再開まであと5日です。

おそらく11月18日の創価学会や聖教新聞の公式HPには、誰が書いたのかもわからない「池田大作先生」のメッセージが載るんでしょうね。創価学会を検索したら、最初に出るのがこの公式HPですが、そのすぐ下に「創価学会は詐欺です」とたくさんの元創価学会員が告白しているサイトがあるというのは重要なことだと思います。

5年前に私が創価学会が詐欺だとうすうす気付きかけたとき、背中を押してくださったのが、希望さんの「白バラ通信」とクロさんの「真実と幻想と創価学会」でした。あ、それからもう一つが「創価の森の小さな家」という完全創価脳サイトでした。私が創価学会に対する疑問を自分でどうしようもなくなったときに、最初に見たのがこのサイトです。そのとき私はまだ半信半疑で「53歳学会員」というHNで創価に関する質問をしました。その様子は今でもここで見ることができます。

http://sokanomori.exblog.jp/17098281/

読んでいただくとわかりますが、創価に疑問を持った私を、このサイトの管理者は何一つ答えようとはせずに、すぐさま「なりすまし工作員」と断定して、他の常連創価脳の方々とともにけちょんけちょんに攻撃しました。上記のページには私のコメントも載せてありますが、私が書いたコメントはこの何倍もの量になります。明らかに答えようのない創価の矛盾に関する部分は載せていません。生まれた時から学会員にさせられて、そこそこ真面目に信じて活動をしてきた私が、50歳を過てどうしようもなく湧いてきた疑問に対して、気持ちを汲むような学会員はそこにはいませんでした。おかげさまで私はこれで創価学会は完全におかしいと確信が持てたのです。今となっては感謝しています(笑)。それから今度はアンチブログを見るようになりました。そこで一番しっくりと自分の中で納得できたのが、先ほど紹介しました「白バラ通信」と「真実と幻想と創価学会」です。いったん創価は詐欺だとわかったら、アンチブログの方が言っていることがスルスルとわかってきます。逆に創価を信じているうちは何も入ってきません。理屈じゃないんですね。「創価は正しいと先生が言ってるから正しい」それだけです。それ以上は自分で考えない。創価から言われたことは絶対的に正しいのだから、どんなにおかしなことであっても疑問を持つ自分の方がおかしいんだと自分に言い聞かせて、それ以上考えることをやめてしまいます。先の「創価の森の小さな家」にも日蓮の言葉について色々と書いてありますが、日蓮が本仏で、御書は絶対だという前提なので、言ってることが根底からおかしいんですよね。例えば日蓮は釈迦が法華経を説いたということを前提にしていますが、そもそもそれ自体が間違いであることは誰でも知っていることです。そもそも釈迦は自分の教えを文字にしなかったわけで、文字として残されている仏典というのは何百年もあとの聞きづてだったり、勝手に想像して書かれたものであることが判明しているわけですから、これ一つについても基本的に日蓮の教義は根本から破綻しているということになります。日蓮は鎌倉時代の僧ですから、宇宙がどうなっているかも、地球が丸いことはおろか、アメリカやヨーロッパの存在すら知らなかったわけで、当然キリスト教やイスラム教のことも知らないで、宇宙の法則は南無妙法蓮華経だなどと勝手にふれ回ったのですから、何も知らない当時の人たちならともかく、800年後の私たちがこんなものを信じること自体がどうかしていると思います。まさに、どうかしていたんです。こんなデタラメでも生まれた時から言い聞かされていると、理屈など関係なく信じてしまうのが人間なんですね。

そんなわけで、5年前の私は53歳にしてアイデンティティが崩壊してしまいました。もっと若い頃だったら、まだ頑張ってやり直していこうと思えたのでしょうけど、なんせ人生の大半をこんなインチキ宗教団体のいうことを信じてきたのですから、これから何を頼りにどうやって生きていけばいいのかわからなくなってしまいました。いてもたってもいられなくなって、このサイトを立ち上げたのです。いったい創価が詐欺だとわかった学会員たちはどうしているんだろう。どうやって生きているんだろう。そんな思いで、その時その時の自分の気持ちを整理するために、書かずにはおれませんでした。こうして言葉にしていくことで、なんとか自分を保てていると思っていました。しかし、すぐに鬱の症状が出ました。仕事にもプライベートにもいろんなことが上手くいかなくなりました。この時、もしまだ創価を信じていたなら、これが罰だと思い込んだのかもしれません。しかしもはや創価の教えは完全にインチキだという確信は揺らぎませんでした。それはあの創価脳サイト「創価の森の小さな家」の異様な世界を目の当たりにした経験が、私を創価に引きもどさなかったんだと今は思います。

この「対話を求めて」はそんな経緯を経て5年前の12月6日にスタートしました。いろんなことがありました。特に荒らしには苦労しました。でも後から考えると、荒らしをするような輩というのは、ネットの広大さを考えればほんの一握り、結局のところ数で言えばほんの数人だけが面白半分で攻撃してきたように思います。まあ、攻撃しなくても、よそのサイトや巨大掲示板などでボロクソ書いてあったりもしましたが、それは別にこのサイトに関してだけのものではなくて、もともと無法地帯のネット上でのことですので、いちいちそんなものを相手にするようなことではありません。考えるに、荒らしは取るに足りないものだという結論です。ただ、この荒らしをきっかけにしてサイト休止になったのも事実です。これは今後の荒らし対策のための良い経験として活かしていければと思います。それと創価脳の殴り込みが順にやってきました(笑)。私としては真摯に対応したつもりなのですが、一人残らず尻尾巻いて逃げて行きました(笑)。なので、これからは創価脳の殴り込みは相手にしないことにします。

「対話を求めて」再開まであと5日。皆さま、創価学会創立記念日でもある11月18日のコメントをどうかよろしくお願いします!創価が詐欺だと確信できた学会員や元学会員が、現実にこんなにたくさんいるんだということをはっきりとリアルに示す機会に出来ればと思っています。それがこのブログの最大の存在意義だと思います。どうかよろしくお願いします!

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