    「何かあっても守ってもらえない」
    「福運が切れたら終わり」
    酷いのになると「反対するような男と結婚して御本尊を押入れにしまっていたら障害児が生まれる」
    と、今思えば差別も甚だしい脅しがまかり通ってたくらいですから。
    万が一外部と結婚しても
    「絶対入会させてから」
    「すぐは入会しなくても、おとなしくてどんなに活動に文句を言わない、言いなりになる男の人」
    というのが最低条件でした。(何様だ?)

    そんな脅迫を散々聞いてきましたが、私の場合はパートナーの揺るぎない自信を見てると、そんな脅しはバカバカしくなってふっとびましたよ。
    「この世には逃れられない宿命がある」などと来てもいない不幸に脅えて保険のために信仰しているような男より、よっぽど頼もしく見えたんです。
    これ一見、イケイケの男子部に見え隠れする微妙な部分なんですよ。
    また「創価じゃないパートナーじゃないとダメだ!」とかその逆も然りなんだけど、独善的な男より、「そんなもの本人の自由でいいんじゃな~い?」とフラットな男の人が魅力的なんですよ。

    創価は確かに根が深くめんどくさいカルトです。
    私だって相当なバリ活だったんです。
    でもね、創価じゃないなら創価ごときに恐れることなかれ。
    ネットでチマチマ調べて怖気づく人が多い中、
    「たかが宗教だろ?そんなカルトより俺の魅力の方が千倍強いぜ。その魅力を見せてやらあ!」
    という気骨のある男子はおらんのか(笑)

    女性だって男子部が好きなわけじゃありません。(信仰を説明しなくていいからラクに思うだけです)
    魅力のある人が好きなんです。
    現女子部の方も、男子部が万能だと思ってたら大間違いです。
    所詮カルトにひっかかる程度の男です(笑)
    何があっても現実に立ち向かえる気骨のある人は外部にもいっぱい居ますよ。

  5. 宮部さん、さぞかし驚かれたことと思います。
    創価ごときのことで大好きな彼女と別れろとは私は言いたくありませんが、現実にはどちらかがそう判断する状況がしばしばあります。
    問題点や疑問をいくら彼女にぶつけても創価に関しては日本語が通じないはずで、それどころか幸せになるはずの宗教が二人の関係をおかしくしてしまいます。目をつむりさえすれば永遠に済むという話でもなく、ことあるごとにパートナーや社会に迷惑をかける可能性が懸念されます。
    学会員は“確信”に弱いので、宮部さんの強力な包容力と自信が創価のそれを上回れば上手く行くかも知れません。実力がないのに強引に事を進めて空威張りする男子部をたくさん見慣れているはずなので、優しさだけの包容力では物足りなく感じるかも知れません。
    彼女の信仰心を認めることは大切ですが、お金に絡む活動は必ず相談する約束をした方が良いです。隠れて高額財務をする婦人部が後を絶ちません。新聞や選挙などの他人様への迷惑行為も信仰とは関係ないのでやめさせたいところですが、創価はこれを仏道修行と指導しているのがやっかいなところです。
    お二人がうまくいくように本心から願っております。

  6. ご無沙汰してます。
    わたしの場合はなくなった彼女が学会員でした。
    亡くなる前も彼女のほうが遥かに酷いケガだったのに僕を心配しながらなくなってしまいました。
    勧誘もされていなかった僕が入会したことを
    彼女は喜んでいるのか!?悲しんでいるのか!?
    今となっては知るすべはありません。
    以前は喜んでくれているだろうと漠然的に
    おもっていましたがこのブログを読むうちに
    じつは悲しんでいるのかもと考えるようにも
    なってきました。

  7. 宮部さん初めまして。

    私は2年前に脱会した元創価学会員です。
    私が今の妻と出会った頃は活動から一線を引いていましたが、心はバリ活。妻はアンチでした。
    妻と出会った当初、私は学会宣言していませんでしたが、出身の高校の話になったときに
    私が創価学園の出身だと告げたことが、学会宣言となりました。
    そのとき妻が硬直したあの顔は今でも忘れられません(笑)

    私の妻は学会活動に大反対でしたが、私自身、心の中では
    「いつかこの人を折伏して一緒に活動するのだ」と思い込んでいました。
    結婚する際も、活動はしないけれど仏壇は家に置くことだけは譲りませんでした。
    宮部さんの彼女さんも昔の私と同様、「ご本尊をしっかりと受持して、この信仰に
    疑いを持たなければ、いつかパートナーである宮部さんも信仰に励む日が来る」と思っている
    可能性は高いと思います。
    そして、彼女はおそらく、親族から「あなたの信心が試されている」と指導されていることかと推測します。

    私の場合、両親はそれほど熱心ではなかったため、私に「学会以外の女性と結婚するな」とは
    言いませんでしたし、私が学会を辞めたいと言ったときにも冷静に受け止めてくれました。
    しかし、両親がバリ活だった場合、そんなに簡単に事は運ばなかったと思います。
    親族など周辺がバリ活の環境であれば、それを相手に孤軍奮闘する宮部さんは相当しんどい思いをされることでしょう。もしこのまま彼女さんとおつきあいを続けるのであれば、
    相当な覚悟が必要です。

    私は妻と基本的にとても仲が良かったのですが、創価の話題になるたびに、それはそれは
    酷い言い争いになりました。お互い相当疲弊しましたよ。
    私は、妻の話をよく聞いていると思っていましたが、それは今思い返せば「ポーズ」であり
    内心、「そんなわけない。学会は絶対に間違っていない」と思っていました。
    結婚して8年。学会活動から離れてから実質15年かけて、私は脱会に至りましたが、
    このブログに出会わなければ、もう少し目が覚めるのが遅れていたことでしょう。

    彼女さんだけが信心しているのであれば、
    粘り強い対話を通じていつかは目が覚める可能性もあるかと思います。
    繰り返しになりますが、両親など親族に本部職員までいる環境に、宮部さんお一人で
    立ち向かわれるのは、相当な覚悟が必要です。
    なにせ、相手は聞く耳を持つようで、全く持っていませんから。
    人生の大切な時間を棒に振る可能性もあるという前提で、彼女と向き合えますか?

    私は妻に感謝しています。
    彼女はそれこそ、「命がけ」で私の目を覚ましてくれましたから。

  8. 宮部さん
    初めまして。
    結婚を機に主人に折伏されて入会し、夫婦共々バリ活になってしまったレモンです。
    平成の初めの頃の入会ですので、ネットもスマホもない時代。
    目の前の誠実で信頼できる主人を信じて入会しました。
    入会した当時は、主人もせいぜい家で勤行するぐらいの末活。
    全然熱心ではありませんでしたし、私へも強く勧める感じではありませんでした。
    そんな主人が、結婚後に義父の大病をきっかけに猛烈なバリ活へと変貌。
    元々友人達の人望も厚く親分肌の人だったので、男子部時代に入会させた友人の人数は20人近く。
    男子部時代は、方面幹部をしていた猛烈バリ活で、今現在もバリ活のまま他人の為に走りまわっているオジさんです。
    そんなパートナーを持ちながら、宮部さんに対して思うことは、本当に彼女の事が大切で失いたくない人ならば、入会は絶対にしないで彼女を支え守ってほしいと思います。
    今は結婚しても、パートナーは入会しない人が多くなりました。
    婦人部の活動は、その多忙さと打ち出しは女子部の比ではありません。
    今は同世代女子部たちとワイワイして楽しく創価の良い部分しか見えていないかもしれませんが、「あれ、なんかオカシイかも」と彼女さんが結婚後に気づくようになるかもしれません。

    そんな時に、パートナーが入会していなければそれを理由に活動から遠ざかる事が可能です。
    創価は未入会の家族がいる家庭に対しては、表向きはとても配慮していますので。
    宮部さんが入会しないことで、いつか彼女さんが覚醒したときに、すんなり退会へといける可能性も高いです。
    私自身、もし主人が未活や未入会の人だったら、活動停止や退会がこんなにも大変ではなかったのではないだろうかと思うので、余計にそう思いました。

  9. signifieさん、お久しぶりです。
    宮部さん、初めまして。
    以前コメントさせて頂いたことがある 幸せの青い鳥 と申します。
    私も宮部さんと同じで数年前、学会員の彼と結婚前提でお付き合いしていた非会員の者です。
    話が平行線のまま歩み寄ることが出来ず、感情的な話し合いの日が続き、振られてしまいました。
    その後、私も(元)彼も別の人と結婚しました。
    その後のことは共通の友人がいるので知ることは可能ですが、わかりません。
    今は私は日本からも離れ、新婚生活しています。
    年齢は宮部さんと同じくらいでしょうか。
    結婚は全く違う環境で育ったものどうしが生活するので、それなりに色々あります(笑)
    でもわかりあえないような決定的な違いではないのでイライラすることもありますが(多分お互い)、楽しく暮らしています。
    でもこれが宗教問題だったら・・・今考えても複雑な気持ちになります。
    私は上手くやれていたのだろうか・・・正直自信ないです。
    結婚前にしっかり妥協点を見つけることが一番大事なのかなと思います。
    それが出来ないようならご縁はないのかもしれません。
    私は元彼が学会員の親御さんとの同居を希望していて、それが受け入れられず終わりました。
    学会には入らなくていいと言われていましたが、自分以外学会員という中で暮らすのがおそろしかったんです。
    彼と2人で暮らせるなら私は結婚したでしょう・・・
    きっと彼もそうだと信じていました。
    まさか彼から振られると思っていなかったので、すごく辛かったです。
    当時は生きていてもしょうがないくらいに落ちていました。
    世界に色がなくなりました。
    彼からも連絡が途絶えました。
    でも時間薬とこのブログのお陰もあり、歩みを進めることが出来ました。
    でももしもう少し早くこのブログと出会っていたらまた違う人生だったかもしれないです。
    私は当時一人で悩んでましたから。
    一人で悩まないってのも大事なのかもしれません。
    どんな選択が正しいかはわかりませんが、宮部さんが後悔のない選択が出来ますように。
    アドバイスにも何にもなっておらずすみません。

  10. 宮部さん、初めまして。

    私、皆様のご意見に賛成です。

    創価学会以外の人と結婚した女性の友人が何人もいますが、みんな、信仰は自由だからというスタンスで結婚していますが、庫裏山さんのコメントのように「いつかこの人を」と思っています。そして「私の姿を通して、学会の良さを知ってもらおう。そうすればいつか入会したいと自分から言ってくれるはず」と信じています。勿論、周りの婦人部もそう言って、陰で励ましています。中には、創価以外の人と結婚するのは、自分の折伏のチャンスだと言っている人もいました。
    個人的には、それでは結局、相手の男性と心が通じ合っていないんじゃないだろうかと思ったりしましたが。
    それから、バリ活両親の娘は、やはり相手の男性が形だけでも入信しなければ結婚を認めなかったケースもよく耳にします。都会はだいぶ寛容に振る舞っていますが、地方に行けば行くほど、昔ながらの信心をしている地域が多いと実感することもあり、先日は、友人が妊娠しているにも関わらず、親の反対で結婚できずに、未婚のまま実家で出産することを決めた話も聞きました。ものすごく世間の感覚と乖離していると実感することが多いです。
    人それぞれなので何とも言えないですが、ご本人が活動家であるなら、子供は絶対に入信させるでしょうし(それが子供の為と思っているのです)、大変しんどい結婚生活になるだろうなと思います。
    価値観の全く違う相手と結婚することになるのですからね。

    初詣もおみくじも七五三も盆の行事も、私の友人達は子供達に許していません。小中学生の子供がいる母親世代なので時代が違うかもしれませんが、神社に入ることすら抵抗ある、おみくじを目にするだけで抵抗があると昨日言ってました。未入信の旦那の実家からお祝いに貰った安産のお守りを、友人の母親が速攻で捨てた話もつい最近耳にしました。
    身体の底に染みついた創価の価値観が日常生活の中で見え隠れするので、毎日が違う価値観の人との共同生活になるのは苦痛ではないかと思うのですが、果たしてそれに耐えられるかどうか、大変難しい選択だと思います…..

  11. うふふ、モニカさんのコメント共感する部分多かったです。
    私は外部の主人と結婚するにあたって脱会できました。
    男子部の人との見合いもありましたが、どうも大人しくて…
    主人は毅然として自分の決断をきちっと受けとめて行動していくところが、
    とても魅力的でした、ほんとうに感謝しています。
    外部の方のリアルな現実感がとても頼もしく感じられるのではないでしょうか。
    モニカさんのように上手く書けないな

    私は実家の母に選挙等いま思うと考えなしに協力してきましたが、
    主人はあまりこだわらずそばに居てくれたと思います。
    いまはあらためて創価学会の現実的な問題点と、
    こちらの場でリアルに向き合うようにしています。

    若い方の恋バナ気になるところです…真剣さが伝わってきます
    みなさんのコメントも大変参考になりますね

  12. 宮部さん、はじめまして。
    コメントありがとうございます。
    宮部さんの動揺はとてもわかります。私は30年前に動揺させた側で、いまだにその傷に苦しんでいるからです。
    ここの皆さんからのアドバイスを是非参考になされてください。
    私もなにかしらアドバイスをと思って書こうとしたんですが、自分のやらかしたとんでもない過去を思い出してしまい、ちょっとコメントできる状態になれませんでした。30年経った今でも、まだ心の整理をつけきれないでいるのだと思います。
    ひとつだけ確実に言えることは、創価の信仰をしている限りは、まともな価値判断はできないということです。本来のその人の心ではありません。たとえば思想的に何かに取り憑かれて自分を見失っているんだと思われていいと思います。自分の心に日頃から創価というペンキを塗り続けているので、言わば独善的選民思想で固まってしまっています。ここから抜け出すのはなかなか難しいとは思いますが、どうかまずそのことを理解してあげてください。こと信仰に関しては人間性が著しく歪んでいます。口には出さなくとも創価以外はカスと思うような人格に仕立て上げられています。だから非常識で過酷な活動もすれば有り金も平気で貢いでしまいます。ときおりスイッチも入るし、シャッターも下ります。目を覚まさないように、ひたすら勤行唱題と日々の活動を強いられ、仕事よりも家庭よりも学会活動を優先して当然と信じています。でもそれは創価によって仕立て上げられた偽りの人格です。信仰の部分さえなければあなたのパートナーは魅力的な人でしょう。創価はそんな心根の優しさや純粋な正義感に巧妙に、かつ大胆につけ込んで行って人の人生を奪い取ってしまいます。目的はお金です。ただそれだけのために何百万人もの人たちが犠牲になっています。もしパートナーと生涯を共にと願うのであれば、彼女をこの異常な世界から何としても救い出す覚悟が必要だと思います。互いの信仰に口を出さなければうまくいくといった生易しいものではありません。彼女が創価に取り憑かれているかぎり、あなたを創価の信仰につかせることが自分の使命だと信じていますし、そうならなければ幸せは来ないと指導され続けます。
    昔、統一教会に洗脳された飯星景子さんのお父さんが命がけで娘を救い出したような覚悟が必要かもしれません。あるいはひたすら彼女自身が創価の実態に気がつくまで、争うことなく寛容な心でじっと待ってあげる覚悟が必要かもしれません。このブログにはそうやってパートナーに救われた方が何人もいらっしゃいます。
    何れにせよ何らかの尋常ならぬ覚悟は必要だと思います。でなければあなた自身が創価の泥沼に引きずり込まれる可能性もあります。私の兄のように。また、あなたが頑なに創価を否定すれば彼女のほうからあっさり去っていく可能性も大きいと思います。でもそれは創価に塗り固められた歪んだ心がさせることであって彼女の本心ではありません。30年前の私がそうでした。今考えてもゾッとするのですが「創価を否定する人は自分にはふさわしくない低レベルの人間だ」と思って、急激に愛情が消えてしまうのです。これはあくまで私のケースなのでみんながみんなではもちろんないと思いますが、私は3年前に覚醒して、やっと自分のしたことに気がついて、あの30年前の自分をいまだに許せないで苦しんでいます。これはもうどうしようもない傷として背負っていくんだろうとあきらめています。決して宮部さんを脅すつもりは毛頭ありませんが、やはりそれなりの覚悟は必要かと思います。それだけ創価は罪深いのだということと、彼女が発する創価擁護の言動や独善的な思考は創価によって操られた結果であることを忘れないでいただきたいと思います。暗い話ばかりで申し訳ないのですが、事態はかなり深刻かと思われます。でもこのブログにいらっしゃる同じ体験をされた方が適切なアドバイスをお話ししてくれると思います。ぜひ参考になさって、じっくりと考えてから、悔いのない決断をされてください。これからもよろしくお願いします。

  13. 宮部さんはじめまして

    私は約30年前結婚を機に入会しました。
    パートナーが大切にしているものを共有したいとの思いから。
    結婚直後数年間は「脱会したい」を訴えても「もっとしっかり中身を理解してから判断して欲しい」の繰り返し。

    そして昨年、私は脱会、そして先日夫も脱会
    嬉しいはずなのですが暗澹たる気持ちです。

    脱会届を内容証明で送った夜
    「今、どんな気持ち?」って聞いたら
    「創価学会は良い団体だと思っている。ただ、家族の事を優先して脱会した。これからは、創価学会でやっていた良い事を別の形でやって行こうと思っている」
    (@_@)
    前のスレッドでカガテツさんご紹介の記事に納得です。
    子育ての中でも様々な陰を作ってしまいました。

    結婚時に入会しない等約束していても
    長い人生誰にでも起きる可能性のある、子どもの入院・自身の病気・実家の悩み・仕事の行き詰まり…
    そのタイミングで入会を迫られます。
    そんな時は誰でも藁にもすがりたい状況…

    個々に、事情が違うでしょうから
    たくさんのケースの一つとしてご紹介しました。

  14. 結婚を考えている相手がじつは創価だったことを知らされて困惑しているというケースは少なくないと思います。
    それで妥協点を見つけられるのかどうかといった考え方が出てくるのも当然だと思います。
    しかしこれは創価が宗教である場合に可能な選択肢であるとも言えます。
    結論から言いますが、創価は宗教ではないので、妥協点を見つける見つけないと言う議論は成り立たないということです。

    創価の家に生まれ、モノゴコロつく前から創価以外の考え方は間違いだと教えられて育った二世三世にとっては、自分の生き方の選択肢を奪われて生まれたようなものです。創価はそれが最高の人生だという考え方です。しかしそれは宗教としての価値観ではなく、組織の利害としてそのような人間を作り出していく方法をとっているということです。つまり創価は宗教ではなく、宗教を利用した詐欺だと言う根拠でもあります。

    結婚相手の価値観を尊重し、お互いの妥協点を見出そうとすることは、これから共に生きていく上で大切なことだと思います。しかし一方の価値観のベースが第三者の詐欺による作為的なものであったとしたらどうでしょう。そんなものまで尊重する意味があるでしょうか。ぶっちゃけていえば、結婚相手がオレオレ詐欺にひっかかって、有り金を片っ端からヤクザの口座に振り込んでいるのを見て「それも個人の考え方だから尊重しよう」と見て見ぬフリをするパートナーがいるでしょうか。

    結婚相手に「じつは自分は創価学会の信仰をしている」と告白されて、創価のことを知らない人は、創価って何?と思うでしょう。そしていろいろと調べると思いますが、さすがに創価が詐欺団体だとわかる人はそれほどいません。人に迷惑をかけたり、常識がなかったり、評判が悪いということはわかるでしょうが、それでも創価は新興宗教のひとつだという認識から離れることはまずないと思います。自分が知らないだけで、彼女がここまで言うんだから、それほど悪いところでもないんだろう。そう思っても不思議ではありません。

    しかし私をはじめ、多くの創価経験者の認識は、このブログのコメントを見てもわかるように「創価は宗教ではなく詐欺団体だ」という結論です。そしてものすごい数の人の人生を根こそぎ奪ってきました。しかしここで思い違いをしてはならないのは、詐欺の加害者は、組織の最高幹部だけであり、残りのほとんどの会員は詐欺の被害者であるということです。一般会員はみんな創価が正しい宗教団体だと信じ込まされています。お互いに顔を合わせる会員同士は、正しいことをしているとの確信の元に、さまざまな活動をしています。だから厄介なんですね。被害者がまったく被害者意識がないどころか、誰よりも正しいことをしていると思っているので、創価を否定するものを邪悪なものとして捉えます。外から何を言っても、自分も含めた学会員が悪いことをしているなどと夢にも思わないし、こんなに純粋に活動をしている自分たちが騙されているなんてもってのほかなんですね。

    彼らに見えるのは「創価学会は正しい宗教団体である」という風景でしかないんです。外部から見れば完全に「詐欺をする人とされる人」の風景なんですが、人一倍誠実で純粋で正義感のある会員さんほど、そのだまし絵に気づくことはありません。昨日まで私が対話していた白いブランコさんという活動家の方も、とても誠実で正義感に富み、恩義に厚い方でした。が、かえってその疑うことを知らない人の良さが創価の思う壷にはまってしまっているということが、創価のことを知らない方でもわかると思います。どんなに「現実はこれこれこうですよ」と示しても「いや、創価学会は正しい宗教団体だ」と絶対に譲ることはありません。私もくりかえし「現実を見ましょう」と言ってきましたが、あの方が見える現実は創価の建前でしかありませんでした。その証拠に「私の考えと創価の建前はほぼイコールです」と答えられてましたよね。

    お互いの思想信条を認め尊重し、妥協点を見出しながら、最高の生き方を共に作り上げていく。そんな出会いと結婚とその後の生活が望めればいいのですが、残念ながら、創価は自分と違う相手の考えなどカスとしか思っていません(それが創価のいう日蓮仏法の基本の教えであり、だからこそ創価が詐欺の道具として利用しているのです)。またそんなカスの人生から救ってあげることが自分の役割だと信じています。そのような考えを変えるつもりのない人との結婚は、やはりよほどの覚悟が必要だと思います。

  15. シニフィエさん、その通りです。
    私も妻と出会ったころは妻を救わなければ、などど思い上がっていました。妻からは「あなたを救うのは池田大作なんかじゃない。そばにいる私だよ」と何度も言われましたが、「崇高な師弟の絆がわからないかわいそうな人だ」と思うだけでした。人知を超えた難が襲いかかってきた時には、この信仰でしか乗り越えることができない、と頑なに信じていました。だから妻にも教えてあげなければならない、と。子供に関しても、口では「入信は本人の自由い意思で」といいながら、内心は「入信させてやるのが親の慈悲」と思っていました。怖いなぁ。結局のところ、何かあったらご本尊にすがるしかないと考えていた自分こそ、妻を守るという覚悟がなかったと気づいたのです。情けない男でした。震災の時も弟子の前に顔を出さない臆病者を永遠の師匠とあがめていた馬鹿馬鹿しさも、脱会する背中を押してくれました。そしてこのブログも。脱会した後に生まれた1歳になる子供も、当然創価には入れません。入ると言ったら命がけで止めるでしょう。

  16. >人知を超えた難が襲いかかってきた時には、この信仰でしか乗り越えることができない

    庫裡山 さん、まさにこれなんです!
    女性の方が創価で男性が外部の場合も、これが不安なんですよ。
    今までは何かあったら「御本尊様!」とすぐとんでいけたのに、外部と結婚してこれができなくなったらどうしよう?
    思いっきり頼って心いくまで祈りたいのに。

    本来、何かあったらご主人を頼ればいいのです。
    なのに
    「御本尊だけが唯一人知を超えた絶対的なもの。残念ながら恋人や夫が束になっても敵わない」
    これを徹底的に擦り込まれているんです。
    そんなものは幻想なんだけど信じるとはそういうことです。
    ※どうかパートナーの方はこの不安を取り除いてください。

    創価の手法はとにかく「不安を煽ること」です。
    平和で何ごともない時にさえ、
    「こういう時にのほほんとしてないで福運を積みなさい!宿業は絶対くるの!」
    「そうやって何もないからってのんびりしていると魔に食い破られるわよ!」(だから新聞啓蒙よ)
    実際、とんでもない災難が降りかかるとむしろ嬉々として
    「難を乗り越えるのが信心よ」
    「今こそ宿命転換のチャンスよ!」(だからこの選挙戦に賭けるのよ)
    まるで人の不幸が楽しいように。

    全部、幻想です。
    そう思い込まされてるだけです。

  17. 「カルトからの回復」が好評のようなので続きまして…

    井田真木子 著作撰集1(2014年7月・里山社)より

    池田大作欲望と被虐の中で (初出「諸君」1,996年4月号)

    P498 「スキャンダルはうらやましい」
    「かって折伏に精を出した僕がいうのもなんですが、入信してくるときには、男女を問わず、みんな非常に純粋なのです。世の中をよくしたい。幸せな世の中にしたい。そして自分も幸せになりたい。と思って入ってくるんですから純粋でないはずがない。
     ところがいったん学会という組織の中に入ると人格が変わる。組織に入った瞬間に、あまりにも多くの人が欲望にギラギラ目を光らせる人物に豹変してしまうんです。要するにみんなが小さな池田大作に変わる構造になっている。女性の場合も同じでしょう。」
    ……
    「学会というところは、どんなに末端の信者にも上にのぼる機会が与えられているように思えるところなんですね。実際にそういう例も多い。たとえばの話ですけど、それまで近所の小売店のおかみさんだった人が支部長になるとか、そういったことですね。……
    「とくに女性の場合には、いわゆる何段抜きというような大大抜擢なんですね。そして、抜擢されたのは、池田先生みずからが目をかけたからだと、学会の女性ならすべて経験的に知ってますから、抜擢イコール、先生のおそばに侍ること、誰よりも近くに寄ることだと思っている」……
    「女性のスキャンダルが出ることは、彼女が抜擢された証拠なんですから、いやらしいわ、じゃなくて、うらやましいわ、いいわねえ、くやしいわねえになってしまうの。そういう構造になっているんですよね」
     だが池田はそういう女性をけして長くは寵愛しない。ほとんどの場合、一定期間、みせびらかすように寵愛したあと、男性幹部にさげわたして、今度は別の女性を寵愛しはじめる。そのため、学会には永久職としての女帝は存在…p499…せず、これをその他の女性の立場にたってみれば、すべての女性に寵愛される可能性があるということになる。だから、女性たちは今度は自分がその地位を得ようと血眼になるのだ。

    P503 創価学会が教育機関を持ったことはあるい意味で画期的なことだ。それは二世の囲い込みであり、子供を人質にとるというもっとも効果的な会員の掌握策にして、子供によって親の行状を知る、新しい密告回路の開設である。また、池田は、若い人材を他の国立大学などに合格させたのちに、それを蹴らせて創価大学に入った優秀な人材は、世間の風に当たらぬうちに、卒業後すぐ本部職員に採用される。……

    P507 おそらく近い将来、生物的な存在としての池田は終焉を迎えるだろうが、創価学会は戸田城聖が基を作り、“池田先生”が果てしもなく規模を拡大した盤石の構造を維持する形で、第二の池田への野望を持った人々によって割拠されるにちがいない。”池田先生“は物理的にいなくなっても、そのあとには、いくたの“池田先生”が出現し、“池田先生”型組織の上に乗り、“先生”が編み出した人心操作方法を踏襲し、あるいは応用変化させて学会的なるものを存続させるだろう。
     では、私たちは学会から何を学べばよいのか、それは人間の欲望はけして過小評価できない力であり、また時代とともにさまざまな形をとること。そして、それは私たちを生かす動力だが、ひとたび“池田先生”学会のように過剰になれば、きわめて危険な力にも変わりかねないこと。
     以上のようなことである。

    残念ながら、井田真木子さんは2001年、肺水腫にて44歳の若さでお亡くなりになりました。合掌

     私が考えるに白いブランコさんはもう一歩で覚醒の扉が開きかかっていて、頭の中がパニック状態になっていたように思います。それでyさんが慌てて、“鵜飼の鵜に逃げられては困る”と思い撤退を急いだのだと思います。ただでさえ若い(という程若くはないが)活動家が居なくなっているのに、“これ以上只の一人でも覚醒しないでくれ”の心境だったと思いますが、恐らく数か月後には白いブランコさんは覚醒してると思いますよ。
     何でかというと、”学会が“云っている事と、やっている事が真逆だ”と薄々感じてたみたいですから。

  18. 皆様

    真剣なご回答ありがとうございます。心から感謝します。
    ご経験に基づくご回答をたくさんいただき非常に参考になりました。

    複数の方が仰られている「御本尊だけが唯一人知を超えた絶対的なもの。残念ながら恋人や夫が束になっても敵わない」「入会者以外はかわいそうな人だ」という考えを彼女が持っていたとすれば、非常に悲しいことです。
    彼女が明確にこのように考えているかについては確認をしていないものの、たしかにそれを感じさせる発言はありました。

    「自分ではコントロールできない何かがあったときの支えとして祈る」という彼女に対し、「祈りに意味なんてないと感じる。もしもそのような何かが起きた場合には、祈る時間があればベストの対策をするために時間・労力を使う」という私の意見をどう思うか尋ねたところ、「(祈りに意味がないという私のことを)可哀想だと感じる」と話していました。

    そもそも、他宗を邪宗としている点で、根本にこのような発想があるのでしょうかね。
    ここが他者を「蔑む」という発想なのであれば、やはり私はこの考えと相容れることができません。

    私は彼女のことを知りたいために、学会の教えを色々と質問しているにもかかわらず、彼女は私に学会のことを勧めてこないので、その点は(もしかしたら信仰心がそれほど強くないのではという意味で)気になるところではあります。
    広宣流布が大事な教えなのであれば、なぜ、興味を持っている私に勧めてこないのかと尋ねても、「わからない」と言います。
    今回の統一地方選挙の際も私に何も勧めてきませんでした。

    とはいえ、彼女が強い信仰心を持っていることはほぼ間違いない事実だと思います。
    私が入会することは絶対にありえませんが、自分がどのような考えで、どのように彼女と向き合うのか、皆さんのご意見を参考にさせていただき、もう少し事実を知ったうえで、自分を見つめる必要がありそうです。モニカさん、宝星さんが言われている「揺るぎない自信」を持てるようになりたいと感じました。

    皆様本当にありがとうございます。

  19. こんにちは、Teitterでこちらのサイトを見つけました。
    私は創価3世の22歳です。
    母方の祖母が熱心な信者で、娘である母と母の姉も信者で、どちらも夫を折伏して結婚しています。
    母は創価学会以外の人とは絶対結婚しないと心に決めていたそうです。
    創価が嫌いだった父は絶対に信心なんてしないと母に宣言していたそうです。
    ある晩、母がいつものように題目していると父から突然電話がかかってきて
    「俺、創価学会入るよ」
    と、言ったそうです。
    母の家はもともと貧しく、家庭環境も非常に荒れていたそうです。
    おばさん(母の姉)は気が強くて祖母に反抗することも多く、虐待まがいのことをされていたそうです。
    (ていうか虐待だと思います)
    詳しくは描けませんが祖母の男性関係のことや祖父のギャンブル、そして生い立ちを聞くと
    「よく私はこんな普通な暮らしができているな・・・」
    と思います。そしてそんな言葉を口にすると両親はそろって
    「信心があったからここまでこれたんだ。」
    「信心のおかげ、すべて功徳なんだよ。」
    と言い出します。

    ちなみに祖父はすでに他界、祖母は認知症などの病気をわずらい、施設での生活を送るべく準備を進めている最中です。
    そして、祖母の身辺整理(住んでいる家なども含めて)を一番近くに住んでいる両親がやっているのですが、その中で祖母が借金を抱えていることが発覚したのです。
    相続とかその辺は法律のプロに相談しながら両親が頭の悩ませながら頑張っているようです。
    子供の私たちに迷惑をかけないように。
    「自分たちが死ぬときは、遺産は残せないかもしれないけど借金は残さないよ」と冗談交じりに言っています。

    私たち子どもは3人兄弟でそれぞれ自立した生活を送っています。
    自慢ではありませんが私は家族の仲がいいと思っています。
    だけど一つだけ嫌なところがあるのです。
    創価学会を信仰していることです。

    私は別に、両親の信仰をやめさせようとも思わないです
    実際、両親が本当につらかった時、信心を根本に支えあってきたことも体験談からよくわかっているつもりです。
    ですが、だからと言って私も信心するのかと言えばそれは全く別の話になります。
    私は創価学会が嫌いなのです。
    信心が嫌いなのです。

    私は小学校の頃いじめにあいました。
    もともと明るくてひょうきんで、目立ちたがり屋なタイプでした。
    ですが今では人のことを信じられず、誰にも本心を打ち明けられない人間になってしまいました。
    内気な性格になり、悩みを話せる友人もいないです。
    中学の頃、つらくて仕方なく、母親に思い切って悩みを打ち明けました。
    泣きながら。
    母は私の話を聞いてくれました。
    ですが、最後の結論として出た言葉は「信心」でした。
    上手く言い表せませんが、私はとてもショックでした。
    「なんで?」
    こんなに一生懸命話したのに、どうして創価学会の話になるのか理解できませんでした。

    それから(以前からもあったのでしょうけど)ことあるごとに信心、信心
    私が悩みを打ち明けるたびに信心の話をされました
    私は、母も父も、「私の気持ちを理解するつもりなんてまるでないんだ」を思うようになりました。
    そして、創価学会も信心も嫌いになりました。
    私は今年から社会人になったのですが、実家を出る前に上記のような思いを伝えました。
    すると、両親も、父方の祖母(10年ほど前に入信)も、私の気持ちをわかってくれて
    「あんたは何も悪くない、今まで悪かった」
    「○○の気持ちに本当に寄り添っていなかった」
    と、言ってくれました。

    そして先週、働き始めたばかりですが仕事で悩みができたので、両親にメールで相談したのです。
    それに対する父からの返事が
    「朝にお題目!一日が変わるよ!」
    もしかして父は頭がおかしいのか?と思いました
    返事はしませんでした。
    母にそのことを愚痴ると
    「お父さんに悪気はないから・・・」
    と父をかばう様なことしか言いません
    当たり前ですよね、あちら側なんですから

    一度和解したかと思われましたが信仰を押し付ける姿勢は死んでも治らないのでしょうか?
    「結婚相手は学会員か、そうじゃなければ折伏しろ」と言われています。
    今はお付き合いしている人がいませんが、いずれその時が来るのでしょう
    私は創価学会員とは絶対結婚したくありません。

    一人暮らしの私の部屋には小さい仏壇が置かれています
    中にはご本尊はなく、お守りご本尊がぽつんと入っています。
    引越しの手伝いに来ていた両親が実家に帰って以来、一度も手を合わせられることもありません。
    なんだか仏壇がかわいそうです。
    なのでたまに掃除してあげてます。
    どんなにつらくても、お題目する気にはなりません。
    信心は私にとって敵です。
    両親と私の間に深い溝を作り、本当の親子の心の通った会話をさせない最低な存在です。

    最近悩みを打ち明ける場もなく、関係ないことをコメントしてしまいました。
    読んでくださると幸いです。

  20. 宮部さん
    彼女様が宮部さんに強く勧めてこないのは「嫌われたくない」「去ってほしくない」からです。
    自分の信仰には寛容でも、相手に勧めると離れていく人が多いのを知っているからです。
    創価の教えにも
    「末法にはこの教えを素直に聞く人はそういない。むしろ迫害される(故に正しい)」
    とあるので実際怖いのです。
    去ってしまった場合、創価には
    「その程度の人だった」
    「あのまま一緒に居ても不幸になるだけだった」
    という慰めの言葉が用意されていますが、辛いことに変わりはないのです。
    彼女様は宮部さんのことを本当に好きなんだと思います。

    >自分ではコントロールできない何かがあったときの支えとして祈る

    これ、間違いなく不安を煽られた言葉ですよ。
    人生には自分でコントロールできないものがあると(創価ではそれを宿命と教えます)、もう散々言われているのです。
    そうなった時、どんなに辛いか苦しいかと。
    だから生きてる以上誰も逃れられないこの法則のために、日蓮大聖人が唯一の秘法を顕されたのだと。
    いえいえ、全然抹香くさい話じゃないんですよ。
    大海へ地図もコンパスも持たず出航するのはおかしいでしょう?
    日蓮の教えは例えるならその地図やコンパスのようなものです。
    なーんて感じでしょうかね。(定番です)

    根底には擦り込まれた「人生は信仰がないと不安」という強迫観念があるのです。
    恋愛や友情や世間の絆では解決できない、という教えとセットで擦り込まれています。
    くりかえしますがこれが元凶です。
    創価はこの「不安を煽る」ことを、あくまで引きこむための手法として用いてるんですが、信者は
    「鋭い洞察を持った哲学だ」
    「だからこそこれがると安心だ。ありがとう」
    とまんまと戦略にはまってしまいます。

    カルトは確かに根が深いんですが、一つ一つ構造を理解すると糸口が見えてきます。
    彼女のいうことをいちいち真に受けて悲しんではいけません。
    すべて手法通りにMCして、そう「思わせ」「言わせて」いるんです。

    このMCを解くのは安心感しかないんです。
    特に女性の場合は、「何かあったら」とか「いざとなったらとか」という不安が強いですから、とにかく大丈夫だと毎日でも言ってあげてください。
    創価以上の説得力を持って言ってあげてください。

    そしていつか聞く耳を持つようになったら、「これは手法なんだよ」と教えてあげて下さい。

  21. >かに座様
    初めまして。学会3世のバニラです。
    年齢も近く、状況も似ていたためコメントせずにはいられませんでした。
    かに座様の気持ち本当によくわかります。
    私の場合は特に母がそんな感じで何か悩みを相談すれば「お題目をあげなさい」の一点張り。
    また、仕事で成果がでた事を報告すれば「諸天善神のおかげだね。福運があるね。」と。。。
    そうじゃないんですよね。大好きな母親に私の努力を褒めて、認めてほしかっただけなんです。
    まあ母なりの最大限の褒め言葉なのかもしれませんが。
    もう母には相談事は一切しなくなりました。何を言っても同じ答えしか返ってこないので。
    完全に思考停止しているんですよね。創価スイッチが入ればかんしゃくを起こします。

    私も両親はこのまま創価学会が最悪の詐欺団体と気づかずに寿命を全うしたほうが幸せだと思ってます。
    もう人生のほとんどを学会に捧げてきた2人なので。。。

    お守り御本尊は部屋の片隅に置きっぱなしです。
    私はかわいそうだなんて思いません。ただのプラスチックの塊ですよ。
    完全に家族から独立できれば、私は捨てる予定です。

  22. カガテツさんのご紹介してくださった「池田大作欲望と被虐の中で (初出「諸君」1,996年4月号)」からの引用

    >また、池田は、若い人材を他の国立大学などに合格させたのちに、それを蹴らせて創価大学に入った優秀な人材は、世間の風に当たらぬうちに、卒業後すぐ本部職員に採用される。……

    知り合いの幹部のあの人、この人がまさにそうだなぁと思い浮かぶ人が大勢いますね。
    ただ、これは覚醒する前から「せっかく優秀な頭脳で東大に合格していたのに、蹴ってまで創価大で物足りなくないんだろうか?その後も本部職員って勿体ないなぁ」と常々思ってました。
    本部職員になれたらまだしも、地元の会館勤務になって会館でコピーなどをとっている優秀な人材の人を見ると、失礼ながらもこんな人生を本当に望んでいたのかな?民間で才能を発揮する道は考えなかったのかな?と感じていましたね。

    本部職員への採用も、観察してみていましたが職員の子どもや幹部の子どもなどが優先して採用されていますし、学園や創大への入学もそんな具体例も見ています。
    覚醒前はそんな目で見る自分は純粋な信心な目が狂っていておかしくなっているのかもと思っていましたが、そんな事は当然のようにある世界なんでしょうね。

  23. モニカさんの
    >人生には自分でコントロールできないものがあると(創価ではそれを宿命と教えます)、もう>散々言われているのです。
    >そうなった時、どんなに辛いか苦しいかと。
    >だから生きてる以上誰も逃れられないこの法則のために、日蓮大聖人が唯一の秘法を顕されたのだと。

    >大海へ地図もコンパスも持たず出航するのはおかしいでしょう?
    > 日蓮の教えは例えるならその地図やコンパスのようなものです
    この通り私も聞いてきました(笑)
    ほんとにこのまま・・思い出してしまいました。
    たぶんモニカさんとは同じ県ではないと思うんですが・・(笑)

    私の最初の主人は創価だった私に合わせて
    入会しましたが、結果、離婚しました
    今の主人は創価には入りませんでした。
    君がするのは自由だけど自分は必要ないから・・・
    仏壇も置いていいし、昼間の会合とか新年勤行会もOK
    でも自分はしない・・と、ぶれない主人でした
    もちろん主人を入会させたかったんですよ、その時は
    でも、結婚してから経験豊富な主人やその周りの人たちのノンフィクションの人生や
    政治、経済、など教えてもらうと(ほんとにうとい私でした)、だんだんと
    創価の鎖がほどけてきて、
    この宗教でなければ宿命転換できないなどという事のほうが
    胡散臭く感じて、脱会できました。
    もし、我が家に回避できない不幸がきたら
    創価を辞めた罰だと言われるでしょう。
    大幸運が来れば今まで頑張った福運のおかげで
    すぐに地に落ちると言われるでしょう。
    そんな宗教なんてありますか?
    何が起ころうとすべては自己責任であり
    自分で受け止めるしかないでしょ
    そもそも、試練に打ち勝つのは自分の心ひとつだし
    負けることもあるし、勝つこともあり、それがすべてであり
    創価の信仰でなくても日蓮さんの宗教でなくても
    どんなに辛くて苦しくても、立ち上がることができるのが人間だと思います。

  24. 2世のマヨイです。覚醒したつもりですが、心が不安定になることが多く、MCの根深さにほとほと手を焼いております。

    お付き合いされている方が学会員だったと知り、戸惑っている皆さんにどんなアドバイスができるだろうかと考えています。
    自分の経験から、ゆる活程度の方だとあまり実害がないので「そんな、変な団体じゃないよ~」「いい人ばかりだし」「悪いことなんて何もしてないよ」って思っているかもしれません。でも、ちょろっと参加した会合でも功徳や罰の話を聞かされています。何度も何度も繰り返されている間にMCは確実に進んでいるのです。そして、気づかないのです。これは外部の方からすると全く理解できないでしょうが、MCだなんて露ほども思わないのです。その昔、体操選手やタレントさんを宗教団体から救い出すという騒動がありましたが、見ていて「変な宗教にひっかかると大変だわ~」などと全く他人事のように思っていました。自分たちが世間からそんな風に思われているはずはない、この信仰は正しいのだから、と。
    最近はいろいろと考えすぎて信仰とMC、もしかしたら同じなのかもしれないなどと思うようになっています。全ては本人の思い込みによって存在するような気がします。信教の自由は認められるべきですが、他の人の信教の自由をおびやかしたり、不安を煽って強制したりしてはいけません。
    >根底には擦り込まれた「人生は信仰がないと不安」という強迫観念がある
    モニカさんのおっしゃるとおりです。擦り込まれています。なかなか抜けてくれない・・・

    でも、若いうちなら何とか抜けれるのではないかと希望があります。
    他力本願ではないと教わりましたが、どうも今考えると「すがって」いたように思います。いいことは功徳、悪いことは罰もしくは宿命と全てにおいて学会目線でとらえるようになっていました。自立していろいろな困難にも立ち向かえるように、できれば去らずに支えになってあげてほしいです。

  25. みなさん、的確なコメントをありがとうございます。
    このテーマに関しては、自分自身が昇華しきれていない分、どうにもうまく返事をしたり対応できないなと、あらためて感じました。まだまだ動揺している自分が嫌になっています。動揺と言っても、もちろん創価よりの考えになると言ったことではなく、自分の人生の「とりかえしのつかなさ」をあらためて思い知らされて、どうしようもない不安感が襲ってきます。今も脚がすくみます。学会員だった時代、自分でも気づかないうちに善人を装っていた反面、とても横柄なものの考え方をしていて、それがみんな見透かされていいたということです。ほんと典型的なダメ人間ですよね。

    信仰というパッと見は志しが高いことをやっているようで、要は何かにすがっていなければ生きていけないことを正当化しているかのようで、そんな人間の弱い部分につけこんでお金を出させてきた創価だったんだと思うと、やはり宗教のもつ怖さみたいなものも考えてしまいます。

    創価ではとにかく日蓮の教えだけが人を幸せにできるのだという考えを会員に刷り込んで、その教えを広めることが過去の宿業を断ち切り、絶対的幸福を手に入れることができると信じ込ませます。最初は「お題目をと絶えるだけでパッと悩みがなくなる凄いご本尊なのだよ」などと言って聞かせますよね。それから今度は「この信心は自分だけやっててはダメで、自行化他に渡る信心じゃないと功徳はない」などと言ってきます。最初と言うこと違うじゃんってことなんですが、そんなことおかまいなしです。で、いやいやでも友人にこの信心の話ができるようになると「その友人に聖教新聞を読んでもらえると、もっと凄い功徳があるよ」と言います。それで言われるままに頑張り出すと「財務はあなたの信心の強さを示すものです。たくさんの財務をすればするほど信心の確信も深まり、功徳もどんどん大きくなります。そして出したお金は必ず何倍にもなって返ってきます」と言います。それでなんとか少しでもたくさんのお金を出そうと頑張るようになります。それから選挙の時期になると「選挙で公明党の票を取るのは、新聞啓蒙や折伏や財務とは桁違いの功徳をもらえます。これであなたの宿業はなくなり、絶対的幸福境涯が約束されるようなものです。世界中の同志とともに頑張りましょう」と言います。

    とある有名な新興宗教がやっている活動では「あなたの相には先祖の深い業による災いが現れています。このままではろくなことが起りません。でもこの3万円の印鑑を身につけていれば、その悪業を断ち切ることができます」「この100万円の壷を家の床の間に置いておけば、すばらしい宇宙の波動が家の中にやって来て、たちまち家族全員が幸せになること間違い無しです」「この教祖様の本を100冊買って100人の友人に贈呈できれば、それに使った何倍ものお金がああなたの財布に飛び込んできますよ」

    このようなよその新興宗教の詐欺行為は詐欺だと理解できるのに、ほとんど同じことをしている創価の詐欺を理解できないんですよね。

    もともと釈迦の哲学は、この世のすべては縁によって現れては消えていく幻のようなもので、絶対に正しいものとか、揺るがないものなどはない。そんなものがあるという思い込みが人間を不幸にしているのだという洞察です。それはなにも2500年前の釈迦が突然言い出したことではありません。梵我一如といった釈迦以前のバラモン教やウパニシャッド哲学でもそのような洞察はいわば常識でした。それをさらにブラフマン(梵)とは何か、アートマン(我)とは何か、といったことに革新的な解釈をした釈迦の考えがインドを席巻したというのが仏教のはじまりです。しかしそれも釈迦の死後にいつしか変容し、さまざまな解釈が加えられ、釈迦の考えとは完全に真逆の、釈迦自身がまるで絶対唯一神であるかのような教えが仏教として伝わるようになりました。だから釈迦の像を拝むと幸せになりますとか、阿弥陀さんの像を拝むと幸せになるという絶対唯一神的信仰がまるで仏教のように広まってしまいました。

    しかし希代の天才僧であった龍樹は、そんなトンデモ教義に惑わされずに、釈迦がはじめた哲学の真髄を究めようと、あらたに仏教を体系化していきます。その結晶のひとつが「空」の哲学でした。そしてその「空」の概念を見事に要約したものとして般若経および般若心経を見つけ出し、その真意を独自の体系によって後世に残すことになります(もちろん龍樹の功績はこれだけではないのですが)。したがって読めばわかりますが般若心経には絶対唯一神的な考えは一切ありません。まずこの世の全ては存在しないと言い切っています。これだけ聞くと途方もないヨタ話に聞こえますが、よくよく読めば決してそんなことじゃないことがわかります。

    このあたりを話し出すととんでもなく長くなってテーマから逸れてしまうので、またの機会にしますが、要は、創価が装具にしている日蓮仏法の教義は、仏教とは似ても似つかないものだということが、高校の世界史や倫理の教科書程度の知識があればすぐにわかることなんです。なにも難しい仏教の本を読まなくたってきちんと書いてあります。でも学会員にとってはそれさえ嘘っぱちなんですよ。創価以外はみんな間違い。ネットの情報なんて見もしないのに鼻で笑うしかしません。完全に思考停止状態で、創価サイコーから絶対に抜けきれません。よその新興宗教がどんだけおかしいかは雄弁に語れるのに、それと同じことを自分たちがやっていることに気がつかないんです。あんなに誠実で思いやりがあって冷静に話のできる白いブランコさんでさえ、創価に関しては完全に思考停止に陥って、逆に覚醒した人に対して「詐欺団体であるという思考停止」としか見えてないというのは、なんとも残念な話です。

  26. テーマとは違いますが、自民党憲法改正推進本部の本部長である船田衆議院議員が日本にも徴兵制ができるのかという質問に「理屈で言うと徴兵制の可能性はある」とテレビで発言しました。

    自民党の「『安全保障法整備のための新たな取り組み』について、さまざまな疑問にお答えします。」というパンフレットの中では、「徴兵制が採用され、若者たちが戦場へ送られるのでは?」という質問に対して、「全くの誤解です。憲法18条で「何人も…(中略)…その意に反する苦役に服させられない」と定められているなど、徴兵制は憲法上認められません。」と書いています。

    しかしもう自民党の中では徴兵制へのシナリオができあがってるんでしょうね。まず自民党のマニフェストに書いてあるように自衛隊を国防軍にする。船田憲法改正推進本部長の話では、憲法を変えないでも徴兵制が施けるという「理屈」なんでしょうね。きっと公明党はこれにも反対はしませんよ。一応は反対のポーズはしても、集団的自衛権の時と同じように、結局は自民党の太鼓持ちになるでしょう。学会員さんはそんなことも何にも考えずに、功徳欲しさに公明党の票を取って回ってるんです。昨日も街を歩いていると、普段は絶対に声をかけてこない婦人部の人が「公明党をお願いね」って言ってきました。私は「はい、わかりました〜」とにこにこして返事をしました。その人にとってみればFがひとつ増えた→功徳ポイントゲット!ってことで大喜びなんでしょうね。政治のことなんか関心ないんですよね。功徳ポイントにしか興味ないようです。

  27. 皆さんのご指摘通り、学会員はいずれパートナーも入会して欲しいと思っています。それが幸せになることだと信じているからです。
    場合によっては、地区の学会員の方が張り切って、なんの遠慮もなくズカズカと折伏に乗り込んで来ることもあります。
    私のパターンがそうでした。

    主人も義父母も、理解してから入会すればいいと考えていたようで、結婚しても無理な勧誘はありませんでした。
    最初の子が生まれた時に、主人が『子どもは入会させたい、世間で言うお宮参りみたいなものだから』と言うので、承諾してしまいました。
    ところが、婦人部のおばさんに連れられて会館に行ってみるとそこに用意されていたのは私と子ども二人分の入会カード…。私は子どもの入会だけを承諾したはずなのに、地区の婦人部は勝手に私も手続きの段取りを進めていたのです。
    反論も抵抗もできず、カードに名前を書くと、回りのおばさんおじさんから大拍手。私は訳がわからず、不安と恐怖しかありませんでした。
    このことは主人も知らなかったらしく、その婦人部の強引なやり方にはずいぶん腹を立てていましたが、私の入会が取り消されることはなく、そのままズルズルと現在に至ります。どんな形であれ、結果私が入会したことを主人は喜んでいたと思います。
    今は亡き主人に、何も問いかけることはできませんが…。

    このブログに出会って、私が20年以上創価学会に感じていた違和感や嫌悪感は間違いじゃなかったのだと知り、暗くて重い圧力のようなものから解放されました。
    亡くなった主人は優しかったし、子煩悩で仕事も一生懸命頑張る、本当に良い人でした。
    唯一、学会2世として生まれてしまったことが不幸だったのです。だから、私は覚醒した今でも、主人の事を少しも恨んでいません。

    ここには様々な体験をされ、傷ついた方がいらっしゃいますので、軽々しい意見は申し上げられませんが、どうかご自分を責めず、これからの日々を幸せに過ごして頂きたい…それだけを思っています。

  28. こんにちは。以前に一度書き込みをさせて頂きました外部のオリーブです。
    お付き合いしている彼と結婚を意識した頃に彼が学会3世であることがわかり、
    向こうのお母様(バリ活)による勧誘等の問題もあり、恥ずかしいほど何年も婚約状態のまま
    結婚に踏み切れずに現在に至っています。

    相手の家族は母方が熱心な学会の家系で彼を含む子供全員がお母様によって入会。
    お父様は長年外部・未入会で頼みの綱でしたが、がんを患ったのを機に入会してしまいました。
    婚約相手自身は未活ですが仏壇も新聞もあり、信仰心は深いと思います。
    念願だったであろうお父様の入会を機に、お母様も彼も兄弟も心の中で
    信心に燃えているのではないかと思います。

    以前、相手のお母様が「我が子を我が子とは思わず、この仏法の伝い手として
    ○○に託されたと思って育ててきた…(うろ覚えで○○を忘れてしまいました)」と話してくださったことがあり、ひいてしまいました。
    「子供がかわいそう。我が子は我が子なのに」と思いました。

    婚約相手の、信仰や結婚に関する発言は宮部さんの書かれていたこととびっくりする程似ています。
    独りよがりになるからやめない…など。

    一生分にもなるような量のケンカを繰り返し、子供が生まれても勝手に入会させない
    約束をすることができました。それでも、どうしても私には心の奥深くでくすぶる悩みがあります。
    それは、「深い話ができない(のではないか)」というフラストレーションです。
    こんなことを言っている時点で私自身の器の小ささが出てしまっておりますが…。
    昔から友人なんかとする「そうだよね、わかるわかる……。あーだこーだ」という会話が
    好きですが、婚約相手と共有できない時があります。例えば『そうだ、京都行こう』のCMで
    仏像の数々が出ていたら、すごいな、行きたいな、と私はなりますが、
    相手と一緒にそのCMを見て話しかけても、無というか一人ぼっちのような気持ちになります。
    何も、向こうに感想がないのです。真剣に聞いてないことがわかり、うわべだけの相づちや話題を変えられることもあります。
    このように感じるジャンルとしては紀行、歴史、読書、ノンフィクション、ニュースになる事件などです。
    一方で話していて楽しいと感じるのは映画、ファッション、建築、バラエティ番組などです。
    話が盛り上がって油断して仏像の話でもしようものなら、カウンターをくらったように反応が無くなり、
    孤独に襲われるのです。壁に向かって話しているような空虚な気分になり私からも話題を変えます。
    私は悩みすぎていてこんなことは創価に関係のないカップルでも普通に起こることで
    単に興味の対象や相性の問題なのかが、わからなくなっています。その一方で、学生時代のクラスメイトで学会の家庭に育っている男の子が
    共通して皆そんな感じだったかもと思えなくもないのです。
    覚醒された皆様は、覚醒前、そんな風に人との話題を選り分け、信仰と矛盾が生じる恐れのある話題や本は
    無意識にでも深入りを避けていたようなことがありましたでしょうか。今は、どう思われているでしょうか。
    昔も今も信仰に関係なくどんな話題も引き出しが沢山という方も内部にはいらっしゃるのでしょうか。(私の人間関係が狭いだけで)
    また、内部の人とご結婚された外部の皆様の中で、似たようなことを感じる方はいらっしゃいますでしょうか。

    私はこのことをずっと「寂しい。悲しい。」と感じています。
    例えば私の両親や友人が、婚約相手と話している時に
    そうした場面を見てしまうことがとてもつらいのです。

    誰にも言えず悩んでいたことを書かせて頂いたため、ご不快な思いをさせてしまいましたらお詫び致します。

  29. signifieさん、こんばんは。

    わたしは宮部さんやオリーブさんのようにパートナーに学会員であることを告げられた外部の者です。

    学会に入会する気はないわたしに対し、入会は強制しないものの家族での活動を希望する彼と折り合いがつかず…1ヶ月ほど前に別れました。

    結婚するならば希望する条件は宮部さんと同じでした。そして、彼と話しをする中で寂しさや違和感を感じて身動きが取れなくなったのはオリーブさんと同じです。

    向き合って話すことはできたとしても、同じ方向を向いて歩いていくことはできない…そう思い別れを決心しました。
    (私自身別れを決心しましたが、途中から彼は創価学会を信心しない人は…と取り合ってもらえなかったのでフラれたに等しいかもしれません)

    なかなか意思疎通もできず、私自身考えて悩んで体調もおかしくなりました。この先ずっとこうなんだろうな…と。
    いい時は問題ないのかもしれません。楽しいことや普段の生活は。ただ、何か良くない時や問題のある時にガタガタと崩れていくような不安と寂しさを感じて怖くなったのです。良くない時にどう乗り越えていくか、どれだけ協力し合えるか…とても大事だと思ったんです。わたしは、最後までその不安は拭えませんでした。子どもも苦しめたくありませんでした。

    私達の場合は付き合いも短く、十分な話し合いや喧嘩もできないまま別れを選んでしまったので参考になるか分かりませんが…どうかご無理なさらないようにしてください。

  30. 私は内部同士の結婚で今も夫婦でいますが、主人は学会員の家に生まれた未活。
    私は家族で折伏を受け子供の頃に入会しました。私は4年前までバリバリバリ活でしたが今は1日も早く脱会したいと思っています。しかし、生まれながらに学会員の主人は未活でも脱会には抵抗がある様子です。なぜ脱会したいのかなど説明しても、理解はする様子ですがいまいち学会員でなくなる事に抵抗があるような気がします。学会員の方と結婚を考えていらっしゃる方は、その家族がどんなにバリ活であってもパートナーには絶対に脱会してもらってから結婚する事を私はオススメします。自分を本当に好きなら脱会して欲しいと言って下さい。今の学会はとにかくめちゃくちゃです。戸田城聖と池田大作の師弟を売り物にしていながら池田大作は恩師のお墓まいりすらしていないのですよ。本山から破門されたとはいえ恩師ではありませんか。創価の洗脳は本当に時間をかけて罰を引き換えに出しながら刷り込んで刷り込んでいきますから、学会の中にいる人には普通の会話をしていても通じないし、聞いているようでも心では上目線です。本人はその事に全く気づかないんです。本当に恋人を救う気持ちで脱会させてあげて下さい。

  31. 選民意識を叩き込まれた人は
    恋愛観も歪んできます。
    学会員以外を見下してしまうから。
    自分は就業時間以外は学会活動で多忙。
    とても崇高な生き方をしている。
    充実している。
    功徳を積んでいる。
    私の悩みは部員さんのことが大半。
    これを理解してくれるのは
    同じくバリ活の男子部しかいない。
    のほほんと暮らしている外部には
    相談も出来ない。
    なんておばかな考えをしていました(;_;)

    で、バリと結婚。
    自分が覚醒に向かってからは
    バリの題目の声が猛烈なストレス。
    バリだから素晴らしい人間と思っていたら
    とんでもない極悪人でした。
    まぁ、そのおかげで覚醒できたので
    その点では感謝しています。
    いい人なら未だにバ リのままだったのでは。

    別れて仏壇もご本尊も御書もポイ~~。
    引越ししたので組織との確執で悩むこともなく
    すんなり非活への道へ進めました。

    大学でも恋愛話なんてあまりなかった。
    それよりも池田先生を求める話の方が
    大切という相当歪んだ学生達ですよね(・・;)
    合コンなんて行ったことないし。
    就職して色めいた話題でいっぱいの同僚達に
    びっくりしたものです。

    あとは親ですね。
    上にも書かれている通り
    親には何も相談出来ません。
    いいことがあれば
    「それ、祈っていたよ♪」
    「巴里が今まで頑張っていた福運のおかげだね」
    悪いことがあれば
    「やっぱり信心辞めたからだよ」
    とても辛い親子関係です。

  32. 宮部さん、オリーブさん、初めまして。
    このスレが始まり宮部さんのコメントを読んだ時、私はここにコメントしていいのか迷いました。
    私は30年程前に学会員である主人と結婚する時に入信したのですが、その事をとても後悔してるからです。
    無知だった私は学会がどんな宗教かも分からず、今のようなネットの情報も無く、周りの大人達に聞くしかありませんでした。
    しかし、主人にいくら「どんな宗教か?」と聞いても「この宗教は他力本願ではなく、自力本願の素晴らしい宗教なんだ」ぐらいしか答えは無く、「どうして他力本願だといけないのか?」と聞いても答えは返ってきませんでした。
    学会嫌いの私の両親にしても、「学会は葬式の時に香典を全部持って行ってしまう」ぐらいの知識しか無かったのですが、なんとなく胡散臭い宗教なんだなと思い、主人には「私は絶対入らない」と言ってたんです。
    オリーブさんのように会う度にその事で喧嘩になり、話はいつも平行線。
    結局最後は私が折れる形で入信してしまいました。(あまりにしつこいので一旦入って、少ししたら辞めようなんて思ってました。)
    その後は周りの学会員にうまく乗せられ、だんだんと活動家になっていってしまいました。
    でも、ある事がきっかけになって、私は疑問を持つようになりました。
    「学会に入ってなかったら、こんな事にならなかったのでは?」と。
    それからだんだんとユル活になっていき、最近ある事をきっかけにネットでいろいろ調べだし、そしてこちらのブログにたどり着き、2ヶ月程前に脱会しました。
    オリーブさんの言われている仏像などの話をすると黙ってしまう彼氏さんですが、学会では他宗を否定し、邪宗であると言われてるので、そうなってしまうんだと思います。
    主人もそうです。まるで耳の中に小さなシャッターがあって、それを閉じてしまってるかのようです。
    主人の専門は「歴史」なので、世界の宗教の歴史などよ〜く知ってるはずなんです。
    創価の矛盾を感じるはずなのですが、都合のいいように解釈しているのでしょう。
    こちらのみなさんが言われている「思考停止」。これがキーワードだと思います。
    主人は創価スイッチさえ入らなければ、優しくて真面目ないい人です。
    だから、深く洗脳されているんだと思います。
    宮部さんやオリーブさんのお相手の方もきっと純粋でいい方なんだと思います。
    どうか私のような後悔をなさらないよう、ご熟慮下さい。

  33. 外部の方が好意を寄せて下さるのは、本当にありがたいことです、
    でも普通のカップル以上に悩ませてしまうようですね。

    オリーブさんの場合お相手と現実感な話題を共にすることができない、
    といった感じでしょうか、これはなんか思い当たるような気がします。
    私の実家の母は変わらず信心を続けているのですが、
    結婚生活の上での現実的な悩み、子育てとかその後の進路とか住居とか、
    生活していくにあたって何か選択をしなければならないとき、
    あまり現実的に一緒になって考えを述べてくれる感じではなく、
    そういえば私が子供の頃から、悩んだらお題目で解決しなさい、
    といったような受け答えだったなあと思い、
    よほどでない限りは主人と相談して出た結論を報告する感じになってしまいました。
    そうかと思うと、
    こちらへ転勤してきてから寂しいなかできた趣味(HNの所以です)の話題をすると、
    驚くほどのめり込む面に、少しびっくりしてしまうぐらい…
    不思議なぐらいエンタメ等の流行の情報になるとテンションが高くなるようなところが、
    周りの方を見ていてもなんだか感じられますね、素朴な感想ですよ。

    多少間違っていたとしても、パートナーが思っていること感じていること、
    率直に知りたいですよね、分け合いたいというか。
    まあ、男と女だからまた難しいものだと思うんですけど。

  34. こちらのテーマ、いろいろ考えさせられます。
    レモンさんが今年になってから、離婚を切り出されたとの事。
    ショックでした。離婚しかないのかな?と一昨日は真剣に考えました。
    主人の創価スイッチを押してしまった日、「女はいいよな、泣けるんだから」と言われました。
    だから、主人の前で涙は見せまいと決めました。でも、涙が止まりません。
    あれから、学会の事はおろか夫婦の会話も減りました。
    主人は私が悪い情報に惑わされていると思っているようです。
    私の前にわざと聖教新聞の記事が見えるように置いたりします。
    きっと「目を覚ましてほしい」とでも思っているのでしょう(苦笑)
    でも学会の本当の姿が見えてしまった以上、決して戻る事なんてできません。
    宿業や仏罰を恐れて生きて何が楽しいのですか?
    世の中楽しい事たくさんあるのですよ。
    生きていれば良い事悪い事あります。でもそれも全て自分の人生。
    どんなに悪い事が起きてもいずれ時が解決してくれるものです。
    人間はそれほど弱くはないのです。案外たくましいんですよ。
    せっかくこの世に生まれてきたんです。人生楽しみましょうよ。
    私はあなたを置いてでも楽しみますよ。あなたは一人ナンミョ〜してて下さいね(^_^)

  35. signifieさん、皆さんご無沙汰しております。
    宮部さん、オリーブさん、初めまして。
    私は以前にコメントさせて頂いたことのある外部の者です。
    昨年、学会2世の彼と婚約して、結局破棄となりました。
    久し振りにこちらのブログを覗いてみました。

    私も宮部さんと似た考え方でしたので、「この信心で人生を良くしていく」、私にも「この信心で幸せになって欲しい」と言われたことに大変違和感を感じました。
    私が別れを決める決定打となった言葉です。
    この人は信心をしていると言うよりも、依存しているだけだと思いました。
    彼はお付き合いしていたどこかの時期から、目的が私との結婚ではなく入会させることにシフトしていったのだと思います。
    また、もし結婚したら、私の家族や友人にまで手を出そうと考えていたのかと思うと、今も怒りを感じます。
    私はあの時、彼と別れて心から良かったと思っています。
    別れた時の彼は、別れた人ではなく、入会の勧誘に失敗した人にしか見えませんでした。

    宮部さんにもオリーブさんにも、そのご結婚を否定も肯定もしません。
    ご自身で決めることだと思います。
    ですが、恐らく、どこまで行っても平行線です。
    それぞれご自身で気付かない限り。
    こちらでコメントされている皆さんの仰る通りです。
    宮部さんの彼女様の意見は、そのまま男性にして前の彼と全く同じです。
    入会しなくていいとも言われていました。
    自分のことを知って欲しいからという名目で、私も会合等に連れて行かれたことがあります。
    そうしていれば外部の人間が自然に信仰を始めると思っていたようです。
    それは学会員の常套句であるとこちらのブログで教えて頂きました。

    オリーブさん、婚約の時点で長きに渡り、その状況はお辛いと思います。
    ただ、結婚したらずっと続きます。私には耐えられないと思いました。
    嫁ぐということは相手の家に入ることです。
    ずっと拒否し続けられるかどうか、或いは信仰を始めてしまうのか、他の皆さんと同じく、私にもその結婚に希望のあることは言えません。

    そして、感情はいくらでも変わります。
    お二人とも、どうかそれに振り回されずに、冷静に判断してください。
    よくよく熟考の上、後悔されないように決断して頂けたら幸甚です。

  36. スマイルです。学会2世の立場から思うこと。私たちは「福子」と言われています。おそらく「うまれつき創価学会、信心、南無妙法蓮華経と縁のある福運に満ち溢れた子供」という意味でしょう。
    母のお腹にいるときから、題目を聞かされ、名前はデーサクにつけられ、小さな時から、「ソーカは正しい、池田先生は正しい、」と言われ続けて育ちました。母親からは「いじめられるから、ソーカであることは隠しときなさい」と言われて育ちました。「正しいのにどうしてかくさなきゃなんないの?」とおさな心に疑問を持ちました。学校の先生が共産党の方が多いということでスマイルが苛められないようにとの母なりの配慮だったように思います。「正しいものが苛められる間違った世の中」という観念が植え付けられました。また「創価を表明すると苛められるのではないか?ソーカであることを表すと嫌われるのではないか?」との考えも持つようになりました。ですので、付き合っている相手にソーカてあることを伝えるのは勇気がいりました。嫌われるの覚悟でいわゆる学会宣言です。その時の心境としては「受け入れてほしい」だったでしょうか。。。世の中の人はソーカ嫌い、あなたもソーカ嫌いかもしれない。でも僕はソーカなんだ。僕はあなたが好き。ソーカである僕を受け入れてほしい。との思いがあったでしょう。親からは「宗教の話しはするな。もし聞かれたら「仏教」と答えなさい」と教えられて育ちました。このような負い目がある反面、選民思想をソーカの人は持ってます。頭破作七分ですね。とりとめのない話、お付き合いありがとうございました。

  37. おはようございます。
    ちょっと特殊ですが、私の体験も書かせて下さい。
    私の場合は、スマイルさんと反対で、「世間が悪いと言っても創価は正しい」と信じている母親が、堂々と担任教師の家庭訪問時に仏間に案内して、壁際にずらりと並んだ学会の本の数々をじっと先生が凝視していた光景に中学生ながら身体が凍り付いた記憶があります。
    やめて欲しかったです。隠して欲しかったです。何せ共産党党員で有名な教師でしたから。
    勿論その後の教師への私の扱いがどうなったか、高校の推薦をどうされたかは、いまだに忘れられないほどのことでした。ちなみに親は学会の本も聖教新聞も全然読んでいません。元々読書をしない人達ですから、一回も開くことなく、埃がたまり、経年で褪色し、ダニを育てながら実家の面積を占領し続けているだけの存在ですが、親は、せっかく購入したんだからいつか読むと言い張ってました。
    最近断捨離すると言いだして少しずつ処分していますが、仏罰が当たりそうで怖くてなかなか捨てられないみたいです。
    うちの親はゆる活でしたが、頑固な信仰心だけはあったので、初詣も行けず盆の町内会の行事にも参加できず学習塾の寺での合宿にも一人だけ参加できずに育ちました。勿論、みんなと楽しもうとしない理由でいじめらたこともあります。
    更には音楽のレッスンでシューベルトの「アベ・マリア」を歌うのも駄目、キリスト教系の音楽を聞くのも駄目だと言われました。池田先生が作曲した学会歌を歌いなさいと言われても私は好きじゃない、軍歌みたいだし、指揮なんて絶対やりたくないと反発した日々。

    創価に反発しながらも、二世としてすり込まれた仏罰意識だけがあり、脱会できずにいて、それでも信仰には完全に目覚めなかった私でしたが、実は大学時代の彼氏がたまたま学会員だったんです。
    いい人だったんですよ、優しくて、私が入院した時にすごく親身になってくれて感動することが多かったです。学会員というのは知っていましたが、ゆる活みたいだし、自分同じだと思って安心して付き合い始めました。
    ただ彼は私同様のゆる活でしたが、相手の両親、姉、妹はバリ活でしたので、私が学会員だと知った彼の家族の喜び方は異様でした。
    これを逃したら学会員の嫁なんて滅多に見つからないとでも思ったのでしょうか、もうノリノリになってしまいまって圧倒されました。
    相手の両親が「未活でも何でもいいから学会員なら嬉しい」と言って、大学卒業直後、私と彼のいない時間帯に私の実家に行き、両親同士で話し合い、結婚式場と日付を勝手に決めてしまいました。※ここまで非常識な方は、さすがにバリ活一家でもいないと思いますが。
    更には、相手の両親が、私に、彼の実家に入って、拠点だった自宅でバリバリ婦人部として活動して欲しいと言いだしてもう何が何だかで大パニック。※これはどこのバリ活でも言い出すようなことですね。

    一応、バリ活の生活の大変さは、叔父叔母がバリ活ということもあって知っていましたし、私にはやりたい仕事があって大学に進学して勉強していたので、結婚してもバリバリ婦人部活動をする気もないし、まずその仕事をするためには同居も無理だし、そもそも未活でやっていないも同然だし、新婚旅行はバチカン美術館に行きたいと思っているくらいの信仰心のない人間だと彼氏に伝えたところ、「君はうちの両親を否定するのか。学会活動くらい一緒にやったらいいじゃないか。何よりうちの親はそれを望んでいるんだし、子供のことや家庭のことを考え、結婚したあとはちゃんと学会活動しろよ。仕事なんて適当でいいから、福運つけるんだ。子供が生まれたら入信させるよ」と言われて、目が点になりました。
    え、あんた、ゆる活だったんじゃ、仕事なんて適当ってどういうことよ、と心の中で突っこみましたとも。
    でも、ゆる活でも創価の二世である以上は、家族がバリ活なら彼の中には創価の思想が染みついているんですね。ぞっとしました。
    多分、学会員とそうではない方々相手に言うよりも、私が学会員の家で生まれたというだけで、相手の人達は一歩踏み込んだ形で正直に私に創価としての本音を伝えたのでしょうね。

    結局、話しあって、あなたの両親の望み通りにはできないし、それを私に望むのなら結婚は無理だと伝え、別れることになりました。
    当初はとても辛かったです。常識では考えられないし、誰に相談しても理解してもらえないような原因で別れたのだし、今みたいにネットも盛んではなかったので、すごく悩んで、私がやりたい仕事をやめて、彼の両親と同居して婦人部の活動をすれば良かったのだろうかと悩んだ時期もありました。うちも学会だったんだから、そうすべきだったんじゃないかと思ったこともありました。
    でも自分に言い聞かせました。彼らは、「やりたい仕事があって大学に進学し、そのために頑張ってきた私の大学での勉強もこれまでの人生も全て否定しているんだよ、このまま結婚したら10年後に後悔する」というふうに。
    今、十数年経ちましたが、全く後悔していません。その後仕事にがむしゃらに頑張ってきて、あの時の選択は間違ってなかったと思っています。

    他の方々とは少し違いますが、こういう例もあるということでちょっと昔の話を書いてみました。長々失礼しました。

  38. 久しぶりの投稿です。
    私も含めて元バリ活だったと自負していらっしゃる方が多いと思いますが、活動家時代に折伏本流をしたかたも相当いるとおもいます。私は一人本流しましたが幸か不幸か金銭問題のこじれ(相手の金銭借用要求を断ったら怒って退会しました)で実質活動家にはなりませんでした。
    そこで自身が折伏本流した相手が現在バリ活で、住まいや連絡先がわかっている場合御自身はその方に対しどういうアプローチをしているんでしょうか?ここで投稿している文章そのままに相手に訴えて脱会を進めているのでしょうか?
    自身は折伏を(今となってはよかったと思いますが)ほとんど出来なかったのですが本流をけっこうな数をこなし今覚醒した人の後の行動を知りたいと思い投稿しました。

  39. 私は折伏なんてできなかったなあ…、選挙はやみくもに頼んでいたけど。
    実家で親について信心していた頃も、あまり折伏の数は多くなかった地区だし、
    引っ越してこられたか、お年寄りや一人暮らしの方がちらほら入会されるぐらいで、
    やたら会合であっち行ったりこっち行ったりバタバタ盛り上がって見えてた、ような覚えです。
    うちの親はどうだったんだろう?聖教新聞は寄贈がほとんどでした。
    バリ活さんで折伏こなしていた人すごいなあ、と思っていたんです、実は。
    私は二世で、友人に語るときは簡単にしか紹介できませんでした。

  40. 女子部の時折伏した友人の一人が私より熱心になり、今は地区婦をやっています。
    子どもがいないので、本来なら育児や仕事に賭けてたであろう情熱と生き甲斐を、すべて創価に置いている感じです。
    活動に疲労するというより、何に邪魔されることなく思いっきり活動に打ち込めるのが楽しくてしょうがないようです。
    また本当に創価にめぐり合えてよかった!と今でも私に感謝しています。
    恨まれるならまだしも感謝されており、逆に覚醒した私が謝るとなると、信じてる創価を悪く言われることで不愉快になるわけです。
    何とも複雑な思いです。

    ちなみにこのサイトは何度も紹介していますが「忙しくて見てる暇がない」そうです。
    それでもめげずに同じ内容をたまにメールしますが。

    お互い創価問題を除けば全く確執がないだけに、本当に残念です。

  41. みなさん、めちゃめちゃ説得力のあるお話をたくさんしていただきありがとうございます。
    そしてそれがリアルであるばあるほど、創価がいかに宗教団体ではなく詐欺団体だということがはっきり理解できます。
    みなさんが体験されたたくさんの事実を前にしても、創価が正しい宗教であるという理屈を通そうとする学会員さんの思考回路が常人には理解できませんよね。でも学会員さんはこれがスタンダードなんです。創価は正しい。これがデフォルトなんですよね。何を言われようが、どんな現実を突きつけられようが、すぐにリセットして「創価は正しい」というデフォルトに戻ってしまうんです。それが典型的な新興宗教による洗脳の手口だということと、自分がやってることが結びつかないんです。よその新興宗教のおかしさにはすぐに気がつくのに、同じことを自分たちがやってることに気づかない…といった話は先日しましたが、それが何でなんだろう?とも思いません。それはかつての私も何十年とそうやってわけのわからないままに信じていたから、今となってはよくわかります。そのときにはわからないんですよね。活動家と脱会者の違いはここだと思います。わけもわからず闇雲に信じるままか、それができなくなったか。そのできなくなるきっかけは人それぞれですが、いずれにせよ、気づいてしまえば「なんであんなにどう考えてもおかしなことを信じていたんだろう?」というふうになります。それは創価に限らず、新興宗教全般に見られることですよね。そして私が思うには、これはなにも新興宗教に限ったことではなくて、一般の宗教にも多かれ少なかれそうした盲信的な要素はあると思います。ただそれが宗教であるか詐欺であるかの決定的な違いがあるんですよね。盲信であっても詐欺でなければいいんですよ。どんなに盲信であろうが、それが宗教である以上はその人の自由ですが、創価のように会員からお金をまきあげるために宗教を利用するような団体だと気がついたから、こうやって気がついた人が気がついていない人に声をかけているんです。実際に自分が騙されてきたことが気づいたから言ってあげてるんですが、気づかない人は「それは魔に負けた愚かな姿だ」とか「これこそこの信心がただしいということの証明だ」などと上から言われることを何の疑いもなく信じてしまっています。いつも言うことですが、「魔っていったい何さ?」って話ですよ。いい大人がこんな子ども騙しに引っかかってるんですよ。子どもの頃「そんなに親の言うこと聞かないんだったら◯◯がさらいにくるぞ〜!」って親に脅されましたよね。子どものときにはそんな得体の知れない妖怪みたいなのに誘拐されるのが怖くてたまらなくて、わがまま言わなくなりました。そんなことを大の大人がされてるだけなんですけどね。

  42. 学会2世。男子部部長、牙城会主任経験者のスマイルです。今は非活動家、御本尊押し入れにしまって脱会秒読みです。

    思い出したのでコメントしときます。

    以前、方面の青年部最高幹部に毎月(2か月に一回だったかな?)、少人数で指導を受ける機会が1年間ありました。忙しい青年部長、男子部長に直接会合に出席していただく素晴らしい少数精鋭の指導会です。毎回スーツ着用。遅刻早退厳禁。欠席なんて許されません。
    真剣そのものの指導会でした。

    あるとき、青年部長が「今日は指導でなく、質問時間にしよう!」と質問会が始まりました。
    池田先生直結の青年部長に直接質問できるまたとない機会です!

    そんな青年部長に対し、皆、真剣に質問をします。
    「妻が未入信ですが」とか「仕事が・・・」とか「職場の理解が云々」そして、青年部長はその課題に対して、信心の面から素晴らしい指導(当たり障りのない皆さんがいつもお聞きされていたと同じと思います)をしていきます。皆目をキラキラ輝かせています。

    そして、いよいよスマイルの番がきました。

    当時本当に悩んでいたこと、その指導会に参加するにあたって本当に悩んでいたことを青年部長にぶつけました。
    「青年部長!どうしても、他のメンバーのように「池田先生!池田先生!」と池田先生を求める気持ちになれないんです。池田先生のために命を投げ出す気概のメンバー、本当にすごいと思います。「池田先生のために!」とみなさん言われますが、スマイルはどうしてもそのようになれないのです。僕もそのようになりたいのです。どうしたら、皆さんのように心の底から池田先生をもとめるようになれるのでしょうか?」と真剣に質問しました。

    スマイルは他のメンバーのように、池田先生を求めることができない自分にとても悩んでいたのです。

    場違いな質問だったかもしれません。
    それに対して青年部長はこたえてくれました。
    「スマイル君!それはね、勤行の時に「池田先生を求める自分になれるように」祈るんだよ!」
    との指導でした。

    「そうなんだ!池田先生が好きでなくても、努力して好きになる場合もあるんだ!僕は信心が足りないから、努力して池田先生を好きにならないといけないんだ!」とおもいました。

    素直なスマイルは、その後勤行の度に「池田先生を求めるようになりたい!そんなスマイルにしてください!いや池田先生を求めるようになります!」と願うのですが、一瞬思うだけで、心が全く欲しなかったんです。
    そのとき思いました。「嗚呼!アホになりたい!アホになっていいから、とにかく池田先生一筋の人間になりたい!それが最高の人生なのだから!」とか「俺は信心の足りない人間や。まだまだや」と。

    そんなこんなで大切な指導会。選挙のために急きょ中止になり、以後開催されなくなりました。。。

    アホにならなくて良かったです(*^_^*)

  43. >魔っていったい何さ?

    皆、創価がおかしいのは解るんですよね。
    選挙だって新聞啓蒙のやり方だって、いろいろおかしいと思っている。
    でもそこで「ああ魔に負けちゃいけない」と踏み止まります。
    あれ?創価はおかしいのに、その「魔」ってのはおかしくないんですか?
    その「魔」なんて教えこそがおかしいんじゃないんですか?
    なんの根拠があってここが絶対なんでしょう?
    そう言えばここは疑ったことなかった。
    違いますか?
    人間、意外なところで騙されてるんですよ。

  44. モニカさん、ですよね。
    たとえば活動家さんに「魔っていったい何さ?」と訊けば、三障四魔について書いてある御書かなんかを引用して「ほら御書にもこうやって書いてあるから間違いない」などと言うんです。なにしろ御書には間違いはないって刷り込まれてますからね。御書だってどこまでほんとに日蓮が書いたものかもわからないし、たとえ日蓮が書いてるとしても、それがほんとのことかどうかはわからない。日蓮自身が鎌倉時代の新興宗教の教祖ですからね。そして創価と日蓮正宗が言うには、日蓮は末法のご本仏だと言うことになってて、釈迦よりも誰よりも偉い久遠元初の自受用報身如来とかなんとか、大川隆法のオレはエル・カンターレだみたいなことを言ったことになってる。末法のどうしようもない民衆を救うために現れた末法のご本仏らしいのに、彼がその三大秘法とやらを現して750年経った今でも、末法の衆生はちっとも救われてないのになあ〜と言っても、活動家さんはそこは完全にスルーします。750年も救ってないのに、自分たちがあとどれだけお題目をあげたら救われると思ってんでしょうね(笑)。でもって、世界中が創価の正しさを認める時代になったとかナントカ言って「世界公布新時代の幕開けだ〜」などと根も葉もないことを言われて本気にしてるんです。いつも言いますが、世界の67億人以上の他宗の人たちに対して、実質活動家が約300万人の新興宗教が何ができるんでしょう。そして創価の人数は毎年どんどん減ってるし、残っている会員の高齢化も進んでいます。これが現実です。創価の言う世界公布新時代と創価の現実の大きなギャップに対して、活動家さんはひとことも反論できません。白いブランコさんもそこはスルーでしたよね。これは学会員さんが刷り込まれているトンデモ話と現実がいかに違うかを示すほんの一つの例です。こんな例はあげたらキリがないんですが、学会員さんはそれでも「創価は正しい」と譲りません。「そう言われてみればそうだよな。ちょっと自分で考えてみないとな」などとは死んでも言いません(笑)。
    ちなみに三障はバスバンドゥ(世親)が書いたとされる倶舎論で、四魔はナーガールジュナ(龍樹)が書いたとされる大智度論に出てくるものだそうで、その元をたどれば釈迦以前のバラモン教にまで遡ります。創価と日蓮正宗では仏法の本質は、だれがいつ書いたのかさえわからない法華経の後半の文底にしか真実はなくて、あとはみんな方便だとしているのに、釈迦以前の仏教ですらない魔という概念を持ってきて、正法を広めるときには必ず魔が競うのだなどという話を、学会員さんはみんな何の疑問も抱かずに信じています。これだってほんの一つの例を示したまでです。ちっとは自分の頭で中学校程度の教科書に載っていることぐらいは考えてみなさいよと言っても聞く耳はありません。何を言われようが「創価学会は正しい宗教だ」の一点張りなことは、白いブランコさんとの対話でもよくわかりましたよね。そういう意味でも白いブランコさんは、活動家の方が何の根拠もなく「創価は正しい宗教だ」と信じていることをはっきり示してくれました。

  45. 宮部さん オリーブさん
    はじめまして。
    私は学会2世で、パートナーは学会1世です。お互いの価値観が同じ(この場合は同じ信仰を保つ同志という意味合いです)だったので、出会ってから結婚までの期間はわりと短かったです。
    宗教という思想の根幹が同じだったため、異性に対する好みとか、趣味とか、年齢とか家柄とか、世間一般の価値観はあまり気にならず、逆に理想とは全然違うタイプの相手と結婚しました。
    結婚後は順調なときもあれば、大変なときもありましたが、お互い信心で乗り越えていこうという感じだったので、とても幸せな結婚生活を送っておりました。

    変化が訪れたのは、昨年末あたりからで、私が「創価学会は選挙ばっかりやっていておかしい」と言い出してからです。今までは共通の価値観でしたが、片方の価値観が変わったからでしょう。
    離婚の話まで出ましたが、冷静に話し合い、お互いの意見を尊重するようになってからは基本的には仲の良い夫婦に戻りつつあります。
    変わったことといえば、私が創価学会の活動の中でおかしいと思うことは一切やらなくなったことです。
    ちなみに他宗を邪宗といっていたのは日蓮正宗の信徒団体だったころの話です。今は、生命尊厳・人間主義に反することを邪宗と言っております。

    前置きが長くなりましたが、結する所、愛情と寛容の心があればどのような状況でも大丈夫ではないでしょうか。
    逆に言えば、愛情と寛容の心がなければ、創価学会の問題ではなくても破綻してしまうと思います。

    くれぐれも後悔なされないように、ご自身で判断されて、宮部さん オリーブさんお二人がそれぞれお幸せになられることを望みます。

  46. 創価信者は「魔が入る」って言葉で何でも片づけてしまいますね。
    選挙戦のときの議員連れ回しの時、相方の地区部長から連絡が入り「魔が入り残業になりましたので、今日の壮年部への訪問ができなくなりました。すみません!!」ってな事がありました。
    仕事が魔かよっ!てな突っ込みを心でいれましたが、信仰を妨げるものは全て「魔」扱いで、それが例えパートナーであっても同じなのでしょうね。

    悪鬼入其身(あっきにゅうごしん)でしたかね。
    強い信心で魔を魔と見破れ!とイケダが良く言ってましたね。
    魔なんてあるわけないさ~♪

    ラベンダーさん
    心乱してしまったようですみません。
    我が家の場合、覚醒してから何度も創価の件で揉め、非活も退会も容認できないというパートナーとの対話です。
    若くありませんので、これから先の人生は、今まで生きてきた長さよりも確実に短い。
    このまま自分を偽ったままで生きていくのは、苦しくて耐えられない。
    そうした会話の中で、私から切り出しましたが、主人は一切応じません。
    組織、義実家、社会的立場…それらの事もあり簡単には応じる事はできないのでしょう。

    私自身結婚以来、この地域に根ざし子ども達も育てあげてきたので、軽々しく口に出したつもりはありませんし、短絡的な結論を求めるわけでもありません。
    でも、この地で退会するということは、夫婦共々バリ活で生きてきた経緯から容易ではありませんので、その為にも別々の道を進むのもありだと話をしました。
    非活さえも容認しないというパートナーとの関係は、心休まる時がありません。
    絶対的に創価を信じ切っているからこそなんでしょうが、いい加減目を覚ませやー!という感じですが、死ぬまでムリでしょうね。
    まぁ、でも私は、まずは一切非活になるための準備だけは、進めていきますけど^^

    パートナーが未活や未入会という組み合わせのご夫妻は、そのままパートナーが創価から護ってあげる形で非活に転じているケースがけっこうあり、現場でも多数見てきています。
    そのような場合、組織も未入会家族の手間、口出しはできません。
    何せ創価が掲げているのが「一家和楽」なのですからね。

  47. 白いブランコさんのように、会員同士が、お互いの気持ちを尊重しあいながら、落としどころを探しながら(相手を尊重しながら)信仰を続けていくということと、今まったくの非会員でありながら、結婚を考えてる人が学会員で、その相手の信仰に関する気持ちを理解しながら、人生を歩んでいくというのは話がまったく違うと思います。信じるという気持ちが同じであるならば、活動の仕方が違えど、分かり合うことは可能かもしれません。でも、パートナーが信じてることを、自分が信じることができない場合、本当の意味でわかりあい、助け合って生きてゆくのは不可能ではないかと思います。非会員でありながらも、創価学会に無関心。パートナーが信じていても何も思わない人ならまだしも、創価学会という組織に少なからず不信感を持っている場合は、その根底がかみ合っていないわけですから、何か事が起こるたびに、違和感を感じると思います。場合によっては、家族よりも大事な組織です。誰がなんと言っても、やめさせようとする働きは魔ですから、相手の為を思っての忠告、助言は全部魔のささやきと受けとられてしまいます。相手のためを思って言っている「人」としてみられない。魔が入った姿と見られる。こんな悲しい関係になりかねません。頑張って脱会させればいいと思うのはかなり甘いと思います。本人にやめる意思がなければ、周りが何を言っても聞きません。活動はそこそこしかしない。だからやめさせるの簡単そうと思うのは甘いのです。活動そこそこでも、二世三世はなかなかやめません。創価学会については、会員だったときは、創価発信の情報を受け入れるだけで、あまり深く調べることがありませんでしたが、調べるほどにまったく自分の価値観と合わない、傲慢な組織だったと思います。そんな組織に魂を奪われて、操り人形になっている人と結婚するということが、後の人生でどういう影響があるのか、よくよく考えたほうがいいと思います。創価学会という組織の本性を知った今だから強く言えます。

  48. 白いブランコさん、コメントありがとうございます。
    なるほど白いブランコさんらしい考えだなと思いました。

    白いブランコさんの場合、奥様が「宗教という思想の根幹が同じ」と言われるように、ともに「創価は正しい宗教団体だ」という前提があるので、創価の活動の一部が、奥様の考えと自分の考えに違うところがあっても、それは互いの考えを尊重していけばうまくやっていけるという考えなのだと思います。しかし宮部さんもオリーブさんも、そしてここにコメントされるほとんどの方は、創価は正しい宗教団体ではなく会員をカモにする詐欺団体だということに気がついて、なおかつパートナーがそのことにどうしても気がついてくれないからたいへんな苦悩を抱えていらっしゃるんです。白いブランコさんの場合とは創価を「正しい宗教団体」と見るか「詐欺団体」と見るかと言うように、完全にベースが違うので、宮部さんやオリーブさんに対して言う言葉ではないのではないかと思います。

    たとえば自分の奥さんやご主人がオレオレ詐欺に引っかかって、自分が稼いだお金を片っ端からヤクザの銀行口座に振り込んで、いくら言っても言うことを聞かないとしたらどうでしょう。それでも「結する所、愛情と寛容の心があればどのような状況でも大丈夫ではないでしょうか」ってことになりますか?なりませんよね。白いブランコさんは、創価が詐欺団体だということに気づいた人の気持ちをわかる立場にいないから、そんなことが言えるのだと思います。自分の人生を詐欺によって棒にふらされてきたことに気づいた人の気持ちがわからないから言える言葉なんだろうなと思いました。

    たとえばスマイルさんに対して同じことを面と向かって言えますか?白いブランコさんもスマイルさんの体験を読んでいただけていると思いますが、スマイルさんはお父さんが法律関係の仕事をされていて、創価の最高幹部と活動する中で、選挙のたびに学会員の選挙違反のもみ消しに奔走し、財務を2億円以上貢いで、個人会館もつくって提供されるという、いわば人生の全てを創価に捧げられた方でした。しかしその個人会館で会合が行われているときに、隣で首を吊って自死されました。そんな父親をもつスマイルさんに「創価は正しい宗教団体だ」と面と向かって言えますでしょうか?「いやいや、スマイルさんのお父さんは創価に尽くしてたいへんな徳を積んだんだけれども、たまたま疲労がかさなってそんなことになったんですよ。もっと強い信心があれば、きっと幸せな人生を送られたと思います。創価は決して悪くない。悪いのはお父さんが魔に負けてしまったからですよ」などと言えますか?どんなに創価に尽くしても、魔に負けたら「はいそれまでよ」なんでしょうか?世界で唯一の正しい宗教も簡単に魔とやらに負けてしまうってことでしょうか。どんなに正しい、どんな人でも救うことのできるすばらしい信仰でも、魔が来ればイチコロっていうのが創価の教えなんですよね。それって世界はその魔に支配されているってことですか?

    魔の概念ってバラモン教以前のインドの土着信仰が発祥です。それがいろんな形を変えて日本にまで伝わってきてるんです。先の私のコメントにも書きましたが、そんなものは幻だと釈迦以前のウパニシャッド哲学の段階で否定されているし、もちろん釈迦も否定しています。魔の概念はイスラム教やキリスト教のような絶対唯一神の信仰にとって都合がいいから残っているんです。神との対立概念を設定することで、まるで人格があるかのような神がほんとうにいるかのように導く手法です。3000年前の古代インドの哲学者ですら、釈迦以前にそれは単なる詭弁だと見抜いています。しかし仏教でさえそれを無視して、釈迦やその他を絶対唯一神であるかのような概念をつくりだし、さらにその対立概念である魔(悪魔)を採用しているんです。それが一般民衆を説得するにはわかりやすいからです。それが宗教であるならば、そうしたことを信じることも自由でしょう。でも創価はそうした宗教的な概念を利用して会員を騙している詐欺団体だということが、創価のあらゆる現実を見ても明らかなんですよ。でも会員さんだけはそのようなトラップにかけられていますから気づかない。創価では詐欺のターゲットは会員だけです。外部の人にはできるだけ知られたくないので、あたかも善良な団体であるかのように装っていますし、会員にもそのような顔をしなさいと教えています。でも実際は学会員を知る外部の人はその裏表のある二面性をよく知っています。創価の常識は世間の非常識。これが一般世間の創価に対する評価です。でも学会員さんはそうしたこともみんな「魔のしわざ」ということで片付けられてしまいます。他の新興宗教とそっくりなんですが、そんなことにも気がつかないようにMCされています。

    白いブランコさんとの2ヶ月余りの対話の中ではっきりしたことが、活動家の方と覚醒した方の違いは、創価のことを「正しい宗教団体」と信じているか、「詐欺団体だ」と気づいたか、の違いだと言うことがはっきりしましたよね。ここが対話が平行線にならざるをえない原因だと思いますし、「正しい宗教団体」という点に少しでも曇りがなければ、白いブランコさんが疑問に感じている創価の選挙活動も、単に正しい宗教団体がたまたま部分的に「過ち」を犯しているだけだから、その部分修正ができれば問題ないと思っているんですよね。

    でも覚醒した人たちは、その「過ち」は「過ち」ではなく、創価の本質が詐欺だからこそ現実にそうなっているのだと見ています。白いブランコさんが願っているように、創価が本当に選挙活動をやめたらどうなると思いますか?自民党はメリットがなくなるから見捨てます。でも公明党は今さら野党と仲良くなれるわけがありません。公明党は完全に孤立するでしょう。政治の発言力が途端になくなります。2兆円以上の税収と言われる宗教法人税の導入も公明党以外の議員の賛成だけで簡単に通りますよ。そうなったら財務の使途も全てとは言わないまでも、おおよそ公表されるでしょう。毎年何千億円という財務と聖教新聞や書籍等の収益が何に使われているのかが明らかになるわけですから、それはいいことかもしれませんが、それをさせないために公明党が必死で自民党にとりいって、なんでも自民党の言いなりになっているのが現実ではないでしょうか。白いブランコさんはそんなことはないと思うでしょうけど、創価がなぜ財務の使途を会員に明かさないのかということも冷静に考えて欲しいと思います。

  49. 先日、内容証明で脱会届を出した夫ですが
    未だに「学会は素晴らしい、池田先生との約束(利他の精神とかウンチャラ)を実現したいって思っている」片方の美しい世界だけで生きています。
    学会が人に迷惑をかけていなければ、どうぞご自由になのですが

    夫のいとこは財務しすぎて60才直前に自己破産です
    (4桁を数回やった)
    それに対しては「幹部だからたくさんしなきゃっていう見栄とか、功徳が欲しいっていう安直な欲が災いしたと思うよ」

    じゃあ、我が子が不治の病で余命3ヶ月って言われた時に学会に出会い、煽り財務に巻き込まれて全財産はたいて、そして病気は治らなかったっていう人にも、安直な欲が災いしたと言えるの?

    昨日は給料日
    明細みながら、副会長クラスの人は納税額が4桁なんだって言っても
    「何らかの事情で、社員の給与に回した方がいいっていうこともあるし」
    年金ぐらしの人からも集めたお金
    会館のお掃除とか警護は仕事の合間を縫ってやってる人がいるのに
    そっちに回すって発想はないわけ?

    夫は会社勤務続けて人並みの報酬はもらっているのですから
    仕事に関しては思考停止していないと思います
    先日、早朝にタクシーを予約していたのに来ない
    急ぎキャンセルして車で出かけたのですが
    昼頃、タクシーのおばちゃん気にしているだろうからって
    「今朝は、車で送って飛行機に間に合いましたから心配しないでください。
    これからも、利用しますので今朝のことは気にしないでくださいね」
    田舎で人間関係が蜜ということもありますが
    こんな心配りをする人なのです。
    学会に関する事を話す夫は違う人?
    二人居る様です。

    レモンさん、レモンさんの非活さえも認めてもらえないのは辛いですね

    自分を誤魔化して学会に馴染もうと努力しすぎて
    自分を見失っていた時期の記憶が無い(出てこない)
    旅行に行った事、子どもの入学式・卒業式、ふわっと映像が浮かぶ筈なのに
    何も出てこない事に先日気が付き
    ショックを受けています。

  50. 結婚して女子部から婦人部へと変わり、活動内容が闘争的になるのがコワイですね。
    女子部男子部のままでいいのに、その方がいまの時代に無理がない、
    結婚だけが人生の選択肢に大きく占めるわけではなくなった、
    人生の悩みは多岐に渡り、人それぞれの立場で宗教を求めている、
    けれど婦人部が支持層の厚い実働員だからとりたてていかないといけない、
    やっぱり選挙がベースの組織運営ですよ。

    選挙に疑問を持つようになったら、もう後戻りはできないでしょう。
    勇気を出して、目の前の現実を直視するしかないです。

    カップルについつい私としては淡い希望を抱いてしまうのです。
    外部の主人に連れ出してもらって気持ちが救われたから…、
    二世のままでは混沌とした社会が全然分からずだったと思うし、
    ずっと子供時分から抱いていた違和感を素直に受け入れることができた。
    お相手の実家がどれくらい口出してくるかにもよりますね、
    でもいつまでも親の世話になっているわけにもいかないし、
    喧嘩しながらでも出会った二人で家族になっていくのも大事だと思うし、
    あらためて今回のテーマ考えさせられます ><

  51. 白いブランコさん

    一方が「創価はおかしい」と思えば、おかしいと思わないバリ活さんとはうまくいかなくなりますよね?
    離婚を考えるほどの関係になりますよね?
    世間と創価はまさにそのような関係なんです。
    わかりますか?
    おかしいと思ってるのが世間。
    バリ活が白いブランコさんの立場です。

    白いブランコさんは、お子さんもいて失いたくない奥様だから、尊重も努力もして歩み寄ったのでしょう。
    では同じことを世間にできますか?
    白いブランコさんにとって別にどうでもよく、お世話になってない赤の他人にそこまで慮れますか?
    自分に損得があり、必要な愛する人にはできても、その他にはできないのが学会員ですよ。

    自分が幸せだと思うなら、相手が嫌がっても平気。
    嫌われ離れていったら、そんな相手がわからず屋で哀れな人種だと思う。
    その一点ばり。
    皆、そういう独善が嫌だから嫌悪するんです。
    なのにそれすらも「魔」が入ったと、こちらは全く悪くないといった思考回路でつき進みます。

    正法が正しい故に魔が競うんじゃなくて、独善に対してのあらゆる忠告、警告、批判、報いをただ自分が受けているだけです。
    これが「魔」の正体です。
    忠告は素直に受けなければなりません。
    それを「魔」だとか何とか、あくまで自分の法律で無視するからどこまでも嫌われるんです。

    学会員さんは本当に迫害が好きですね。
    「魔」が大好きですね。
    そうやってこれからもどんどん「魔」を引き入れればいいんじゃないんでしょうか。

  52. 仮に自分が全く信じていない、オウムかどこかの信者相手に何か言ったとします。
    相手が友人や恋人だとして、真剣に言ったことを、「〇〇さんが言った言葉」でなく「悪魔が言った言葉」と片づけられたらどう思いますか?

    >「人」としてみられない。魔が入った姿と見られる。こんな悲しい関係になりかねません。

    satouさんの言葉通りです。
    学会員は平気でこんな失礼なことを口にしているんですよ。
    「誰それには今『魔』が入ってるから」
    「『魔』が誰々に姿を変えてるだけだから騙されてはいけない」
    「あーあ、『魔』にたぶらかせられちゃって」

    は?今なんて?
    何が憑りついてるですって?
    頭、大丈夫?
    騙されてるのはどっちなんだよ(笑)
    となりますよ。

    「魔がさした」という日本語はありますが、創価では何でもかんでも、自分に都合の悪いこと一切が「魔」のせいになります。
    可愛い妻子も親でも親友でもいつ何時「魔」に変貌するかわかりません(笑)
    こんな素っ頓狂な教えが、あろうことか最後の砦になり、これがあるから盲信者は岩のように頑なになるのです。
    「私はあなたのように魔に負けてない!」
    幹部の最後は皆これでした。

  53. ウィークエンドに参上させて頂いております。
    ラザリスでございます♪

    自分の創価関連の状況は、自分がアンチバリバリ、嫁はんが未活、義理母が100%創価脳です。
    夫婦共働きで、子供が二人とも小さいため、嫁はんが活動家だったとしたら、家庭生活は間違いなく破綻していると思います。
    こちらのブログに参加させて頂くなかで、創価学会の実態について深く知ることができ、本当に感謝しております。また、最近では 新来者の方々のコメントも増え、楽しみに読ませて頂いております。

    似た者夫婦などとよく言いますが、嫁はんとは人間性のレベルが同じくらいだと思います。二人とも、まだまた発展途上です。そのなかで、創価学会に対する考え方が著しく異なっていたとしたら、(嫁はんがバリ活だったとしたら、)毎日の生活はとても苦痛だと思います。
    嫁はんは、義理母の影響からか、未活であることに対する罪悪感は少なからずあるようです。

    自分も嫁はんも、バリ活時代は悩める部員さんの為に家庭訪問などをたくさんしてきて、悩みをともに解決するために行動して来ました。自分の宿命転換の為でもあるとの下心があったにせよ、真剣に活動してました。周りのメンバーも同じ想いだったことでしょう。結局その純粋な気持ちから行動したことが、創価学会の首脳部にうまく利用されてしまっていることについては、残念に感じます。
    創価学会の罠にはまらずとも、社会的に貢献できる方法はいくらでもあります。残された自分の人生、その課題に真剣に向き合いながら、一歩一歩歩いていきます。
    (^_^)

  54. そういえば、創価の会合中に参加していた婦人部の方が抱いている赤ちゃんが泣き出したのを見て「赤ちゃんに魔が入りこんで会合を邪魔している」などと言ってましたね(笑)。すごい団体です。なんか映画「ローズマリーの赤ちゃん」を思い出しました(笑)

  55. スレ違いですみません…

    選挙のドタバタに紛れつつ、非活宣言したのですが(勿論、色々はありました)
    当然、盲信者は選挙が大優先ですから、ひとまず事なきを得た感じで据え置きになっていると思われますが、
    明日が終われば友好期間になり、その後また面倒臭いことにならないかと心配しています。
    顔も見たくないし、連絡も欲しくないです。(非活宣言した際に、連絡もいらないとちゃんと言ってあります)

    仏壇をどう処分するか考えているくらいなんです!
    “静かに創価学会を去りたい”んです!!

    まともな話が通用する人達ではないですよね~
    本当に困っています。引越すのは最終手段だと思ってましたが、もう、そうしなければならないのかなぁ…(ノД`)
    何か知恵がありましたら教えてください。

  56. シニフィエさんのこのコメントですが。
    --------------------------------------
    白いブランコさんの場合、奥様が「宗教という思想の根幹が同じ」と言われるように、ともに「創価は正しい宗教団体だ」という前提があるので、創価の活動の一部が、奥様の考えと自分の考えに違うところがあっても、それは互いの考えを尊重していけばうまくやっていけるという考えなのだと思います。
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    シニフィエさんが上記のコメントをするにあたり、ブランコ氏の元のコメントがあるわけですが(おそらく下記)、

    >結する所、愛情と寛容の心があればどのような状況でも大丈夫ではないでしょうか。

    上記のコメントはブランコ氏の立ち位置を把握していないと、相談者が誤解すると思います。常連はブランコ氏の立ち位置を把握していますが、初めてここに訪れた相談者は、ブランコ氏の立ち位置を把握していない人もいるでしょうから、相談者はブランコ氏の発言をアンチの立場からのアドバイスと勘違いして真に受け止める人も出てくると思います。アンチが発言したのか、活動家が発言したのかを正しく把握できていないと、受け取る意味が全く異なってしまいます。我々のようなアンチに、1人だけ活動家が紛れ我々と同じようにコメントすることは相談者に誤解を与えます。ですから私は彼を「トロイの木馬」だと考えているのです。それもシニフィエさんの考えあってのことであればいいのですが、毎回、彼のコメントにフォローが必要になる気がします(それを意図しているのであればいいと思います)。

    先日までのブランコ氏とシニフィエさんの対話を見ると、そこにおけるブランコ氏のコメントは我々常連アンチに受け入れられるための方便である気がしました。ですから、あのように話が決裂しても、”今後もここでコメントしますね”と言うのだと思います。シニフィエさんとの対話の最後の部分で本性が出たなと感じました。「白いブランコさんとの対話3」における、2015年4月19日 15:31のコメントですね。 思い出していただくために、以下、一部引用します。
    ---------------------------------------
    ○生命に関すること、生老病死に関することで悩んでいる方々が、日蓮大聖人の仏法や、牧口先生・戸田先生・池田先生の著作で悩みを解決し、幸せな人生を送っております。この事柄は「創価学会が素晴らしい宗教団体」であって、決して「詐欺集団」ではないと思います。

    ○自分さえ良ければいいという利己主義が横行している時代に、他人の幸せのために何かを行うという菩薩行を推奨して、実際に人のために行動する創価学会員さんが多くいます。創価学会員さんも施しを受けた人も両方幸せになっています。この事柄は「創価学会が素晴らしい宗教団体」であって、決して「詐欺集団」ではないと思います。

  57. 白いブランコさんは現役学会員で、選挙の活動など、納得行かない部分もありますよという建前をもって、実は本音は創価学会は素晴らしい組織だと宣伝するためにこちらのブログに来られたのでしょう。以前ここでコメントされてた方も、改善点教えて欲しいと低姿勢で来られて、結局創価問題で悩んでいる人を脱会ではなく、創価のほうへ引き戻そうという思惑で来られたようでした。その方と同じですね。話が決裂してまったく覚醒どころか、ますます創価に確信を持たれたようですから、白いブランコさんのような方は、他の活動家さんからお誘いを受けたようですし、他のブログで堂々と宣伝されたらいいと思います。こちらのブログは、白いブランコさんが考えているのとは真逆の意味で、創価学会の真実の姿に気づいてもらうことで、創価学会を静かに去りましょうという趣旨で運営されています。創価学会の考え方に洗脳されてきた結果の被害体験も多く語られています。白いブランコさんが建前ではなく、本気で創価学会を改改善したいと思うのであれば、わざわざ新たにここで提案してもらわなくても、過去ログから読めば改善点など山ほどわかることです。最後の言葉は、創価学会は素晴らしいということを伝えにちょろちょろ顔出させてもらいますってことですよね。どこまで厚かましいのでしょうか(笑)。これが学会員の姿ですね。相手の気持ちを一番に考えているように装いながら、まったく考えていない。ただ自分の信仰を押し付けたいだけ。それが功徳になるから。白いブランコさんに自分で考える理性が少しでも残っているのなら、創価の宣伝はここにコメントしないことです。それが礼儀というものではないでしょうか?

    >逆に言えば、愛情と寛容の心がなければ、創価学会の問題ではなくても破綻してしまうと思います。

    こういうすり替えの脅し文句創価の得意技ですよね。創価に寛容でない=結局何に対しても寛容ではない=破綻になるという脅し。

    創価学会は脅しのテクニックで人の心を縛ります。だからMCが深いのです。
    こういうパートナーを持つと、心がよほど強くないとやっていけません。

  58. Heartさん悩ましいですね〜
    私は主人の転勤に伴い引っ越してきて、まったく連絡が取れない状況に至りますが、
    知らない土地での淋しさや不安は計り知れないもので、
    創価学会と縁を切る代わりに、失うものはあったと感じています。
    もし余裕があれば、オートロックの物件等検討してみてはいかがでしょう?
    うちまで押しかけられるのは回避できます、孤独ですけど…。

    しかし創価学会ごときで、なんで大きな決断を迫られないとならないのか…!
    頭にきますよね、相手にしたくないものです。
    時代に合わせて、衰退してカルトとしてひっそり生き残るしかないでしょう。
    GW後半にはいよいよ安保法制に関する審議も具体化してくるし、
    今まで通り友好を旗印とする訪問は難しくなると思いますが。

  59. satouさんの以下の発言に強く同意します。

    >白いブランコさんは現役学会員で、選挙の活動など、納得行かない部分もありますよという建前をもって、実は本音は創価学会は素晴らしい組織だと宣伝するためにこちらのブログに来られたのでしょう。

  60.  創価学会に真の意味での寛容の心はないでしょう。意識するかしないかは別にして「自分達の信仰が最高、正しい」と思っているからです。私もつい最近まではそんな風に思ってました。けど、学会の暗黒面、というか正体を知ってしまうと、学会の掲げるところがいかに欺瞞に満ちているか、いやむしろ暗黒面を知ることでそれまでにくすぶっていた疑問の殆どが解消されました。しかし、学会が正しい宗教団体だと思っている人はこの暗黒面を見せられて学会の主張との間に矛盾が生じると、思考停止になってしまう。それこそ「魔だ」とばかりに暗黒面から目を背けてしまう。学会はすばらしいとか、正しいと思っている人は自分の周囲にいる人達を観てそのように思っているに過ぎず、暗黒面を無視している。実際学会員だけを観ればそんなに悪い人はいませんからね。
     物事一面だけを見ていては本当のことはわからない。そしてこの世にあるもので普遍の物などない。ちょっと歴史を勉強してみるだけでもわかることです。唯一不変なものがあるとすれば、不変な物などないと言うことくらいかいな。

  61. 二郎さんが以前から言われているトロイの木馬という意味を機能の夜から考えていました。アクセスすることで何らかのウイルス(トロイの木馬)を感染させるということなのだろうか?と心配しましたが、もしかしてこういうことを言っていたのではないか?と理解できた気がして、先のコメントを書かせていただきました。同意ありがとうございます。

  62. 宝星さん、コメントありがとうございます。
    創価ごときの為に引っ越す…なんて本当にバカバカしいことですよね~。早くしがらみから開放されたいです。。

    このブログに辿り着いたお陰で、覚醒に拍車がかかりました。運営してくれているシニフィエさんには日々感謝してます。

  63. 宮部です。その後も、色々な方が経験談を書いていただいて、大変参考になります。
    私個人としては、白いブランコさんのような学会側の方の意見が聞けるのも参考になるかな、とは思い、ご意見を引き続きお聞きしたい気持ちもありますが、ブログの趣旨にそぐわないということも理解できますし、難しい問題だなと感じました。

    私も彼女と、これからの二人について・信仰について、会話をしなければならないと思っていますが、まだ、不勉強なところが多すぎるので、このブログや「教学の基礎」をAmazonで買って読んでみたりして、両方の立場から一旦理解をしようとしています。基本的な理論面、実態を理解したうえで、話し合いをしたいとの考えからです。

    ただ、理解をしようとは試みますが、やはり共感は難しいというのが率直な印象です。やはり入信するということはありえないと思います。

    そこで、モニカ様や宝星様など「パートナーに活動家という問題を抱えさせてしまった」と言われていた方のアドバイスの中にあった、パートナーの「揺るぎない自信」について質問があります。

    ①外部のパートナーの方は、学会の考えを否定するようなことは一切言われなかったのでしょうか(文面からすると、パートナーの方は、全く否定されていないようにみえましたが、私は、違和感を持つところについては、論理的な話し合いをしたいと思っています。ただ、どうしても、信仰を否定する面を告げざるを得ないので、それで彼女が離れていくのが怖いです。)
    ②子供への信仰については、「本人に選ばせる」というのがよくある落としどころのように感じましたが、私は信仰させたくないと思っています。パートナーの方は「子供に信仰させたくない」とは言われなかったでしょうか。逆に言えば、子供に信仰させたくないという私が言ってしまうことは、彼女からすれば、決定的な否定になってしまうのでしょうか。

    モニカ様や宝星様のパートナーの方のように、どっしり構えていたいと思いますが、彼女への想いと、信仰への違和感との間で、私自身の考えが整理できておらず、まだ混乱している状況です。
    ただ、自分の気持ちが整理できれば、自然と結論が出てくる気はしてきました。
    お時間許せば、ご意見いただければ嬉しく思います。

  64. 私は二世であっただけで不心得者なので口を出さない方がいいかなと思いましたが、
    こちらの場のリアルを念頭において少し振り返ってみます。

    私の主人はあまりこだわらないタイプでしたが、主人の実家の両親は猛反対だったんです。
    若いうちは、創価学会の選挙の壮絶さをよく知らなかったのです、無知でした。
    かたちだけでもという話もありましたが、もう私はずいぶんいい歳だったし、
    私の実家はあまり家計的には恵まれていなかったので、先の将来も不安で、
    押し切ってしまったような成り行きです、いい加減ですね…面目ない。
    結婚を機に脱会して違う場所に住み、さらに転勤で違う地方へときましたが、
    選挙については何の疑いも持たず親孝行できるならと協力していました。
    いまはこちらの場で、もやもやしていた部分に目を覚ます思いです。

    子供への信仰については、場所が離れてしまったので、
    自分からは考えたことがなく、親は向こうの手前、何も言ってこなかったですね。
    いまは上の子がキリスト系の学校に進学したのもあって、
    宗教を盲信することの怖さと、選挙時の不可解さを語っています。

    うちの主人は全然なにも考えていないんですよ〜、現実的なだけで…
    私はそういう普通の感覚が新鮮で、かえってありがたいんです。
    モニカさん、どうぞよろしくお願いします
    いつもストンと納得のコメント、感心し敬服しております。

  65. 宮部さん、コメントありがとうございます。
    >①外部のパートナーの方は、学会の考えを否定するようなことは一切言われなかったのでしょうか

    いえいえ言われましたよ。
    「俺はさ、人の信じる宗教を、そんなふうに勝手にランク付けされるのが嫌なんだよ。おまえら何様だよ?」
    「創価の宗教が偉くて他は順にランクがあるのかよ?バカにするのもいい加減にしろよ」
    「ああいうのはね、金なの。金なんかかからないっていうけどさ、あんだけ会館が立ってて衛星まで飛ばしてて金が動いてないわけないだろ」
    「池田タゴサクねえ」
    このくらいは軽く言われましましたよ(笑)

    でも一方で、難しいお経をペラペラ読めるのはすげえよなとか(笑)とか、それでモチベーションが上がるならい君のためにはいんじゃない?という感じでした。
    自分は強制されるのが嫌いだから、人にもしたくない。
    自分の価値観ははっきり言うけれども、だからといって相手には同じことを押し付けたくない。
    人にはそれぞれ価値観があるといって、私のやりたいことは尊重してくれたんです。

    相手がそういう態度だと、離れるどころか尊敬しますよ。
    創価みたいに、自分はやりたいことをやってその上人にも押し付けようではないんです。
    理屈ではなく、この時私は、彼は創価よりこの人の方が信用できると思いました。
    これ、信じる宗教の教義が絶対な信者としてはあり得ないことなんですよ。何なんでしょうね?
    自然体で堂々とした態度。
    はっきり言うんだけど必要以上にからかわない。
    人間革命と必死になっているのにどこか浅ましく、人を見下している学会員にはないものを感じたのは事実です。

    ②子供への信仰については、「本人に選ばせる」というのがよくある落としどころのように感じましたが、私は信仰させたくないと思っています

    これは正直考えましたね。
    言ってることはもっともだと思いましたが、私は単純に入会させたら「諸天善神」が後ろについて子どもを交通事故から護ってくれる、という(今思うと完全な手法なんですが)話を信じてたんです。
    やるやらないは別にしてお守りのようなものが欲しかった。
    だから周りの強烈な婦人部に押し切られたこともあって、こっそり入会させたんです。
    だけど実際は信仰は全く教えませんでした。
    これは以前にも何回も書いてるんですが、私もどうも何かを押し付けることが苦手なようでした。
    初めての育児で子どもの顔を見つめるたび「自由に育ってほしい」という思いが強くなるばかり。
    子どもの教育に功徳など求めるはずもなく、私のただの本心は「子どもには公平に忠実にありたい」
    これが正しいとも言い切れない自分の趣味や感情を押し付けることが、どうしてもできなかったんです。
    自分はこの信仰を絶対と思ってながら不思議なんですが、母親としての強い愛情や責任が信仰心を上回ったのでしょうか?
    これはつきつきめて考えたわけではないんですが、これ以上は上手く説明できません。
    ともかく「よかれと思い、子どもに信仰を押し付けた」ことはしないまま覚醒し、退会できました。
    唯一ホッとしていることです。
    これも無意識にでも夫の影響があったんだろうと思います。

    パートナーの「揺るぎない自信」とはそういうことじゃないかと思います。
    創価の洗脳は相当執拗で根深いものがあります。
    カルトは皆そうだと思いますが、でもそれが誰にでも通用するものではないのです。
    頭が良ければいいってものでもない。
    まあ臆面もなく言いますが(笑)、まっすぐな愛情や人としてきちんと愛され土台がしっかりしている人には通用しませんよ。

    宮部さん、応援してます!!

  66. 宝星さん、モニカさん

    ご回答ありがとうございます。お二人の回答大変参考になりました。

    私は自分自身の「相手の立場に立って考える=多様な価値観を認める」という考え方と、彼女の学会の信仰を否定・拒絶する考え方が矛盾しているのではないかと、混乱しています。
    私自身が自己矛盾を抱えているのではないかと。。

    この点、モニカさんのパートナーの方は一貫していてすごいと思います。

    自分自身が考えを押し付けているのではないか、とはいえ、価値観の多様性を認める学会の考え方はやはり受け入れられない・・・悩ましいです。
    これまで宗教的な視点を持たずに生きてきたので、難しい問題です。

    彼女は、今も何も学会の話をしてきません。話を避けている様子すらあります。

    そんな彼女に自分の考えを押し付けていいのか・・もう少し自問自答してみます。

  67. 宮部さん、
    うちの場合は夫がネットでチマチマ調べるタイプではなく、思ったことを率直にいうタイプだっただけです。
    そこまで深く考えてたわけでもないとも思いますよ。
    ごちゃごちゃ考えるよりパパッと言ってくる感じでした。
    付き合ってた頃、大事な会合とデートが重なった時は「じゃあ俺もいく」とケロッとついてきたこともありました。
    会場に行っても、雰囲気に呑まれるでも萎縮するでもバカにするでもなく、いたって自然体。
    別に「尊重する」なんてしゃらくさい言葉も出したわけじゃなく、その場その場で「じゃあこうしようよ」と明るく進む感じでした。
    一言で言うと、チンケなカルト教団ごときどうでもいいという姿勢でした。

    ここのコメントを読むと事の重大さに悩むと思います。
    私も決して軽いこととは思ってないから何年もコメントし続けています。
    しかしながら恋愛、結婚にはいろんなケースがあり、深刻になってもしょうがない時もあります。
    楽しみながらどうぞ糸口を探っていってください。

    彼女さんが言ってこないって、私はおくゆかしさを感じますよ。
    中年になった婦人部にそんな態度は微塵もなくなります。
    その厚顔さの恐怖はここに何度も書いてますよ(笑)
    どうぞ彼女様が可憐な今のうちに、しっかりした愛情を持って話し合ってくださいね。

  68. わたくしも二郎さんやsatouさんの言われるようなことを客観的にみて感じておりました。
    ある意味、動物的な嗅覚。。でしょうか。

    巧みですよね。。
    ほんと、詐欺に長けていて可笑しいくらい。

    失礼。。( ̄^ ̄)ゞ

  69. 宮部さんの彼女さんが自らは何も言われない…
    ひょっとしたらですが、信心について悩んでいる面もあるのではないでしょうか。
    二世である私はずっと実家の信心への違和感が拭えませんでした。

    あまり解決することを目的とせず、一緒に過ごす時間を大事にされてみたら、
    …そうとばかりも言ってられないか、やっぱりうまく言えないなあ。
    私の主人は、うちの親の信心を責めるようなことは言わないんですよ、
    そんなこと現実生活には大した問題じゃない、と思っているみたい。
    信濃町とかちょっとビックリしてたようですが

    モニカさんの後ろから私も見守っています…^〜^

  70. 宮部さんへ

    わたくしの旦那も創価学会はやっておりませんでした。
    わたくしはというと女子部でも役職ありのバリバリさんでした。

    結婚の前に旦那に告知した時に旦那に言われた言葉は。。
    『創価学会のことは君の趣味と思うことにするから、趣味の範囲でやることは構わないけれど家庭のことを疎かにするなら認めない』

    と言われた、だけです。

    なので結婚するまで男子部の本部長や圏長などに囲まれて折伏されたり。。
    壮年部の支部長宅で面接、わたしの母に入信してくれと泣いて頼まれたり。。

    考えてみたら、旦那は散々な目に遭っていたんだと思います。

    不思議とわたくしには彼にどうしても創価学会員になってもらおうと思う意思があまりなくて、その後旦那にそれ以上の難が降りかかることもなく結婚に至りました。

    結婚しても家族団らんの時間にわたしは独りひたすら題目をあげている時もあるし幼い子どもを連れて夜の会合には出るし。。内緒で多額(?我が家にとって)の財務はするし。。

    それでも旦那から表立って文句を言われることも反対されることもなかったです。。

    ただ、たま〜に旦那が創価学会に対して感じている疑問を口にすることはありました。。

    それも、池田大作はなんであんなに太っているんだ?公明党はお金にクリーンというが、君らの選挙活動に掛かってる電話代や交通費はどうなんだ?
    。。というような他愛のないものが多かったのですが。。
    いま思うと旦那の捉えている視点はある意味、鋭かったのかもしれません。。

    宮部さんは、もし彼女がわたくしのようにあなたの近くでお題目をあげるのを耐えられますか?
    子どもと一緒に会合へ行くのを耐えられますか?

    もし、とても耐えられないと思うのなら付き合っている時にご自分の正直な気持ちを彼女に伝えるべきです。
    何も言うことができず、結婚してから言うことがあったら、それはもしかしたら?DVになるのかもしれません。。厳しい言い方をすれば、ですが。。

    まずは自分の正直な気持ちを話し彼女と向き合うべきでしょう。。

    もし?あなたよりも創価学会のほうが大事であれば彼女は、なんの躊躇いもなく貴方から去っていくでしょう。

    それは、あなたからしたら相当お辛いことでしょうけれど結婚してしまったらお互いが、それ以上に苦労しお互いに憎しみ合うことになってしまうかもしれません。。

    それに彼女のご実家や親族がバリバリ信者さんでは、とても大変であることは今から見え見えです。

    あなたが彼女や創価学会に寛容になれるか?否か。。
    ご自分のお気持ちに正直になられることだと思います。。

    わたくしはというと、旦那の忍耐強い心と寛容さにより自らが創価学会のおかしさに気づき脱会するに至りました。。

    旦那には、とても感謝しております。。

  71. 二世の彼と二年近く続いている、ぱこと申します。
    パートナー関係で話し合う皆様の中、同じコメント欄に残っておきたくて(笑)、前のスレッドに書き込みます。申しわけありません。

    私たちは、ほとんどその問題について話し合うことなく、今にいたります。
    学会員だと気がついた当初は、おかしいと思うことなど伝えもしましたが、このブログや本で内情を知るにつれ、こりゃ話しても無駄なのかなと思うようになりました。
    考えてそうしてるんじゃなくて、「信じて」そうしているから。
    病気(創価脳)みたいなものだと受け入れるしかないのか。
    もしくは「不倫の恋」 → 何も望まなければ、時間を共有できる。たのしく一緒でいられる。しあわせとつらさのてんびん。妻子に目をつむれなけりゃ(=創価に目をつむれなけりゃ)離れるしかない。
    どうしてもいいたいとき!はメールにしています。以前、ここにきてくださった豆さん(非活の彼とご結婚)が、感情的な言い争いになるから手紙?交換日記?みたいなコンタクトをとってきた、とおっしゃっていたので、参考にしています。
    きもい!という本心は封印して、なんで戦争法案の片棒担いでるん?!とか、私の気持ちを知る気があるなら、「恋人が学会員」でネット検索してるはず!とか。

    時おり号泣しながらも、まだこの愛にしがみついていられるのは、彼の人柄もありますが、一番は私自身が結婚や出産や共同財産をもつことや将来の展望を、すべて望まないことにしているからだと思います。
    創価のお嫁さんをもらって、例えば新しい土地で新しい生活をする、外部の彼氏さんとは条件が違ってくるのかもしれません。
    例えば私は、家族、友達全員創価、地域コミュニティー全員創価……みたいな環境で生き抜くはめになるでしょう。
    本尊はクローゼットに、子供は入会させない、財務は一口、なんて契約を交わしたとしても無駄に思えます。
    人の心や生活のすべてに監視カメラをつけることはできません。
    だけど、私が創価を「詐欺」だと思っていて、彼が「すばらしい宗教」と捉えている以上、私は彼のことを疑い続けることになると思います。すばらしい教えを子供にも伝えたいと思うのは当然だし、正しい行い(財務、選挙活動、会館警備などなど)をやりたいと思うのも当然。
    すぐ破綻です。
    私が選挙なんかいったこともなく、宗教問題も、戦争のことも歴史も、なーんにも興味のない人間だったら、まだ楽だったと思います。宗教の自由だからいいんじゃない、勝手に趣味みたいにしてやれば、といってあげられたかもしれない。

    創価だと気づいた当初は、「どんなに我慢できても、次の選挙でバリバリ活動してるとこをみたらアウトだろう」と思ってきました。到底、受け入れきれないはずだと。
    しかしながら、この二ヶ月くらい、まったく活動なし。さすがにメールでの呼びかけまではわかりませんが、携帯に縛られていることも、電話してることもなく。でかけてもいない。選挙当日はけっこう電話が鳴ってましたが、ひとつもとりません。
    いいのか悪いのかわかりませんが、本日もまた私のごはんをおいしいおいしいと食べて、にこにこしているわけです。

    このブログの皆様に、本当に助けられた日々でした。

  72. 私も乗り遅れてしまいましたが、コメントだけ残させてください。
    主人とは数ヶ月の同棲を経ての結婚でしたが、主人は未活でしたので特に宗教について訊ねることもなく、結婚して子供を授かってから創価ということを告白されるという最低の始まりでした。
    私は主人にお墓まいりなどのあとに否定的(学会員が生きてる人間を崇めている姿はオウムと同じようにしか見えない、すぐ罰とかなんとか仏様心狭すぎて嫌だ、など…)な意見をぶつけていたので主人は勧誘しませんでした。しかしバリ活の義父母は二人目が生まれしばらくしたころ、急に「子供を入会させていいよね?」と言いだし主人ならともかく義父母には言い返せず、主人は「嫁が言い返せるわけないのに」と怒っていましたがそのまま入会となりました。本当に子供たちには私がいい嫁でいようとしてしまったばかりに悪いことをしました。
    そして今は義父による未入会である私への折伏攻撃です。本当に攻撃ばかりで言い返せば「魔」、悪いことは「魔」、最終的には私の存在が「魔」というただの悪口三昧で入会する気が更に遠のき、義父との関係が著しく悪化しただけでしたが…。
    白いブランコさんは愛があれば…のようなことを言われているようですが、わが家は創価のことが原因でお互い好きなのに離婚問題に発展しましたし、少なくとも義父母が元気なうちは白いブランコさんがいう「他人の幸せのための行動」で、こちらが迷惑しているにもかかわらず続ける選挙活動や折伏行為といったものでまた離婚するしないという話になると思います。
    よく○○さえなければいい人、といいますが、違うんです。その○○があるが故にそれ以外のいい部分すべてを打ち消すほどだめな人なんです。結婚は一生ものの決断です。親族との付き合いもあります。だから難しいんです。愛と寛容な心で宗教というアイデンティティを揺るがすような問題を乗り越えられるのならば創価を辞めてその愛と寛容な心で困難を乗り越えることはできないんですか?

  73. モニカさん、宝星さん、流れ星さん

    私へのコメントありがとうございます。
    ご経験に基づいた具体的な話をしていただき、感謝申し上げます。

    ここ2週間くらい、混乱・苦悩しすぎている状況で、お礼が書けませんでした。
    学会の信仰に対しては、日に日に不信感が増していくのですが、彼女への想いはそれと反比例せず、やはり心から好きだなと感じます。

    先日、本部幹部会?同時中継?とやらに、彼女と一緒に行ってきました。
    彼女から誘われた訳ではなく、むしろ私が行きたいと彼女に伝えて連れて行ってもらいました(彼女はほぼ毎回参加しているようです。)

    正直、インパクトが強すぎて引きました。
    教え的なものはある程度、勉強して理解していったので用語は理解できるのですが、スピーチの途中途中で拍手する意味が理解できないし共感できないので、会場の中で多分私だけが全く拍手せず、万歳もしませんでした。

    彼女は拍手をして万歳をしていました。
    できればやめてほしいと思いました。

    終わった後、正直全く理解できなかった、理解できなかったので、拍手もしたくないと思ってしなかったと話したところ、彼女は、その気持ちはわかる、ただ、私は参加してよかったと思ったと話していました。
    彼女は強い信仰心を持っていることは間違いないと思います。
    信仰を否定すれば、私の下から去っていくんだろうなーと感じました。

    座談会は、自身の信仰を確認する場、交流を図る場としてその必要性は何となく理解できるかなと思うのですが、あの本部幹部会は学会員の方々にとって、どのような意味があるのでしょうか。
    それなりにたくさんの方が来られていて、わざわざ時間をつくってこのような会に参加することはどのような位置づけなのでしょうか。費用が発生するでもなさそうですし、財務や新聞とは性質が異なるように感じました。わかられる方がいらっしゃったら教えてもらえれば嬉しく思います。

  74. 宮部さん
    本幹同時中継は、学会本部の中枢の会合を広く一般会員に遍く伝えるためのものですよ。
    一言でいえば、MCを多くの会員にかけるための一手段です。。

    ほんとうに信じ切っている会員からすれば己れの信じている創価学会が信じるに足るものだと確信を抱き更に活動に励もうと発起する場でもあるんです。。

    わたくしは覚醒し始めた頃から会場が一斉に拍手したりすると、自分だけがさあーーーっと会場から一人後ろの方に引いて行き、たった一人になった気分で会場に佇んでいるような。。そんな孤独感を感じたものです。。
    宮部さんも、もしかしたら?そんなお気持ちではありませんでしたか。。?

    宮部さんは敢えて渦中に飛び込むおつもりなのですね。。?

    でもご注意くださいね。。
    あなたのお相手は彼女だけではありませんよ。。バリバリ活動家の彼女のご両親やご親族も含まれております。。

    健闘はお祈りいたしますが。。
    わたくしには、なんとも言えません。。

    自分の息子でしたら反対しますが。。正直もうして、我が息子たちでしたら、そんな彼女には引っかからないと思います。。

    ごめんなさい。。
    正直に言ってしまいまして。。

    あなたが深く傷つき狼狽えるのが、いまからリアルに視えてしまうものですから。。

    正直、わたくしお節介すぎるただのおばさんで。。申し訳ございません。。

    彼女が、あなたの想いを深く受けとめてくださいますように。。。

  75. 宮部様
    本部幹部会は月に一度、全国の代表幹部が集められて行われる会合です。
    雛壇に並んでいるのは本部幹部。
    参加している会員は全国から選ばれた盲信者です。
    これに参加できるのは名誉なことで皆スーツにネクタイ着用で参加します。
    祭壇には立派な花に供物。きらめくシャンデリア。
    会場は見ての通り立派で、オープニングには楽団の演奏やコーラスなどを催し、高揚感を五感に訴えて洗脳します。
    この様子を全国の会館に配信すると、未だ因習と偏見の深い片田舎で座談会しか知らない年寄りなどは、ああ創価ってこんなに立派な団体なんだ、まさに世界宗教になったと感動するのです。

    でも参加者にしろ会館で中継を見ている者にしろ(現在は編集された録画を見ています)、拍手や万歳は集団心理によるところが大きいのです。
    ここにコメントを寄せる人たちもかつては活動家でしたが、心から拍手して万歳してたかというと「そうではない」と言ってるでしょ。
    内心それほどでもないのですが、素晴らしいと感じないのは自分の信心が足りないからだとシレッと真面目くさった顔をしてるだけです。
    新聞の写真も映像も満場一致で感動しているようにしか報道しませんから、自分も含め、いつの間にかそんなふうに仕立て上げられているだけの話です。

    >正直、インパクトが強すぎて引きました。

    これもある意味構えて見ているからで、力を抜いて笑って見てくださいよ。
    実際やってることは感動することでも引くことでもなく、たいしたことやってないのです。
    所詮、詐欺の騙しの演出にすぎないんですよ。

    それに比べて恋愛の感情はホンモノでしょう?
    騙しでもテクニックでもない。
    こんなカルト教団の高揚感に負けるなんてアホらしくないですか?

    私は創価問題は厳しく書く一方、これに振り回されて破局するカップルに向かっては、逆に「さもないこと」と訴えるようにしています。
    ここで唯一楽観的に書いてる人間かもしれません。
    それも実際、楽観的な希望があるんですよ。
    今、創価でいちばん絶滅している層が女子部です。
    他の女子部がここまで離れていってるのに、彼女様が盲信者でい続ける保証はないでしょう?

    宮部さん、ドーンと構えていてドン引きはないですよ。
    カルト教団ですから拍手や万歳くらい当然じゃないですか?
    ヘッドギアがないだけマシです(笑)
    明るくいきましょう!

  76. 流れ星さん、モニカさん

    宮部です。
    早速のご回答ありがとうございました。

    大変参考になりました。

    お二人とも真剣に回答していただき、お二人は別の意見でしたが身に染みました。
    本当にありがとうございました。

    自分の気持ちがわからなくなりかけているので、僕が本当に何を求めているのか、自分ときちんと向き合ったうえで、彼女と向き合おうと思います。

  77. 妻が学会員と知りながら結婚しました。
    その頃、自分は学会の事は全く知りませんでした。そして宗教というモノを軽く考えていました。結婚当初は少しでも理解しようと多少頑張っていました。会合に出たり5時間唱題したりしてました。しかし徐々に覚めて冷めて活動しなくなっていきました。
    やめたいと言うと、一緒にやってくれるって言ったじゃないと言われたり、自分がやりきったと言えるまでやったのか?などと言われます。自業自得ですが、、、
    このままやめると離婚の可能性も高く、妻を裏切ってしまうことにもなるので悩みます。
    余談ですが、妻と営みが少なく(妻の性格・体質的な問題があり(病気ではないです))、もう少ししたい訴えると、じゃあ出来るように祈ってよと言われ、ガックリきました。

  78. はじめまして。てんと申します。
    私は学生の非会員であり、御付き合いしている彼は学会会員のおそらく二世か三世と思われます。先日、芸能人が来るからと言われ会合に一緒に行きました。ネットの内容は 基本半信半疑で見ているため実情を見てみようと思う反面内心勧誘されたら怖いな〜という感じで行ってみました。

    行ってみると、芸能人のバリ活?になるまでのような講演を聞き、世界でも拡散しつつあるとの紹介、簡単な考え方の説明といった内容でした。私自身無宗教。言うなればXmasも祝いますし、初詣も行きます。

    そこで一つ疑問に思いました。なぜ彼は学会の初詣?のようなことをし神社には行かないのに、Xmasは祝うのか。彼も私も20代の為Xmasはムードに流されて…といった感じなのでしょうか。友達の二世三世会員も同じことをしています。彼も友達も会合に参加し信心を持った感じなのですが、彼らの行動はただのマインドコントロール。学会という支えを持っていることが常で育ち支えがない生活に恐怖を抱いているのかな?と思ってしまいます。

    基本的にしっかりした彼なので先のことを考えたいと思うのですが、このマインドコントロールを本人に自覚してもらいたいと方法に悩んでいます。まだお付き合いして日が浅いのであまり深く触れない方がいいのかな?と思う反面、マインドコントロールにはまっている自分に陶酔しているのであれば早くにお別れをするべきではないか、とも考えています。

    妥協や入会は考えていません。妥協はお互いストレスになりかねないリスクがあるので…二世三世の方が気づきにくいのでしょうか。逆も然り?早めに触れるべきか悩む一方です。

  79. ぽむぽむです。
    創価脳夫をもつアンチ妻です。
    このぶろぐを読んでもらうのもいいですよ。彼にすすめられたらですが。
    残念ながら、2世3世は覚醒しにくい現実はあると思います。
    しかし、シニフィエさんは2世でしたが、覚醒なさいました。
    早めに触れて相手の反応を見て、今後を考えるのがよいと思います。
    基本的にしっかりしていても、これからの時代に創価脳ではパートナーとしてこまりませんか?
    池田をどう思うか?など、最近のスレッドはおすすめですよ。

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