ご本尊って何だ?

慌ただしい年末だというのに、あっと言う間にコメントが150にもなりまして、はやく更新しないと〜っと思いつつも、仕事がいろいろと忙しくて、なかなかできずにいたことと、みなさんのコメントの勢いと質の高さに驚きながら、コメントの承認でいっぱいいっぱいになっておりました。

次のテーマは何にしようか…といつも考えていますが、結局はみなさんのコメントをヒントに思いつくママを書きながら決めています。

で、今回のテーマは「ご本尊って何だ?」でいきます。このたびパニックスさんがご夫婦ともども晴れて脱会にこぎつけられて、みなさんからお祝いのコメントが寄せられています。脱会に際してはご本尊を返却するときに、パニックスさんお手製のご本尊を幹部に破り捨ててもらおうというお話をされていました。はじめは笑いながら読んでいましたが、よく考えると、そこには「ご本尊って何だろう?」という深い問いかけがあるように思いました。そして、創価のカラーコピーご本尊と、それをさらにカラーコピーしてつくったパニックスバージョンとの違いとは何か?ということを考えると、さらに「そもそもご本尊ていったい何なんだ?」といった宗教的、哲学的な問いとなると思いました。

そして学会員さんが「ご本尊って何だろう?」ということを考える機会になれば、もしかしたら覚醒へのきっかけともなるのではないかと思ったのです。

ご存知のように、創価学会のご本尊というのは、創価学会が「もう何の関係もない」と言い張っている日蓮正宗のご本尊を無断でスキャンしたデータをパソコン上で修正して、本来は金襴、銀欄、緞子(どんす)、紗(しゃ)といった裂(きれ)であるはずの表装の部分もまるごとカラーコピーした、それはそれはお粗末きわまりないものです。具体的な例え話で説明しますと、ここに本物のゴッホの絵があったとします。時価数十億円で取引されています。どんなにゴッホの絵が好きだと言っても、さすがにそんなお金を出して買える人はそんなにいません。そこで複製画というものが流通します。最近では複製技術が進歩して、専門家が見てもちょっとやそっとじゃどっちが本物かはわからないほどの精巧な複製画が製造可能になっています。ただし、それはそれで技術的なライセンスやコストがかかっていますから、決して簡単に買えるものではありません。でも質は落ちるがコストを下げて、大量販売できれば、一般人でも手の届くものになってきます。美術館のショップにはそんなものが売ってありますよね。また同じように絵はがきやクリアファイルやレターセットの絵柄なんかにも使われて、気に入ったアート作品を身近に楽しめるようになっています。さて、複製名画を楽しむと言っても、本物に近い感じで鑑賞するには、やっぱり額縁に入れますよね。絵のまわりの額縁まで入ったカラーコピーを壁に貼るくらいなら、ないほうがましです。そう、創価のご本尊は、そんな額縁までまるごとカラーコーピーにしたペラッペラの紙切れなんです。それも鑑賞するためだけの絵ならともかく、それを仏壇に貼付けて、照明あてて、おシキミや線香ろうそくを供えて、お水やご飯まで供えて、毎日毎日「功徳をください」「幸せになれますように」「宿命転換できますように」「出した財務が何倍にもなって返ってきますように」と拝んでいるんです。ね、気持ち悪いでしょ(笑)。そんな人が身近にいたら「頭おかしいんじゃないの?」とか「自分の力で幸せになる気はないのか?」と思いますよね。ですよね〜(笑)そんなものをいくら拝んだところで、なんかあるわけないんです。ましてや願いが叶うとか、人間革命できるとか、もう誰が考えても嘘っぱちだろって話なんですが、人というものは悲しいもので、弱みにつけこまれてうまいこと口ぐるまに載せられると、そんなバカバカしいヨタ話を信じてしまうものなんですよね。

220px-Kakejiku.png

曼荼羅とか掛け軸というのは、本来は上の図のような表装が施されていて当然のものです。当然のことながらご本尊自体は変色や伸縮の少ない手漉きの和紙であるのが当然です。しかし創価のご本尊はどうみてもコピー用紙ですよ。それも表装の部分まで。さっきも言いましたが、額縁までいっしょに印刷された、新聞チラシと同等の印刷物です。ね。これを少なくとも何十万人かの日本人が「幸せにしてくださいご本尊さま〜」とお数珠をジャラジャラ鳴らして拝んでるんです。

頭おかしいですよね。

っていうか、どんだけ意地汚いんだって話です。

こんなもんを拝んで幸せになろうって言う魂胆なんですから、そりゃ子どもにだって恥ずかしくて言えませんわ。普通ならね。

普通じゃない。自分の子どもにさえ「これを拝めば幸せになれるんだぞ」と真顔で言ってるのが学会員です。しかも「これを拝まなければ人間は幸せになれないんだ」とまでいう。さらに「これを拝まないから人間は不幸なんだ」と言い切る。いやいや、学会員より幸せな人はいくらでもいますけど、そこはどう説明するんですか?ときけば「今に不幸になる。そしてこれから自分たちだけが幸せになるんだ。今は人間革命の途上なんだ」と、だれが聞いても苦しすぎる言い逃れにしか聞こえないことを平気で言うのが学会員です。自分ではうまいこと言ったつもりでいても、そんなことが世間で通用するわけないんですけどね。でもそのおかしさがわからない。自分がどんなにトンチンカンなことをやって、どんなにデタラメを言ってるのか、そして世間からどんなに嫌われているのかも自覚できないんですよ。

さて、このあたりを言い出すときりがないのでまとめに入りますが(笑)、「ご本尊って何だ?これだ」ってSEALDsばりに叫んでも、あんなのただのカラーコピーですよ。こんなもんに何かしら不思議な力があると信じて人生を捧げているんです。創価って仏教じゃないんですよ、学会員さん。創価学会のご本尊は、よその宗派の、それも自ら邪宗だと攻撃している日蓮正宗の本尊を無断で改ざんしてつくったカラーコピーなんですよ。そんなものを拝んで幸せになれると信じている自分と、イワシの頭に向かってチチンプイプイと唱えている人と、どこが違うって言うんですか?まるっきり同じですよ。

創価が仏教の本流だと言うのなら、千歩譲って、仏教の話をしましょう。

仏教は釈迦が教祖です。もともとが釈迦の教えということになっています。2500年前のインド地方の王子だったシッダールタが、家も妻も子も捨て修行の道を選んだということになっています。そして悟りを開いてブッダと呼ばれる偉い人になった。その後、多くの信者を率いる大教団の教祖になったということになっていて、それが仏教のなれそめです。しかしそのブッダが言っていたことと、その後に伝わってきたブッダの教義はまるっきり違います。ブッダは「自分の像をつくって拝みなさい」なんて口が裂けても言いませんよ。何かを拝むのが仏教ではありません。でも日本に限らず、そして仏教に限らず、何かを拝むのが宗教だと世界中の多くの人が思い込んでいます。創価はそこに詐欺のチャンスを見つけた。「何かを拝むと幸せになれる」という漠然とした人々の願望があることを逆手に取って、「これを拝むと幸せになれる。しかもこんなすごいご本尊に出会えたあなたはめちゃくちゃラッキーだ。このラッキーチャンスを逃す手はない」といった見え透いた手口に、戦後の日本人はどんどん引っかかっていったんですね。ちなみに少なくともブッダの悟りとはそんなものではなかった。「何かを拝めば幸せになれる」なんて仏教じゃないです。もしブッダが奈良の大仏を見たら、鼻から牛乳吹き出してますよ(笑)。つまり「ご本尊」という概念自体、そもそも仏教からおおきく逸脱しているどころか、真逆の概念です。ブッダが悟ったのは「この世に確かなものなどひとつもない。ものごとは縁に触れて発生し消滅を繰り返しているだけの幻のようなものだ」と言うものです。それがあろうことか、この世のすべてをつかさどる永遠不滅の法がある。それが南無妙法蓮華経だ。と、いったのは750年前のお坊さんなんです。ね、ブッダとは真逆のことを言ってるでしょ。どこが仏教の本流なんですか?でもね、ブッダがほんとにそう言ったのかもわからないし、日蓮がどういうつもりで言ったのかすらはっきりしないんですね。でも大雑把に見ても、ブッダと、日蓮と、創価学会はまるで違うんです。まったく縁もゆかりもない。そして、創価学会は宗教ですらない、ただの悪どい詐欺団体なんです。

仏教は2500年の時間と、何万キロという距離を経て、世界各地に広がりながらいろんな形になったんです。その途中で、仏教の教義の中に「ご本尊」という概念が出てきて、それがブッダの像だったり、曼荼羅だったり、いろんな姿をした神様だったりしたわけです。そんな数えきれないほど出てきた中の、ほんのひとつが日蓮が墨に染め流してうんちゃらかんちゃらと言ったと言う「ご本尊」が日蓮宗のご本尊です。でもその日蓮宗も日蓮亡き後は、いろいろ派閥争いがひどくて、どんどん分裂していって、それぞれが勝手にいろんな解釈のご本尊をつくるようになりました。日蓮正宗の弘安二年の大御本尊もそのなかの一つに過ぎません。日蓮正宗としては「これぞ本物のご本尊だ」と言ってますが、言うのは自由です。でも世の中には日蓮のご本尊と言ってもいくらでもあるんです。それをそうだと信じれば、それはみんなご本尊だし、べつに誰からも文句を言われる筋合いはない。「ああ、そうですか」って話です(笑)。また昭和になってからは日蓮系の教義を利用した信教宗教がうじゃうじゃ出てきます。結局のところ、創価学会はうじゃうじゃ出てきた日蓮系新興宗教の中のいちばん胡散臭い詐欺集団だということです。どう転んでも仏教なんかじゃ絶対ないですよ、学会員さん♥

どんな宗教だろうが、なにをご本尊にしようが、そりゃ勝手です。いつも言ってますがイワシの頭にチチンプイプイだってそれ信じる人にとっては宗教です。どうぞ勝手に信じてください。しかし創価学会はちがう。創価学会は日蓮正宗の弘安二年の大御本尊こそが、世界で唯一人間を幸せにする力のあるご本尊なんだということをしきりに主張してきました。そこまではいいです。しかし同時に、このご本尊を信じなければ幸せになれないと。しかもこのご本尊を否定すれば地獄に堕ちるとまで。そうやって人を脅しまくって会員を増やして、その会員からいろんな形でお金を巻き上げてきたんです。そしてさらに創価学会は創立以来70年近くも、ずっとそんな日蓮正宗の大御本尊を持ち上げておきながら、破門された途端に、「あれには何の力もない」と断言し、何度も言いますが、日蓮が死んで何百年も経ったあとの日蓮正宗の坊さんが書いたご本尊を無断でスキャンしてパソコン上で改ざんして表装ごとカラーコピーして大量生産したものを「これこそが本物のご本尊だ」とドヤ顔で言いまくっているんです。

こんなもん誰が信じますか?でも今でも学会員は信じてるんですよね。日蓮直筆のご本尊ではなく、何百年もあとに書かれたご本尊の改ざんカラーコピーを拝まなければ世界平和は実現できないとまで言うんです。「日蓮正宗とは何の関係もない」と言っておきながら、創価学会のご本尊は日蓮正宗のご本尊の改ざんカラーコピーです。

やっぱり頭おかしいよね(笑)

ってことで、今回のテーマは「ご本尊って何だ?」ということをキーワードに、いま一度、みなさんが「なんでまたこんなもんをマジで信じて拝んでいたんだろう?」といった痛いお話を聞かせていただけると嬉しいです。それを読んだ覚醒間近な学会員さんが「なるほど、それもそうだな」とか「ヒェーッ!知らなかったっ!そうなんだ〜っ!」と正気にもどることがあるかもしれません。

広告

ご本尊って何だ?」への59件のフィードバック

  1. わたしは、本尊がカラーコピーになる前に創価学会を脱会したので、その本尊(と言えるのか?)は見たことがないのですが、一度くらい現物を見てみたいような気がしますよ。。(笑)

    ここまでおかしなことをやっているのに誰もおかしいよ、ともいえないのが創価学会なんですね。
    すばらしい組織ですね!
    ほんっとすばらしい宗教だわ!(もちろん皮肉を大いに込めていますが。。)
    まるで裸の王様の童話を思い出します。。

    裸んぼの王さまに、大人たちは。。その服はうつくしい、とか~立派です、としか言えなくなってる。
    まさに、その心理でしょうか。。?

    いまの日本の原発事故による被爆問題をほとんどの人が知ろうともせず、食べて応援。。とか言ってるのとまったく同じですね。。

    こういうの同調圧力?とかいうのかなあ。。
    うすうす分かってても誰も声にしない。。
    みんなで渡れば横断歩道も怖くない。。?

    渡っていた大きな橋がガラガラと崩れ、歩いていた多くの人や多くの車が奈落の底へのみこまれるのが、まるでみえるようです。。
    (いま、書いていて。。そんな映像がこころに浮びました。。)

    こんなことまでやっている創価学会の本部は、ほんとうに悪質ですね。。タチが悪いですね。
    いまは神社仏閣のご朱印でもお札でも筆書きですよ。。直筆ね。
    恥ずかしいですね~。。これが世界宗教、なんだ~。。

  2. こんばんは。
    バリ活男子部の彼氏がいる外部のえつこです。

    ご本尊については私はよくわかりませんが、彼氏に初めてこちらのブログの「白いブランコさんとの対話」の文章を読んで貰った際に彼氏から説明がありました。

    「説明よりも先に見て貰ったほうが良いね。」と言いながら彼氏が手を合わせて拝んだ後に仏壇の扉を開けたら噂のカラーコピーのご本尊がありました。(ペラペラでした^^;)
    そして「説明が難しいけど、簡単に言えばご本尊は自分の心にあるものなのだからカラーコピーでも問題は無いんだよ。どんな物で出来てるかが重要なんじゃ無くて信心の心が大切。だからカラーコピーだからと別に問題になる事じゃない。」だそうです^^;
    じゃぁ、何で重要性が無い物を金を出して買って仏壇に大切そうに掛けて拝むわけ?いらないんじゃないの?私なら金がかかる時点でカラーコピーだったと分かったらブチ切れるけどね…と突っ込みたくなりました。
    白いブランコさんとの対話を読んで驚いたのか創価スイッチが入ったのかわかりませんが冷静を装ってはいましたが明らかにアタフタしてました。
    まぁこれからもごく自然に質問して少しでも自分なりに考えて貰おうと思います。

  3. 創価学会の本尊はビニールですよ。
    和紙ですらありません。
    最近の物は紙製にしたと聞きましたが、数年前までは確かにビニールでした。
    日蓮正宗から待ち出した曼荼羅と、それをあたかも表装したかのように見せた文様を、ビニールに印刷したのが創価学会の偽本尊です。
    和紙ならば、始めは真っ白でも数年も経てば日に焼けて、落ち着いた色目に変わってくるのですが、学会員のお宅の本尊はいつまでも文字のバックが真っ白で、新品のように綺麗ではありませんか?
    それはビニール製だからなんです。ビニールなのでいつまでも日に焼けずに綺麗なんですね。
    そう聞いたからと言って、焼いたり、破ったりして、確かめようとしてはいけません。
    ああいった曼荼羅を作って、ただ作っただけではいいのですが、拝んで念を送ってしまうと、中に得体の知れないものが入り込んでいるので迂闊に触ると危険です。
    ずいぶんとオカルトチックなことを言う、とお思いでしょうが、さわらぬ神になんとやら、です。
    創価の嘘っぱちに気付いて、辞める決意をしたならば、幹部を通じてであれ、直接郵送するのであれ、とにかく偽本尊は学会本部に返しましょう。
    ゴミはゴミ箱へ。不幸を呼び込む偽本尊は、製造元の元凶・創価本部へ。

  4. 皆さんこんにちは、40歳男パニックスです。

    非活十年でしたが、子供の未来部活動開始を阻止するべく協議会や座談会に参加するようになりました。その間、中古ですが仏教の入門書も七冊ほど購入し読みました。
    協議会五回、座談会二回出席で退会まで漕ぎ着けることが出来ました。「すごい功徳を頂きました」「この信心に間違いない!」(皮肉です)

    開始、終了の題目三唱で祈ったのは、「早く退会出来ますように」「確信が掴めますように!」
    結果覚醒、「やはりこのご本尊に間違いはない!」(もち皮肉です)

    美術、芸術系ではないのですが、職場にはご本尊を複製するのに便利な道具が揃ってまして、その有り難い本尊を3つほど作りました。見分けつきません!
    スマイルさんの、「本物ど~れだ!?」状態です。
    創価認定を解体したら、A3用紙から少しはみ出しますが、のりしろが少し短くなるだけで問題ありませんでした。

    考え様によっては3人折伏出来ますね、「日蓮曼荼羅宗」

    宗教の本尊について肯定、否定定まってません。自身としては無宗教で行きますので、父の写真にタバコを供えるくらいだと思います。

  5. 赤信号 皆で渡れば こわくない

    偽本尊 皆で祈れば こわくない

    爆笑してしまいました(^^)

  6. カラーコピーされた方。
    日蓮正宗側はいつもこれに文句言ってますよね?
    ペラペラのカラーコピー。
    こんなもの拝んだら「害毒」が出る。
    猛毒の偽本尊だと。
    ホンモノを拝むと命の底から晴れ晴れして全然違うんですって。

    でも、学会員さんは真逆のことを言ってます。
    宗門の本尊なんて謗法以外何ものでもない。
    創価の御本尊に祈ると命が澄み渡る。
    これは命に感じるんだから間違いないんですって。

    あれれ、違うもの拝んでながら同じこと言うんですけど?
    要は信じてればそう感じるんじゃないの?
    だって私も二つの本尊に全く同じだけの期間、同じように向き合いましたけど、感じるチガイなんてさっぱりわかりませんでしたよ。
    ではお互いそうとは知らず、夜中にこっそりお互いの曼荼羅を交換したらどうなるんでしょ?
    宗門は猛毒のカラーコピーをそうとは知らず、宗門のものだと信じ切って今日も祈ります。
    創価もまさかこれが謗法の権化とは知らず、嬉々としてお水とご飯をお供えし、朗々と祈ります。
    双方とも「知る知らないに関わらず、現証は歴然」と自信満々に言いますけど、ホントにそんなことありますか?
    結局「正しいと思い込む」ことで「自分とこが絶対」と感じるだけでしょ?

    創価はそんなことわかってて、だから平気でコピーしたんですよ。
    何だっていいんですよ。要はとことん信じれば。
    ただ「本尊は日蓮正宗以外はダメ」と永遠の指導者の一人が、口酸っぱく言っちゃったもんだから、どんな無理をしても宗門のお坊さんが書いたものを手に入れるしかなかった。
    やり方は滅茶苦茶だけど「信じさせる」のはお手の物ですからね。(何たって騙しのプロだから)

    信者以外にとっては、ただの何やら難しいことが書いてある紙。
    トップにとっては平気でカラーコピーできるような存在。
    信じようと信じまいと力があるなんて詭弁です。
    「信じてる者にとっては」命のように大事なものなだけです。

    学会員は「邪宗」といって、創価の御本尊以外の「お札」「お守り」「曼荼羅」などは火にくべてもシュレッターに書けても足で踏んづけても平気です。
    傍にあると気分がわるくなり、実際に不幸が起こるからですって。
    これだって信じる人にとっては噴飯ものです。

    曼荼羅というものは願いを叶えるものとし、力があるないに至っては「自分が信じるか信じないか」で勝手に「宇宙法則」にしたり「猛毒」だの大騒ぎするのが「創価」「元創価」です。
    正確にいうと詐欺の謳い文句ですけどね。
    たかが詐欺師の勝手ですっとぼけた理屈を間に受けて、日々ご苦労様です。

  7. パニックスです。

    この3ヶ月いろんな人(幹部)に「ご本尊」って何ですか?と聞いてきましたが、腑に落ちる答えはいただけませんでした。

    「自分の命を照らす鏡」「大宇宙の縮図」「宇宙と自分を繋ぐ間口」「日蓮大聖人の命」
    たぶんみんな、よくわからないんだと思います。

    でも「一塔両尊四士」や「一尊四士」では、今のとこダメだけど、創価がそれもアリだと言えばその日から、「ありがたやー」になるのだと思います。結局創価漬け

    日蓮上人が上行菩薩(お伽話)の生まれ変わりを自覚(同一性障害)したときに、頭の中に描いた宇宙の真理を、誰かに言いたくてたまらず描いたのが曼荼羅だと言うのが俗的な解釈で、私としては腑に落ちます。
    となると、日蓮門下、特に富士門流では「宇宙の真理」で良いのかな?

    その「宇宙の真理」に向かって「法華経」に「帰依」します。南無妙法蓮華経…

    法華経に帰依するのなら、法華経を学び、読誦し、写経するのが普通だと思いますが、創価学会では、「人間革命」を学び、池田先生に作文を書き、現金を供養する。後は方便品を誦経し、「帰依します」「帰依します」「帰依します」と頭がトランスするまで叫び続ける。南無妙法蓮華経…

    曼荼羅の中段下に、「天台」「竜樹」「妙楽」「伝教」と法華経の伝道師たちが名を連ねてますが、鳩魔羅什の名前が見当たらないのが気になります。
    何を言いたいかというと、全知全能の日蓮上人は目の前にある情報だけが宇宙の歴史で、宇宙の全てだと思って曼荼羅を描いたという事です。
    signifieさんが再三おっしゃいますように、キリスト教も地動説も地球が円い事も知らずに、宇宙の真理を描いちゃったという事です。南無妙法蓮華経…

    それで五重相対は無理がありすぎます。「五重相対」を振り回して世界平和はキツいから、SGI憲章に信教の自由を尊重し守り抜くと書くしかなかった。矛盾が生じてしまいました。南無妙法蓮華経…

    弘安二年の大御本尊も、遠い昔の夢幻。南無妙法蓮華経…

    世界広宣流布とは、破門された相手「邪宗日蓮正宗」の末寺所蔵の本尊を法主に無断で修正コピーし、世界に広布する。何だか怪しいカルト丸出しですが、南無妙法蓮華経…

    最後はやっぱり、何が何でも南無妙法蓮華経…

    「御本尊は唱題の時に、目のやり場に困らないように大聖人様が描いて下さったの!そのほうが集中出来るでしょ!」こう言った母の言葉が一番わかりやすかった気がします。

    パニックスでした。

  8. モニカさん、さすがです。

    切り口が鋭いですね、アイスピック並みです!

    本尊返却の日取りが決まりましたので、「本尊こっそり取り替えて」のくだりを真似して、幹部に応戦しちゃいますね。相手は全員壮年幹部らしいので、理論で話すと弱いはずです。
    婦人部の方はイケイケどんどんの感情剥き出しで、私では太刀打ち出来ませんが…(元婦の方ゴメンナサイ)

  9. 初めまして。親が学会員だけど、信仰する気が毛頭ないその親の娘です。
    私が創価学会に入ってると明かされたのは小学4年生の頃です。
    それまで会館に連れていかれても何しているのかわからず、題目を唱えてくださいと言われれば、親が横から数珠を渡してきました。
    あたりを見回しながら何をやっているんだろうと幼少期ながら、想っていた記憶があります。

    そんな詐欺紛いの創価に疑問を抱いたのは小学4年生から一年経った小学5年生の頃です。
    ちょうどその時は修学旅行でした。
    初めての奈良・京都。
    金閣寺などがみれるという大きなイベントです。
    修学旅行前日、母にこう言われました。
    「絶対、鳥居はくぐっちゃダメ! 後、お賽銭にお金も入れちゃダメ! 神社の神様も信じちゃダメ!バチが当たるからね!?」と。
    まず、鳥居をくぐらないのは無理です。
    みんなが先生の前まで集合するのは鳥居をくぐった先の所なので。
    なので破りました。
    修学旅行での学校の決まりは、お賽銭にお金を入れてお祈り、はダメだったような気がします。
    その後、私は体調不良を起こしました。
    原因はバス酔いと、仏壇などをみると催してくる吐き気です。
    それを我慢していたらしく、それが原因で後に体調不良を起こしたみたいです。
    そうとはその当時は思っておらず、修学旅行から帰ってきた時、旅行先で体調不良を起こしたことを報告すると、母は「御本尊様のバチが当たったのよ!」と怒られました。
    今、思えば、そんなことあるかい!って話なのですが(笑)

    そういえばこんなこともありました。
    色彩検定の勉強をしている時、「御本尊様にお祈りする」って言い張って勉強の邪魔もされました。
    その色彩検定も受かったから、良かったものの、
    それを母は「御本尊様のおかげ」って言われて「実力だよ」って言い返したような気がします。

    そんな事があったから、この詐欺団体にいいイメージを抱いてないです。
    もう、最近は色々と破ってて前まで出来なかったことが出来て楽しいです

  10. わたくしもキサラギさんのご意見に近いですね。。
    人の念の入ったものは、ただのモノとも違うのかな~と思ったりします。

    いまは断捨離も静かなブームですが、これを始められた方も言われています。
    もうすでにいらなくなったモノでも「いままでありがとう」と感謝の想いで手放す。。
    ちょっと、このこととは違う気もしないでもないですが、世間でもそんな考えかたなんですね。。

    なかなか創価学会のモノには、そういった感情もわかない人も多いかと思いますが、まがりなりにも短い間でも利した時期もあったかもしれないモノですし、もしかしたら怨念めいた想念も込められているやもしれませんから、障らぬ神に祟りなし、というのはよく言ったもので、魔の巣窟である創価学会本部への返却がいいと思われます。

    こういうおぞましいものは、本部で責任もって処分してもらいましょう。。
    なにも自分で処分して嫌な記憶を自分のこころの裡に遺すことはないと思われます。。

    ちょっとオカルトチックですかね~。。

  11. ぽぽんっさん、はじめまして。
    コメントありがとうございます。
    創価に毒されないでよかったですね。
    これからもよろしくお願いします。

  12. >婦人部の方はイケイケどんどんの感情剥き出しで、私では太刀打ち出来ませんが…

    パニックスさん、そうなんです。理論なんかぶっちぎる婦人部は最強です。
    どんな切り口も「うっさいわね!確信ったら確信なのよーーーーーーっ!」これで終わりです(笑)
    ま、こうでないと宗教なんてやってられないんでしょうね。
    彼らは理論なんてどうでもいいのです。
    不思議だけど、理屈じゃないけど、医者はあり得ないというけど、こうなったの!
    妙ゆえねえ!
    はかり知れないわねえ!
    こういうのが大好きですなんですよね。

    理屈で洗脳が解けたらこんなにラクなことはない。
    パニックスさんも最後はこの壁にぶつかるかもしれません。
    これに呆気にとられ、無力感に襲われるかもしれませんが、それも客観的に見せることが大事なのです。
    ぜひレポートを続けてください。

  13. signifieさん、みなさん、はじめまして。

    この頃、 通信会社の変更を予定したり、自転車にもドラレコを設置したりと忙しくしているところ、ふとしたきっかけでこちらを知って以来、うれしいなと思いまして時々拝読しております。
    皆さんの、ご心情などに共感させて頂くとともに
    自身の考えをまとめる良い機会をくださったと感謝します。
    パニックスさんのコメントの便乗になりますが「ご本尊さま」に「三唱」もです。祈念の賜物です。

    申し遅れましたが、入会して8年、 未活になり3年の 婦人部です。役職はありません。
    「みかん」(未完)と申します。(たった今決めました)

    無知のままの入会で、素朴な疑問を山ほどかかえる中に「ご本尊さま」も含まれ、
    幹部宅のと自分のとは何か様子が違うような気がしましたが、
    この事も、追々わかるでしょうとはしたものの、今ではどうでもいい事になりました。

    教学試験の学習で歴史や経緯を知りましたが、それでは足りずにネットを参照したところ、
    どうやら「価値創造」をするところなので、コピーと指摘されながらも、それでいいのだと思われます。
    他では見られないオリジナルと云うことなのだと思われます。
    さらに、勤行要典の短縮などもでしょうか。

    以前は座談会の連絡があり、副婦人部長の迎えがありましたが、
    今では何もなくなり、そして手帳や刊行物を持たないでいられます。
    座談会・お菓子持参・近況報告・署名・F取がなく、心地良いです。

    自身はどうしたいか、どうありたいかの「信念」を持てば、言わずとそぎおとすものがみえてくるよと、
    ある幹部からのアドバイスも有効かなと苦笑しております。

    時期的に未活部員への新年勤行会の参加を促しは多少のところ考えられますが、
    どのようなタイミングと誘い文句なのか、お手並み拝見といったところです。
    もしも参加をされるなら、どうぞ皆様、マスクのご着用と、ご帰宅後の手洗いで、
    健康にお過ごしになられますように、お祈り申し上げます。
    コメント欄に長文失礼しました。

  14. 連投失礼します。
    雑草です。

    ご本尊さまというのが、日蓮正宗の大御本尊であり、破門された後は、「あれには何の力もない」と断言し、日蓮正宗の坊さんが書いたご本尊を無断でスキャンしてパソコン上で改ざんして表装ごとカラーコピーしたものだと。

    何の力もないんじゃなかったの?
    力もないと断言したものを単なるコピー用紙にコピーして金とる。
    ようするの単価安くして金をとりたい、その一言に尽きるのでしょう。
    もう教義なんてどうでもいい、金だ金。カモを騙して集金できればいいんだ。
    そういうことなんでしょう。
    まあ、この時点で如何わしい団体としか言いようがないですよね。

    これから述べることは私個人の意見であり、
    それ以外のかたを攻撃排斥認めないわけではありません。

    既存の宗教や寺院でもそうなのですが、なんか仏像だとか大明神だとかに、お参りして、一方的に願いことなんかして帰る。
    あれが、私は昔からどうしても納得いかず、そしてついに願い事はできませんでした。

    だって、逆の立場ならどうなんですか?

    いままでロクに話たことのないやつが自分のもとに来て、わけのわからない悩みや願いをして、
    それをこちらに叶えろとばかりに強制して帰っていく。
    しかも叶わなければ利益がないなどと文句をいう。
    いったい、どういう態度ですか?
    誰がそんな態度のやつのために動いてやろう、やってやろうなんて思うんでしょうか?

    お参りしても、相手が仏だろうが神だろうが、相手の幸福を願って帰ってくる。
    あるいは単に敬意だけ表して帰ってくる。
    他者と会った場合、それが普通なんじゃないでしょうか?
    とても願い事なんかできない。できるわけがない。
    なんで願い事なんかできるのか・・・。

    願うって行為は、綺麗だなんていえないと思いますよ。
    むしろ卑しい動機のときさえあると思います。
    願いかたを間違えると、無茶苦茶卑しい人間になってしまうと思います。

  15. 御本尊の問題、難しいですね。
    覚醒してしまえば、ただのカラコピですが、覚醒前は吐息もかけられない「尊仰するもの」ですからね。
    創価の活動家さんが必死に大切にしているものを、こちらのサイトで雑に扱うのはいいのか悪いのか?
    どちらでもいいと思います。
    創価の活動家は、神社のお守りとか、神札とかを雑に扱いゴミ箱に捨てたりしますよね。
    私は少年時代に、近くの神社のお祭りで買った「破魔矢と弓」のおもちゃを強信の父にブチ切れられて折られてゴミ箱に捨てられたことがあります。
    創価は昔、代々の仏壇を焼いたりしてましたよね。
    謗法払いと言って、新入の信者に神札とかを捨てさせますよね。

    創価からの覚醒者は同じことを創価の本尊に行います。

    退会した場合の本尊の扱いについて創価の正式な規則はないのでしょうか?

  16. あ、、またわたくし言葉足らずでした。。(汗)

    前の投稿で、わたしが言っていたご本尊処分についてのコメですが、それは以前の日達げい下などのご本尊に対してのことです。カラーコピーされた本尊(?なのか?)は、わたしの想像を遥かに超える産物なので、正直、理解に苦しみます。

    ただもし、どなたかが、そのカラーコピーされた本尊でも処分が気持ち悪いと思うのなら、敢えて自分で処分することはせず、何度も言うようですが魔の巣窟と化した創価学会本部宛に郵送しちゃうのがベストだと思います。。
    彼らに処分してもらいましょう。。
    きっと、いや絶対、そのカラーコピー本尊など、はなっから信じてはいない人たちだと思うので、彼らはダンボールに詰めて簡単に焼却処分にでもしてしまうでしょう。。

    ただ、自分が処分したことであとあと、たとえカラーコピー本尊(?)だとしても、マインドコントロールが完全に解け切るまでの過程での自分の行動に、もしかしたら?苦しむかもしれない人がいるかもしれない、と思ったので、そうコメントしてみただけです。

    わたくしは、もちろん創価学会は宗教だとは思ってはいませんが。。(他の新興宗教もすべて。。)
    ただ、過去にそう信じてきた時間が長いので、いまはあらゆる伝統宗教というものを学び中です。。スピリチュアル含め、首を突っ込み生で体験して実感を確かめ思索中なんですね。。でも、すべてにわたりのめり込んだり完全に信じ切ることはなく、どうなの?と自問自答しながら。。確かめている最中です。。

    自分自身の実感がいちばんです。。理屈ではなく。。
    もちろん、将来、何かの宗教に入ることはないと思うし、なにかの、たとえ小さなコミュニティでも組織といえるものに自分が身を置くことはないです。。
    そして、政治もある一定の政党を信奉する事もないと思います。

    ある意味、シニフィエさんのように宗教全般をスパンと割り切ることは、いまもできていないです。
    世界中の人々が、さまざまな宗教を信じて、それを拠りどころとしてきたことも事実です。。

    いまも宗教について確かめ学び途中です。。

    ある著名な原子物理学を研究の物理学者が、いった言葉が忘れられません。。
    世界の裏側でアゲハチョウが羽ばたくとその裏側でなにかが起こる。。

    ところで宝星さんが最近姿を見せません。。
    少し気になっています。。

  17. 皆さんこんにちは、部外者のノイノイです。
    今年も残り少なくなりましたね。
    久しぶりに参加させていただきます。

    さて、ご本尊のことですが、キリスト教徒の立場から言えば、それは偶像であって
    拝んではいけないものです。
    すでに旧約聖書のなかで偶像崇拝を禁止しています。
    宇宙を創造した全能の神が、人間の作った物の中に宿ることなどありえませんから
    偶像をおがんではならないとしています。
    仏教の思想で私が分からないのは、この世界がどうしてできたのかを説明できるか
    ということです。
    キリスト教では神が無からこの宇宙を創造されたとしています。
    一方、現代の宇宙論によれば、宇宙にはビッグバンと呼ばれる始まりがあったとされており、
    科学と矛盾することはありません。
    さらに聖書によれば、宇宙には終わりがあると書かれています。福音書に書かれているその時の
    光景は、宇宙が押しつぶされていくような恐ろしいものです。

    私は昔、創価学会の激しい折伏にあったとき、その教義を調べてみましたが、
    結局偶像崇拝の宗教であることが分かり、キリスト教の立場からいえば
    問題にもならないことがわかりました。
    ご本尊が本物か偽物かということよりも、そのような偶像崇拝そのものがまちがっていると
    いう立場です。

  18. 再度投稿を申し訳ありません。。

    最近、自身の身辺でうすうすと感じていることですが、これから先、創価学会は公明党をなにがなんでも勝たせるために、あらゆる手を打ってくるでしょう。。
    まさに、追撃の手は緩めるな。。との誰か(誰が最初に言ったのかも思い出せませんが。。)の指導にもあったとおりになに振りかまわずに。。

    たぶん、アンチブログにも何かしらのアクションがあるかもしれません。。
    わたくしの想像ですけれどね。。

    シニフィエさんのご苦労もあるかとは思いますが、他の皆さんにも嗅覚をどうか大切にされてくださいと申し上げたいです。。
    ちょっとした、ほころびにつけ込んでくる巧妙さがありますから。。
    アタマだけはいい連中ですからね。。
    四六時中監視していますから。。

    心あるみなさんで、ここの場を護っていってほしいです。。

    わたくしは、わたくしの立場でカルトと闘うつもりです。。(微々たる力ですが。。)
    自分の家族や若者たちに負の遺産をこれ以上遺さないために、です。。

    創価学会も公明党も邪悪な組織に成り下がってしまいましたね。。
    悪の言動は、自分の命をそのように染め上げていきます。。
    残念なことです。。たぶん、ここをみている創価学会の狂信者にもうしあげて。。
    おわります。。

  19. スマイルさんの
    >退会した場合の本尊の扱いについて創価の正式な規則はないのでしょうか?

    このコメントですが、では創価は回収した宗門の本尊はどんな扱いにしたのでしょう?
    一切明かされていませんし、今のカラコピもダンボールに丸めて突っ込んだ扱いです。
    創価に「本尊の扱い」など規則なんてつくる立場にあるんでしょうか?(笑)

    まあ、いずれにせよ「送りつけられても困る」でしょうから、せいぜい困ってもらいましょう。
    そもそも金を取りながら「お貸ししているもの」だそうですし。

  20. なるほど、創価のご本尊はレンタルだったのですね(笑)
    レンタル料は3000円でも、毎月の新聞代やら、書籍代やら、民音やら、極めつけは年に一度の高額財務で、カラコピのご本尊をレンタルしたばっかりに、とんでもない出費を強制されるんですね。「強制ではない」と言うでしょう。タテマエは。でも実態は強制です。まったく実体のないエサ(功徳)と脅し(罰)で徹底的にお金を巻き上げる。反社会性力よりもたちが悪い。

    それから何年か前の創価のご本尊はビニールだったということでしたね。それって選挙の投票用紙やポスターに使われているユポ紙っていう樹脂系の印刷用紙かもしれないですね。たしかに破れないし変色もしない。印刷もしやすい。
    今はそこいらのコピー用紙なのかもしれませんね(笑)
    何でできていようがインチキはインチキですけどね。そんなもんを拝んだら幸せになって、粗末にすると罰が当たるだなんて、ほんとおめでたい人たちだと、今さらながら思います。

    いずれにせよ、創価は日蓮正宗から破門された時点で、この「ご本尊」の解釈がどうしようもなくなって、どう考えてもスジのとおるような言い訳ができなくなりました。だって今まで白だとさんざん言ってたものを「じつは黒でした」と言い出して。なのに黒だと言ってるにもかかわらず、それを何百年かあとに書写したものを「じつはこれこそが本物だ」と言ってるんです。いや、べつにどうでもいいんですけどね。最初からどうでもいいことだったんですからね。ただそれを信じている学会員さんにとってはどうでもいいことではないはずなんですけどね。不思議なことに学会員さんにとっても本尊が何であろうともどうでもいいみたいですね(笑)。

  21. だいぶ前のスレッドでコメントしたことを再度載せておきますね。新しい方々も増えていると思いますので。

    「御本尊がたくさんダンボール箱に入れられていた件」です。

    スマイルが牙城会員(男子部員による会館の無償ボランティア警備)をやっていた時のこと。
    牙城会員は会館の部屋の見回りをするのですが、ある日、ある部屋に、ダンボールがおかれていました。もちろん、可能であれば中身を確認するのですが、中を見てびっくり!
    ダンボールの中には御本尊がたくさん入っていました。
    カレンダーをダンボールに入れるときに使う仕切りがあって、ひとつづつ本尊が入れられていました。ですので、一つのダンボールに12体とかでしょうか。数は忘れました。
    本流があったためか、いくつかの仕切りはカラでした。御本尊はいつもの白い封筒に紅白の水引の印刷に「御本尊」と書かれたやつでした。
    確か畳の床に無造作にダンボールはおかれていました。

    衝撃でした。

    その程度のモノなんでしょうね。

  22. こんばんは!
    脱会済のナオです。
    ご本尊て、何だ??
    その事を考える事自体が、恐くて考えないようにしてました、
    子供の頃の実家には、ご本尊が二体ありました。大きな仏壇と小さな仏壇があり、同じご本尊が入っていた。
    (舌切り雀じゃないんだから、大きい仏壇と小さい仏壇、どっちを拝むぅ〜)
    今思えば、本尊なのに、なぜ二体なのか!
    多分昭和40年ぐらいの入信なので、一家に二体のご本尊を下布する事で、世帯数を増やしていたんですね!

    嘘みたいですが、どちらの仏壇にも手を合わせていた記憶があります。
    無茶苦茶ですね。

    今は、仏壇が一つしかないから、一つは処分したと思うけど、どこに行ったのかなぁ?
    一家に二体のご本尊って、、、
    そう言えば、小さな御守りご本尊っていうのも、買わされましたね〜。
    いったい、いくつのご本尊を買わせれば気がすむのか!
    会員が、一番拒めない商品はご本尊だった、、、
    つくづく、もっと早く気がつくべきだったと悔やんでいます。

  23. 学会員さんはきれいに説明がつくものはむしろ嫌なんじゃないかと思いますね。
    凡夫では計り知れない、さっぱりわからないものの方がいいのかと(笑)
    その方が神秘的で人智を超えた、到底到達できない深い境涯のように感じるとか(笑)

    >今まで白だとさんざん言ってたものを「じつは黒でした」と言い出して。なのに黒だと言ってるにもかかわらず、それを何百年かあとに書写したものを「じつはこれこそが本物だ」

    なるほど人智を超えて理解不能です(^^)/

  24. パニックスです。

    ご本尊リースの件、モニカさん、signifieさんなるほどですね!

    私の会社のコピー機もリースです。
    白黒コピー1枚何円、カラーコピー1枚何円、トナー交換何円とか、使用料が都度積算されてます。リースアップで本体交換は安いのですが、使用料はコンビニ並みだった気がします。
    そろそろ創価認定本尊もリースアップ入れ替えで、最新本尊に交換するかもですね。

    「大石寺弘安二年の大御本尊にこだわりなさんな」と言った幹部が居ます。
    戸田さんはアレしかないアレだけはどうにもならん!、と言ってましたよね?と聞くと、「歴史だよ」と、ひとこと。「あの時はああ言うしかなかったんだよ、信が深まり行に励めるように」
    と真顔で言いました。さらに「弘安二年の大御本尊が火事で焼けたらどうするの?本門の本尊が弘安二年だけなら、三大秘法いっきに無くなるでしょ?」その時は何も言えませんでした。
    なぜならその幹部の家が、半年前に全焼し本尊焼失してたのです。(笑うとこだったのかな~!?)
    日蓮の魂を墨に染めて描いた、とされる本尊が燃えたら日蓮か燃えたと言うことで、それだけの宗教だったと言うことで良いんじゃないですかね!

    こうなったら、今から自分で描きます。

  25. パニックス さん  2015年12月22日 10:36
    >この3ヶ月いろんな人(幹部)に「ご本尊」って何ですか?と聞いてきましたが、腑に落ちる答えはいただけませんでした。

    本尊の何たるかもワッカラナーイ信心って?。大丈部かい?。
    創価を破門したお寺の、中興の祖(日寛)が書写した本尊を、“剽窃した段階で外道の行為”でしょう。まさに、その時点で↓

    ぽぽんっ さん 2015年12月22日 12:01
    >「御本尊様のバチが当たったのよ!」と怒られました。

    でしょう。ネ、さらに↓

    流れ星 さん  2015年12月22日 12:05
    >こういうおぞましいものは、本部で責任もって処分してもらいましょう。。

    ですよね。(-_-;)

    「教学小辞典」池田大作監修・創価学会教学部編/s43・11創価学会。より要点

    三大秘法といっても、実は御本尊の一大秘法に収まるのである。…
    末法における本尊とは法華経の行者たる日蓮大聖人の一身の当体である。…
    ……
    日蓮大聖人は御一代の間に幾つかの御本尊をお認(シタタ)めになり、それぞれ信心に励む出家の弟子、在家の檀那に授けられている。その御本尊を一機一縁の御本尊といい、日蓮大聖人滅後において、第二祖日興上人は、大本門寺建立の時には本門戒壇の大御本尊のもとに結集されるべきであると命ぜられている。
     弘安二年十月十二日、日蓮大聖人は、当時ひき起こされていた熱原の法難を機会として、日興上人の指導する熱原地方の信者の強信さをたたえつつ、出世の本懐達成の時として、本門戒壇の大御本尊を建立された。この本門戒壇の大御本尊は、一機一縁の御本尊とはその意味が異なり、末法万年のほか未来永遠の一切衆生が、ことごとく帰依して即身成仏の大功徳がえられる大御本尊であり、一閻浮提(世界)の衆生に与えられた大御本尊である。
    (*「末法万年のほか未来永遠」とは、創価の場合、45年位?のことを云うのか)
    ……
     日蓮大聖人の御本尊は多くあるが、それぞれ脇書きがあって「だれだれに授与する」とか、「どのような目的で、これをしたためた」等と書かれている。なるほど弘安二年に本門戒壇の大御本尊を顕わされたという、そのとおりの御書はない。しかし現存するほかの御本尊でも、御書にいつお書きになったなどとあるものは、ほとんどなく、御本尊はその脇書きが重大なのである。
     弘安二年の本門戒壇の大御本尊は、日蓮大聖人のご真筆で「本門戒壇也、願主弥四郎国重等」と、はっきりおしたためになっていて疑う余地はない。
    ……
     とにかく富士大石寺には本門戒壇の大御本尊が厳然とおわしまし、その偉大な功徳と御威光によって、創価学会は六百数十万世帯と全世界に大発展しているのである。
    (*既にその大石寺から「大謗法団体」ということで、破門されちゃったから、これからは、大縮小しているのである。)か!。 好戦流布してドースルよ?

    雑草 さん 2015年12月22日 15:35
    >何の力もないんじゃなかったの?
    >願うって行為は、綺麗だなんていえないと思いますよ。
    むしろ卑しい動機のときさえあると思います。

    神社仏閣に手を合わせるのは“大いなるもの≒自然の運行(生きている事)”への感謝。で充分だと思います。願い事は自力で努力して、“人事を尽くして天命を待つ”で、良いのだと思います。

  26. 2世脱会済み(未覚醒)の彼氏がいる外部のジャンヌです。皆さんこんばんは。
    スマフォの為、前スレを遡ってお一人お一人への内容に対して返信が難しく、一括になり申し訳ありません。
    シニフィエさん、モニカさん、ぽむぽむさん、レモンさん、えつこさん、コージーさん、パニックスさん、クマさん、励ましの言葉や引用、返信など、私の心に寄り添ってくださり、本当に有難うございました。
    ジャンヌの彼は年内に全て決着をつけると約束してくれたので、それまでは心穏やかに待ちたいと思います。

    えつこさん、彼氏さんとの対話の内容がジャンヌの彼が言っている内容とほんとーに酷似しています。ソーカの指導という名の刷り込みですね。刷り込まれたという自覚がない分困ったものです。
    今回のご本尊についても脱会したての頃にジャンヌも彼とは散々話し合いましたが、駄目だこりゃです。笑
    ジャンヌの彼はソーカが正しいとは思わないと聞けば答えるようになりましたが、ご本尊の在り方については今も変わらないのではないかと思います。
    ご本尊様はひとりひとりの心の中にある。日蓮大聖人様と直結していると。
    じゃあ群れてやる必要ないのでは?と言いましたが、集団の方が祈りが強まるとの指導があったようです。
    最初はそうやって教義やご本尊からソーカのおかしさに気付いてもらおうと対話を重ねましたが、在り来たりの質問ではソーカの一問一答が流石に準備されてるようなので、何を話しても、疲弊するだけだとわかりました。
    ソーカが詐欺団体。宗教ではない。と確信した私にとってはもはや教義やご本尊などどうでもいい事ですが。

    常連様は覚えていらっしゃるかと存じ上げますが、、
    ジャンヌが初めてこのブログにコメントした内容は、ソーカのご本尊を燃しました。です。
    ご察しの通り、そのご本尊は彼のモノでした。
    なぜそんな過激な事をしたかと言うと、脱会して戻したハズのご本尊が彼の部屋から見つかったからです。
    正確には引っ越し前に持っていたご本尊を忘れてお巻きしていたらしく、返却したのは引っ越し後に授与というか買ったご本尊だったそうです。
    知らない私は激昂して、彼のご本尊をビリビリに破いて流し台にて火を放ちました。
    冷静になれば人のモノを勝手に破壊して燃やした事は申し訳なかったと思います。
    その時は別れるつもりでしたので、後先考えるより行動が先走ってしまいました。
    でも、後悔はありません。
    結果、ソーカのご本尊には何の力もない。と彼の前で私自身が生き証人になりました。
    屁理屈や受け売りの指導より説得力はありますし、燃やしたご本尊を実際に片した彼はその事実を否定出来ません。
    一見やり過ぎではないかとも思えますが、学会員が親とか恋人とか、近しい人程わかります。
    そこまでしないとわからない程学会員ってソーカの事となるとご都合主義になるよう洗脳されているんです。本当に。
    ソーカ脳って自分では気付かないんです。ソーカを正しいと思える学会員はみんなもれなくソーカ脳。はっきり言ってもわからないからソーカ脳。そうやって周りの人たちを過激になるまで追い詰めて振り回して傷つけてるって事を学会員さんは自覚して下さい。

    私はこのブログでソーカのせいで一生を棒に振った数々の人達を知りました。私もその1人になるかもしれません。
    そんな元凶であるソーカが改善??あり得ない。
    そんな事を出来もしない癖に発する無知でお気楽な学会員は見ていて実に不愉快です。
    ソーカ問題は必然的に時間が掛かかります。そして時間は止まることも戻すことも出来ません。どれだけの人が犠牲になったかこのブログを読めば容易に想像出来るはずです。なのに、ソーカだけやり直す機会なんて許される訳がない。絶対に!
    例え今後、形を変えようとも、ソーカはカルトで詐欺集団。被害者の数だけ恨みや軽蔑、監視の目がある事を、内部で支えている学会員さんは覚悟していて下さい。

  27. ご本尊・・・ 宗教的な意味合いで、創価の会員にとっても重要なアイテムですよね。
    日蓮正宗創価学会の時代は、総本山の大御本尊こそシンボル的存在で、
    学会員の各家庭のご本尊も同じく繋がっている、みたいな事を教え込まれましたけどね。
    破門された池田の感情論によって、総本山は今では謗法的なヒドイ扱いされてますけど・・・

    昔から私が不思議だったのは、全国の学会員の数も相当に多いだろうに、
    どうやってご本尊を墨で1枚1枚書いてるんだろう、という事でした。
    創価製の本尊になってからは、ご存知の通り簡単カラーコピーで大量生産ですが、
    日蓮正宗創価学会の頃は、どうやって量産しているんだろうと言うのが疑問でしたね。
    イメージとしては、習字教室みたいな感じ?で、たくさんのお坊さんが部屋に集まって
    みんなで1枚1枚手書きで書いているのかな?とか思ってましたね(笑)
    で、後になって色々調べてみたら、一般信徒用には、基本的には印刷機で丁寧に大量印刷しているとのことでした。
    印刷した後で、まとめて「開眼供養」とやらをしているようですね。
    まあそうしないと、とてもじゃないけど会員用に広く渡すには時間が掛かり過ぎますもんね。
    日蓮正宗時代の大きな会館用の物は、手書きなのかも知れませんが、どうなんでしょう?

    ところで、創価のペラッペラのカラーコピー本尊の扱いですが、返すなり捨てるなり燃やすなり分解するなり、
    自由にされたら良いかと思います。
    人の念がこもっているので厄介、という意見も分かりますが、まったく気にする事はありません。大丈夫です。
    それを言うなら、パチンコ屋に並んでるパチンコ台の方が、何十倍、何百倍も強い念がこもってますよ(笑)
    爺さん婆さん、負けてる会社員、借金抱えた人間、色んな人間の激情の私怨・怨念が台にこもってますから。

    どんなにご本尊を大事に扱っていても、日本中で重い病気や事故でたくさんの方々が亡くなっています。
    私の家族や親せきも同じでした。
    ペラッペラの文字の羅列のカラーコピーなど、好きなように扱えばいいですよ。あんなもの。

    そもそも、創価の総本部自体が、ご本尊の功徳なんてまったく信じてないんですから。
    本気で功徳を信じていたら、池田が重篤であるなら、正直に公表してみんなで祈念して祈るでしょうからね。

    まあ、気になるようでしたら、本部に送るなり、県長に渡すなり、地区幹部の家の郵便受けに入れるなり、
    忍者の絵巻に使ってもらうなり、色々方法はあろうかと思います。

    まあそのうち、好きなように規則も改変して、ご本尊もスマホやタブレットで表示するかも知れませんよ。
    で、うっかり削除してしまったら、「有料」で再ダウンロードすれば罰は当たらないと(笑)
    勿論、脱会しても画像削除で済みます。便利になりますね。(・∀・)

    Kickeyさん、コメントありがとうございます、いつも投稿、楽しみにしてますよ~

    ところで、私も宝星さん、気になってます・・・ お元気かな?
    気温の差が激しい&年末で忙しいと思うので、皆さま、体調管理に注意をされて
    お過ごしくださいませ。

  28. いろいろと調べました。
    今の創価の本尊は、元々日蓮正宗で、今は日蓮正宗から離脱した寺院「浄圓寺」というお寺にある「日寛上人書写の本尊」のカラーコピーということ。
    そして、それをいろいろどとデジタル修正して見栄えを良くしたもの。

    →あきませんやん!偽札と同じやん!とツッコミ入れられますね(*^^*)でもこんなやつを必死に拝んでいた自分が情けない!

    創価の本尊がニセ本尊であることが改めてわかりました。

    日蓮自体も私には合わないのでとうでもいいことです。
    創価は「日蓮が体に合わないのは宿業なんだ!無理矢理でも信じて成仏の起動に乗れよ!」となりますね。
    精神的の暴力です。

  29. おはようございます
    非活2世の嫁で、外部のユミです
    以前、旦那が鬱で入院を理由に義母から折伏されそうになった時に、ここの方々からの温かい応援をいただきました
    おかげさまで旦那の病状は順調に回復し、年明けには退院できそうです、私も外部のままです
    その節は、ありがとうございました

    さて、タイトルの「ご本尊って何?」ですが
    外部の私にとっては謎だらけです
    まず、創価のご本尊遍歴がわからないので関係者の皆さんにとっては今さらかもしれませんが、確認させてください
    これから義母と対話するにあたって、正しく事実を認識したいと思うので、間違っていたらご指摘お願いします
    ・最初(昭和5年?)~破門(平成2年?):日蓮正宗の弘安2年に認められたもの?
    ・破門後:上記のカラーコピー
    ・昨年11月以降:何でも良いよ♪
    かなりざっくりですが、上記で合ってますか?
    いろいろと読んで自分の言葉で表現したいと思っているのですが、難しくて(漢字多いし)理解できてるのかわかりません
    上に書いた私の認識が正しければ、なんだか凄い適当ですね(笑)
    基本的な内容で申し訳ないのですが、どなたかお答えいただければ有りがたいです

  30. ご本尊ってなんだ?
    活動家時代ご本尊に向かって、長い時間を割いて家族の健康や幸せを祈り続けてきました。
    創価脳旦那は、いまも睡眠や家族とのコミュニケーションよりも唱題を優先し、仏間にこもってカラーコピーに延々と祈り続けています。
    壮年のわりに唱題をあげる男なので、1時間は欠かさずあげてノートに「題目貯金」として記しているようです。

    そのカラーコピーが収まっている仏壇は「仏壇を大きくすればそれに見合う家に住める境涯になれる」という創価お得意の根拠のない指導によって新婚時代に購入したものです。
    高さは2メートル、幅は押入れ1間分ぐらいある巨大な邪魔物です。
    経机だけでも、ベンチになるような重さとデカさです。
    貧乏な新婚時代、家財道具もそろっていない狭いアパートの1部屋に、貯金をはたいて当時100万弱したこの巨大な仏壇を設置し、ご本尊をシキミを加えて恭しく入仏式をした記憶が今も鮮明に残っています。
    若い夫婦に、このミスマッチな仏壇。
    車も買わずにこの仏壇。
    でも、当時はこのような巨大仏壇を狭い部屋に設置している家庭がたくさんありましたので、ヤング活動家の人たちも、似たような仏壇が多かったですね。
    30年ぐらい前の仏壇指導によるものでしょう。
    今は、家具のようなスタイリッシュで仏壇に見えないものが主流で、「仏壇」の指導なんぞとんと聞かなくなりましたね。

    たくさんの願いや悩みをご本尊に向かい祈ってきましたが、いまとなっては滑稽な姿。
    滑稽だけれど、バカ真面目に活動してたんですよね。
    家族を幸せにしたい。
    そんな人としてのあたりまえの感情にまんまとつけこまれてしまったわけです。

    先日「しくじり先生特集」を見ました。
    その中で、中田敦彦大賞として、洗脳により5億円をだまし取られた辺見まりさんが一位に選ばれていました。
    その受賞理由として「洗脳されていた人の話を、普通の人は滅多に聞くことはできない。誰も話したがらないからだ。それでも辺見まりさんがTVに出演してその体験を話したのは、いまでも洗脳に苦しむ人の力になることができたらという思い。その思いだけですべてさらけ出して話してくれた。その体験は、いまでも同じことで苦しむ人たちの唯一無二の教科書になった。失敗の共有は社会貢献であり、2度と同じ失敗を繰り返さないためにも、後世にもしくじった経験を伝えることが大事」と語っていました。

    「失敗の共有は社会貢献であり、2度と同じ失敗を繰り返さないためにも、後世にもしくじった経験を伝えることが大事」この言葉に、不覚にも涙してしまいました。
    あまりにも失ったものが大きくて、ふとした時に「自分の人生はいったい何だったんだろう」と考え込む時間が増えてきた中でのこの言葉。
    救われた気持ちです。
    ここに集う人たちも、さまざまな感情を抱えながらも、ご自身の辛かった経験や体験を話しているのは、まさに今も創価を信じている人たちに、自分たちと同じような思いをしてほしくないという思いが強いからでしょうね。

    組織において一緒に戦ってきた人に対して何の恨みもありません。
    ただただ、一刻も早く気がついてほしい。
    その思いだけです。

  31. ご本尊とは?
    覚醒前
    ○とても崇高で大切なもの
    ○粗末にすると、自分にかえってくるから、粗末にはできない
    ○何でも願いを叶えてくれるし、ご本尊があれば一生守られて安心(保険みたいですね)
    覚醒後
    ○改ざんカラーコピー?気味悪い!
    ○ただの洗脳道具の一つ
    ○過去に商品登録しようとしていた?お守りご本尊も作ったし、やはりビジネス道具の一つ

    破門後、正宗からご本尊がいただけなくなったため、日寛上人のご本尊を創価のご本尊として下付されたと教えられました。
    詳しい経緯なんて勿論知りませんでしたが、まさか創価自作のご本尊を作ってしまったとは!
    本当恐ろしい。
    日達猊下のご本尊と比べて見ると、カラーコピーの方が荒々しい書体でした。

    昔子供が小さかった頃、ご本尊の左下部分を見て、
    「あー!なんか魚釣りしているように見える!」
    と言いました。
    確かにお坊さんが魚釣りをしているように見えるのです。
    でも私は、子供が不謹慎なことを言ってしまったようで、罪の意識というか怖かったことを覚えています。
    それからは、その部分をなるべく見ないようにしていました。

    過去のスレッドで、どなたかもおっしゃっていたと記憶していますが、結局ご本尊とは、洗脳ツールの一つだったのでしょう。
    そしてビジネスツールの一つ。

    最近、見ても怖くなくなったうちのご本尊に話しかけています。
    「あなたも利用されちゃったね。あなたは悪くないんだよね。」と…
    そうして自分の心を落ち着かせています。

  32. コージさんの
    >まあそのうち、好きなように規則も改変して、ご本尊もスマホやタブレットで表示するかも知れませんよ。
    で、うっかり削除してしまったら、「有料」で再ダウンロードすれば罰は当たらないと(笑

    爆笑してしまいました(^O^)
    スマホの画面を見ながら勤行ですか!
    創価ならやりかねません(^^)
    「時代がー」とか言って。
    創価は「何でもあり」状態ですね。「諸宗本尊に惑えり」ですね。

    「御本尊はそれぞれの人の胸中の肉団にあるよ」とか言いながら、「拝む対象があったほうが、仏様の命が出やすいから御本尊が必要云々」など逃げを打ってますね。
    どちらにせよ、創価が邪宗であることにはかわりませんね。
    多くの人々の良心を巧みに操り、池田の権力に利用されてきました。
    だまされるほうも馬鹿ですが、それだけ巧妙なんですね。

  33. ご本尊
    呼ばれて飛び出て
    ジャジャジャジャ〜ン

    ご本尊に向かってお題目を唱えると、自分の中の仏性が目を覚ますのだそうです。今から750年も昔、日蓮は釈迦をさしおいて、自らが末法の御本仏であると宣言しました。「末法となった今は前座の釈迦を拝んでも無駄。もうとっくに賞味期限切れてんだよ。でも安心して下さい、穿いてますよ…あ、違った。オレが来たからもう大丈夫。メインアクトのオレを拝む以外に人類が幸せになる道はない。オレが死んでも拝めるように、オレの代わりとしてこの曼荼羅を書いといてやるよ。これを人法一箇と言うんだ、わかったか無教養な衆生ども。いろいろ考えてもわからんだろうから、何も考えずに、ひたすらオレと同じ効能のあるこのご本尊を拝んどけば、自然に仏界に至るべしなんだよ」と、大橋巨泉なみの大口を叩いたのが日蓮でした。日蓮正宗のご本尊の考え方はこれです。つまり「オレがこの世の法則だ」というのが日蓮仏法の根幹であり「南無妙法蓮華経と唱えるだけで、おまいらの命にもあるオレと同じ仏性が呼ばれて飛び出てジャジャジャジャ〜ン!ってことになるんだから、ありがたく思え」ということを、手を変え品を変え書いてあるのが御書です。つまり「全知全能の神とはオレのこった。ツベコベ言わずに信じ候へ」と繰り返し書いてあるだけです。
    でも、だから日蓮のご本尊はインチキだと言ってるんじゃないんです。そんなご本尊でも信じるのは個人の勝手です。ただ創価は日蓮正宗から破門されて、こんな日蓮のご本尊ですら会員に売れなくなったもんだから、創価側についたお寺が持ってた日寛上人書写のご本尊を勝手にスキャンしたデータを加工して、創価学会版ご本尊を作って、のきなみ学会員に買い換えさせたんです。今までのご本尊は賞味期限切れてますって、誰かと同じようなことを言って。世界で唯一の正しい法であるご本尊にも賞味期限があるんで取り換えますって、年末の大掃除に電球取り換えるのと話が違うって思わないんでしょうかね(笑)。

  34. パニックスさんのコメントに出てきた幹部さん。

    >戸田さんはアレしかないアレだけはどうにもならん!、と言ってましたよね?と聞くと、「歴史だよ」と、ひとこと。「あの時はああ言うしかなかったんだよ、信が深まり行に励めるように」 と真顔で言いました。

    毎度のことですが、トップが釈然としないことを言っては何の釈明もしないので末端が好きな解釈をし、指導を始めますね。
    そのまま認めたら自分も困りますもんね。

    活動家のブログはそんな指導三昧です。
    「組織がおかしいので内得信仰でいいのです」
    「愚痴は言えばいいんです」
    「バ幹部は放っておきましょう」
    「疲れたら休めばいいのです」
    「財務はできる範囲で。額ではない。気持ちです」
    「池田センセイはそうは言ってない」
    「あれは方便です」
    「師弟不二なんて仏教とは無関係です」…
    あらま、自由ですこと。

    そういうことを言いたがる活動家には共通があります。
    新聞配達とか細かい報告とか計算とかめんどうなことは一切しません。
    でも他の人にやらせながら、「そういう思考とそういう雑用なしでは存在できない池田や、成立しない創価」を肯定してます。
    創価が存在できるのは、あなたが否定する「師弟を盲従し」「バ幹部が脅迫し」「愚痴を封じ込め」「疲れても休めない組織運営の雑用に奔走し」や「無理してでも頑張った結果の資金源」があってこそ、じゃないですか。
    だからこそ池田が飛行機のファーストクラスに座り、高級ホテルに泊まり、有識者とのコーディネートもできるんですよ。
    これでご自慢の対談も可能になるわけですよ。
    衛星中継を可能にし、本も次々と出版され、マスコミを封じ、会員は迫害から護られのうのうと「最高峰とやらの哲学」を学べるんでしょ?

    毎度毎度、すっとぼけたことを言い続け、得意になっては悩める会員に得意になって「指導」する創価脳。
    会員の中でもテッパンのザ・創価脳ですわ。
    悩める会員はそんなうすらバカは無視して、さっさと足抜けしましょう。

    そういえば白いブランコさんコメント出しましたね。

  35. 創価脳
    何を言っても
    「そうかのう?」

    オヤジギャグ失礼しました(^^)

    お〜、ほんとだ。白いブランコさんがコメント出してますね〜
    いったい何があったんでしょうね。
    創価やめたんでしょうかね。
    それとも思い直してバリ活になってるんでしょうか。
    ぜひお話ききたいですね。
    「それでも創価学会は正しい宗教団体だ」
    自分でどんなに現実の創価の非を認めても、こう言って一歩も譲らなかった白いブランコさん。
    自分が言ってることの矛盾に気がつかれたんでしょうか。
    それともまだ「それでも創価学会は正しい宗教団体だ」と信じているんでしょうか。
    いろいろ前フリはいいですから、せめてそれくらいは教えてほしいですね。

  36. 白いブランコさん、お久しぶりです。
    必ずコメントがあると思い、ジャンヌはずっと待ってました。

    上のラインの方とどんな話をしたのか。そして理想と現実の差はどうだったのか。そして今白いブランコさんは何を想い、どうしているのか。迷う所もあるとは思うのですが、事実を話して頂けますでしょうか?
    そのコメントを読んで今後を決めるのは読者それぞれの判断と責任です。
    嘘偽り、曖昧な表現は望んでいません。
    ありのままの体験談として、白いブランコさんの心情なども、出来れば少しづつでも吐露していただければ幸いです。
    それが例えソーカにとって、アンチにとって、不利益な情報だとしても。
    勝ち負けとかプライドとか、どうだっていい。感情も挟まない無機質な文章でも構いません。事実が知りたい。
    宜しくお願い致しますm(_ _)m

  37. このブログで、唯一対話ができた活動家である白いブランコさんと、2ヶ月に渡っての対話は、今年の3月頃だったんですね。もうずいぶんと昔のような気がします。

    あれから新たにたくさんの方がこのブログを訪れ、創価を脱会しましたと言う報告を受けましたが、白いブランコさんは、こうした経緯をご存知なのでしょうか。
    白いブランコさんのことを知らない読者の方も多いと思いますので、ご紹介しますと、さきほども言いましたが、このブログで唯一対話ができた活動家である白いブランコさんは、私たちのようなアンチ創価に対しても、とても冷静に、そして誠意を持って対話をしてくださいました。

    「白いブランコさんとの対話」
    https://signifie.wordpress.com/2015/03/04/%E7%99%BD%E3%81%84%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B3%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%A8%E3%81%AE%E5%AF%BE%E8%A9%B1/

    「白いブランコさんとの対話 2」
    https://signifie.wordpress.com/2015/03/21/%E7%99%BD%E3%81%84%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B3%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%A8%E3%81%AE%E5%AF%BE%E8%A9%B1-2/

    今の創価学会のやっていることはおかしい。とくに公明党には賛同できないので選挙活動はしないと明言していた現役の地区部長さんでもあります。このブログでは、どんなに創価のおかしな部分を指摘しても「それでも創価学会は正しい宗教団体である」との考えを曲げることはありませんでした。私も衣着せぬ言葉で誠実に対話に望んだつもりなので、ときには厳しい言い方もしましたけど、それでも白いブランコさんはきちんと対話を続けられたことはに敬意を表します。結局、このブログでの対話はものわかれに終わりましたが、その後も白いブランコさんは自分でブログを立ち上げ、創価学会改善活動をやっていこうと努力されていました。

    「創価ルネサンス~創価学会改善活動~」
    http://blog.livedoor.jp/soka_renaissance/

    しかし立ち上げから2ヶ月で頓挫したまま、私がさいさん声をかけたにもかかわらず、何の返事ももらえないままになっていたので、なにかと気になっていました。

    創価学会が正しい宗教団体だという前提で創価学会の現実を見ていくと、おのずとどうしようもない矛盾にぶちあたるのは当然です。そこに矛盾を感じないということ自体、思考停止に陥っているという証拠だと思われます。白いブランコさんの身辺に、あれから何があって、今何をどのように考えて生活されているのかは、ここでの経緯を知っているこのブログの多くの方が興味のあるところではないでしょうか。
    ぜひ、白いブランコさんが今見ている創価学会について話を聞かせていただきたいと思います。

  38. 40歳男パニックスです。妻は白ゆり長でした。
    子どもは7歳筆頭に3人居ます。

    本日、ご本尊返却届記入し、本尊を受け取ってもらいました。手続き完了、全て終わりました。

    創価認定本尊をコピーして作成した、パニックス認定本尊は立派な本尊で、創価認定本尊と効力は同じ、真剣に祈れば成仏できる。宿命転換、人間革命も出来るそうです。
    偽札本尊呼ばわりした前総県長は居ませんでしたが、圏長が太鼓判を押してくれました。(幹部で本尊解釈バラバラ)
    もちろん、日蓮門下で曼荼羅本尊に南無妙法蓮華経を唱えてある信者もみ~んな同じだそうです。

    因みに、自分で曼荼羅書いて持って行ったら、なんとそれも「立派なご本尊」ときました。
    何でもありは知ってましたが、見事です。
    最後はやっぱり南無妙法蓮華経だそうです。中国人は東に向かって唱題してると言ってましたし、ご本尊と言えど真剣に祈れらなければ只の紙で、安置しただけで家が護られる訳ではないとも…

    ただ狐や蛇に祈るくらいなら、壁に向かって祈った方が良いと言ってました。でも狐や蛇にでも南無妙法蓮華経と口に出せばそれなりに、功徳があるらしいです。もうめちゃくちゃです。

    わたしが幾つか質問しましたが、「パニックス君は疑いが心に充満して低い境涯になっている」ときましたので、「本日は忙しいところ、ありがとうございました」で終了しました。

    皆様、いろいろお騒がせ致しましたが、無事脱会する事が出来ました。本当にありがとうございます。

  39. パニックスです。

    本尊返却式(造語です)で幹部に言われた言葉で、
    ○信教の自由があるから今日は引き留めません。
    ○そのかわり、お母様(パニックスの)にも、信教の自由があるので、気持ちよく活動させて上げて下さい。

    前者は個人と教団の話しで、後者は家族間の問題ですよね!? うかつにも「はい」と答えましたが、生後3ヶ月で入信、創価教育で育った15年分は、母に創価の実態を語り続ける権利ありますよね~!?
    母の覚醒は、創価学会がある限り無理なのかもしれませんが、空中分解したときに脱会のチャンスがあるかもしれないので、語りかけ続けます。

  40. パニックスさん、お疲れ様でした。
    そして、貴重なコメントをありがとうございます。
    現在の創価学会の、御本尊に対する考え方がよくわかりました。
    師弟不二とかいうわりには、戸田二代会長の御本尊に対する考え方とは正反対ですね。
    要は、末端会員が金さえ集めてくれば何でもありってことです。
    元々が詐欺から始まった団体ですから、当然といえば当然ですが…。
    スマホで御本尊の写真を撮り、それに向かって勤行してもいい訳ですね。
    時代は変わりましたね。(笑)
    ソウカ ルネッサ~ンス!
    本尊流布はメールでポン。
    プリントアウトは各自でどうぞ。

    皆様、楽しいクリスマスをお過ごし下さい。
    (^_^)/~~

  41. パニックスさん、お疲れさまでした。
    よかったですね〜!おめでとうございます!\(^∀^)/

    それにしてもほんとに創価の教義なんて人によってめちゃくちゃ違うんですね。いったい何をもってそんなこと言ってるんでしょう。
    創価も、日蓮正宗も、身延も、アマゾンやヤフオクで売ってるやつも、みんな一緒、「立派なご本尊」ってことで「真剣に祈れば成仏できる。宿命転換、人間革命も出来る」なんですね(笑)
    べつに創価学会員じゃなくても、そのへんの人がアマゾンで買ったご本尊に向かってな〜む〜って言えば、創価学会員が新聞とって、書籍も買って、座談会や会合に出たり、会員をアポ無し訪問したり、毎年何十万円何百万円も財務をしてもしなくても、功徳は一緒なんだ。じゃあ、なんで学会員は「これをしなかったら地獄に堕ちる」とか「創価をやめたらみんな自殺するんだよね〜」って脅したりするんでしょうね(笑)
    「みなさん、どこの宗派でもいいですから日蓮の曼荼羅にナムナムすると人間革命で来ますよ〜。あなたのお好きなご本尊が選び放題。これであなたも一家和楽の絶対的幸福まちがいなし!」って言えばいいじゃないですか(笑)
    昼間に書きましたが、このブログはそうとうな数の人が読んでいます。パニックスさんが圏長から聞いた話は、創価学会としての公式見解ということですよね。圏長が会員さんにいい加減なことを言うはずないですもんね。そうですか。創価も日蓮正宗もご本尊はご本尊。みんな同じで、普通の人が手書きで書いても同じということなんですね。でも日蓮正宗では歴代の法主だけがご本尊を書写できるというのが、日興上人時代からの決まりなんですけどね。700年以上変らなかった教義も創価では簡単に変えちゃうんですね。ある意味すげ〜。すげ〜よ創価(笑)

  42. 久々にコメントさせていただきます。

    wikipediaの項目 ”本尊 (日蓮正宗)” の英語ページを開くと
    きれいにスキャンされたご本尊をデータで取得することができました。
    https://en.wikipedia.org/wiki/Gohonzon_(Nichiren_Buddhism)

    (やや閲覧注意です。いきなり表示されます)

    昔なら恐れ多くてできなかったことを簡単にやってしまう外人さんにほれぼれしてしまいました。

    法律は詳しくないですが、この画像で創価側が著作権を主張できるんですかね
    便宜上、寄付をして頂いたものではあるが買ったものではないので(ほとんど買ったような感覚ですが)

  43. パニックスさん、脱会おめでとうございます!
    これで晴れてご家族皆外部ですね。
    パニックス認定御本尊の件、結果を心待ちにしてしてましたが・・・

    はあ~?
    わざわざカラコピに似せて作成した御本尊も、パニックスさん直筆の御本尊も、「立派な御本尊」ですか~(+_+)
    ましてや以前なら蛇や狐に祈ると命がそうなってしまうと忌み嫌ってたものまでOKなんて!
    衝撃すぎて、じゃあ御本尊っていったい何なんでしょ?
    別に要らないってことになりますね~
    お寺と取り替えカラコピも、百均レベルのお守りペンダントも、特装御本尊とやらも、金儲けの為に売りつけてきたわけですか・・・

    だって東に向かっての題目でもいいわけだから(*_*)

    あまりの迷走ぶりに開いた口がふさがりませんわ(-_-;)

  44. signifieさん、ありがとうございます。

    正宗の法主書写の件も、「本尊下付を人質にとって、大聖人の広宣流布のお心に反する大謗法だ」
    「世界広宣流布の邪魔にしかならないシステムで、血脈は広宣流布の精神にだけ流れて行くものなんです」と気持ち良さそうに言ってました。

    支部長、地区部長同席だったので、手書き本尊の件も創価学会の公式見解で間違いないんじゃないでしょうか。明日会社のパソコンでその手書き本尊アップできたらやってみますね!PDFで貼り付けられるのでしょうか?

  45. 圏長でこのレベルですからね。
    末端の会員が迷走するわけですよ。
    で、会員がどんなにおかしなことを言ったりやったりしても、上は知らんぷりです。「そんなことは言ってません」で突き通します。会員が勝手に判断して、勝手に言ったことということで済まされます。
    >「パニックス君は疑いが心に充満して低い境涯になっている」
    あんた何様よ?ご本尊様かい?(笑)
    いい大人が真顔でこんなことを言える創価って、やはりカルトそのものでしかないですね。
    頭おかしいです。
    日蓮が枕元に立って言ったのならまだ話はわかる。わからないけど(笑)
    やっぱり「人としてどうよ」の世界ですね。
    私は男子部時代に、こうした幹部の非常識さがいやになって活動から離れ、いつのまにやら知らない間に未活の壮年部になっていて、それからの10年間はまったく活動しませんでした。それでも選挙の時はしつこく「Fはいくつとれたか。あんたのオヤジさんは誰のおかげで議員になったと思ってるんだ」とまで言われました。活動してないのにFもへちまもないだろうに(笑)
    ただ、それでも日蓮仏法に間違いはない。絶対に正しい。そう信じてしまっていました。おかしいのは学会員であって、ご本尊もお題目も力があるんだと信じてましたよ。ほんの4年前まで。創価としてはそれも計算のうちなんですね。学会員といってもいろんなタイプがいて、いくらでも金を出す盲信者や、頼めば断れずにいやいやでも活動してしまうタイプや、私のように活動はしなくても脱会まではしないタイプなど、いろんなタイプで創価が維持されて、お金が中央に集まってくるようになってます。
    このブログをご覧の学会員さん。いちどあなたの圏長なり総圏長なりに訊いてみてください。
    「創価のご本尊も日蓮正宗のご本尊も、アマゾンで売ってるご本尊も効能は同じだと、よその圏長が言ってますけど本当ですか?新聞啓蒙したり選挙活動したり財務をしなくても、たとえば日蓮正宗のご本尊を真剣に拝めば人間革命できるってことですよね。じゃあ、なんで創価学会ではやってもやらなくても一緒ってことを会員に必死でさせているんですか?外部の人を折伏するときに、そこを明確にしておかないと折伏できません。これから外部の人を折伏するには、何と言えばいいんでしょう?ご本尊がどの宗派でもいいというのであれば、いったい何を「折伏」するのでしょう?」
    さあ、これに明確に答えられる現役の活動家さんがいましたら、答えてください。創価以外の宗教を邪宗と呼んで仏壇や神棚を焼き払っていた昔ならいざしらず、これから学会員さんは何をもって「折伏」するのですか?「自行化他」って言っても「ああ、どこでも一緒だよ」では「折伏」になりませんよね。つまりは広宣流布しなくていいってことですよ。創価学会の最終的な目的は広宣流布だったんじゃないでしょうか?それも教義の変更ってことなんでしょうか?(笑)

  46. 創価は「金目的」なんだから、金さえ入れば教義なんて何でもいいんですよね。
    実際言うことがコロコロ変わっても、或いは真逆になっても、会員は顔色一つ変えず、金を出し続けてくれる。

    >「あの時はああ言うしかなかったんだよ、信が深まり行に励めるように」

    挙句、ダンマリを決め込む執行部に代わって、言い訳まで考えて弁護を始める始末。
    カモがカモだけにとどまらず、騙しの加担までおっぱじめる。
    トップとしては有難いですいねえ。

    アンチとしては、「おかしいでしょ?」という会員は気付かせてあげたいと思いますが、トップの弁護にまわって、「君は疑いが心に充満して低い境涯になっている」などと会員を嘲ったりする活動家は、もはや詐欺の一味に見えますね。
    でもこういう人たちって実際の詐欺団からは相手にもされず、いいように使われてるだけ。
    末端、アンチからは嫌われ見放されてしまうだけ。
    このままじゃ孤立してしまいますよ。

  47. 同居での脱会

    signifie様、皆様、はじまして。
    二世(非活)のたまと申します。年齢はアラフィフ、関東在住です。
    現在脱会を決意し、年内に本部へ脱会の内容証明を送るつもりでおります。
    家族親戚一同が学会員。両親と同居です。

    今まではROM専門でおりましたが、年内脱会の決意をするに至り、一族郎党が学会員、学会員家族と同居で脱会をした方のご意見、ご経験等をお聞かせ願えればと思い初めて書き込みをさせて頂きました。
    どうぞ宜しくお願い致します。

    創価の事での会話は成り立たないので黙っての脱会です。
    池田氏と創価に属してるのが我慢出来ないので…。
    親に恥をかかせる事になりますし、親族からは縁を切られるかも知れないですが、これからも思い悩見続けるのは辞めにしようと決意した次第です。

    (本来なら11.18の脱会のスレッドに書き込むべきかと思いましたが、レスが100を超えており、気付かれるのに時間がかかってしまうかもと思い(脱会という事で気がはやっております)こちらに投稿させて頂きました。勝手な事で申し訳ありません。このカテゴリーにふさわしくない様でしたら該当カテゴリーに反映させて頂けたらと存じます。)

    創価に入信したのは、戦後に夫を病気で亡くし、子供達を抱え経済的な困難の中にいた母方の祖母が始まりです。
    自営業の学会員の両親と妹の4人家族、そして母方の親兄弟、その配偶者とその子(従兄弟)達の全員が学会員、池田大作氏と学会がこの世で一番正しい宗教であり学会への疑問や批判等はタブーであるという環境の中で育ちました。
    特に母は信仰に熱心(盲信)で、皆さまもご存知の通り長時間の題目と地域の会合、池田氏との師弟不二、広宣流布と世界平和、絶対幸福、人生勝利に選挙の時期のF取り等々…日常生活はほとんど学会活動に費やされておりました。

    一方私は、物心ついた時から一度も池田氏を師と思った事は無く、夜な夜な連れて行かれる会合で繰り広げられる折伏の強引さ、個人崇拝、自分達は信仰の自由を享受しておきながら悪口や批判に白目を剥いて怒り出す姿、創価を辞めた人間—“退転者”への罵詈雑言、罰を願う姿に恐怖と嫌悪感を抱き、小学生の時には自分から創価臭が出ない様、行動には非常に気を使いながら過ごしました(そのおかげで創価の人間を世間はどう思っているのか知る事が出来ましたが)。それと共に親、特に母親の機嫌を損ねない様に最低限の朝晩の勤行、会合への出席をしていました。

    しかしながら“振り”というのはやはり無理が出ます。また良い結果は常にお題目の功徳のおかげとすり替えられ、努力が正当に評価される事はありませんでした。池田創価への疑問は魔が出た信心が足りないと一蹴され、心の中には常に本心が言えない抑圧と怒りがくすぶり続けます。創価の話さえしていればご機嫌な母親に対して、池田氏にも創価にも全く心を寄せる事の出来ない私には、母親は決して安全地帯ではなく常に緊張を伴うものでした。そして創価の唱える罰論は心の呪縛になり、必要以上の不安を常時心に抱える様になりました。私の言動は本心を言えない怒りから攻撃的になる事もありました。安心感を得る事の出来ない親子関係は、後に私にうつ病として現れる事となります。
    創価を離れたいと思っていた私は、結婚を機に実家を出ました(コピーの本尊を持たされました)。実家を出たとはいえ、親に何かあったら長女の私がやらなければいけないだろうとの思いから実家の近くに住んでいました。何かあったらというのも罰論の刷り込みが影響していたのかもしれません。私の認識がまだ甘かったのです。実家で開かれる座談会や同時中継などの連絡があれば、嫌々ながら事を荒立てない様に出ていました。
    その後、鬱を発症し結婚生活は離婚という形でピリオドを打ちますが、組織の信仰の強制が本当に怖く、実家に帰らず8年一人暮らしを続けました。一年半前に過労から鬱が再燃し、仕事と一人暮らしが出来なくなり実家に戻りますが、20数年ぶりに創価に触れる毎日は非常に苦痛を伴うものでした。題目や創価のものが目に入ると精神の安定を保つのが難しくなります(聖教新聞の見出しが同じなのには驚かされしたが)。そんなどうにもならない苦しさの中で私は思い切って幾人かの信頼出来る友人に、自分が生まれた時から創価である事を打ち明けました。
    それまで何故そんなに実家を嫌がるのか、いぶかしがっていた友人達は腑に落ちたと理解をしてくれました。そして鬱のグループセラピーにも通い、そこで正直に自分の信仰の事も話しました。やはり同じ様に理解を示してくれました。常にアウェーの位置にいた人間にとって本当に有り難かった。
    今はなんとかフルタイムで働くまで回復し、現在に至ります。
    考えれば私は創価から常に逃げていました。でも逃げている限りその影には怯えなければいけません。
    絡めとられた人生を嘆く、それはもう終わりにしよう。自分の手に人生を取り戻そうと。
    創価に生まれたけれどそれは自分の意志で変えられる事なんだと。だから脱会するのだと。

    簡潔に書くつもりがすっかり長くなってしまいました。

    signifie様、皆様から脱会の決意に後押しをして頂いていると思いながらこのブログを拝読しております。
    決して自分だけではないのだと思うと本当に安心します。どうも有り難うございます。
    自分の人生をその手に取り戻す人々が増える事を願ってやみません。

  48. 同居での脱会

    (※先ほどメールアドレス入力の途中で送信してしまいました申し訳ありません)

    signifie様、皆様、はじまして。
    二世(非活)のたまと申します。年齢はアラフィフ、関東在住です。
    現在脱会を決意し、年内に本部へ脱会の内容証明を送るつもりでおります。
    家族親戚一同が学会員。両親と同居です。

    今まではROM専門でおりましたが、年内脱会の決意をするに至り、一族郎党が学会員、学会員家族と同居で脱会をした方のご意見、ご経験等をお聞かせ願えればと思い初めて書き込みをさせて頂きました。
    どうぞ宜しくお願い致します。

    創価の事での会話は成り立たないので黙っての脱会です。
    池田氏と創価に属してるのが我慢出来ないので…。
    親に恥をかかせる事になりますし、親族からは縁を切られるかも知れないですが、これからも思い悩見続けるのは辞めにしようと決意した次第です。

    (本来なら11.18の脱会のスレッドに書き込むべきかと思いましたが、レスが100を超えており、気付かれるのに時間がかかってしまうかもと思い(脱会という事で気がはやっております)こちらに投稿させて頂きました。勝手な事で申し訳ありません。このカテゴリーにふさわしくない様でしたら該当カテゴリーに反映させて頂けたらと存じます。)

    創価に入信したのは、戦後に夫を病気で亡くし、子供達を抱え経済的な困難の中にいた母方の祖母が始まりです。
    自営業の学会員の両親と妹の4人家族、そして母方の親兄弟、その配偶者とその子(従兄弟)達の全員が学会員、池田大作氏と学会がこの世で一番正しい宗教であり学会への疑問や批判等はタブーであるという環境の中で育ちました。
    特に母は信仰に熱心(盲信)で、皆さまもご存知の通り長時間の題目と地域の会合、池田氏との師弟不二、広宣流布と世界平和、絶対幸福、人生勝利に選挙の時期のF取り等々…日常生活はほとんど学会活動に費やされておりました。

    一方私は、物心ついた時から一度も池田氏を師と思った事は無く、夜な夜な連れて行かれる会合で繰り広げられる折伏の強引さ、個人崇拝、自分達は信仰の自由を享受しておきながら悪口や批判に白目を剥いて怒り出す姿、創価を辞めた人間—“退転者”への罵詈雑言、罰を願う姿に恐怖と嫌悪感を抱き、小学生の時には自分から創価臭が出ない様、行動には非常に気を使いながら過ごしました(そのおかげで創価の人間を世間はどう思っているのか知る事が出来ましたが)。それと共に親、特に母親の機嫌を損ねない様に最低限の朝晩の勤行、会合への出席をしていました。

    しかしながら“振り”というのはやはり無理が出ます。また良い結果は常にお題目の功徳のおかげとすり替えられ、努力が正当に評価される事はありませんでした。池田創価への疑問は魔が出た信心が足りないと一蹴され、心の中には常に本心が言えない抑圧と怒りがくすぶり続けます。創価の話さえしていればご機嫌な母親に対して、池田氏にも創価にも全く心を寄せる事の出来ない私には、母親は決して安全地帯ではなく常に緊張を伴うものでした。そして創価の唱える罰論は心の呪縛になり、必要以上の不安を常時心に抱える様になりました。私の言動は本心を言えない怒りから攻撃的になる事もありました。安心感を得る事の出来ない親子関係は、後に私にうつ病として現れる事となります。
    創価を離れたいと思っていた私は、結婚を機に実家を出ました(コピーの本尊を持たされました)。実家を出たとはいえ、親に何かあったら長女の私がやらなければいけないだろうとの思いから実家の近くに住んでいました。何かあったらというのも罰論の刷り込みが影響していたのかもしれません。私の認識がまだ甘かったのです。実家で開かれる座談会や同時中継などの連絡があれば、嫌々ながら事を荒立てない様に出ていました。
    その後、鬱を発症し結婚生活は離婚という形でピリオドを打ちますが、組織の信仰の強制が本当に怖く、実家に帰らず8年一人暮らしを続けました。一年半前に過労から鬱が再燃し、仕事と一人暮らしが出来なくなり実家に戻りますが、20数年ぶりに創価に触れる毎日は非常に苦痛を伴うものでした。題目や創価のものが目に入ると精神の安定を保つのが難しくなります(聖教新聞の見出しが同じなのには驚かされしたが)。そんなどうにもならない苦しさの中で私は思い切って幾人かの信頼出来る友人に、自分が生まれた時から創価である事を打ち明けました。
    それまで何故そんなに実家を嫌がるのか、いぶかしがっていた友人達は腑に落ちたと理解をしてくれました。そして鬱のグループセラピーにも通い、そこで正直に自分の信仰の事も話しました。やはり同じ様に理解を示してくれました。常にアウェーの位置にいた人間にとって本当に有り難かった。
    今はなんとかフルタイムで働くまで回復し、現在に至ります。
    考えれば私は創価から常に逃げていました。でも逃げている限りその影には怯えなければいけません。
    絡めとられた人生を嘆く、それはもう終わりにしよう。自分の手に人生を取り戻そうと。
    創価に生まれたけれどそれは自分の意志で変えられる事なんだと。だから脱会するのだと。

    簡潔に書くつもりがすっかり長くなってしまいました。

    signifie様、皆様から脱会の決意に後押しをして頂いていると思いながらこのブログを拝読しております。
    決して自分だけではないのだと思うと本当に安心します。どうも有り難うございます。
    自分の人生をその手に取り戻す人々が増える事を願ってやみません。

  49. ぽむぽむです。
    パニックスさん、おめでとうございます。
    たまさん、長い鬱、離婚、2世など、本当に苦しい経験をへて、脱会を決意なさったこと、おめでとうございます。
    みなさんが、新しいスタートを切ってくださるたびに、うれしくなります。

    今年も、あとすこしですね。
    一人でも多くの方が、覚醒し、本来の”しあわせ”を味わってほしいですねっ♡

  50. バニックスさん
    おめでとうございます(*^^*)
    また、お楽しみ様(お疲れ様)でした(^-^)

    カラコピのカラコピ自作の件、予想を遥かに上回る圏長の発言内容に正直ビックリして笑いと溜め息が同時に起こりました(^-^)

    パニックスさん自作の本尊も、立派な「創価認定本尊」ですね!

    それにしても驚いた!こういう展開になると予想もつきませんでした(^-^)

    ご報告ありがとうございました!

  51. たまさん、はじめまして。
    コメントありがとうございます。
    こう言っては失礼ですが、絵に描いたような創価被害者の人生を送られて来られたんですね。でももうそこから抜け出す決意をされた。素晴らしいです。たまさんのこれまでの生きづらさは、私にも多少は理解できると思います。鬱という、自分で自分の気持ちをコントロールできなくなることの不安といらだちと、それ以上に襲ってくる絶望感というものは、おそらくなった人でなければわからないと思います。
    脱会を機に、これからやっとご自分の人生を取り戻すことができるようになったわけですから、慌てずに、ゆっくりと、マイペースで過ごされることを願ってやみません。またこうして辛い経験をお話ししてくださることで、同じように悩んでいらっしゃる「創価被害者」の方の大きな励みになると思います。
    いつも言ってることですが、このブログでは創価学会をギャフンと言わせるための場所ではありません。創価のおかしさに気づき、同時に自分のやってきたことにまちがいに気づき、それはさらに人生をあやまってしまったことの苦悩から、いかにして立ち直ることができるのかを、おなじ苦しみを分かち合うことのできるみなさんとともに、対話によって解決策を模索していこうとする場所です。おかげさまで、多くの方がこの場所で出会い、ともに考え、苦しみ、共感し、助けられながら、これからの人生に前向きになることができています。なによりこの私がいちばん救われているのではないでしょうか。みなさんからの励ましのコメントがなければ、自暴自棄にして、なす術もなく、絶望感に陥ったまま、鬱病がひどくなって社会生活を送れなかったかもしれません。私が今でも悔やんでいるのは、両親に気づかせられなかったこと。創価草創期から幹部だった父はもう20年前に亡くなりましたし、母はまだ健在ですが、認知症でこのまま何も知らずに亡くなると思います。親の人生を完璧に狂わせた創価を憎いと思います。そして兄夫婦もおそらく一生騙されたままで終わるでしょう。こうした創価の被害者今でも何十万、何百万人といるという恐るべき現実に対して、私たちができることは「静かに創価を去る」ことだと思っています。まともに戦えるような相手ではありません。一人ひとりが自分で気づいて創価から立ち去る。私にはこれしか考えられません。
    たまさんは幼いころから大変な重荷を背負って頑張って来られたのですから、これからは創価の呪縛から離れて、おもいきり自分のための人生を謳歌していただきたいと思います。それと、まだ脱会できずに悩んでいらっしゃる方の気持ちに、このブログを通じて寄り添っていただければと思います。これからもよろしくお願いします。

  52. signifieさま
    早速のコメントの承認とレスを有り難うございました。
    私も書いていて、結構創価にやられているなぁと思いました。
    カミングアウトしてからは創価の世界観の方がマイナーなのだと改めて認識いたしました。
    もっと早くにカミングアウトしていれば良かったと思っております。

    ぽむぽむさん
    レス有り難うございます。
    本当に“普通”って素晴らしいと思います。
    でもこれが大変、中の人はなかなか簡単には井戸から広い外に出ようとしません。

    脱会届を出したら何時頃どんな風に地元の組織に連絡が来るのか、
    事の成り行きがどうなるのかドキドキですが、
    年末のどさくさにまぎれて送ってしまうつもりです。

    レスを読んで涙が出てしまいました(うれし涙です)。
    それではこれからどうぞ宜しくお願いいたします。

  53. 一貫して外部で無宗教の風太郎です
    「たまさんがんばれ」と声援を送りたいと思います
    読んでいて涙が出てきました
    思えば、50年以上前に、両親が折伏大行進で延々と入会を
    強要されてとき、なんとかがんばって時間切れで入会して
    くれなかったことに今更ながらに感謝しています
    もし、あのとき両親が脅迫じみた勧誘に負けて入会して
    していたら、自分の人生はどうなっていただろうかと
    考えるだけで、ゾッとします
    同居ということで、人一倍ご苦労されると思いますが
    とにかく「がんばれ」と声を大にして応援します

  54. パニックスさん、脱会おめでとうございます!
    年内にひとつ、かたづけ出来て良かったですね。

    御本尊とは?
    贋作団体だから、やはり御本尊も贋作で、ただの金儲けツールだったんですね。今はそれ、理解できますけど、バリ活時代は、スマイルさんもおっしゃる通り、息もかけたらいけない、神聖なものだったんですよね。
    今更ながら、あほくさ。
    よく、母がしきみの葉っぱくわえて仏壇開けてたけど、くちから息をかけないようにしても鼻からの息はいいのかよ、って考えた事あります。

    私は、息を止めてました。あほらし。

    バリバリ活動の時は、日蓮がタマシイをスミに染め流したありがたいモノだと。
    今は狂った昔の坊主がスミにインチキを染め流して、私を拝めよ、と言ったただの掛け軸です。

    原本が残っていたら、美術品としての価値はありそうかな?もし発見したひとは、なんでも鑑定団に応募してください。

  55. こんにちは。みかんです。

    入会したての頃のエピソードになります。
    職場の昼休みのことです。あまり話したことのない方から、
    本尊の話題を振られたことがありました。

    どうやら日蓮正宗らしく、なぜ私に?と、尋ねれば何やら波紋を招きかねないので
    黙っていました。食事の途中でしたが無言で席を立ち上がり、食器の乗ったトレーを下げに歩いても付いて来るのです。
    何かこの人にとっては私に話すなりの関連付けがあるとか、もしかしたら勘違いやら、
    思い込みの線とか、たぶん保守的になっていて、活動の使命感が強いのかなと、頭の中をグルグルしました。
    自分の持ち物で、それとわかるものがあったとか、それを目ざとくみつけたとかとさえも思いました。

    職場での宗教の勧誘はご法度なのにとも驚きましたが、自分はまさにそれだと言うわけにもいかずにいたのですけれど、
    その理由に、どうも職場や友人・自宅近所で活動はしたくなかったものでして。
    何かを尋ねられても答えられないからということもです。
    入会して早い段階でしたが、海のものか山のものかと、猜疑心さえ沸いてきていたのです。

    そして、話しかけてきた人は、誰か退会をしたがっている人がいたら知らせてとも言うのです。
    「ご本尊」としている物を引き取り預かるからとのことです。
    そんなこと、打ち明けたりするのでしょうかね。
    そして、あの組織は不幸になるところだからねと、入会をしないように念を押されました。
    どうやら、ご兄弟が創価に寝返ったから不幸の連続だそうで、正したいらしく使命感を持って云々...

    あら、話しかけてきたのは使命感ってことだったのねとわかりましたけどね。

    初回のコメントさせて頂いた内容と重複をしますが、価値のバージョンアップを提案するならまだしも、
    既存の価値を覆してでも価値創造という独自性を貫くのですから、
    何をどう評価されようとも動じないのでしょうね。そういうところなのでしょう。
    退会を意識している者には、今更、正規の本尊がどうだこうだと正す必要性は低いかなと思いましたので、
    自分を守るアイテムは、偶像でも独自性の物でもなく、記憶ではない記録を残す電子機器もありだなあと、
    「価値」を更新中です。

    ちなみに、私も経験談など発信したくHPを作成しようかと考案中でいます。
    なりすましを防ぐつもりでHNをこの場で考えましたが、いろいろ難儀なものなのですね。
    SNSなるものさえも無知で手付かずななんですよ。

  56. 人間の思い込みってスゴイですよね。
    「この御本尊は絶対だ」と思えば、何だろうと命に響く。
    コピーでもビニールでもオリジナルの手作りでも、他宗のものでも本家でも関係ないんですよ。
    要は思い込みの強さです。

    学会員が「邪宗」呼ばわりしているお札を、ゴミ箱に捨てたとします。
    学会員にとってはどうでもいいことなので、すぐ忘れてしまうようなことです。
    その後、交通事故に遭ったり財布を落としたりしても「お札を捨てた罰だ」とは微塵も思いません。
    でもこれが信じるものであったら、何が起ころうと過敏に「御本尊」と結びつけるのが創価脳です。
    大喜びしたり脅えたりする。

    全部「信じるゆえ」のことです。
    強く信じてしまうと、目に見えないことでも自分には目に見えてるように錯覚してしまう。
    そうとしか思えなくなるのです。
    リストラからペットの死まで「偽本尊のせいだ」という元創価。
    風邪をひいたら「偽本尊のせい」
    風邪をひかなかったら「正しい本尊に護られたおかげ」
    万事がこの調子ですよ。

    創価の騙しの基本は「信じようと信じまいとそんな法則がある」です。
    例えば、「花粉症の薬」と「痛み止めの薬」があったとして、これは信じようと信じまいとそれぞれが効能通り身体に作用しますよね。
    この理屈を勝手に宗教にも当てはめたんです。
    「正しい本尊は願いが叶う」
    「間違った本尊は害毒が出る」

    願いが叶うのは強く信じて行動するからですよ。
    だから特定の宗教を持たない人でも、創価信者なみに思い込みを強く持てれば、創価の体験程度には願いが叶いますよ。
    わるいことが起こるのも、強引に本尊と結びつけているだけで、因果関係は頭の中で勝手に決めつけているだけのことです。
    宗教なんて頭の中のことです。
    信じるか信じないかのことです。
    信じたら「法則があるかのように見えてしまう」のであって、信じることが必須です。
    これなくして法則などあり得ません。
    だから「知る知らないに関わらず、信じる信じないに関わらずそのような法則がある」というのは間違いです。
    創価がただ、騙しのテキニックに使った詭弁です。

    実際、創価が「よその本尊ではダメなんだ」と言えば、それを信じ切った信者の中では「邪宗・仏罰になるおぞましいもの」となり、創価が「やっぱりいいよ」と言えば、それを信じた信者は安心して「それも有り」になりました。
    今回のパニックスさんの幹部の件で、これがはっきり解ったと思います。
    ※創価のいう絶対的な法則なんて、信じれば信じたように変わるものです。

  57. ブラシーボ効果というのが新聞にのってました。
    薬でない小麦粉の錠剤を「薬です」と言われてのんだら、本当に薬を飲んだような効果が出るそうです。

    ご本尊もそんな程度でないでしょうか?(^-^)
    それと「こじつけ」。

    良かったら「ご本尊のおかげ」悪かったら「バチが当たった」もしくは「宿業がでた」「未来の重罪を今軽く受けている」と。

    物事をプラスに捉えていくのは精神衛生上、良いことですが、創価の場合、「良いことは創価のおかげ」「悪いことは自分の責任」で通しますからね。

    本当にテキトーなこと言ってますよ。

  58. 創価学会員である斧不一さんという方の2011-7-2のブログから引用させて頂きます。

    スピリチュアル系創価学会員に告ぐ
    スピリチュアル系創価学会員は多い。「祈りは必ずかなう」という論法と「この壷を購入すれば幸福になる」との主張は数学的に見れば同じである。

     前もって用意された言いわけとしては、「祈りが弱い」とか、「今の君にとって一番いい結果が出ているはずだ」とか、「やっぱ顕益(けんやく)よりも冥益(みょうやく)が大事」というものがある(笑)。

     病人やその家族に対して「祈れば絶対に治る」と言い切る人々は、まるで健康食品のセールスマンみたいだ。しかも「祈れば」と言いながら、入会を強要するところまでそっくり(笑)。いわゆるマルチ商法だ。ねずみ講方式は子が子を増やすシステムとなっている。

     祈りがかなうメカニズムは既に脳科学の世界で証明されている。祈りという集中行為によって、他の情報が色褪せてしまうのだ。このため脳には都合のいい情報だけが引っ掛かるようになる。

    『脳はいかにして〈神〉を見るか 宗教体験のブレイン・サイエンス』アンドリュー・ニューバーグ、ユージーン・ダギリ、ヴィンス・ロース

     朝食を終えて着替えている時、テレビの星座占いが「今日のラッキーカラーはピンクです」と告げる。私はピンクのネクタイを締めて颯爽と出勤する。どんな一日であってもいいことや悪いことはあるものだ。ところが霊験(れいげん)あらたかな占いのおかげで、今日のいい出来事は全て「ピンクのネクタイのおかげ」と認識される。

     宗教の原型は確証バイアスであり、相関関係を因果関係と錯覚するところにご利益が生まれる。

    過去の世界大戦について 創価学会体質

     このリンクを紹介したところ、意見が寄せられたのだが、まあ酷い代物で、「ものを考えないように」コントロールされてきた学会員の惨状を示していた。

     創価学会と自我を同一化しているため、間違いがあっても絶対に認めようとはしないのだ。本人の知的判断に問題があるのは確かだが、明らかに学会本部がこうした無謬性(むびゅうせい)を喧伝(けんでん)してきた過去がある。特に昭和54年(1979年)以降だ。

     長くなったので結論だけ書いておこう。

    祈りは絶対にかなう。
    死後の生命の存在。
    物語としての因果論。

     ここから脱却しない限り、21世紀の宗教たり得ない。これらは既に科学領域で完全に否定されているのだ。もちろん大乗仏教的発想で、宗教効用論(プラシーボ効果)で乗り切る手もある。意外と知られていないが薬という薬には全てプラシーボ効果がある。このため高額な薬ほど効き目があることが判明している。

  59. 私が、短大の時にお守りご本尊をもらいました。どのくらいの値段かは忘れましたが、数千円はしました。つい口が滑って、もらった時に、「ぼったくりじゃん」と言いました。やばいと思いましたが、別に何ともなかったので良かったです。あまりよくないことを言うと怒られるので。でも、やっぱりぼったくりだな

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中