創価学会仏って何?(笑)

今や全国のお笑いネタとなっている「創価学会仏」。第三ステージのスタートは、ツッコミどころ満載のこのテーマからいってみましょう。

いやはや、創価学会仏ってマジで何なの?創価学会員になって、何も疑わずに活動して、新聞代払って、財務をしたら、みんな「創価学会仏」っていう仏様になれるよってことですかね(笑)。こんなことを真面目な顔して会則に入れ込むって、マジ終了って感じですね。どなたかもおっしゃってましたが、私もこれを聞いたときには「創価学会おだぶつ」って見えました(笑)

う創価学会は日蓮なんてどうでもいいんでしょうね。ってか、もう日蓮の教義では会員が騙されにくくなってきたことの対策なんでしょう。日蓮が一切衆生を救済するために出現した末法のご本仏だの何だのと言ってると、日蓮正宗との違いが出せなくなるし、それまで日蓮と同じだとされる大石寺の大御本尊に手も足も出せなくなった創価学会としては、信仰対象を日蓮の教義から創価学会オリジナルへとシフトする必要性があったのかもしれませんね。創価としては「創価の信仰だけが幸せになれる」ということにしとかないとカモが逃げてしまいますから、そこで考えたのが「創価学会仏」という苦し紛れの会則変更だったのではないでしょうか。「創価学会仏」という表現は過去の指導にもあったようですが、ここに来て会則入れ込むというのは、執行部の方も相当な危機感を持ってのことなんだと思いましたよ。創価学会が日蓮正宗から破門されて、創価学会独自の教義を会員にゴリ押ししてきましました。今まで拝んでいたのは偽物で、創価学会が発行する改ざんカラーコピーが本物の御本尊ですよ〜って言いだしました。それでも会員は疑わずに、新しいカラコピ御本尊にひたすらナムナムしてきましましました。それまで邪宗だといって、神社の鳥居をくぐるだけでも不幸になると指導していた創価学会は、他の宗教と共存するのがこれからの宗教の姿ですなどと、180度言うことをひっくり返すと同時に、これまで世界で唯一正しいと言い続けてきた日蓮正宗だけが間違った宗教であると、ボロクソに攻撃するようになりました。こんな風に、創価学会は会則どころか、根本的な信仰の対象教義そのものも、いとも簡単にひっくり返して涼しい顔をしてきました。そしてそのことにほとんどの会員は何の疑問も持たないまま、活動に財務にと、自分の人生を捧げ尽くしてきたのす。

「創価学会仏」……と聞いておかしいと感じないこと自体がイかれてる証拠です。

「はあ?創価学会仏ってどんなブツ?」って思うのが普通の感覚ですよ学会員さん。いや、きっと聞いた瞬間は思ったはずです。でも次の瞬間に、そんな疑問を持ってしまう自分の心をなかったことにしようと自分で自分をごまかしてしまうのが創価脳の特徴です。常識的にどんなおかしなことを打ち出されても「創価がだから正しい」「疑いを持つ自分が間違っている」と無理にでも自分に思い込ませる、あるいは考えないことにする。これが創価脳です。

創価脳は自分で価値基準を持つことができません。疑問を感じてもすぐに打ち消してします。あるいは考えないことにする。思考停止の人間となります。ナチスに先導されたドイツ国民と同じです。 「創価学会仏」といったスットコドッコイな言葉でも創価の中でまかり通るのは、会員が完全に思考停止の創価脳に仕上がっているからです。創価としてはそれでいいわけです。会員が騙されてお金を貢いでくれるのが目的なんですから、はたからどんなに思われようが関係ないんですね。だからこそこんなことも平気でできるんです。

ってことで、これまでと同じように、初めてコメントされる方は、人間として当然の挨拶と自己紹介をお願いします。どの程度の自己紹介が必要かは自分で考えてください。それもわからないような方は、コメントされなくて結構です(笑)。それから、なりすましや荒らしと疑われるような、わけわからないコメントは、管理者が黙って削除しますのでご了承ください。要は普通に一般常識の範囲で書いていただければ何の心配も問題もありません。また、楽しい替え歌や川柳も皆さんで楽しみましょう。

それでは「対話を求めて」第三ステージ、よろしくお願いいたします。

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創価学会仏って何?(笑)」への27件のフィードバック

  1. signifieさん、皆様、こんにちは。
    非活歴3ヶ月の元女子部副部長、元副分区未来部長のピゲピゲです。

    〉信仰の対象を日蓮の教義から創価学会オリジナルへとシフトする必要性があったのかもしれませんね。創価としては「創価の信仰だけが幸せになれる」ということにしとかないとカモが逃げてしまいます

    →本当にその通りだと思います。信濃町の首脳陣はあれやこれや言葉巧みにかかげて、結局は信仰の対象を創価学会=池田にして信者に金を出させるのが目的なんだと思いました。池田の存在が危なくなってきたので、(覚醒した者からみればフワッとした)看板みたいな信仰の対象を作り上げてこの先人事が変わっても永久にだまし続けることができるように焦っているんだと思いました。

    それにしても「創価学会仏」は安いキャッチコピーだと思います。
    新聞取って折伏して票取って財務で生活費や老後の為のお金を全部寄付したら、創価学会仏になれますよー!って言われても、誰もだまされ・・・・るんですよね、創価脳ですからね。

    すみません、話が少しそれますが今日は教学任用試験日でしたね。押出しから合格責任者、全部引き受けませんでしたが、教学試験って思いっきりマインドコントロールですね。本当にムカつく、酷い!!!!!その内「創価学会仏」が試験に出そうですね。

  2. 第3シーズンになりましてから参加させていただいています これから応援させて頂きます
    よろしくお願いいたします 私の知人は最近脱退したようです 本当に嬉しいです 私は    信仰はありますがどの組織にも入っていません 創価仏とは組織そのもの全体が仏とゆうことで格を挙げたつもりなのでしょうか 幸せの法則は組織外でも学べます 友達も自然に向こうからやってきます 学会員さん正しい選択をされてください 創価は本当にまちがっています

  3. 「創価学会仏」の話を外部の友人にしました。
    「池田何とかが亡くなれば、そのまま、「仏」として拝むのでしょう」と、冷静な外部の発言が返ってきました。
    自衛隊が武器をもって、とうとう国外(南スーダン)へ行くことになりました。
    夫に言うのも面倒。黙るだけだから。

    夫は創価嫌いのアンチの私と結婚するときに自分勝手な解釈の信仰にならざるを得なかったのだろう。誰かが言ってた。「自分に都合よく信心している人ほど覚醒しにくい」と。夫はそのパターンだ。折伏はしないし、財務は最低限、長いこと役職はなく、50歳近くなってB長。アンチな妻がいることで、ずいぶん雑務を断ることができたんじゃないかな?(あくまで想像だけど)
    バリバリやってないから、覚醒しない。いいのか悪いのか?
    それは本人の問題だと思う。
    私は被害を受けないようにあまり考えなくなった。(このブログのおかげです。)
    夫とは、仲良くできている。私はかなりわがままな行動ができている。自分の親の介護もそれなりできているのは、夫のおかげだ。感謝しつつも「創価・公明」支持の夫のあり方には冷静でありたい。
    私は私なりに様々な活動をしていきたい。もちろん、「創価崩壊を目指す活動」もする。
    ここへの書き込みも大切にする。

    シニフィエ様、ブログ再開改めて感謝いたします♡

  4. 薫るさん、ピゲピゲさん、aさん、早速のコメントありがとうございます。これからもよろしくお願いします。

    aさんは本名が書かれていましたので仮にaさんとさせていただきます。よかったらハンドレネームでお願いします。

    「創価学会仏」……真面目(思考停止という意味で)な学会員さんにとって「創価学会仏」ってどんな感じなんでしょう。自分は創価の信仰に出会えたから、もうそれだけで成仏したも同然!超ラッキ〜♪ 創価の会合に参加して、聖教新聞を購読して、書籍だの民音だのとお金を取られて、年に一度はありったけのお金を差し出して、公明党の票を自腹でかき集めたら、アナありがたや!それはもう尊い仏様になってるってことなのだそうです。ジネンに仏界に至るには、結局はお金の沙汰次第っていうのが創価学会の新しい教義であり会則なんだそうですよ。そりゃ宗教法人の会則がどんなものに変わろうが、法律違反してない限り、誰からもとやかく言われる筋合いはないですとも。ましてや会員でもない私など、そんなのどうだっていいんです。創価学会仏でも公明党仏でも池田大作先生仏でも勝手にやってください。ただ、こんなんでも何一つ疑うことなく「ありがたい、ありがたい」とお金を出しまくっている会員さんは、はたから見てても不憫でなりません。ちょっとは考えたらどうなん?と言いたくもなります。「自分のお金なんだから創価にさし出そうがドブに捨て用が勝手じゃん」と言われれば、別にそれ以上のことは申しません。でもね、あとでこんなに後悔した人が、このブログにどんだけ語っているかを読んでから考えてもバチは当たらないんじゃないの?と言いたくもなりますが、学会員さんは、創価を批判するものを読んだだけでもバチが当たって、功徳がなくなって不幸になってしまうと、心底怯えているんですよね。怯えているんですが、そんな自分も認めようとしない。ちょっとやばい感じになりそうだと、ガラガラと創価シャッターを下ろして、創価のお花畑で舞い踊るんですね。ありもしないお花畑で舞い踊っているうちに、財産をなくし、家族はバラバラ、近所付き合いは最悪、年老いても誰も介護してくれる者がいない。そんな学会幹部を実際にたくさん見てきました。学会員みたいな生活をしていれば、そうなって当然なんですが、そんなことがわかるような創価脳ではありません。わかるようだったらとっくに脱会してます。問題は自分が巧妙かつ大胆な宗教詐欺に騙されているという自覚がないということですよね。まあ、被害者に自覚がないから詐欺なんですけどね。

    私は一貫して「創価学会は詐欺だ」と言い続けています。創価がおかしいなと思えた人でも、詐欺だと断言することに違和感を感じる方も多いでしょう。でもそこでよく考えて欲しいんです。よく考えると、創価学会は初めから詐欺だったという前提で見れば、創価が会員に対してやっていることは、すべて詐欺のための手段だということが、あれよあれよとわかってくるはずです。わからないのは、自分がわかりたくないからです。自分が騙されたと認めたくないから、どうしても詐欺の方に肩入れしてしまうんです。これは創価に限ったことではなくて、一般の詐欺というものはそうしたものです。一般の詐欺と違うのは、人を騙して得た金が、どこにどう回っているかというところの闇の部分でしょう。ここではあえてその闇にフォーカスすることはしません。話が大きくなりすぎるからです。要は、会員が創価は詐欺だと気づいてやめてしまえばいいことなんです。ですから「静かに創価学会を去るために」というのがこのブログの大きなテーマとして掲げています。創価は裏で何をしているかなんてわかりません。ただし確実に想像を絶するお金と犯罪が暗躍していることは確かです。でもそこに一般人が踏みこめるわけもないし、そんなことで自分の大切な時間を使いたくはありません。
    ここでは、創価に疑問を持った方が「創価は詐欺だったんだ〜」ということに気がついて「だったらどうしたらいいんだろう?」という疑問にみんなで考えたり、経験談を話したりして、問題を解決できるように対話を進めていければというブログです。

  5. 「創価学会仏」って、将来的に御本尊のヴァージョンアップの際に、中に書き込むつもりなのかなって推測できますね。
    もちろん、かの大センセイの横に伸びたような跳ねた癖字で、書かれるのでしょう。
    ここまでくれば、伝統的な仏教とは何も関係のない、ただの自意識過剰な迷惑集団でしかないことが明らかになりますね。

    ところで、かの大センセイは 11.18の聖教新聞に元気なお姿を見せたのでしょうか⁉︎
    そろそろ、撮りためた写真もネタ切れでしょう。

    50年余り生きてきて、創価に無縁の人生 → 創価にドップリハマった人生 → 創価と縁を切った人生
    と経験して言えることは、人生は(自分にも他人に対しても)誠実に、正直に生きてきた者が最後には勝利するのだということです。
    これは宗教や地位や身分や経済力に関係なく、人間としての力の問題です。

    「創価学会仏」って聞いても何の疑問も持たない可哀想な方々、自分の本物の心の声に耳を傾け、このことに早く気付いて下さい。

  6. 創価脱会しました。
    詐欺と いうより
    人格障害
    総合失調症
    自己神格化
    自己陶酔
    正義だ 勝利だ
    我我だけが 正しい。

    詐欺と いうより

    甘えん坊ですね

    自己の 甘さを 立ちきれ

    英知を もって 真実を 見抜け
    そして 立ち上がれ

    それしか 幸せは 来ない。

    創価脱会が 勇者 賢者

    愚者の ぬるま湯から 出よう。

    独り荒野を行く。

  7. 元学会三世のねこのとうさんです。
    シニフィエさん。再開,ありがとうございます。いろんなことが重なって,大変でしたね。
    戻ってきてくれて,本当にありがとうございます。
    僕にとって,この場所は創価学会を辞めた人の心を癒す唯一の場所だと思っています。

    「創価学会仏」ですね。
    日蓮正宗から離れて,自由に教義を造れる立場になったということですね。
    もともと,日蓮教団が釈迦から自分たちがいかに正しいかという論理で進めてきた結果かな。
    同じ論理が働いてますよね。

    ところで,僕がシニフィエさんのこのブログが好きな理由はここのページにはピエタがあるからです。
    キリストで思い出したのですが,最近,ラジオを聞いていて,ハッと思ったことがありました。
    ある牧師さんが,社会活動で路上生活者の支援活動をしているという話でした。
    その牧師さんが話したのは,二十数年前に少年たちが路上生活者を襲い,殺人を犯した事件の話です。
    その少年たちが「社会のクズを掃除した,正しいことをした」と言っていたことに対して,人間の善悪がいつの間にか利潤優先,経済優先になり,今の社会は経済的な弱者や生産性のない人に対する暴力を許していると言う事でした。その話の引き合いに出てきたのが聖書のアダムとイブの知恵の木の実を食べた事により,人は善悪を知り,不幸になったと言う事でした。

    考えてみると含蓄に富んだ話だなと思いました。僕はキリスト教徒ではないけど,聖書ってすごいなと思います。正義を作ろうとする人間の意志に,つまり善悪を決めようとする意志や論理に人間を不幸にする本質があるのではないかと言うことなんだと思います。イスラム過激主義もある意味,その系譜ではないかと思います。これだけが原因ではないですが。

    よく創価では正法正義とか言ってましたけど,思想について絶対的な正義を打ち立てると言う事自体が,とても危険な試みだと思います。
    身近な例で言ったら,よくこんな事を言ってました。あそこの家はこんな宿命がある。だから結婚するな。お前も不幸に引っ張られるぞ。これって,世界宗教になったら,人類史上例を見ない身分社会になっちゃうのではないかなと思います。まあ,世界宗教に絶対なれませんが。
    大体,創価の本家である日蓮正宗を目の敵にしている事自体が,偏狭な正義に基づいていると思いますよ。どれだけ教義に隔たりがあるのでしょうか。置かれている状況だけで言えば,顕正会と変わらないし,同じですよね。なのにあれだけ裁判起こして,新聞では罵詈雑言。そんなことが二十数年続いていることが,異常だと思います。
    完全に異質なものだけと仲良くなれると言うことでしょうかね。

    「創価学会仏」は明確な意図のもと小出しに出しているに過ぎないと思います。
    最終的には日蓮の再誕を誰かが演じて,「日蓮」から思想上も離脱するか。さらに進んで仏教からも離脱するかもしれません。その土台はすでにありますね。

    長々すみませんでした。

  8. 「白バラ通信パンドラの箱」の希望です。
    聖教新聞に「池田先生」と記載されている記事を読む毎に、笑いが込み上げて参ります。信濃町の「創価貴族」である本部職員の方々の迷妄も極まれりと感じるのは、私だけででしょうか。

  9. 祝!再開  コメントへのお返事も、とてもエネルギ-のいることですから、無理をなされずに。
    また、記事や皆さんのコメントが読めることになり、とてもう嬉しいです。
    私は東京都民なので、創価学会員の人が「築地市場の豊洲移転」をどう考えているか興味があります。
    公明党は豊洲移転推進派でずっとやってきましから、自分たちのこれまでの態度を棚に上げて、今更、都の職員の責任追及を公明党都議が行うのはちょっと腹立たしいです。

  10. 外部のホリデイズです。創価学会員は 歩く仏ということらしいですが、「ずいぶんと傲慢な」というのが感想です。私は、仏よ、私のように生きているうちに仏になりたかったら、創価学会に入りなさいということなのかな。それにしても、ここまで、めちゃくちゃになるとは思いませんでしたが、よく、考えてみれば、こうなるのも、当然のなりゆきですね。もともとが、めちゃくちゃなので、もしかしたら、こんなの序の口かな。もっともっと、ハチャメチャなことがこれから起きそうですね。

  11. シニフィエ様

    2回目の投稿になるおベンツと申します。

    12月に男子部から壮年部に移行するにあたり、静かに創価学会から消えていこうと思っていましたが、改めて、こちらの過去ブログを拝見しまして、
    その中に「詐欺団体に騙され続けている両親を助けに行かないでどうすんの」とのコメントがありました。熱いッス!
    このまま学会に負けて良いのか、詐欺団体に両親が騙され続けて良いのかとメラメラ燃えてきました!

    今更何言ってんの意味わからん「創価学会仏」。
    あんたまだ生きてんでしょ、そんなに持ち上げて欲しいの、「第三代会長 池田大作先生」。
    このおったまげーネタを持って両親に対話を求めていこうと思います!
    負けねーッス!

  12. はじめまして、今年の4月頃から皆様のやり取りを読ましていただいています。今回の話題は興味深いものなので再開のお祝いも兼ねて思い切って書き込みをしようと思い初参加させていただきます。

    まず、自分自身のことですが現在30代後半、積極的に活動を行っている両親から生まれた学会2世です。恐らく熱心な部類に入るであろう両親の手前辞めるには至っていませんが「自分は創価学会に対して賛成も反対もしない」ということを圏長に伝え活動は一切行っていません。「反対だ!」とハッキリ言ってしまうと指導や家庭訪問攻撃をされるのが怖いのでハッキリと言えないヘタレです。

    今回の話題の「創価学会仏」ですが概要をまとめると
    ①創価学会にの教え(日蓮の教えではなく)を信じるもの全員が「創価学会仏」という「仏」である。
    ②「創価学会仏」は第二代戸田城聖会長の頃から考えられていたものである。(恐らくこじつけ)
    ということででしょうか?

    以前に地区の座談会に連れて行かれた時に参加者全員に「あの仏壇に祭っている掛け軸はなんという名前ですか?」と聞いたことがあり、その時の学会員さんの答えは実に様々でした。自分が聞きたかったのは「御本尊」というのは普通名詞で種類や分類を表すものなので固有名詞を聞きたかっただけなのにその場は紛糾して皆が色々なことを話し出しました。例えるなら「みなさんが読んでるその本の題名を教えてくれませんか?」というだけだったのに誰も明確な答えを持っていませんでした。
    「宇宙の法則をあらわしているんだ」「自分自身の心を映し出す鏡だ」「名前は無い」など意見が出ましたが質問に誰も答えてくれませんでした。中でも驚いたのは「自分はご本尊の名前は知らない、名前には興味はない」と強い意志で答えた同年代の男性でした。さらに「自分の信じているものの名前も知らないのに人に勧めたり広めたりできるのか?」と質問すると「できる」と答えました。

    前置きが長くなりましたが、おそらく創価学会に明確な教義や組織としての統一見解はは存在せず学会員各々の自己裁量での解釈が許されているのではないかと思います。自分の信仰している宗教の本尊がなにをあらわしているのかを自分で決めているのですから、おそらく「仏」の解釈も自分で決めているのではないでしょうか?過去の指導から自分の好きなフレーズだけを抜き出して作り上げた自分教を信じているのだと思われます。なので「創価学会仏」についての発表を聞いて「えっ私たちって仏なの?ラッキー!その考え方イタダキ!」くらいに捉えていて自分教を補強する材料にしていると思います。学会の指導が教義に基づいたものではなくただのイイ話なのがこの自分教を深める一因だと自分は思います。今回の発表で動揺するのは日蓮宗いずれかの教学を学んでいる会員の方だけで、自己解釈で信仰している学会員にはたいして影響はないと自分は思います。

    母に聞いたところ「別に今までどおり、何も変わってない。いままでそうだったものを明言しただけ」ということでした。個人的には「仏ってなんだっけ?学会員って全員悟りを開いてるんだっけ?スゲーナー」という感じです。

    最後になりましたが管理人さんブログ再開おめでとうございます。あまり根を詰めずにダラダラとなが~く続けてください。ヒヤヒヤしながら応援しています。

  13. 海外SGI所属、元地区幹部の楽観です。4ヶ月前に覚醒しましたが、まだ色々家族問題で脱会には至らず。。
    「創価学会仏」すごいですね。。。仏意仏勅の団体と言いながら、自分たちが仏?仏意仏勅って日蓮さん=御本仏の教えをきちんと遂行していくってことですよね?なのにその団体自体が仏?全く矛盾してて、意味不明で笑えます。

    きっとそのうちこんな感じになるんでないでしょうか。

    創価学会仏ー近い将来新しく学会本尊を作成するための布石。俺たちが仏なんだから本尊作ってもいいだろ〜
    会長から先生ーどなたか近いうちに名誉会長になるのかな。池田さんと同じ名誉会長に並ぶわけにはいかないので名称変更しそのための布石
    創価学会ーそのうち日蓮世界宗創価学会に名称変更(すでに商標登録済)

    学会員さん、こうなってきたら気をつけて〜!

    余談ですが、HNの楽観ですが、楽観主義から来てます。よく池田さんが本幹のスピーチの最後の締めに、「楽観主義でいきましょ〜」って言ってたんですが、今思えば、楽観主義=おばかで何も考えず創価の詐欺に引っかかっていきましょ〜ってことだっったんだなーって。

    シニフィエさん、皆さんよろしく願いします〜

  14. 元白ゆり長です。退会届は2月に学会本部に叩きつけたものの、夫である地区部長が幹部に唆され握り潰しました。そのかわり非活となることを認めさせました。
    「創価学会仏」は、私が女子部のころ池田センセーが言われていた言葉です。仏には色々な名前の仏がいる。創価学会の我々は、創価学会仏であると。日蓮大聖人の教えを正しく実践しているのは創価学会だけであるから、後々我々は創価学会仏として称賛されるであろうと。
    今は、日蓮が魂をすりながして書き顕した大御本尊をないがしろにし、勝手にカラーコピー御本尊を捏造しているのだから、ちっとも正しく実践していないです。仏として名乗るのは本当に増上漫です。

  15. バリ活歴16年、非活歴15年を経て昨年脱会しましたレイラです。
    改めまして私の自己紹介は、学生時代にバリ活一家の当時つきあっていた彼氏
    (ここでは仮名として元彼X(エックス)としています(笑))に折伏されました。

    私の家族は猛反対で私は家族から暴力、いじめを受けました。
    (当時はつらかったですが、今となっては感謝です。)

    元彼Xとは私は入会後1年4か月後に私の方から振って別れましたが、
    「報恩抄を学べ!」とかさんざん罵られたり、お金を借りに来られたリと
    酷い別れ方でした。
    それでも信心と元彼Xは別物。信心を疑っては謗法になる
    私の業で試されているのだわ・・・

    とにかく「疑ってはいけない!疑うことは魔だわ!私が一家を救うのよ!」
    と創価お花畑脳満開状態でした(笑)

    そんな私が非活になったのは、引っ越し(かなり遠い距離)をして
    組織と環境がガラリと変わった事でした。

    皆さん「いい人」ばかりでしたが、何か馴染めなかったのです。
    そして座談会に来た大幹部の???と思うような言動と行動
    「いい人」だけど、一般常識人として???な地域の学会員の行動

    引っ越ししてきて役職無し状態になってた事もあって
    徐々に徐々に組織から離れていきました。

    ちょうど非活になり始めたころでしょうか
    経本の一番後ろのご観念文(でしたっけ?もう創価言葉も忘れつつありますが(笑))
    なんか三代会長の事を書いてるようになったんですよね。

    その頃非活とはいえ、疑うことは謗法と思っていましたが、
    いくら学会がアンチ宗門といえども、創価学会は日蓮大聖人の教えを
    信じ、護る団体ではないのだろうか?????と違和感を感じました。

    それまで入信したらお寺でのご受戒→あの棒のようなもので頭をさわられる儀式が
    私的には聖なる感じがしましたが→会館での新入会勤行会に

    お寺での仏前結婚式→会館での創価結婚式(私も新郎新婦にお酒を出す係をしたことも)

    お葬式→友人葬に

    正宗の鶴マーク→創価三色もしくは創価マークグッズにと
    だんだん日蓮大聖人の信仰とは関係なくなってきたました。

    非活になっても、学会に対しても???と思い始めても
    それでもここのサイトに出会う昨年の3月ごろまでは
    新聞をお義理でとっており「純粋な」学会員の体験談を読んで
    「いやいや、こういう素晴らしい人もいる」「センセはすばらしい」
    「そんなセンセが創った学会だ」といいきかせていましたが同時に

    全く表に出てこないセンセからのメッセージはありえない、
    たまに載るセンセのぼーっとした写真を見て違和感を感じ
    ある日「池田大作 詐欺」で検索すると、ここのサイトに巡り合ったのでした。

    最初は読むのが怖かったのですが、ここのサイトはよくある外部や「裏切り者」の
    愚痴、アンチサイトではなく、ほとんどの方が元バリ活もしくはバリ活の家庭の
    環境にいた方の体験談で「あ、おかしいとおもっているのは私だけではなかったんだ」と
    感じ、むさぼるように過去ログを読み、徐々に覚醒、そして昨年晴れて脱会でき
    今はすっきり!です。

    本当にここのサイトには感謝ですので、
    ここのサイトと皆さまの脱会を応援していきます!

    「創価学会仏」すっとこどっこいだいさくさんが亡くなったら
    更に拝む対象になるんでしょうね。って、今信濃町の大聖堂?に行くと
    すっとこどっこいだいさくさんの録音テープの声にあわせて勤行するのでしょ?

    その次には「イケダダイサク仏」になって、イケダグッズがたくさん出るかもしれませんね(笑)

  16. 私男子部では地区リーダー
    壮年部に移行してからは全く会合に出ていません

    人間として当たり前のあいさつを。とありますが、創価学会の人ってあいさつできないですよね
    いきなり来て「座談会出られるの?」
    は?何回か見かけたことはありますが、その人と話するの初めてなんです
    「私地区部長やっています。今度は壮年部ですね。よろしくお願いします」が言えないんですよ
    仏だから人間界の常識は通用しないんですね

  17. ココアです。
    学園出身、非活歴はかれこれ15年以上でしょうか。若い頃に日本を離れたので活動らしい活動はしてません。というか、危うく創価エリートコースに乗せられそうになり、信心はまあいいけど学会活動は嫌いだった私は、本心を伝える勇気もなくもう日本を離れるしかないなという結論に至ったのが実情です。
    それ以来活動らしい活動はしてませんが信心からは離れちゃいけないという意識はずっとありました。いわゆる罰論ですね。その罰への恐怖心もこのブログのお陰でなくなり去年カラコピ本尊は巻いて仏壇もろとも地下室の奥深くへ。(捨てられないのはまだ完全に恐怖心が消えてないのかも?)だいぶすっきりしました。

    さて、今回の「創価学会仏」初め見た時ほんとなんじゃそれ?って笑いました。
    私は初めて聞きましたが、これまでも指導に使われてた言葉なんですか?驚きです。
    私たちって御本物を守り弘めるために生まれてきた「地湧の菩薩」ではなかったんですかね?いつの間に仏に昇格したのやら(笑)
    ちょっと想像してみたのですが、例えば神の子であるイエスの教えを忠実に実践していると主張する○○教団が、「我々は○○教団神である」と言い出したら普通は神への冒涜だと捉えられませんか?たぶん学会員でさえ、なに言ってんだか〜って感覚になると思います。それがこと自分たちのこととなると、我々はすでに仏なんだ〜 なんて素晴らしい〜 誇りだ〜ってなっちゃうんですよね。
    ペコさんがおっしゃる「自分教」すごく納得できます。

  18. 2世でありながら主人との結婚を機に脱会して20余年の宝星です。
    仏つくって魂入れず‥‥という言葉を思い出してしまいました、
    創価のやっていることは、付け焼き刃っぽい印象があって、どうにも不思議??です

    Kenji さんのコメントにある豊洲移転に関する公明党のことを私も疑問に思っていました、
    私は関西在住ですので、東京のことはよくわかりませんが、
    利権にしがみついて離れようとしない信濃町本部の様子が思い浮かびます‥‥
    実際のところどうなんでしょう?ゴマかされてしまうのでしょうか

    多くの皆様のコメントに、久しぶりの安堵を覚えるとともに、
    あなたのコメントにはっとして自分を取り戻した人が多くいることを
    思い出して欲しい‥‥と想ってみたりしています💫
    私こそ脱線しないように努めてまいりますね〜〜

  19. たった4ヶ月しか休止してなかったというのに、皆さんのお名前がひどく懐かしく思えます。皆さんコメントいただきありがとうございます。
    ココアさんのおっしゃる通り、創価はこれまで散々「学会員は地涌の菩薩だ〜」と指導してきました。それが菩薩が仏に昇格?(笑)っていうか、会員は地涌の菩薩だなんて会則にあったんですかね?っていうか、会則に菩薩だの仏だのと定義すること自体がスットコドッコイなんじゃないでしょうか?(笑)いや、たんなる新興宗教団体の会則なんですから、会員以外にとってはどうだっていいんですけど、こんなスットコドッコイな会則のある会の会員さんは不憫ですよね。とんだ物笑いなんですが、これをヘンだと思ったら不幸になると信じ込まされていますから、たとえヘンだと思っても、決して口に出せないのが創価学会という組織ですね。疑えば地獄、信じても地獄の創価学会。とにかく言うこと聞かない会員はみんな地獄行きなんだそうですから、そんなところに入る方がどうかしてます。自分で考えることに恐怖心を植え込み、言われたこと以外のことをすると不幸になるとしか思えず、「幸せになりたい」一心でひたすらお金を差し出すのが創価学会の一般会員です。
    私の記憶が正しければ「日蓮仏法で言うところの「仏」というのは最高の生命状態というか境涯のことだ〜!末法の衆生を大聖人の仏法に縁させることを使命として生まれてきた菩薩なんだよキミたちは」と散々言ってきたんじゃないかと思います。
    創価の教学としては「仏」も「菩薩」も間違っても特定の人物や団体を指すようなものではなかったと思うんですけどね。十界論とか一念三千とか、中学生のとき任用試験のために勉強させられました。戸田会長が獄中で悟ったとされる「仏界とは生命のことなんだ〜」と小説人間革命に書いてあるじゃないですか。映画「人間革命」の中で丹波哲郎さんが叫んでたじゃないですか(笑)。
    一人で聖教新聞を何部もとって、財務を出して本当に仏界の境涯をもらえるんなら、こんなに安上がりなものはないですよ。仏界って何者にも動じることのない悟りの境地なんでしょ。結局お金か〜い?(笑)じゃあ、いったいいくら出したら「仏」になるんでしょうね。どこに創価学会仏という仏がいるんでしょう。それとも創価学会員はすでに全員「創価学会仏」てことなんですかい?「仏」も堕ちたもんですなあ。勇者ヨシヒコにも「ホトケ」が出てきますが、あれより生臭いですよ。お金出すんだからサンプル見せて欲しいものです。ときどき聖教新聞に載ってる虚ろな目をした池田大作先生は仏でしょうか?(笑)創価学会員が目指している仏の境涯は、あのときどき聖教新聞に載っているボケ老人の姿なんでしょうか。あれが池田大作仏…いっそ池田大仏って呼んだらどうでしょ(笑)さすがに仏ともなると5年もの間、声も姿も見せないで毎日のようにメッセージだの本の執筆だのして、新聞紙上では最高幹部とだけ懇談するらしいです。でも一般会員には一度たりとも声も姿も現さない。さすがホトケは違いますなあ(笑)

  20. ルフランです
    元婦人部、今年9月に退会しまた。
    創価学会仏って??、、地涌の菩薩の眷属だったのでは?
    本当に笑ってしまいます。
    こうして、退会してみると、創価にいた時代が幻だったような感じで、馬鹿げた指導を本気で信じていた自分が信じられません(笑)悪い夢を見ているんじゃないのか?本当はなにもかも嘘だとわかっていて信じているふりをしていただけじゃないの?何度、自分の心に問かけてみても、応答がありません。言葉に出来ない感覚、表現出来ないもどかしさ、、自分で自分のことがサッパリわかりません。整理出来ないのです。こうして文章にすることで、苦しみや日々つのってくる怒り、切なさ、自分の馬鹿さ加減を吐かせて頂いております。

  21. シニフィエさん、お久しぶりです。
    ブログ再開おめでとうございます。
    元創価班の地区副リーダーまでやっちまった、LIARです。もうやだこの自己紹介w

    先の選挙後、会話の成立しないあの方々とは無縁の生活をしていた為、先日、Google先生にブログ再開の通知をで知りました。
    出遅れましたがご挨拶いたします。
    皆様のコメントを一つ一つ拝見させていただき、また涙が溢れてしまいました。
    再開までの期間、覚醒された皆様が前へ進んでいらした事が、とても嬉しかったです。

    私はといえば、隙間時間にWeb小説を書きながら楽しく過ごしていました。亡き祖父をモデルに任侠ファンタジーという訳の解らないジャンルを開拓中でございます。良い趣味が見つかり毎日がハッピー。楽しいです。
    文章を書くというのは良いものですね。書き終わった原稿を読み直して修正したりするのを、推敲といいますが、個人的にこの推敲作業が物凄く大変です。下手に更新すると他人に読まれずけずけと指摘される訳です。当たり前ですけど。良いリハビリです。
    お陰さまで、頭のおかしな善人面した悪人の描写はたくさん書けますので、自信に繋がりました。ありがとう創価脳。そしてさようなら。

    ともかく、第三シーズン突入ですね。シニフィエさんのブログで、一人でも多くの方が創価プラグを頭から引っこ抜いて覚醒して欲しいと切に願います。
    ところで、創価学会仏とは何ぞ。
    創価学会ほっとけ、ってか。は? 下らんことを言わせるな池田大仏!という訳で、これからも宜しくお願い致します。

  22. これほどお笑いのネタのような会則変更があるのに、疑えないなんて愚かですね。

    日蓮正宗の大御本尊が人類最初で最後の素晴らしい信仰対象と言ってたのに、それを否定したり、もうメチャクチャです。

    いくら財務したら、成仏できるのか?
    年末の財務シーズンになると、「土の餅を釈尊に供養した少年が、後世でアショカ大王となって生まれ変わった」みたいな話がよくされます。
    「要は心だよ!」と
    創価は表向きはいつもこうです。
    同時放送、聖教新聞、大百蓮華、どこをとっても「三桁の財務」が功徳があるとは一切触れない。
    そして、小単位の会合や、財務のための会合では「4桁財務したら、大功徳があった」とか
    「3桁を何人出せ!」とかとても表に出せないことばかりではないでしょうか。

    創価学会仏?

    ソウカガッカイ+異物(遺物)
    ➡ソウカガッカイブツ

    真顔で真剣に「創価学会仏」

    阿保の極みです。

    でも、昔は真顔で信じていたんだよな((+_+))
    恥ずかしい。。。

  23. 創価学会仏→創価学会異物→創価学怪物→池田大仏
    もうこんなジョークにしかならないようなことを会則にしなければならないほど、創価学会はいよいよ世の中から乖離したのか、あるいはガタガタになってるってことだと思ったんですが、よく考えたら、創価の教義とか会則はもちろん、昔からやることなすことデタラメだったことにこっち側が気づくということなんです。ただ、会員は洗脳されて気づかなかったということだったんですね。そのときそのときで会員をどうやったら騙してお金を騙しとるかということで、指導とか教義とか会則がコロッコロ変わってきたのが創価学会だったんです。気づかなかっただけの話。つまり自分で気づくしかないということだし、いったん気づけばすぐに詐欺だとわかるのが創価学会です。

  24. 5歳の時、入信し、女子部長を経て55年間も創価に籍をおいていた60歳の初老、元婦人部のルフランです、、、あぁ、もうやだ、こんな自己紹介(LIARさん、いただきです)(笑)
    常連の皆さんの軽快なコメントを読んでいると、しっかり、覚醒されたのですね。
    明るい、コメントに癒されます。どこの誰かも分からないコメントを残して下さったシニフィエさん、ありがとうございます。4回目の投稿になりますが、文章力はないし、ここは優秀ブログでレベルが高くて、しかも年もいってるし、ネットも苦手なので、勇気が必要でした。でも、こんな稚拙なコメントを残して頂いたことが嬉しく、又、まだ混乱期にいる私にとって最高のリハビリになます。すみません、リハビリの場所だなんて言って。
    第3シーズンから、少しずつ、自分を語ってゆきたいのですが。宜しくお願いします。

    レイラさん始めまして。私も何故、お経本に歴代会長、しかも、池田大仏は生きているのに書いてあるのだろう?と当時、違和感がありました。
    今回の創価学会仏は何としても、池田を神格化したい、その為に今から、違和感なく、池田大作仏を本尊にして池田亡きあと、創価離れを防ぐ苦肉の策なのでは?
    実際に婦人部は「ここだけの、話だけど、池田先生はこの末法のご本仏に違いない」と良く言っていました。
    言っていますよね、学会員さん!
    池田が仏になっても、バリカツさんたちはなんの、矛盾も感じないで、崇めるのでしょうね。

  25. 創価学会仏に関しての資料として、
    “創価ニュース” 創価学会会則改正「創価学会仏」「三代会長を先生に」
    http://soka-news.jp/2016kaisokukaitei.html

    が、コンパクトに解説されてますね、参考まで。

    西嶋和夫禅師の「幸福な生き方」に、
    213
    …良い原因があれば良い結果が生まれる。悪い原因があれば悪い結果が生まれる。その結果の出方に早い遅いはあるけれど、原因結果の関係に一分一厘の狂いもありません。…
    ですから、過去において、どんな悪いことをしても、現在の瞬間で良いことをやれば、良い因をつむことができる。それは、わたしたちが生きている世界が「刹那消滅」であるところから生まれてくるわけです。
    (引用以上)

    無数の会員を不幸のドン底へ落としてきた先生は、今“堕地獄の状態”で己の因果に苦しんでおられます。(と、私は看ています)
    言葉の素直な意味で先生(もう一か月ちょいで89歳=まさに“先に生まれた”人)と、私も云わせてもらいます。(注:6年半に渡り声も姿も見せないが“生きてる”と仮定して)

    創価学会仏‽ 余りの低レベルに、「糠に釘」「馬の耳に念仏」「猫に小判」…
    学会員って、糠・馬・猫レベル?。
    もう何も言いたくないとイウカ、脱力したというか。…昔から「小言を言われるうちは未だ救いがあるが、何にも云われなくなったら、見捨てられたと云う事」。
    という状態へ落ちて行ってる最中か?

  26. 退会された方は、自信を持って下さいね。
    何も悲観する事はありません。楽しいことをたくさんやりましょう。
    外部の方の意見やアドバイスは、たまに温度差を感じる事もあるかもしれませんが、的確です。

    信仰のせいで、負けられない人生っていうか、強がらなければいけない人生って、辛くないですか。背伸びして、強がって他人の意見すら聞けなくなって。そんな姿勢で生きていくのは、不自然だと思いませんか。

  27. 元創価学会員で三世でした、脱会して四年になります創価学会脱会してから体調が良くなって社会復帰出来たのは何故でしょうか?不思議です(笑)
    創価学会仏笑いますね、会則変更と日蓮正宗への敗北宣言でしょうね、日蓮正宗の本門の大御本尊様を盗む事も真似する事も最早出来なくなったと推測してます。
    次は釈迦仏法に変わるのじゃないですか(笑)
    団扇太鼓叩いてナンニョーホーレンって題目上げんですか(笑)
    もう、こんなインチキペテン教団は1日も早く脱会しましょうね貴方にとって本当の幸せが待ってますよ

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