現況報告

ブログを更新しないでいると閉鎖されることがあるので、ブログ再開ではありませんが、閉鎖防止対策として現況報告をさせていただきます。

おかげさまで、ブログを休止してからの時間が、自分の中のいろんなことを解決に向かわせてくれているような気がします。

ブログ休止の頃からすると、少しずつ創価に対する考え方や感じ方に変化が出てきたような気もします。変化というか、創価学会というものをより客観視することができたかもしれません。かといって、以前のように皆さんから具体的な創価問題を提示してもらったり、対話を進めていけるような状況ではありませんので、ブログ再開とまではいきませんが、それでも休止してもなお毎日2000以上のアクセスがあるということは、まだこのブログにも存在する意味があるのだろうと思っています。

私はこのブログを通して「創価学会は詐欺団体だ。学会員は完全に騙されていることに気がついて欲しい」ということを繰り返し言ってきました。もちろんその考えは今でも一つも変わりません。こう思っている人や、実際の体験として思い知らされたものすごい数の人の思いが、それぞれの真摯な言葉として積み重なっているのですから、その事実は誰にも否定することはできないし、たとえ誰かが否定したとしても、このブログに積み重ねられた実体験を前にして、どれほどの説得力があるかということです。

世の中には、創価問題以外にも、人が人として幸せに生きることができないような問題が山積しています。創価学会の本当の姿が暴露されて創価が崩壊したとしても、世の中が薔薇色になるわけではありません。例えば創価学会以外にも新興宗教の犠牲者はいくらでもいます。しかし創価学会が崩壊すれば、少なくとも創価学会に騙されて一生を棒に振ってしまう人がいなくなることは確かです。創価学会がどれだけの数の人を不幸にしてきたのかということは、このブログに集まった皆さんのコメントからもはっきりしています。どこの誰であろうと、皆さんの真実の声を否定する術はありません。しかし創価は正しいと思い込んでいる学会員は、今もなおこの事実を認めることができません。学会員はこの事実を否定もできなければ認めることもできないのです。どうあがいても動かしようのない目の前の事実を見ようとしない自分に疑問すら感じない。それは目の前の現実を真正面から見ることに言いようのない恐怖心を植え付けられているからでしょう。言い換えればこの恐怖心を払拭することが、自分が騙されてきたことに一人また一人と気がついていく方法なのだと思います。同時にこれまで創価学会が正しいと信じて生きてきた自分を否定しなければならないことの恐怖。自分の人生においてもはや取り返しのつかない失敗をしてしまったということを認めることの恐怖。だからこそ何が何でも「創価は正しい」「創価を信じてきた自分の人生が間違っているはずがない」と必死にしがみついて自分に言い聞かせているのではないでしょうか。

自分が創価に騙されて不幸になっていることに気づかない。同時に周りの人をも不幸にしていることにも気づけない。創価学会員は、そうした人の集まりです。どう考えても幸せじゃないのに幸せだと思い込まされている。新興宗教に共通して見られる状況ですが、創価学会はその最たるものであるし、その数が膨大なために社会的な影響力も大きいと言えます。

結局、このブログで何ができるかを考えた時に、やはり最初から言ってきたように「自分で気づくしかない」ということだと思います。自分で気づくこと。つまり目の前の現実を直視して、これまでの自分の間違いを素直に認めること。この人として当然のことのように思えることができないのが創価学会員だということです。だからこのブログでは「自分で気づいてください」ということを一貫して述べてきました。自分で気づくためのいろんな話を皆さんから募りました。そして結果的には創価が詐欺だと気づくための、もう十分すぎるほどの量だと思います。ですから、これから先このブログを再開して何ができるだろうか?ということも考えてきました。ブログの運営の大変さに見合うだけのものがあるのだろうか?とも考えました。一つは、創価に騙され人生を棒に振ってきたことに対する絶望感から少しでも立ち直れるようなコミュニティという位置付けもあるかもしれません。創価に騙されてきたり、あるいは自分が誰かを騙してきたことに対する罪悪感を告白する場所という位置付けもあるかもしれません。そういう意味では、まだこのブログの存在意義はあるのかもしれません。

創価が正しいと信じている人にとっては、このブログの何もかもが自分の人生を否定するものであるわけですから、まともに読むことすらないわけです。ただ、ちょっとでも自分の中に創価への疑問や矛盾が芽生えた人にとっては、皆さんの体験がどうしようもなく身につまされるものであるはずです。このブログの存在意義はそこだと考えます。「もしかしたら私は創価に騙されてきたのかもしれない」という悪夢のような疑問に明快に答えてくれる膨大な数のコメント。それがここにある。そしてこれからもどんどん増殖する。そしてそれらを見る機会が百万単位で増えていく。そう考えると、やはりこのブログをなんらかの形で再開した方がいいのではないかとも考えています。

申し訳ありませんが、今の段階でお伝えできることはここまでです。