罰なんかなかったよ

みなさん、たくさんのコメントありがとうございます。
とくに第3ステージになってから、コメントの内容がますます深くなっているように思われます。あのような形で休止になって、今後どうやって再開したらいいのか、またどのような形で継続できるものなのか、正直わかりませんでした。テーマ設定にしても、これまで通りでいいのかもわかりませんでしたので、手さぐりの再開でした。幸い皆さんからのコメントが以前と同じくらいの数になりましたし、以前よりも増して内容が深くつきささるようになっていると感謝しています。
皆さんから次々と寄せられる創価の恐ろしい実態は、少し読んだだけでも、創価学会がまともな宗教ではないことなどすぐにわかることなのですが、皆さんが一様におっしゃるように、創価に騙されている間は、そのことにどうしても気づけない。そしてその原因が気づくことに対する異様なまでの恐怖心がそうさせているということもはっきりしました。もともとありもしない功徳と罰に翻弄され、自ら人生を狂わせている学会員さんが、1人でも多く皆さんの渾身の訴えを目にすることで、なんとか自分で自分の人生を考えるきっかけになってくださればいいと、ますます願わずにはおれません。
学会員さんに「創価の活動をいくらやっても功徳なんかないよ」といくら伝えても、それはその人の人生を頭ごなしに否定するだけのことになってしまうし、創価はそうしたときの都合のいい言い訳もちゃんと用意しているので、学会員さんは自分にとっての都合のいい言い訳として、ますます創価の殻に閉じこもってしまいます。
それよりも「創価を疑っても罰なんかないよ」と伝えるほうが、いくらかは届くのではないかと思うようになりました。学会員さんは創価を一途に信じようとすることで、罰への恐怖心を無理やり消し去ろうとします。一心不乱にカラーコピーの曼荼羅に題目を唱え続けるのは、仏教が一神教的な他力本願のおねだり信仰と勘違いした上での「功徳が欲しい」というのもあるでしょうが、同時にどうしても心の底から湧き上がってくる創価への不信感、あるいはどうしても不信を抱いてしまう自分の心を否定しなければ恐ろしくてしかたがないといった恐怖心を、思考停止によってごまかそうとしているように思えて仕方ありません。日々の勤行唱題は、真面目な信者でいることの安堵感というよりも、現実の問題を勤行唱題によって逃避し、そんな自分の心の底から湧き上がる不信感と恐怖心を、さらに勤行唱題によって封じ込めてしまう日々なのだと思います。現実の問題が解決されないばかりか、自分の心を否定し続けることの日々がいつか精神のバランスを崩してしまうのは当然のことだと思います。勤行唱題というのは、アドレナリン分泌によるその場限りの高揚感と現実逃避をもたらすだけであって、何一つ問題の解決にはなりません。
「今の自分を疑っても罰なんかないんだよ」と言ってあげるのは、じつは学会員さんが心のそこに封じ込めているいちばん望んでいる言葉なのではないかと思いました。それを他人が言ってもなかなか通じるものではありません。要は最終的に自分が自分に対して「疑っても罰なんかないんだよ」「自分の心に正直でいいんだよ」と言ってあげられる。つまり何よりも自分を信じることが大切なんだと気づくことで、初めて自分が何をしてきたのかが理解できるのだと思います。
このブログにある20000近くのコメントは、そんな「創価によって自分を見失っていた人たちの赤裸々な記録」です。これから30000、50000、100000と積み重ねていきたいと思います。これこそが創価学会の実態であるという動かし難い実証を、これからも皆さんとともに残していきたいと思っています。どうかこれからもよろしくお願いします。
ということで、今回のテーマは「罰なんかなかったよ」とさせていただきます。「創価を疑うことは死ぬほど怖かったけど、思いきって自分の心に正直になったら、まったく恐れることはないし、もちろん罰なんかあるわけないこともすぐにわかったよ」という皆さんの体験のお話しをお願いします。

それと、おかげさまでこのブログの500万アクセスが、どうやら来年の1月末に達成できそうです。そのときはまた皆さんでお祝いしましょう!これまで100万アクセス達成ごとにお祝いしてきましたが、今度はなにしろ5000000アクセスなんですから(笑)いつもよりもっと派手にお祝いしたいですね(^ω^)

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罰なんかなかったよ」への88件のフィードバック

  1. 「おかしいと感じたことは、素直におかしいと思えばいい」

    「おかしいと感じたことは、素直に行動しなければいい」

    学会員であっても常識、良識というのがきちんとある方がたくさんおられると思います。

    苦しかったら素直に苦しいといえばいい。

    自分の良心に素直になることですね。

    創価の教義や指導で違和感を感じている心をねじ伏せてもだめですよ。

  2. 元地区婦人部長のジンジャーです。(退会済み)

    シニフィエさん、もうすぐ500万アクセスなんですね!やはりこのブログは創価で悩む人達の救世主ですね。多くの方が、創価問題で苦しんでいると思います。
    私も幼少期から植え付けられた罰論で、学会活動に不満を言ったり、サボったりすると、罰が当たると思って怖かったです。非活宣言して、民音責任者会の会合を無断で休んだり、組織に迷惑をかけるのも、大きな罰が当たると怖がってました。
    でもこちらのブログで、罰なんか当たらないというコメントをたくさん読み、創価の罰論は嘘だったことがわかってきました。
    勤行唱題も一年以上やってませんし、退会をしましたが、罰と思うことは何一つ起きていません。
    むしろ本当の友達とか、本当の自分らしさとか、大切なものを取り戻しているので、ストレスがないので、体調もすごく良いです。毎日楽しいし。。

    学会活動してるときは、動悸がひどかったし、いつもバタバタしていて自転車で転んで怪我したり、女子部時代は焦って会合に行く途中、バイクで事故ったこともあり、学会にいた方が、良くない事が多かったです。学会が原因で両親は喧嘩が多くて、最後は離婚したし。。
    なんせ会合が多くて、いつも時間がなくて、寝不足で気苦労が多く疲れてましたね。

    本当に学会辞めても罰なんか全くないです。
    罰論という恐怖で会員を縛り付けてるんですよ。

  3. 2世です。子供の頃「ご本尊様に祈ればなんでも叶う。」と同時に「学会を退転すると無間地獄に落ちる」という飴と鞭で育てられました。恐怖心とともに「なんでも叶う」という「希望」。

    未来部から鼓笛隊で薫陶を受け、高校生のころ、地域の強引な女子部部長(現在圏婦人部長)の叱咤激励という名の洗脳にハマり、学生部で活動に没頭しました。友人、知人に折伏をしまくりました。
    嫌われても、「それはほんとの友人じゃなかったのよ」と女子部の先輩に言われました。
    中学生から交際していた彼を何年越しかに対話し、本流することに。
    しかし、 成果は文化祭出演メンバーに譲ってほしい、ということで私は非参加だったので承諾しました。
    その後、彼が仕事中の転落事故で急死しました。創価学会の方々は一緒に涙に暮れては下さいましたが、なにひとつ、私を励ませる言葉はないという現実がそこにはありました。
    教義もなにも、役には立ちませんでした。祈っても祈っても、彼は生き返りませんでした。
    「魔」
    これが魔なのか?と思い、必死で唱題に明け暮れましたが、私のココロは壊れていました。
    当時の私に母は「財務」をするように言ってきました。
    「働け!!!」と毎朝、叩き起こされました。
    お金のない、心も壊れた私が財務できるわけもないのに。
    けど日当のアルバイトを探し、ふらふらになるまで働き、アルバイトのわずか9万円を財務しました。
    魔がやぶれるかな、いいことがあるかな。そんなことを漠然と考えていましたが、ついに母への恨みが爆発しました。私が絶望の中にあるのに、心が壊れているのに、なぜ創価学会への財務をさせるために
    働けと?なぜ私はこんな目に遭うんだ?なぜだ?
    なんでも叶う御本尊だと、貴女が教えたのではなかったのか?こんなに辛い状況で
    親である貴女が何を言ってるんだ?と。
    私は一銭も持たず、家を出ました。寮のある職場を探しました。人にはしられたくないような恥ずかしい職場でした。一応、両親には心配かけてはいけない、と住所だけは知らせました。
    数か月後、その寮に聖教新聞が届きました。そして母が来ました。
    「御本尊を受けなさい」と婦人部の幹部二人を連れて。
    私はそんな職場にいることも恥ずかしいと思っているのに、母はそんな私の気持ちを蹂躙するかのように
    気持ちの悪い微笑を浮かべていました。
    断わる気力もなく、いわれるがままに、会館へと行きました。
    喜んでるのは私当人ではなく、母親と婦人部の幹部。

    数年後、私は結婚をし、子供も授かり、婦人部の活動をいわれるがままにやりました。
    やって、やって、折伏もして、6所帯横取りされました。
    「またか。」という気持ちと、人の気持ちをまったく大切にすることのない
    創価学会の活動家たちの成果主義に怒りが爆発しました。

    もういい。もうわかった。充分わかった。創価学会はおかしい。創価学会には矛盾しかない。
    あれも、これも、それも、すべてが「悪」だ!!!!!!と。
    時間はかかりましたが、自分で色々調べて、ひとつひとつ、
    創価学会がなぜおかしいのかを自分で納得できるまで考え抜きました。

    非活になって10年が経ちます。
    私は創価と決別して自分が間違っていた点、弱かった点、色んなことを自己点検してきました。
    それと同時に自分の中に刻み込まれた「罰」という現証がでるのか、でないのか。

    昨年のある日。救急車から電話がありました。
    「頭に大けがを負ってます、意識がなく命はわかりません、すぐに病院に!」
    夫が仕事中にけがをし、大けがをして搬送中との電話でした。
    もう何十年も前の彼の事故死が頭をよぎり、全身が大きく震え、声がでなくなりました。

    条件反射というのは怖いものだと思いました。
    必死で題目を上げようとする自分の心を叱咤しました。
    あげるな、題目をあげるな!と葛藤していた自分がいました。

    結果どうなったか。
    夫は間一髪で命拾いをし、後遺症もなく、奇跡的な回復を見せてくれました。
    今は依然よりも元気で「一度死んだ人間だから感謝して生きるよ。」と
    穏やかな日々を過ごしています。
    この出来事が私にとってどれだけ大きな希望になったことかは、ご想像ください。
    母は重度の認知症になり、惨めな姿で今なお生きています。
    ときどき念仏を唱えながら。

    創価をやめても、罰はありません。

    むしろ創価をやめたほうが『功徳』(これは皮肉です)があるのかもしれないな、というのが
    私の実体験です。

  4. 827万目のアクセスを狙っている、ぱこです。
    B長彼氏の隣で、愛でコーティングした宗教弾圧?に日々いそしんでいます。
    「昔は罰論で会員を縛っていたこともあったみたいだけど」と彼の口からきいたこと、ありますねー。でた!なんでも「ヒトゴト」にすり替えるお家芸。
    私に気づかってか、お年寄り相手が苦手なのか、なかなか会合にいかないので、幹部が家庭訪問にきます。「プライベートにまで口だせないけど」「誰かに指導を乞うてさー」「やってよかったって体験、あるからね」充分口だしとるやん!うちに押しかけてまで(笑)40後半にもなるおっさんにわざわざ。行きたきゃいくでしょ。会合すっとばすくらい、仕事につきあいに忙しいなんてけっこうなことじゃないですか。
    私とつきあい、座談会はおろか唱題さえまともにやれないこの数年、彼は仕事をこなし職場での信頼を高め、国家試験には合格、お給料もあがりました。昔あった借金もすべてなし。健康診断は指摘ゼロ。年下の恋人の手料理、添い寝つき。器量はそこそこだけど……え?もしかして、そこが罰?

    ここ数年、厄介なのは職場内の創価クオリティグループです。何も知らない新人をシンパにしようと不自然にがんばり、「あの人あなたの悪口いってるよ」「私達がついてるから大丈夫」そして囲い込む……ああ、これ「しくじり先生」ってバラエティ番組でもやってたよ。「洗脳」の手口です、って。
    本当はいいとこもすごくがんばってるとこもある人達なのに、息をはくように嘘をつくし、身内ばかりかばうし、他者を攻撃するし、話がつまんないので、なかなか勢力拡大できてません。盾になってる(身をはってます。もう人生を壊される子を見たくない……)のが私だと気づいていらっしゃるので、いやがらせにもならないようないやがらせを、日々しかけてきます。自分の手を汚さず、人をコントロールして。このブログでS戦法は把握しましたので、何をされてもそんなに驚かなくなりました。ああ、やはりそうくるのね、と。ただ予想の上をやらかしてくれますけどね。
    なんでこんなに、Sに縁しちゃったのか?!
    フツーの生活に戻りたいです。
    もしくは「無駄に高けぇ紙」「池田、まじ強ぇ」の名言を生んだ師匠に弟子入りです。

    どなたか教えていただきたいのですが、同じ部署に身内をひきこんだり、統監?で仕事先まで把握できたりするのでしょうか?Sが固まりすぎてて、中途採用でとる人も気がつけばSが続く……
    「今度、〇〇地区の誰々が採用されるよ!」なんてネットワークで把握したりコントロールしたりできますか?
    Sグループが目をつける子が心を壊したり、仕事を仲間うちのいいようにしかしないので、さすがの上層部も対策とってるみたいです。反撃の仕方もSクオリティで目を見張るばかり……残念ですが、社会的に、その観念が受け入れられることはないと思います。
    余談多めでした。すみません。

  5. 非活約1年、学会二世、アラフィフのあにきです。
    非活になり、日蓮仏法から離れましたが、別に変わったことはないです。家族を養うために仕事するという平凡な人生ですが、いいこと、悪いこと、ラッキー、アンラッキーいろいろあります。

    どちらかといえば、良かった方が多いかな。自由な時間が増えたこと、会社で昇進できたこと、そして冷静な目で世の中を見ることができるようになったことが一番良かったと思います。
    今の学会の屋台骨を支えている団塊の世代は、社会の第一線からは徐々に退き始めていますが、時間に余裕ができ、まだ体力はあることから、あと7~8年は選挙で大負けはせず、組織はどうにか持つでしょう。腹は立ちますが。
    しかし、10年後には衰退がはっきりすると思います。その世代の運動量は低下し、鬼籍に入る人も増えるからです。
    創価が衰退を免れるとするならば、日蓮仏法から罰・功徳、謗法、本尊などを切り離して、教義を再構成でき、やさしい宗教に変わった場合のみでしょう。ましてや、師弟という排他的な思想がある限り、理解者は絶対に増えず、衰退は確実でしょう。
    まあ、今の学会は、創価学会仏だの、先生だの、ますます狭いフィールドに進もうとしています。賞味期限切れが近づいていると思います。

  6. こんにちは
    非活2年目が少し過ぎた加奈子です
    皆様のように文章力がないので、コメントを書いては消し、消しては書きでしたが、管理人様と皆様に一言お礼が言いたくて書きました
    今さらですが、やっと新聞をやめることができました。
    私の住んでいるところは小さな田舎町で、家から一歩外に出ると誰か、かれか学会の人と会います
    20年近く活動をしてきた中で、お世話になってしまった人、姉のように慕い、今でも家族ぐるみでお付き合いしている人、そういう人達が新聞の正配、代配、集金をされています
    そういう人達と無駄に揉めたくない、波風を立たせたくない、そういう思いから新聞だけは取っていました。口では「脱会したい」と言いながら、新聞だけは毎日ポストに入っている、それがとても大きなストレスになっていました
    こちらのブログが閉鎖されそして再会
    お一人お一人の心の叫びのようなコメントを読ませて頂いているうちに、なんとも言えない重さと切なさを感じました。と同時に忘れかけていた学会への怒りが湧いてきて、こんな人の人生を狂わせ、末端からお金を巻き上げることしか考えていない団体に一円もお金を出してはダメだ!と

    ブログがスタートされて一週間で新聞やめました

    「やめたいんです」「はいそうですか」といかないのがこの団体です、そこを書くと長くなりますので、、
    私もアラヒィフです。うかうかすれば還暦です
    今まで生きてきた時間、そして残された時間はどれくらいだろう、そんなことを考えるようになりました
    気力、体力、判断力のあるうちにと、ここ数ヶ月で夫と二人で家中、断捨離しました
    今は家も心もスッキリです
    ポストに新聞が入らない、というだけでこんなに、心も身体も健康になれるのだと実感しています
    前回の非活宣言をする時も、今回の新聞停止も、こちらの皆さんに背中を押してもらいました
    ここは迷っている人、悩んでいる人、誰にも相談できない人の答えが見つかる場所です
    この場所に出会えたことに感謝しています。
    ありがとうございました。

  7. 罰の体験は色々ありますよ
    うつで通院していたんですが、副作用がでてしまったんです
    「辞めて少し様子見ますか?」
    病気だからという言い訳が使えなくなりました

    祈っていればなんとかなると思っていたのが、自分で考えて行動しなくてはいけません
    しんどいですよ

    創価学会なんとか長は中で威張るだけで、外の人には笑われるだけだとわかってしまいました
    人間性を見ないで、肩書きで判断してる方が楽です

    失敗したり、嫌なことがあっても自己責任
    宿業とか言ってた頃は気楽でした
    自己責任だから自分で解決作考えないといけません

    他人の評価を気にしなくなりました
    自分で考えないほうが楽です

    ざっと思い当たる罰はこんなところです

  8. 創価を離れて3年が過ぎましたが、至って平穏に暮らしております。
    むしろ、あの忙しい生活から開放され、心も時間もゆとりができました。
    嫌な人、苦手な人と無理して付き合う必要もないですし。
    仏道修行?自分が成長できる?とんでもない。私にとっては何の罰ゲームだ、くらい苦痛でした。
    スピリチュアルな人達からいわせると、波動を下げるような人に、自分から近づかなくていい。
    愛想笑いしてる自分が嫌いでした。
    活動から離れて随分たった時、以前信頼していた幹部から「寂しくない?」と聞かれました。
    いや、全然。むしろ新しい知り合いできました。
    暇ができたので、ガーデニング(というよりただの庭いじりです)を始めたら散歩やヲーキング途中の人とも言葉をかわす機会もふえました。
    隣に住んでるにも関わらず、今まで顔を合わせることもなかった娘さんとも親しくなりました。
    何が嬉しいって、新聞頼まなきゃあとか、選挙のお願いいつ言おうとか、へんな下心無しでお付き合いできることです。
    まだ、こわいですか?
    罰なんかないとして、これから困った時とか、悩んだりした時にどうしたらいいんだ?
    とかも思いますよね。
    今まで乗り越えてこられたのはご本尊様があったから。
    ではそれが、何の力も無い、ただ無駄に高いだけの紙だとわかったら。
    今まで乗り越えてきたのはあなた自身のちから、ではないでしょうか。
    自分を信じてください。カラーコピーの紙にはなんの作用もありません。
    それでも不安なら、信仰と組織を切り離して、自分だけで信仰してみてもいいかもしれませんね。
    本来、宗教は自立を促すものであるべきなのに、組織にとって都合のいい依存症の人間を作り出してしまうことのほうが罪ですよね。

    罰について、とあるお坊さんが「ひとが悪いことをして苦しまないように、道徳、倫理を説いた仏教の言葉遊び的なものです。」とか
    又、別のお坊さんは「罰というものは、本来仏教には存在しないものであります。なぜならば、全て私達にもたらされるものは、苦、だとしているからです。」といってるみたいです。
    人生、なにがあるかはわかりませんが、現実を受け入れることのできる自分でありたいです。

  9. こんにちは
    学会2世、元白蓮Gでもあった元栄光地区婦人部です。
    「罰なんかなかったよ」
    今回もとても良いテーマですね。いろいろ書きたい事が頭に浮かびます。

    私にまず言えることは、「かと言って脱会して良い事が起こるというわけでもない」ということです。
    これを前置きしておかないと、「信仰体質」の人はまたもや何がしかの宗教に依存してしまいかねません。
    脱会後、私自身は全てが好転したわけではありませんでした。長年培ってしまった宗教的思考「自分のことより困っている人を見たら救わねば!」という考え方のせいで、不幸そうな人を助けずにはおられず、結果的にいろんな人に振り回されるという波乱万丈な人生を歩みました。

    創価学会にいた時は、「因果の法則」という思想を徹底的に植え付けられました。
    原因がなければ結果はない!と、似非科学的な思想です。
    これが科学であれば、きとんと何がどう作用してこのようにな結果になったのか説明できるものですが、学会で言うところの因果の法則は、全てが「推測」でしかあり、信じるしかありません。
    脱会後の私は、「なぜ因果の法則なんて証明もできないものを自分は信じてしまうのだろうか?」と自問自答をしました。
    やがて、見えない未来への不安から「信じたがっている自分」がいて、あたかも普遍的な法則のように思い込んでいるからだと理性的には考えられるようになりました。
    ところが、理性でわかっても、いざ因果の法則が存在しない世の中を受け入れようとしてもとても困難でした。
    つまり、必然の対局である「偶然」というものがどうしても受け入れられないのです。
    まるで高い山の上から透明なガラスの上に足を踏み入れようとして怖くて進めないような感覚とでも言いましょうか。

    ここまで来れば後は自己暗示をかけ続けました。自分自身の心を呪縛しているモノがわかったわけです。
    「世の中に必然などない、すべて偶然、たまたま」
    するとあら不思議、偶然ということがとても有難く素晴らしいものに思えてきました。
    だから、明日どうなるかはわかりません。人生を保証するものがなくなったわけです。
    でも、苦しんだりのたうち回ったりするかもしれないけれど、それらも全て含めた人生を生き抜くことこそ、この世に生まれた人としての「生」を謳歌することだ!と思えるまでに自分は強くなれました。

    普通の人が聞いたら「そんな当たり前のこと・・」と笑うかもしれませんが・・・(^_^;)

  10. 50代 元創価な009です
    (^o^;)

    小学生のころ
    四人で学校の机を囲んで
    「鳥居」のマークと「ひらがな」と
    「数字」と「はい」「いいえ」って書いた紙の上で、10円玉を四人の人差し指の先っぽで持ち上げて、お告げをもらうオカルトっぽい遊びがありましたね。

    コックリさん、コックリさん
    どうぞ、お入りください。
    お入りになったら
    「はい」にお進みください。
    10円玉→→→「はい」
    まじ!ゾワゾワ~・・(*_*)

    最後に、コックリさんが鳥居から帰らないとかなりヤバイ事になるって、みんなが真剣な顔しながらやっているのを、横から涼しい顔で見ていたのは、いつも何故だか鳥居をくぐらない変な奴です(笑)

    私からすると、創価のバチもコックリさんのタタリも同じレベルの話です!
    って言ったら、覚醒途中の方は気を悪くされると思いますが、カルトと言われる教団のパターンはどれも同じです。施設に監禁しているか、野放しだけど精神的に隷属されているかの違いだけで、人の恐怖心を煽って繋ぎ止めているに過ぎません。ちょっと体罰が有るようなカルトもあるようですが・・

    その意味に於いては、日蓮という坊さんは、日本のカルトの走りなのかもしれません。

    日蓮の教えは
    当時の末法思想に便乗し、庶民の恐怖心と不安感を旨く利用して信者を獲得する為の教えです。
    あの有名な龍ノ口の法難ですら、僧籍に有るものを処刑すれば「祟り」が降りかかるという時の権力者の恐怖心を逆手に取って、絶対に殺される筈がないという前提の上で暴れまくったという見方もあります。そもそも龍ノ口の法難で火の玉だか何だかっていうくだりは日蓮以外の文献は無いですからね(笑)

    創価の指導もそれに乗っかっているだけの事。
    言っているのは「信じなさい!疑ってはいけない!」「退転者は地獄の境涯です」それだけです(笑)

    ではここで・・
    皆さんが、大好きだった人間革命でも読んでみますか(笑)

    『ここで伸一は、信心の究極は、「無疑曰信(むぎわっしん)」にあることを語っていった。「『無疑曰信』とは、『疑(うたが)い無(な)きを信(しん)と曰(い)う』と読み、何があろうが紛動(ふんどう)されることなく、どこまでも御本尊を信じて疑わぬ信心です。その信心に立った時、三世十方(さんぜじっぽう)の仏(ぶつ)・菩薩(ぼさつ)が必ず守るであろうことは、御聖訓(ごせいくん)に照らして間違いありません。』と。

    すごいですよね!
    この学会マニュアル(笑)
    家族が病気で苦しもうが、会社が潰れようが、リストラされようが、毎日毎日もがき苦しむような苦しい事があっても、悲しい事があっても、あなたが幸せに成らないのは、あなたの「信じる力が弱いからですよ!」って言ってんですよね。

    おいおい、どんだけぇー?!
    って思いますよ(笑)
    ところが、
    こんな指導も創価脳にかかるとこうなります。
    (バリ活ブログから引用)
    『私は、この言葉を教えてもらった時、「疑い無きを」とは疑わない事とは、少し違うと教わった。疑っても疑っても、その疑いは、お題目をあげていくとともに、晴れていくのだと。そして、やがてご本尊を疑わない自分になるのだと。』
    あー
    悪夢だー、俺こんなアホだったんかー
    (;_;)
    疑っても疑っても・・って
    それちゃうやろー?

    –外部の方の為に解説–
    『無疑曰信』は、その昔中国天台宗の、中興の祖(6番目)と言われる妙楽(西暦750年頃)が法華経宣揚の為に書いた『法華文句記』にある言葉です。
    『疑い無きを信と曰い、明了なるを解と曰う。』
    これを日蓮は、
    大変な仏道修行なんかしなくても、特別な呪文を唱えると摩訶不思議、摩訶不思議!誰でも成仏してしまうのだー!ありがたやーありがたやー
    信じなさいっ!
    とにかく信じなさい!と言い出しました。
    『一念三千も信の一字より起り三世の諸仏の成道も信の一字より起るなり、此の信の字元品の無明を切る利剣なり其の故は信は無疑曰信とて疑惑を断破する利剣なり』
    こんな感じです。
    これにとセットになっているのが罰論ってやつですね

    覚醒段階の皆さん、
    バチなんかありませんよ(^o^)/
    普通の生活に速く馴染みましょう。

    レモンさん、ジンジャーさん
    ありがとうございます。
    ジンジャーさん、落ち着いたようでよかったですね!

    長くなりました m(_ _)m
    009でした

  11. 日ごろ言いたい放題の私が、今年度から仕事の異動で部署が変わり、
    言いたいことも言えず疲れ気味のkickeyです。
    罰のテーマ、待ってました!!!
    そもそも功徳だって全くなかったのに。罰なんてあるもんか。と思う私。
    っていうか、生きていたらいいことも悪いこともある。
    それをすべて信心の「おかげ」とすり替えていただけの話。

    創価のみんなは過去の私も含めて、自分たちは超幸せになる権利を得た!幸せになる法則も宇宙の境涯もどんなのか知ってる。それに自分たちはのっかっているんだ、ほかの人たちとは違う、って完全に思っているけど。

    どこが違うんですか?

    創価であろうがなかろうが、
    毎日平凡に生活していてよいことがあって時々試練と思える悪いことも起こる。
    人間だから病気もするでしょうし。体力と生命力があれば病気も克服できます。

    何かいいことがあれば「やっぱり信心している人は違うなあ~」って、創価を正当化する材料に使い、信心している人に何か悪いことがあれば「信心している人だって生身の人間だから、こういうこともあるよ」っていう。あきれるほどバカですね。悪いこと起こった時だけ生身の人間だから・・って。良いことが起こったときはスーパーマンだったのか??

    びっくりするほど願いがかなう。って入会するとき聞きました。
    「なんでもかなうよ!」って。
    入会当時に願っていたこと、アラフィフになった今でも、いまだに叶いませんけど。
    それを「業が深い」とか「信心が足りない」というお決まりの逃げ文句でジ・エンド。

    「願いとして叶わざるはなし」と言いながら、叶わないという人に対しては、
    「題目の量」とか「財務の量」とか「信心の厚薄」とかいう。いまさら気が付くのが遅いけど、矛盾してますよ。創価さん。願いが叶う!と断言するならどんな状況でも叶って当然なんですよ。本当に願いが叶うなら1遍の題目でもかなうはずなんです。
    それを叶わないときの逃げる手段に本人の信心の姿勢とかそういうのをいうのは卑怯です。
    しかも叶ったときはご本尊と池田デー作先生のおかげ、とか言うでしょう?変ですよね?

    功徳、功徳、って乞食の物乞いですか?
    そんな物乞い信心にいまだにすがりついてるのは、よほどの強欲な人間だけなんです。
    創価は強欲な人間の集まりです。デー作が集めた会員だから似たものが集まるんでしょう。
    功徳??
    そんなもん、本人次第です。功徳があったとかなかったなんて。
    信心してない人のいいことがあったなかった、も、個人の主観なんです。

    だから、罰ってのも主観なんです。

    私は脱会するときに、たいして功徳もなかったから「罰」もない!と自分なりに感じた理論で罰に対しての恐怖を退けました。
    罰は何も感じません。たいして信心していたからと言って何も変わらない毎日だったので脱会したからと言って急に何かが取り付いてしまったような罰なんてのもありません。
    皆さんがコメントされてるように、煩わしい会合や忙しさがなくなった分、精神的にゆったりできています。

    罰論なんて会員を引き留めるための「脅し」です。

    あほらしくて付き合ってられないです。創価の考えには。だから脱会しました。
    あ~早くつぶれてくれないかな~。カツアゲ団体。

    そうそう、ラザリスさんやレモンさん、コメントいただきありがとうございます。
    ほかに声をかけてくださっていて私が見逃していたらごめんなさい~。これからもよろしくです~。

  12. こんばんは。
    皆さんのコメントで、大切な方を亡くされた創価の中では決して本音で言えなかった体験談を知り、創価がもたらす罪の深さを、改めて感じました。

    私は弟の死の意味を求め、その後、白蓮から始まり、いくつも役職を兼任し、ほとんど休みなくがむしゃらに活動に励みました。
    それから5年目、同い年の親戚の子(祖母が熱心な学会員)が遠くの山で彼と無理心中をして亡くなったとの一報を耳にしたとたん、頭の中で何かがプツンと切れ、ベッドから起き上がれないほどの脱力感と絶望感に襲われ、うつ病を発症してしまいました。題目の声を聞くことも、新聞を目にすることも嫌でたまらない状態になり、私のバリ活時代が一気に終わりました。

    真面目に学会活動に励めば祈りが叶うと信じ切っていたのに、弟は死んだ。
    彼を折伏して、すごくがんばっていた白蓮の同期の子が交通事故死。
    心中した子もおばあちゃんが熱心に信仰してるのになぜ??
    七代前の祖先も救える日蓮仏法じゃないのか??
    今まで必死に押し殺してきたものに心が耐えられなくなったんだと思います。

    前置きが長くなりすみません。

    テーマの「罰なんてなかったよ」との私の体験ですが、
    うつを発症し、勤行・唱題、活動一切しませんでした(できなかった)。
    それが良かったのか、半年で、社会復帰でき、5年後趣味の合う外部の夫と知り合い結婚しました。
    夫(創価学会の名前も知らなかった)には学会宣言したけれど、ご本尊は安置せず、勤行も唱題もしませんでした。
    結婚生活が始まり、長男が生まれ、義父のすすめでお宮参りもしました。
    長男が一歳になって、新築の家を建てる際、義父から一千万円の援助をしてもらいました。
    勤行も、活動も、ましてやご本尊もないのに。何の功徳でしょう?不思議ですね!

    PS.
    家を建てるタイミングで、内部の活動家の友人から家に遊びに誘われた時、突然婦人部の幹部を連れてこられ、家を建てると家の中で、病人がでたりすることもあるから、ご本尊を安置したほうがいいと言われました。友人は「今、うち大変なんだ」って言ってたので、成果が欲しいってのがすぐわかりました。
    いろんな話をする中で、私の弱さや、初めての子育てで、なんだか一気に不安になって、眠っていた創価脳が発動してしまい、ご本尊を受けることに。子供と夫を入会させ、ゆる~い活動家となってしまったのでした(-_-メ)
    ちなみに、友人は旦那の借金で離婚し、隣市で地区婦人部長してます。
    いろいろ心配です。。。(ーー;)

  13. こんばんは。こんにちは。一世、アラフィフ、元支部長、四半世紀バリ活だったギルークです。

    まるちゃんさんのお話を読んで、気持ちが怒りでざわついて仕方ありません。結果を出してない人が成果を回してもらって、本当にその人の為になりますか?

    成果数をあっちコッチに移動するのは組織の為でしかありません。今の学会は全て「組織」ありきです。自由闊達にモノを言える雰囲気は全くなく、予定調和で成り立っています。自分も「長」をやってきたので、数字の操作は実際にあったことは認めます(数字の増減ではなく、成果者の移動。壮年婦人の成果を青年部に回す事が多かった)。でもまるちゃんさんの『6所帯横取り』の事例はあきれかえるばかりです。

    学会員のみなさん、冷静に学会全体を俯瞰で見てください。学会員だけが目に見えて功徳の花が咲いているのでしょうか。庶民の生活において、学会員と外部の生老病死に明確な差があるのでしょうか?。バリ活だってそんなものがないことなど気付いているはずです。功徳が無いなら罰も無いのが道理です。自分の気持ちを偽る事が何よりの不幸です。

    バリ活のみなさん、人がいやがる事(それを推し量る事も社会人としてのマナーです!)は御書の『人の振る舞い』に反する事ですよね、それこそ罰が当たるんじゃないですか?

  14. 非活約1年、学会二世、アラフィフのあにきです。
    私も男子部では一応幹部の一員だったので、いろんなことを見聞きしてきましたが、折伏成果の別の会員への付け替えは見たことはありませんでした。結局は、中身などどうでもよい、スカスカノのいい加減な団体ですね。
    テーマの趣旨から外れ、申し訳ないです。

  15. 〖ネコ〗と 〖ワイン〗と〖お笑い〗が大好きなマリーです(*^_^*)

    レモンさん、【吉本新喜劇の恋ダンス】 ホント最高でした~!(≧▽≦)
    すち子さんがおじさんのヅラを後ろから剥き取るシーンww
    創価脳が必死で被ってる【洗脳帽】も
    あんな簡単に後ろから剥ぎ取ってあげたいですね(笑)
    (-ω-)/Å彡(✨´・ω・)? シュポッ!?

    創価から離れたら罰がでると思い込まされてる学会員さんは
    創価から洗脳帽子を被らされてるだけですよ。www
    世間は「この人被ってるなー」と思ってても、あえて優しく
    「被ってますね!」とは言わないものです。www

    バリ活の頃、本部長のご近所さんで婦人部では有名なアンチおばさんが
    いて、(私は知らない方)いつも学会の悪口を近所に言いふらしたり、
    婦人部にもハッキリ文句言ってくる人が、
    ある日、顔面神経痛なのか?恐ろしいくらいに口が曲がってしまった!と
    その顔を見た婦人部が数人で、あれは「罰そのもの!」「怖いわー!!!」
    と会合終了後に大きな声で噂してるのを聞いて、私もビビりました。
    (◎□◎;)マジ?

    しばらくして、選挙でバリバリF取った部員さんが、突然、顔面神経痛になり
    会合には一切出てこれなくなりました。(?_?)あれれ?
    その時の婦人部たちは「いや~・・・どうしたんだろうね・・・」
    とだけで、ダンマリ・・・・・。
    幹部たちだけでとヒソヒソ・・コソコソ・・・と話をしてるのを見て、
    陰でその人の間違った言動はないか探し合ってるように見えましたよ。
    (-_-;) そっちが怖いわ。

    なぁ~んにも関係ないんですよ。創価を離れても罰なんて関係なし!
    みなさんも感じるように良い時も悪い時もあっての人生ですから。
    そりゃぁ、誰かに感謝されるような良い行いをすれば、徳は積めるかもしれないし
    悪い事をすればそれなりに自業自得な結果が出るだけです。
    みんな同じですよ。ただ、創価の活動の偽善を本当の善行だと勘違いしたまま、
    知らずに人を苦しめてることが一番の罪作りだと思いますよ。。

    さあ、そんな創価のムレムレのよれよれの【洗脳帽】はもう脱ぎ捨ててやりましょ!
    頑張って、必死に あごひも付けてまで被ってる必要なんてないないですよ!!www
    罰論に縛られない生き方は、頭もすっきり!さわやかですよ~✨(*^_^*)✨

  16. コメントの勢いがスゴイです。スクロールが大変になって来ました。
    活気が戻って来ましたね。いいぞいいぞ。
    「やっちゃえ 日産。やっちゃえ シニフィエさん。」*\(^o^)/*

    結論から言えば、皆様のコメントにあるとおり、「功徳もないのだから、罰もあるわけがない」
    これにつきます。
    恐怖で心をがんじがらめに縛り付け、ありもしない功徳をチラつかせ、洗脳で思考停止させ、言葉巧みに金と労働力を搾取する史上最悪の詐欺団体、それこそ創価学会です。
    勤行をやめて10数年、何の問題もありません。暗唱はたぶんできると思いますが(苦笑)
    自分の時間を有効に活用し、仕事も思い通りにこなし、家族サービスも怠らず、周りの人間関係を良好に保ちながら、普通の生活をしています。普通に幸せです。
    こころに余裕があれば、シンクロ二シティというか周りの出来事が無駄なくサクサク動きます。
    宇宙が味方してくれるみたいな感覚です。バリ活用時代は、こんな感覚は味わったことがなかったです。

    年末に向かって世間は忙しくなります。皆様、無事故で健康に新年を迎えましょうね。
    今週はクリスマスです。子ども用のプレゼントも準備万端です。サンタさん、まだ信じてるみたいです。
    それから、特殊詐欺にはくれぐれも引っかからないように。ダーハラさんも言ってたみたいですし(笑)
    (^-^)/

  17. 学会二世・元学園生・脱会済のもとそのこです。
    今回のテーマ「罰なんかなかったよ」、皆さんのコメントを興味深く読ませていただきました。

    自分のブログ(http://plaza.rakuten.co.jp/yumenirakudo/diary/201608230000/)でも書いていますが、私は実家の曼荼羅をビリビリに破いたことがあります。
    幼いころからそれがどんなに大切なものであるかを両親からも祖父母からも聞かされていて、重々知っていたのに。そして学会から離れたらどんな罰があるか、具体的なたくさん例を挙げて聞かされていたのに。
    それでも破いてしまいたい衝動を抑えられない程、母の洗脳はひどかったのです。
    破いてから数年間、平静を装いながらも、心のどこかで、頭が割れやしないか、身が八つに引き裂かれないか不安でした。
    常に誰かに監視されているような恐怖感に襲われ、学会のことを思い出すとめまいがして倒れこんでしまう等のフラッシュバックも経験しました。
    家族、友人、過去の人生等、多くのものを失った喪失感も酷く、鬱に悩み精神科医に相談に行っても学会二世の苦悩を理解してもらうことができず余計に落ち込むという悪循環にいました。
    その後、某巨大掲示板や創価アンチサイトで学会のご本尊がカラーコピーであることを知り、徐々に罰なんかあたらないんだと思えるようになり、そしてシニフィエさんのブログに出会ってますます創価学会は詐欺だと確信することができました。

    実際、罰なんてありません。
    というか、学会スタンダードだったそれまでの考え方が変わり、悪いことが起こっても「これは罰だ」という考え方をしなくなりました。
    良いことが起こったから「功徳だ」とも思いません。
    良いことも悪いことも、自分自身が行動してきたことの結果であるとして、あるがままに受け止めるようになりました。
    親や教師や友人は「学会根本、信心根本」だとか、「常に池田先生だけを求めぬく」等と言っており、私もそうあるべきだと考えていた頃もありますが、今となっては「自分根本」で、自分で調べ、自分で考え、自分で行動することができるようになりました。
    それまでとは180度価値観が変わり、脱会したことで「人間革命」ができたと感じています。

    もし今でも学会脳だったら…と考えると恐ろしいですね。
    母のような人間にならなくて良かった、気付けて良かったと、良いことばかりです。

  18. 創価では『異体同心水魚の思いをなして』学会員同士仲良くしなさい。という指導がある。

    学会員の変な振る舞いも、おかしな言動も『あの人もまだ修行中だから』と言って誤魔化す。

    とくに幹部のおかしな言動についてもこのように答えてくる。
    池田大作だけかま光り輝く仏様のような存在で、あとはみんな修行中。池田は成仏している、宇宙の法則を覚知して生きている、と。

    創価脳は本当に始末に負えない。
    大宇宙の法則が南無妙法蓮華経であり、これを唯一正しく実践する団体が創価学会であり、池田先生をはじめとする学会員である。と考えている。
    同士を批判したり、学会を批判したり、本尊を批判否定したり、聖教新聞を取らないとか、折伏をしないとか、財務をしないとか、とにかく創価の活動や指導から外れることは、即宇宙の幸福の法則に唾して反することになる。
    宇宙の幸福の法則に反すると不幸になると学会員は信じて疑わない。そして、とても怖がっている。

    また疑問を持っても、『自分の凡夫の頭では仏様の知恵はわからない。今の自分の器、境涯が低いからわからない。無疑臼信といって、信じて疑わないことが成仏、幸せになる道。』と指導され、その指導を鵜呑みにし、疑問を封殺する。

    本当に単純なことだが、地球人口70億人のうち、学会員は活動家は200万ほど。69億9800万人は学会員でない。わずか0.028%。この地球ではわずか0.028%の創価学会員が成仏するのか?
    理論的にめちゃくちゃおかしいけど、学会員は『創価に巡り合わせた奇跡、幸せ』といって疑わない。
    冷静にこのような数字を計算しているものもわずかである。

    しかも現証として私の母のように癌で悶絶しながら亡くなったり、父のように首吊り自殺したり、息子に包丁でメッタ刺しにされて死亡した婦人部員、およそ成仏とは程遠い、まるで創価であることによる罰のような死に方である。
    わずか0.028%しか成仏できないといいながら、私の周りでは悲惨な死に方をする創価学会員ばかりである。

    『創価なんて辞めてもバチなんか無い。むしろ、迷惑行為を平気で行うおかしな人間たちの集まりなので、創価から離れることこそ、幸せな人生の第一歩である』

    創価によって植えつけられた恐怖感を乗り越えること。
    『創価から離れるとバチがあたる』という考え方は、『幸福の直道から離れないための慈悲の言葉』でなくて、『会員を縛り付ける脅し文句』に過ぎない。

    私は創価のカラコピ本尊を、首吊り自殺した父の首紐を切ったハサミで木っ端微塵に切り刻んで塩と酒で清めて公園のゴミ箱に捨てました。

    バチなんて全くありません。学会員の言う『退転者はそのうちひどい目に合うぞ』との言葉。これも会員を縛り付ける単なる脅し文句にすぎない。
    学会員は、心配するふりをしながら実は自分の信じる仏法への確信が揺らぐことを極度に恐れる。
    だから脱会者が幸せになってはいけないのである。
    脱会者が幸せそうに見えても、『今だけ』『そのうちバチ当たるわ』と人の幸せを素直に祈れない。

    学会員である限り未来永劫幸せは訪れない。

  19. 非活約1年、学会二世、アラフィフのあにきです。
    約2年前に私の覚醒が始まったのですが、その頃に、座談会で呼んでもないのに、婦人部の幹部が来ました。何を話するかと思えば、勤行を飛ばすと罰が当たる、少しでも疑えば罰が当たる、という内容の指導でした。
    実際にどんな罰が当たるのか、という質問をしようと思ったのですが、時間がなくできず仕舞い。
    終了後、何人かの高齢婦人部は「こんな古臭い暗い話は聞きたくなかった。若い子が聞いたら会合にこなくなる」と不満タラタラでした。罰論を信じている普通のおばあさんでさえ、イヤになる話の内容だったのです。
    振り返ると、語られる罰の内容について、その人が実際に体験したり、見聞きした上での話はなかったです。ウソ、でっち上げの話がつくられ、広まっただけとしか思えないのですけど。
    前向きな未来に開かれた明るい宗教って言ってますが、そんなのウソウソ。暗~い宗教ですわ。

  20. 創価を自ら去っていった人が、その後もしも罰を受けていたとしたら・・・今頃組織に戻った人もいるかもしれません。
    でも、組織から去っていった人は、2度と組織に戻る事はありません。
    罰なんてものは、組織から植え付けられたものだったという事の証明ですね。
    わたし自身も、心を縛りつけていた窮屈な創価思想から解き放たれ、心は自由になりました。

    加奈子さん、新聞ストップできて良かったですね!
    おめでとうございます!

    今、もしも人間関係で深く関わってきた人が配達員だということで、新聞を断る事に躊躇している方がいたら、販売店に電話、メール、FAXで簡単にストップできますし、配達員は新聞ストップされても何とも思わないので大丈夫ですよ。
    むしろ、配達先が減って、時短ができて嬉しいというのが本当のところです。
    朝の忙しい貴重な時間、家族の食事作りや子供の弁当や家事、仕事の準備と1分でも早く自宅に戻りたい。
    正直、減部が多く配達先が少ない月は、とても嬉しかったです(地区婦としては喜びを表に出せませんでしたが、配達員としては嬉しかったです)
    組織では配達経験のない幹部が「減部を出すのは配達員の祈りが足りない!この地域に新聞が入りますようにと具体的に祈れ!」と言っている人もいましたが、だったらお前が代わりに配達してみろ!っていう事です。
    以前、どこかのブログで「配達員だけはお金をもらっているからいいですね」というコメントを見た事があります。
    確かにそう思う人もいるかもしれませんね。
    賃金は、週6日の配達で、月末の集金もいれて1万~2万ぐらいです。
    部数にもより違いますし、配達日数によっても違います。
    でも、それも自分が支払う新聞代(聖教多部数・公明新聞・創価新報・大百・SGIグラフ等々)のほうが高い場合があるぐらいで、全て持っていかれてしまうようになっていました。
    うまく出来ています。
    以前、配達時に一般新聞のお兄ちゃんと会話するようになった時、セイキョーの配達員はボランティアだと言ったらドン引きされました。
    年末年始もなく大晦日まで集金し、元旦から配達する(数年前から元旦号は年末に配達になりましたが)
    こんな労働奉仕ってありえません。

    配達だけでなく、創価班・牙城会・白蓮・会館守る会・婦人部の会館任務(地域によって名前が変わりますね)は、労働時間に見合う正当な賃金を払えば、希望者だっているはずです。
    でも、それを人材育成という名目のもとに、無償労働奉仕させている極悪創価。
    創価班・牙城会・白蓮経験者の方の悲痛な叫び声に、我が子に重ね合わせ胸が痛みました。
    複数いる子達は、みんなアンチなのですが、一人だけ活動家でその子が創価班です。

    マリーさん
    洗脳帽、飛ばされないようにしっかりアゴの下までヒモを括りつけていました~(笑)
    アイちゃんの優しい笑顔に癒される動画ですよね。

    ここ数日、セイキョー一面に、冷たい顔した能面ハラダさんが無理して笑っている写真が掲載されています。
    「中野区・目黒区」の座談会に出ている様子です。
    明年の都議選を見据えての事でしょうね。
    まったく見え見えだっちゅーーーの!

  21. おはようございます。創価脱会へ向けて、アクセル全開のノジコです。

    創価では純真に取り組んできた方ほど、不幸な目にあってるとしか思えません。

    私が部長時代の部員さん(未活)は、交際相手が暴力団で、覚せい剤を打たれて中毒になり、C型肝炎も患いました。現在の状況は分かりません。祖母や母、兄は活動家でした。

    白蓮時代の同期は、在任中に、折伏した彼の自宅に向かう途中、対向車線をはみ出してきた車と正面衝突し、即死でした。

    知り合いの婦人部(2世)は、家を50年以上現在も拠点として提供、新聞配達も義両親の代から40年以上、現在も続けてます。
    地区婦、支部婦を経て、今も第一線。
    しかし、義両親は長年病気を患い、義父が癌で死んだ2週間後、手足が曲がったまま病院で寝たきりだった義母は、最後は、自分の痰が喉に詰まり、窒息死。
    義両親の死から数カ月後、ご主人(2世)に癌がみつかり、うつも発症し、題目も一生懸命あげましたが、自宅の納屋で焼身自殺。翌年の新盆は3人まとめて行われました。
    子供さんたちは結婚して家を出て、婦人部の方は、広い家で、現在一人暮らしです。長女(3世ユル活)は嫁ぎ先で夫のDVに悩んで、離婚したいと言っています。
    それでも、創価を信じてます。

    創価が唯一の正しい教団で、お題目にすごい力があるのなら、なぜ、こんな理不尽な悲しい悲惨なことが起こるんでしょう

    ご本尊のある家で生まれ、学会の庭で純真に信仰をしてきた人が、なぜ、こんな最後なんでしょうか

    異常なほど、私の身近には悲惨な出来事が、次々と起こってます。これは事実です。身ばれしてもかまいません。
    声をあげずにはいられないんです!!

    私が創価が詐欺だと覚醒後、財務を断ったので支部の幹部が訪ねてきた際に、焼身自殺した壮年の事を話しました。帰ってきた答えは、

    「本人が本当は信じてなかったということじゃないの」  と

    人の苦悩も推し量ることもできず、人の死を軽々しく言ってのけたことに、怒りをとおり越した何かに、突き動かされそうになるのをこらえ、思いっきりテーブルを叩いて、抗議しました。

    今思い出しても、怒りで、体が震えてきます!!

    これが今の組織の現実です。

    腐ってます

  22. ノジコさんのお話、読む中で辛くなり最後の方で心が痛くなりました。
    ほんと、学会員は人の死に対して不感症なんですね。これも、全国共通なんですね。

    私も創価脳の時、父の焼身自殺の時は不感症でした。強信者であった母のすい臓がんでの死亡の時は脱会してましたが圏婦人部長の弔意の言葉が「死んで良かったのよ・・・。」と言うような事だったのを思い出しました。そばでそれを聞いていた母の外部の大親友は創価学会だけは許せない!と激怒していました。
    以前も書き込みましたが創価の墓苑と分骨して近くの市営墓地にある母の墓石の前には未だに創価の位牌が朽ちて野ざらしのままで置いてあります。姉達は支部婦ですが彼岸などに墓参した時のお供え物も放置したままで私たちが墓参した時にいつも処分します。
    創価は生きている信者からの細かな搾取方法をあの手この手で会員に伝達していますが死んだら用無しなのかザーっとしたもんです。
    水の信心を貫きパーキンソン症状で歩行がおぼつかなくなるまで長年配達員をしていた義父の池田墓苑での最後のお別れの納骨の時も支部婦である女房の妹の義妹家族は普段着で長男などは海水浴に行くような格好で参列してました。
    支部婦たる幹部がなんと言う格好なんだ??と言うと上の幹部に指導を受けたら「普段着で良いんじゃないの。」と言われたとか・・・そんなことまで指導を受けないと判断できないアホか!と思いましたがまあ~上が上ならそれに習う支部幹部も支部幹部。一般常識が無い義妹・・・と言い切ってしまえばそれまでですが実父の介護もほとんどしないで実父の死に特別の思いも感じなかったからでしょう。
    「創価の常識は世間の非常識」をこんな所でも経験したのを思い出しました。
    今ははほんと、創価を辞めて良かった!一般人になれて良かった!日本人に戻れて良かった!と思っています。

  23. 皆様こんにちは。二世でバリ活20年、ユル活4年、非活もうすぐ3年のミドリムシです。

    レモンさんがおっしゃっていたように、もし罰があるなら脱会した人達が戻って来る筈ですよね。
    私も最初はそのつもりでした(笑)

    私も二世ですので幼少より刷り込まれた罰論が恐ろしかったです。
    そこで私が最初に試したのは『実験証明』です。牧口初代会長が言っていた『大善生活実験証明座談会』でしたっけ。あの逆をやってみようと思った訳です。勤行、唱題、会合出席を一切止め、生活がどうなるかを試してみようと思ったのです。
    もし、罰らしき物が起こったら直ぐに活動を再開しようと(笑)

    結果…何も起こりませんでした。
    その後覚醒はドンドン進み非活生活まっしぐら、現在ではご本尊…いや、「無駄に高い紙」も捨ててしまいましたが、何も起こっておりません。

    何かの御書に『謗法の者は一年、三年、七年が内に罰が当たる』みたいな事が書いてありましたが、勤行止めてそろそろ六年、後一年で何かあるか?多分何も無いでしょう。
    多分、創価脳の方々は同じく御書に『来世で堕地獄必至の者は現世で何も起こらない』とか言うんでしょうね。
    もう、何も気になりませんが。

    ただし、元栄光地区婦人部さんもおっしゃっていたように、取り立てて良い事がある訳でもありません。
    しかし、良い事も悪い事も起こるのが人生。馬鹿げた創価の活動に時間とお金と労力を取られる事が無くなっただけでも功徳かも?(笑)

  24. こんにちは
    無宗教の風太郎です
    重いテーマが続くのでコメントを控えていましたが、
    みなさんの悲痛な叫びの数々、もはや尋常ではないと感じ投稿します
    日本は法治国家でしょう、民主国家でしょう、世界一安全な国でしょう
    なぜこんなエセ宗教が合法で放置されるのでしょうか?
    なぜ国やマスコミはこの理不尽を放置するのでしょうか?

    無宗教の私からすれば、功徳も罰もないのは当然です
    そもそも宗教に功徳や現世利益を求めること自体がおかしいと思います
    「罰があたる」と子供を叱るのは一般的なしつけだと思います
    そりゃ私も神社に行けばパチパチと手をたたき、道端のお地蔵さんを見れば
    手を合わせ、お寺に行けば合掌し、縄文杉を見れば畏敬の念を感じます
    特にご利益を求めるのではなく、一般的に家族の安寧を祈る
    その祈りの後で、特に良い事があれば、次回の参拝で賽銭をはずむ程度
    普通の日本人はこんな感覚ではないでしょうか?
    どこの職場でも宗教の話を正面きって話すような職場はありません
    みんなうすーーい信仰心の仏教徒で特定の教えに偏らず、批判もせず
    それぞれ認め合う
    葬式に参列して初めてその人が、実家が、曹洞宗であった、浄土真宗であった、浄土宗であったと
    知る程度です
    神社もお寺も教会もみんな受け入れるというのが、普通の日本人ではないでしょうか?
    そしてこのバランス感覚こそが平穏、安全、律儀、勤勉等の日本を形成させたのではないでしょうか?
    その平穏な日本に自分たちこそが絶対に正しいと、狂気のごとく改宗を迫るのが学会
    だと思います
    批判をすると、集団で押しかけたり、悪評を立てたり、更には金にものを言わせ、名誉
    毀損で訴訟の乱発
    個人ではまともに相手にし、立ち向かっていくことはほぼ不可能です
    故に、一般の人はかかわりになりたくないので、押し黙ってしまいます
    この怒りはどこにぶっつけたらいいのでしょうか?

    レモンさんの

    「今、もしも人間関係で深く関わってきた人が配達員だということで、新聞を断る事に躊躇している方がいたら、販売店に電話、メール、FAXで簡単にストップできますし、配達員は新聞ストップされても何とも思わないので大丈夫ですよ。
    むしろ、配達先が減って、時短ができて嬉しいというのが本当のところです。
    朝の忙しい貴重な時間、家族の食事作りや子供の弁当や家事、仕事の準備と1分でも早く自宅に戻りたい。
    正直、減部が多く配達先が少ない月は、とても嬉しかったです(地区婦としては喜びを表に出せませんでしたが、配達員としては嬉しかったです)
    組織では配達経験のない幹部が「減部を出すのは配達員の祈りが足りない!この地域に新聞が入りますようにと具体的に祈れ!」と言っている人もいましたが、だったらお前が代わりに配達してみろ!っていう事です。」

    こういった本音は、貴重だと思います
    もし義理で仕方なく取ってる、取らされてる人は、断ってもこのコメントで大いに救われますね
    また、最後の一言もすばらしい
    思わずクスクスとしちゃいました

    ノジコさんの
    「創価が唯一の正しい教団で、お題目にすごい力があるのなら、なぜ、こんな理不尽な悲しい悲惨なことが起こるんでしょう
    ご本尊のある家で生まれ、学会の庭で純真に信仰をしてきた人が、なぜ、こんな最後なんでしょうか
    異常なほど、私の身近には悲惨な出来事が、次々と起こってます。これは事実です。身ばれしてもかまいません。
    声をあげずにはいられないんです!!」

    最後の一言、強烈で恐れ入りました

  25. こんにちわ
    昨夜風邪のため、8度も熱をだし、朦朧としていました。罰かな(笑)
    私の昨夜のひどいコメント、はなから文章力がないのにメチャクチャでした。すみません!

    創価に迷っているかた、思いきってここで吐いてみてください。
    私も勇気を出してコメントをしてみたら、分列し混乱していた自分の気持ちが少しずつ整理できてきました。
    そして確信がもてました。ここは年齢の幅広い場所ですから、年齢を意識しなくても大丈夫です。
    管理人さん始め、お一人、お一人の思いにいちいち納得し、同じ気持ち、同じ経験に同感したり、涙したり、腹をたてたり、時に大笑いしたり、よい意味で喜怒哀楽しています。そして、激励のお言葉が硬くとざしていた心が氷解してゆくのが、わかりました。
    迷っているかた、文章力など関係ないです、ここの皆さんちゃんと、読んで理解して下さっていますよ。
    一歩の勇気で、スッキリしてゆくのがわかります。

    朦朧とした頭で運転中(危ない)、今年解散のSMAPの「世界にひとつだけの花」がラジオから、流れてきました。洗脳中はただ聞いていただけの歌でしたが、あらためて聴くと、すごくいい歌なんですね。
    教義のオウバイトウリという教えと似ていますが、ぜんぜん似て非なるものです。
    組織はその人らしくと、建前は言っていますが、皆、同じ金太郎飴で統一されています。髪型も服装も話し方もそして、同じ行動、同じ考え方、本当にその人らしさや個性がないです。

    今年は元気で可愛い孫が二人生まれ、一人が念願のマイホームを建て、昨年も二人の子供が家を建て、パートナー逹は信心しない、働き者で家族をとても大切にしています。

    決して自慢ではありません。罰などないのです。

    また、書きます。充電しないと、、、。

  26. また、ルフランです。
    パソコンの調子が悪くて、もっぱら、タブレットでコメントさせて頂いています。充電器こたつに持ってきました。

    決して自慢ではありません。今年、5月には3人娘が海外旅行もプレゼントしてくれ、大変な状況の中、育ててくれて、感謝ですと今までの労をねぎらってくれました。
    晴れて、脱会でき、罰どころか、我が家の歴史に残る想い出を作ることができたんです。
    年末は子供家族と温泉で年越しです。

    もう、新年勤行会に行って寄付金を強奪されることもありません。気分は爽やかですよ。
    長女とは、信心の話さえ、しなければ今までと変わりなくなりました。
    長女は婚家で子供のお宮参りもあまり抵抗なくしたので、きっと気がつく時が来ると信じたいです。
    婚家は我が家が創価と知っているので、最初は結婚に反対でした。お宮参りも申し訳ないとの連絡をいただきました。むしろ、嬉しかったんです。私がしてあげられなかったことをしてくださったのですから。
    あちらのお母様には「昔からある日本の伝統に触れさせていただき、こちらはむしろ、感謝でいっぱいです。
    どうぞ、ご先祖様の墓前にも、お寺にも触れさせてください」とお願いしたんです。
    単なる儀式ですもの。なんてことないんですね。それからは、そこのお母様と大の仲良しになり、あとの二人の娘逹の婚家も創価を気にしていたので、気にせず、伝統文化に触れさせてくださいとお願いしました。
    創価はかわったなぁ。。との印象をもたれたかもしれませんが、私の意識がかわったんです。脱会したことはまだ知りませんが。

    本当に罰なんかありません。

    生きていると、とんでもないことが次々起こります。
    今年は良くても、来年は悪いこともあるでしょう。これが、生きるということなんですね。
    いつも功徳、罰とか、試されているとか、今こそ、宿命転換の時とか、勝った、負けたとかで煽られ人間離れの試行でした。その都度、しゃくふく、題目、新聞勧誘、選挙、財務などで悩みを転換するために利用され、ただ働きさせられていましたが、どう考えても変ですよね。
    自分の悩みは正面から、受け止めて自分で考えて、努力して立ち向かう以外ないのです。

  27. このスレはすごいですね!
    同感できるコメばかりで、いろいろ忘れてた記憶も甦ってきます(笑)
    幹部による折伏成果横取りの話もでていましたが。。。
    実際、昔から本当にありましたよ。
    私が女子部の頃、実家の組織で母や婦人部の方たちが
    それをやられてショックをうけていました。

    ある婦人部が地区婦になったとたん、部員さんが仏法対話してる相手や
    もう少しで入会間近という人の所へ
    地区婦がいつもくっついて行き、自分も折伏の協力してると見せかけ、
    いざ、入会の時、地区婦自身の名前を紹介者の欄に書く。(*□*;えーっ!?
    一生懸命それまで対話を重ねてきた部員さんはただの駒。
    それを何度もやったことで、さすがにみんな怒り出し(あたりまえだ!)
    上の幹部に報告したら、あっさり支部幹部に昇進させ、別の地区担当にし、
    みんなを黙らせました。

    しかし、その横取魔人、女子部の自分の娘(地区リーダー)
    にも同じことしました・・・。
    その娘さんがたまたま私の同級生を折伏してたことでそれを知りましたが、
    家に連れて行かれ、母親だといって出てきた魔人に
    「今日の記念に・・・」と
    黄色い入会カードに名前を書かされ、いつのまにか横取魔人が
    紹介者というかたちで無理くり曼荼羅持たされる羽目になったとか・・・。
    「辞めたくなったらいつでも辞めれるから」と言ったそうで、
    その言葉を信じて、後日クーリングオフのように
    「やっぱり返したい」と告げると
    呪いのように「罰があたるわー!罰でるよー!」としつこく言われたけど
    ムカついて会館に直接突き返してきたと言う。(笑)(えらい!よくやった!)

    当時 創価脳な女子部の私としては 
    「あの横取魔人に捕まったことが不運だった」と
    ご本尊様を一度もらったのに返す事自体が怖い事だと信じてたので
    数欲しさのためだけにご本尊押し売りして、軽々しく返していいというな!と
    思ったものです。(同級生に罪業積ませてしまうと思ってました)

    その横取魔人は娘たちが独立したあと、隣の区の壮年部と不倫して(2度目)
    病気の旦那を捨て出て行きました。
    置きみやげに、近所の部員さんを「自分の旦那の不倫相手だ」という
    汚名を着せる作り話を残して・・・( ゚Д゚)あんぐり。。
    その後、略奪再々婚して新しい姓になり、
    新天地で高貴な笑顔振りまいて幹部やってます。
    自分以外の者からは何でも横取りしまくる搾取ぶりは
    創価ならではの才能ですね。
    こういう人間が人生最後に本当に「罰あたる人」といいます・・・・・・。

  28. レモンさんのコメントにあった罰が当たったら脱会した人も戻ってくるだろう、という話‥
    私はミドリムシさんほど強くないので、脱会して慣れない結婚生活や子育てが続く中で、
    しょっちゅう考えてました、もう外部の主人とは離婚して戻ろうかなぁ〜☆、とか‥‥
    私ほんとユル活で会合も出たり出なかったり都合のいい人でしたから。

    でも現実的に戻らなかったし、レモンさんの身近にも居られなかったのですね〜
    いまでも不器用な生き方で失敗はしょっちゅうだけど(、いい歳して)
    「ああ〜、ちょっとバチが当たったかなあ」と少しテンポを落としてみたり、してます。
    だいたい、自分が当たらなくても、誰か違う人が罰を受ける、
    なんて考えるのも、やっぱり嫌だな‥‥

    風太郎さん、せちがらい世の中いつ変わるのでしょうね??
    公明党が与党から離れるとだいぶ変わってきそうですけど、ね。
    まずは東京から新しい風が吹くかな?解散風は国とどちらが先に吹く?

  29. 風太郎さん
    公明党は与党です
    テレビもラジオも創価学会、性狂新聞のCMが流れています
    マスコミが本当のことを言ったら潰れます
    CMのスポンサー様の悪口なんて言えません
    東京電力と同じです

    性強新聞社は自前の印刷所がありません
    毎日新聞と地方紙の印刷所に依頼しています
    地方紙が学会賞賛するわけです

  30. スマイルさんのコメント
    >学会員は、心配するふりをしながら実は自分の信じる仏法への確信が揺らぐことを極度に恐れる。だから脱会者が幸せになってはいけないのである。

    本当にそうですね。
    退会した人が幸せになるはずがないと、本気で信者は思っていますよね。
    あからさまに口に出す人もいれば、口には出さずとも心の中では思っている。
    例えば一般的に不幸な出来事が起きても、創価信者にとっては「これぐらいで護られた・これには意味がある」と功徳の現象となり、退会者には罰が出たという捉え方をされる。
    この思考こそが歪んでいて本当に哀れですが、覚醒前の自分も同じでした。

    ルフランさん
    娘さんたちのルフランさんへの思いに、読んでいて心がジ~ンとしました。
    今迄大変な思いをしてお子さんを育ててこられた事を、娘さんたちはちゃんと感じ取っていたんですね。
    愛情を沢山注いでもらったと感謝しているからこそ、ルフランさんへの親孝行をしてくれているんですね。
    創価の示す一家和楽(一家全員で活動家になり、金品と労働力を喜んで差し出す奴隷になる)とは大違いで、本当の幸せ家族です。

    風太郎さん
    配達員の本音ですが、この本音は覚醒した事で、心を解放できたので言えるようになりました。
    洗脳どっぷりの時は、本音を押し込めて「センセイのお手紙を配達させて頂いている、ありがたいんだ」と思い込もうとしていました。
    大変な思いで配達している全国の配達員さんにとって、販売店は味方になる存在ではありません。
    地区で配達員や代配が見つからなくて、困り果てて販売店に相談しても「組織で全て解決してください。販売店ではどうする事もできません」と他人事です。
    これは全国どこも同じだと思います。
    その為、今では配達員の引き受けてがいなくて、曜日ごとに数人で分担してやっと1週間分の曜日を埋めている地区もとても多いでしょう。
    そんな方達にとって、新聞が減部になろうが、どうでもいい事。
    そんな事よりも「早く誰かと交代したい」のほうが大事なのです。

  31. ルフランさんのコメントに感動しました。
    「今年は良くても、来年は悪いこともあるでしょう。これが、生きるということなんですね。」
    本当にその通りだと思います。
    創価学会にいた頃は、「絶対大丈夫の大確信で・・・・!」と自信を持っていた自分なんて吹き飛ぶような「何か」を、脱会された方々みんなが掴み取ったのではないでしょうか。
    しかも、自分の力で。
    そう思うと、凄まじい洗脳を自ら振りはらい自力で生きる強さを得た私たちは、まさに「勇者」かもしれません。

  32. 外部の毎日散歩と申します。

    風太郎さん。まったく私も同感です。先週、スレ違いの場で、コメントさせて頂きましたが、娘と嫁の覚醒を願い、一石を投じてみようと考え、地域座談会に顔を出してきました。
    約40名ほどの集まりでしたが、会館職員が1名、地域担当2名、題目に始まり題目で終わる。
    体験談では、リストラされ何万回したけど就職できず、さらに何万回したらようやく就職することができたという話を聞いてきました。
    また、自分の娘2人は創価に入信させることができなかったけど、5歳の孫がおかげさまで入信しました。

    率直な感想としては、地域の仲間で励ましあいながら、繋がることで、題目を唱えれば明るい未来が約束されると信じているように見えました。

    私の娘も入信させられましたが、到底自分の意思ではないと思われます。自分の意思で希望したのならば仕方ないのでしょうが、娘同様にあの5歳のお孫さんの将来が心配です。

  33. 管理人様、皆様こんばんは。
    元3世、元圏幹部(←初めて書きます)40代です。

    去年こちらのサイトを知り、私の心が魔にやられちゃったのじゃなくて、私は覚醒して、お金は、学会のためでなく、自分のために使っていいんだと心から思え、ギスギスせず、美味しい物が食べれる幸せを最近ひしひし感じています。
    今年も、取り敢えず最低金額を財務しました。
    波風立てないために。
    地区からは、
    「財務しました?報告があるのでっ」とメールがきました。
    報告のための財務なんですね。
    幸せになるためじゃなくて、報告のためなんですね。ばからしぃっ!

    女子部時代に3桁の財務したことが今でも悔やみます。

    話しは本題にして…。
    今は、未活ですが、罰なんてあたってませんよ。
    …それより、時間に余裕が出来て家のお掃除も納得するまでできますし、食事も旦那様のために美味しいものを作って一緒に食べて睡眠時間も沢山とれて幸せな生活してます。
    活動してた時なんて
    家や部屋はめちゃくちゃ、洗濯物も溜まる、食事は出来合いのものが多く、家族と食事をとる時間があるなら家庭訪問しなきゃと、罪悪感満載、家族ともよく喧嘩したり、活動活動で寝る時間もないなめちゃくちゃな生活でした。
    ↑こんな生活が幸せですか?
    こんな生活してたら早死にするの当たり前です。
    離れて良かった。
    私は今、本当に幸せです。

    これ読んだ創価の方。
    目を覚ましてー。

    このサイトが益々繁栄して、末端の純粋な多くの学会員さんの目にとまりますように…。

  34. 皆さん、こんばんは。
    やっと聖教新聞の購読ストップしました(^ー^)

  35. 非活約1年、二世、アラフィフのあにきです。
    レモンさん。地区婦人部長、聖教配達のご経験からのコメントであり、身に染みます。
    配達、集金に携わる人の交代の必要が生じたとき、販売店や会館職員は何もせず、現場で対応せざるを得ません。
    私も何回かこうしたことに直面しましたが、最後のときは覚醒が進んでいた最中であり、上の担当幹部にその解決を押し付けました。このような対応は、役職の責務をまっとうせず信心がない、組織に迷惑をかけると思い、お決まりの罰が当たるかもしれない、という恐怖感も生まれましたが、振り切って、割り切って、私はこれについてはタッチしない、と言い切りました。別に罰など起きていません。
    新聞のことで悩んでいる現場のみなさん。毅然とした態度を取れば、上がどうにか対応します。信心がない、無責任、罰が当たる、地獄に堕ちる、と脅される覚悟は必要ですが。言わしておけばいいんです。
    また、活動家でも新聞をしっかり読んでいる人は少ないと思いますよ。大石寺の大御本尊は受持しないという2年前の会則変更を知らない会員はかなり多いことが、その証拠です。(非活になる直前の段階までは、地区では一度も話題にも上りませんでした)
    所詮、その程度の新聞なんです。そんな新聞に、億劫の心労を尽くしたって、骨折り損のくたびれ儲け、だけですよ。

  36. おはようございます。
    三枝さん、学会員は死に対して不感症という言葉、私もそう思います。
    活動家の理不尽な死を目の当たりにすると、

    「これは意味のあることよ。今は凡夫の私たちにはわからないけど、闘って死んだのだから、成仏は間違いないわ。‘生も歓喜 死も歓喜‘の信心よ。死魔に粉動されてはいけない。亡くなった方は来世では素晴らしい境遇に生まれて、再び池田先生のもとに生まれ広布の指揮をとるため、私たちより先に逝ったのよ。だから、この信心を微塵も疑ってはだめよ!」

    との指導。これを言われてしまうと、大切な身内を亡くした場合でも、普通の人が当たり前に抱く感情を押し殺して、死を悼む事さえできない。
    一見、死の悲しみにつぶされそうになる人を救う言葉のように思えますが、当事者の気持ちを無視した、思い上がりも甚だしい冷たい言葉です。
    その信心を疑ってはいけない呪縛に、心を壊され、苦しんだ人が、この「対話を求めて」に集い、現場では言えない真実の声をあげているんだと思います。

    私ごときの青二才が、偉そうに言ってしまいすみません。
    ここにたどり着き、signifieさん、常連のコメンテーターの先輩方の、確信ある真実の言葉によって、覚醒させていただきました。本当にありがとうございます。

    PS,
    小学生の息子二人と3歳の娘が、私が毎日、すき間時間でパソコンに向かい、泣いたり笑ったりしてるのを不思議そうにみてます。でも、何かを察してか、そっとしておいてくれる、無言の愛を感じ、覚醒後のささやかな功徳(笑)に感謝します

  37. 創価の活動しなくてもバチなんてありません。

    むしろ、創価の活動は社会迷惑行為なので、やめれば辞めるほど良いことが起こります。

    『創価の活動は社会の迷惑行為』
    『迷惑行為は悪いこと』
    『悪いことをするとバチが当たる』

    創価から離れるほど、命が綺麗になりますよ。

    時間と距離に比例します。

    どっぷり浸かってた時はわかりませんでしたが。

    学会員とお話ししたら、表現のしようのない気色悪さを感じます。

  38. おはようございます!
    2世白百合長のminronです。4人分4円の財務を罪悪感まったくなく、無事に終えました。本当にありがとうございます。皆様のおかげです。39996円のお金がういたことで、今年はニコニコです。
    私は白百合長と言っても病院ばかりのお年寄りのグループなので、私は仕事理由のユル活です。2年程前に幹部がウチにやって来て信心根本にもっと活動しないと、バチが当たると脅しに来ました。ハイハイと、いっておきましたが、心では、ただでさえ仕事でクタクタなのに活動で寝不足になって私が倒れたら、どうするのよ、1銭たりともお金に困ったってなにもしてはくれないじゃないか、と思ってました。
    30代の時、病気をして倒れた時に学会員に嫌な思いをさせられた記憶がまざまざとよみがえります。他県でしたが、、そんなこんなで、主人を亡くして実家に帰って、15年.ユルカツですが、いい人とも巡り合えとても幸せです。バチが当たったなんて思った事は言われてからのこの2年、1どもありません。逆にいい事がありました。
    皆様のコメントに安心を感じ、あーもう1日でも早く脱会したいと思っているのです。
    池田マジックなんて糞食らえです。
    認知症の母と、代配の妹、、その時を待っている状態なのです。

  39. 創価脳の頃の私は悪いことが起きると、まずその【意味】を
    あれこれ考えてしまってました。
    そうすると、創価で長年刷り込まれた罰論や宿業に結局結びつけてしまうという
    創価の思うツボだった・・・。
    見えない意味を探していくらナムナムしても
    「題目あげさせてもらうためにこの事が!?」とか、
    最後は「願兼於業!!」(⇦こんな字?)と、なぜか四文字熟語で終了(笑)

    脱会してからは悪いことが起きた時、
    すべてとは言いませんが、ほとんどの事は大体が
    ちゃんと自分のそれまでの経緯をたどってみることで
    そうなった理由や原因が見えてきました。
    同じ過ちを繰り返さない為にも その都度反省し、気を付けて生きていく事の
    積み重ねが 人として正しく賢く生きてゆく知恵になっていくのだという
    こんな普通に当たり前の事さえも
    創価脳だった頃は 常に創価の教義から見た原因結果しか探してなかった現実。

    バリ活の時は会合漬けで、それだけで自分が精一杯、広布のために戦ってる錯覚ですから、頑張っても頑張っても報われないと、その意味ばっかり考えて
    幹部は「自分の悩みは小脇に抱えて部員さんの為にぃ~って!・・・
    気づけば自分の悩みも解決してたぁ~って!・・・」(=_=) という。
    この まったりと語尾伸ばして「~~って!」と締めるの、
    婦人部幹部のよくある語り口(笑)
    瞼を閉じて優し~く力強く言い切られるとホロっときちゃうみたいな?(笑)
    あかんあかん(笑) 目を覚ませーっい!(◎_◎;)ハッ!

    昨年脱会してからは、創価だった時みたいに時間に焦って転んでケガしたとか
    前方不注意とかの事故もなく、冷静に物事も判断でき、訳もなくイラついてた感情も消え、愛する家族や友人、周りの人達に対してもいつも感謝の気持ちが溢れ、なんだか毎日とても幸せです。(*^-^*)不思議ですね
    今週はクリスマスパーティーの準備で忙しいけど、あのキモイ学会活動の忙しさに比べたら、死ぬほど楽しいです~(●^o^●)♪~♪

    ルフランさんとノジコさんのお子さんとのお話に
    ホッコリ暖かい気持ちになりました💛(*^ω^*)ポカポカ

    脱会したら罰出る?っていうその教義・・・
    ただのカルト丸出しです(笑) アウトー!☞

  40. こんにちは。
    一世で2年の学会活動を経て一昨年退会した杏奈と申します。
    2年という短い活動期間でしたので、創価経験が乏しいことで、深いコメントが出来ないこと申し訳ありません。

    皆様のコメントを拝見し、大変共感し、ますます池田に対する激しい怒りが込み上げます。
    酷すぎる詐欺のせいで、優しく純粋な、一生懸命で責任感がある方々が、騙されたばかりにどうしてこんなに不幸にならなければならないのか、ショックでなりません。

    夢を追いかけること、人を大切に想うこと、周りの人に幸せをたくさん届けたい気持ちを持つこと。そういう人として素敵な気持ちを、創価は全部全部利用して、搾取して、こんなに拡大したのだと思うと本当に恐怖です。

    退会して2年になりますが、罰なんてありません。学会活動をしていた時の方が、精神的に大変不安定でした。
    学会活動時は、夢の失敗に対する不安から題目に日中明け暮れて一日無駄にしたり、夢への焦りから、非会員を見れば、カモに見えてました(この場をお借りして懺悔します。本当にすみませんでした。) 日に日に性格が歪んでいくようでした。こんな自分が嫌でなりませんでした。挙句、夢も叶わないし。活動には一生懸命で、自分では120パーセント以上の力で全力で活動に取り組んだだけに、砕けた時の心の傷は深く、傷がつき、数ヶ月絶望の闇を彷徨いました。そして退会にいたりました。

    逆に退会してから、世の中を広い視点で見ることができるようになりました。活動する前も、30年ほど非会員でしたので、割とスムーズに、昔の生活に戻ることができたことが功徳(笑)です。退会後に、破れた夢以上の夢がいくつも叶い、人生のライフステージが変わりました。家族も幸せそうで嬉しいです。人生の流れで、幸せも不幸もやってきますが、その変化に順応しながら、心の落ち着いた生活を送っています。
    罰なんてないです。もし、迷っている学会員さんが読んでくださっていたら、罰については、何もないので安心してください^^

  41. 私は元学会員で、今は日蓮正宗の法華講員です。
    今はまわりに感謝し、常に幸せを感じながら生きています。

    学会が宗門から破門される1年前に家族全員で脱会し、以来ずっとお寺にお世話になっています。
    学会員当時、両親はバリバリの活動家でした。
    選挙のとき、お菓子を配りながら近所をまわったりもしました。今考えると賄賂ですね・・
    当時私は小学生でしたが、それでも池田センセイ、池田センセイと、池田教と化していく学会をみて、なんかおかしいなと思っていました。
    クラスにも会員の子供が何人かいましたが、自分も含めて問題児ばかりでした。
    成績も非常に落ち込み、精神状態も不安定なことが多くなりました。
    そんな折、学会に疑問を抱いた父が脱会を提案し、家族全員一致で脱会を決意。
    近所に学会員が多く、引っ越しをすることになりましたが、お寺の近くに住むことが出来ました。
    お寺に通ってご住職様のお話を聴くたびに、日蓮正宗の教えは本当に素晴らしいと、実感するようになりました。
    学会にいたときのことが嘘のように、精神も安定し、成績も良くなり、友達関係も良好でいじめられることもなくなりました。
    学会をやめて、お寺につき、20年以上経ちますが、本当に学会をやめてよかった、お寺につくことができて、本当に幸せだと日々思っています。
    私の通っているお寺には、私を含め、元学会員の方がたくさんいらっしゃいます。みんな学会に疑問を持ち、本当に幸せになれる教えを求めてお寺に来ている方々です。
    日蓮大聖人様の教えは本当に素晴らしいです。学会で教えていることは、日蓮大聖人様の教えではありません。
    ぜひ、お近くの日蓮正宗のお寺へ行ってみてください。学会の現状のことも、本当の大聖人様の仏法のことも親切に教えてくださいました。
    1人でも多くの方が、正法に帰依し、幸せになれるよう毎日ご祈念させていただきます。

  42. 学会2世非活11年のまっしろな闇です。

    前スレで、僕の書いた事にコメントしてくれた方々ありがとうございました。
    名前を上げてない人もいますが、気持ちは伝わりました。
    本当にありがとうございました。

    罰のコメントじゃなくてすいません。
    遅くなりましたが感謝の意を伝えたくてコメントさせて頂きました。

  43. スマイル さん(が常々云われておられますが、)2016年12月19日 06:16
    >むしろ、創価の活動は社会迷惑行為なので、やめれば辞めるほど良いことが起こります。
    『創価の活動は社会の迷惑行為』
    『迷惑行為は悪いこと』
    『悪いことをするとバチが当たる』

    【参考; 仏教-Buddhism-因果の道理】
    •因果の道理とは?
    •仏教の根幹
    •因縁果の道理
    •善因善果・悪因悪果・自因自果
    •運命を知る方法
    http://buddhism.ifdef.jp/inga/innnennga.html

    但し、・三世因果に関しては、“仏教とキリスト教の来世観の比較”の
    3.ゴ-ダマ・ブッダの来世観
    …愛弟子のア-ナンダが「師の亡き後、だれに頼って生きていけばいいのですか」と尋ねたところ、ブッダは、「理法(ダルマ)に従って生きなさい」と、それ以上のことも、それ以下のことも言っていない。…
    (*証明の仕様もないし、考えても解らない来世のこと等に時間を割かずに、現世での修行に生きなさい。という事でしょう)

    「罰なんかなかったよ」の投稿体験談にありますように、“悪業組織”に居るが為に罰が有ることは因果の理法だが、そこを逃れて真面(マトモ)な社会へ戻れたら、当然良くならんとオカシイでしょう。
    ですからタイトルは「(創価に居たら)罰ばかりあったよ」という事になりましょう。(-.-)

    参考:“憲法と教育基本法を守り続けよう。” 2014/6/7
    【池田大作の正体】と【カルト教団・創価学会=公明党 の悪行】がネットメディアと口コミメディアによって国民に広く知 れ渡れば→(【カルト教団創価学会=公明党】は早晩一挙に崩壊するだろう!)
    http://blogs.yahoo.co.jp/y2001317/45637586.html?__ysp=5rGg55Sw5aSn5L2c44Gu54m55b60

    ※私自身は、罰があるとか、題目で何かを叶えて貰おうとか、元々考えもしなかったので、創価在籍(3歳~)40年ほど?の期間に、怖いと思ったことは無いです。
    (*20歳前後からは完全非活)
    ただ、宗門から破門され、教義もシッチャカメッチャカ~特に今の創価(=公明)の如く、時の権力へ“へばりついて”何とか「甘い汁を吸い」「悪行を隠し」等々の外道以下の組織に成り下がっているのを観たら、(魔軍の団体から)一日も早く逃げ出さんと“エライ事(=罰を受ける)”になるだろう!、とあせると思います。

    創価公明の戦争法賛成で、出版物はエライことになって行ってますね!

    「戦争に負けないための二〇章」池田 浩士 (著) /共和国 ・2016/7/29
    8p
    「平和安全法制」とも「安保関連法」とも「戦争法」とも呼ばれる法律が制定されて、日本は「戦争のできる国」から「戦争する国」へと一歩前進しました。

    9p 戦争が現実のものとして私たちの暮らしの中に登場してきたいま、では戦争とはいったい何なのか? ──これをあらためて問うことが、この絵物語のテーマです。
     そして、私たちが戦争に直面しなければならない以上、私たちは絶対に戦争に負けるわけにはいかない!
    (以上引用終了)
    ※いつの間に「戦争が現実のものとして登場してきた」の?

    「大東亜戦争秘録 日本軍はこんなに強かった!」井上和彦 – 2016/8/10
    「日本が戦ってくれて感謝しています2 あの戦争で日本人が尊敬された理由 」井上和彦– 2015/8/31
    「感動の日本史 (日本が好きになる!) 」服部 剛 – 2016/10/15
    「決定版 日本人論~日本人だけがもつ「強み」とは何か?~ 」渡部昇一 – 2016/7/2
    「素晴らしい国・日本に告ぐ! 」テキサス親父・ケントギルバート – 2015/5/22
    「素晴らしかった日本の先生とその教育 (シリーズ日本人の誇り (4)) 」楊 應吟– 2006/11/5
    「大東亜戦争で日本はいかに世界を変えたか 」加瀬 英明– 2015/5/9
    「英国人記者が見た連合国戦勝史観の虚妄(祥伝社新書) 」Sストークス– 2013/12/2
    「世界が語る零戦―侵略の世界史」を転換させた零戦の真実」吉本 貞昭- 2013/11/12
    「米中韓が仕掛ける「歴史戦」–世界史へ貢献した日本を見よ」黄文雄– 2015/5/22
    等々、上げ出したらキリがない。

    ネットでの“政治ブログランキング”では、嫌中・嫌韓で埋め尽くされているし、マスゴミは安倍ポチを恐れて北朝鮮(以下?)レベル。だし、日本の“先が思いやられる!”

  44. バリ活歴16年、非活歴15年昨年脱会したレイラです。

    1)私の身内(学会員・伴侶は幹部)
    →お金の事で自らの命を絶ちました。

    非活だった母はこの件で更に不振に。祖父母も学会嫌いに。
    この件を私を折伏した元彼Xに言うと頭をかしげて「きっと信心がどこかおかしかったんだよ」と苦笑いでごまかされた。→今怒りを覚えます。その一言で簡単に言うな!と。

    2)学会嫌いになった祖父の最期
    →80代で旅立ちました。
    病で、余命を言われましたが「あと●年も生きられる、ありがとう、私は全く怖くない」と。
    皆に見守られて侍のように潔く旅立ってきました。最期の顔ですか?綺麗でしたよ。

    3)同じく学会嫌いの祖母
    →90代で旅立ちました。
    足腰は弱かったですが、最期まで元気でした。ある日風のように、祖父を追いかけるように
    子孫に見守られながら旅立っていきました。お顔ですか?綺麗でした。

    4)母の信心を反対してた祖母
    →90代で旅立ちました。足悪かったですが、最期まで自分の事は自分でやっていました。
    お顔も綺麗でした。子孫たちに見送られて旅立っていきました。

    5)非活になり私の信心を猛反対した母
    →平均寿命より少し若く、病(余命が大体わかる現代で死亡率の高い病)で旅立ちました。
    皆とても悲しみました。でも、お葬式(他宗)で母の棺にお礼を言ってくれた親戚や知人、仕事が終わってかけつけてくれた人もいました。こじんまりとしていましたが、あたたかいお葬式でした。

    私は母の病は正直「罰なのか?」と少し思いました。
    非活になっていましたが、でも「題目を上げよう、学会活動しよう!」とは
    なぜか思いませんでした。

    手術代や入院費、治療代すべて自分で払い
    家族に迷惑はかけまいとなるだけ自分の事は自分でやっていた母
    子ども、孫が第一、最後まで「母」で
    お金も公平に子供たちに残していました。
    (母は正本堂の寄付で懲りたようでした。非活になり、学会にカツアゲされることなく
    お金を子供たちの為→教育費、成人式、結婚資金、に貯めてくれていました)

    母の死後も、私は罰なのか?ずっと考えていました。

    でもその当時私が出した答えは

    「こんなに家族第一に愛してくれた母に罰を与える、そんな無慈悲なご本尊じゃないよね?
    もし、母の病死は罰だの、信心しておけば治ったかもとか言う会員がいれば、ぶん殴ってやる!
    学会のご本尊より今の私にとって母の愛の方が尊いんだ!」と言う事でした。

    子ども第一で自分を犠牲にしたから、母は平均寿命より短く
    旅立ってしまったのかなと悩む私に私の兄弟がこう言ってくれました。

    「反対よ。母さんは子供たちがいたから、生きようとしたの。(涙)」

    目を閉じると泣いてる孫たちに「おばあちゃんは強いから大丈夫よ!」という
    母の姿が浮かびます。

    私に最期の最期まで「学会辞めなさい・・・あれは宗教じゃないよ・・・」と
    言ってた母。母の生前に脱会報告できなかったのが唯一悔やむ事です。

    母の最期の顔はもちろん綺麗でした。
    父が母にキスをして、皆に見送られて母は旅立っていきました。

    以上長々と書きましたが、罰はありません!
    いい事も悪い事もあります。

    晩年母に「色々とあったけど(人の三倍苦労してきた母です)、
    でも決して悪い人生じゃなかったでしょ?」ときくとうなずいていました。

    「子供たちが皆教育を受けて、育ってくれた。もうそれで母さんは充分だし、幸せ」

    母の生前の言葉です。

  45. 学会員二世。機能不全家族。幼い頃から何をするにも狂信的な親から創価学会のフィルターを通して育てられ、学会活動を強制させられてきた創価学会中心の異常な家庭の中に育ったmです。

    幼い頃は創価学会の家庭に生まれてきたことに、ただ自分の不運だと思っていました。
    最近になって情報を見るうちに、創価学会を退会できると知りました。

    私の身内、親戚中が創価学会なので今は頃合いを見ています。

    このサイトに出会えて本当に良かった。

    今まで自分の気持ちを押し殺して、吐き出せなかった幼い頃の感情が、一気に爆発しました。

    創価学会員の家庭に生まれた子供は、創価学会による最大の被害者です。

    幼い頃から常に、創価学会は宗教としておかしいんじやないか?創価学会の教えってちょっと違うんじゃないか?宗教に勝つとか負けるとか闘うとか要らないんじゃないか?と感じていました。

    しかし、狂信的な親の言う事は絶対なのです。

    創価学会は正しい。
    日蓮仏法は絶対だ。
    題目をあげれば功徳があるから。
    絶対に福運が付くから。

    なのです。

    罰というテーマですが、今までの座談会や会館での体験発表を聞くと自慢話にしか聞こえません。

    学会員は物事の出来事を、自分たちで都合のいいように解釈しているんです。

    良い事があれば、功徳だ福運だと勝手に自分で解釈して言う。

    悪い事があれば、宿業だ宿命転換だ人間革命だと、やっばり自分で勝手に解釈して都合のいいように捉える。

    それを本人たちはまるでわかっていない。
    そんなものは宗教とは言えないのではないでしょうか。
    そもそも創価学会は宗教ではなく単なる団体でしょう。

    功徳も罰も学会員が組織の中で自分たちで勝手に妄想しているのではないでしょうか。

    その大元は日蓮の妄想なのですが。

    宗教ってなんでしょうか

    命ってなんでしょうか

    限りある命を

    すべての命に感謝して

    日々の出来事に

    あるがままの自分を受け入れて

    今ここに自分が存在している

    ということに私はなりたいと思っています。

  46. suzukiさん、初めまして。
    管理人のシニフィエです。コメントありがとうございます。
    suzukiさんは、子どもの頃は創価学会員で、今は父親の判断で家族全員が日蓮正宗の信仰をされているということですね。
    このブログをある程度さかのぼってご覧になったらわかることなのですが、このブログでは創価学会の問題について皆さんにお話を伺っています。日蓮正宗にはできるだけ触れないようにしています。とはいえ、創価問題の一端を担っている日蓮正宗のことにまったく触れないわけにもいきませんが、あったとしてもあえて必要最小限にとどめています。あえてと申しましたのは、少なくとも私は日蓮正宗はもちろん、日蓮の教義に対してはかなり懐疑的な考えを持っています。ただそれを取り立てて問題にすると、本来の創価問題の焦点がぼけてしまう可能性があると思っているからです。例えば日蓮正宗は創価学会を破門するまでは池田大作のいいなりになって、学会員を不幸にしてきたことの事実に関して何ら謝罪をすることなく、創価学会と同レベルの罵倒合戦、訴訟合戦を続けています。その目的は、創価学会からいかに信者を獲得するかの競争をしているように見えます。しかし、ここで今更そんなことを問題にしたところで何の解決にもなりません。ですから「あえて」日蓮正宗の問題に関しては必要最小限に抑えているというわけです。
    当たり前の話なんですが、このブログでは個人の信仰に関しては何も言いません。憲法によって信仰の自由が保障されている日本において、そんなことは許されないからです。しかしながらご存知のように創価学会では「この信心をしなければ罰があたる」「あいつは創価から離れたからろくな死に方はしない」などといった言葉で繰り返し学会員を心理的に追い詰めるなど、信仰の自由はおろか、とんでもない人権侵害を平気で行うような組織です。私たちはそのようなあからさまな犯罪行為に異議を唱えています。間違っても宗教はこうあるべきとか、この信仰をするべきだなどといった発言はここではしませんし、するべきことでもないと考えています。
    つまり、suzukiさんが日蓮正宗の信仰をすることに関して、私やこのブログに参加してくださる方は何も言いませんし、言うべきことではないと考えています。と同時に、suzukiさんはこのブログにおいて日蓮正宗の信仰を勧めるような発言をするべきではないと考えます。例えばsuzukiさんご自身が自分で立ち上げたブログでそうした発言をすることは自由です。ただ、他人のブログで特定の宗教を勧めるような発言は誰であろうとすべきではないと思います。ですからsuzukiさんは「日蓮正宗の信仰をしましょう」とこのブログで発言すべきではないと私は考えますがいかがでしょうか。

  47. 最近聞いた話です。
    同じ支部内の学会員さんで長唄のお師匠さんがいます。
    80歳を超えた高齢なので、大聖堂に誘われても「忙しいから」とか「体調がおもわしくないので」とか色々理由をつけて断っていらっしゃいました。
    先日、長唄の大きな大会に出場が決まって、お弟子さん共々1泊で東京にいかれました。
    大聖堂に行くのも断ってたので、幹部や内部には内緒でいかれたそうです。
    帰ってきたら足が痛くなって、立ったり座ったりするのも辛い状態になったそうです。
    聞くと東京で結構歩いたそうで、確かに東京って歩きますよね。
    こちらは田舎で車社会ですので、急にたくさん歩いたらそりゃあ足も痛くなりますよね。
    まして、ご高齢ですし。
    でもそのお師匠さんは「今までさんざん誘われても東京の大聖堂には行かないで、趣味の長唄では喜び勇んで行ったので、この足の痛みは、罰があたったのかもしれない。」
    とおっしゃてるそうです。
    そして、あろうことか、暖かくなったら、大聖堂に行きます、と決意発表までしてしまったそうです。
    普通は急にたくさん歩いたから足に負担がかかった、としか思いませんよね。
    でも創価フィルターがかかると、何の関係もない大聖堂に行くのを断った罰だとなる。
    「いや、それ関係ないから。」って言っても過去からの刷り込みによってこれは罰に違いないと思ってしまう。
    普通の人が聞いたらドン引きですよね。
    あにきさんのコメントにあった、古臭い指導も、やめてくれと思いながらも耳からはいってくる。
    若い内部の子がいてドン引きしても、似たような話を何回か聞くうちに、頭では否定していても心の奥底に染み込んでしまう。
    そして、なにかの時にフッと出てくる。
    それが自分で気づかないうちマインドコントロールされる恐さではないでしょうか。

    宝星さん
    私は覚醒して初めて政治のこと、この国のこと考えるようになりました。
    もちろん、こちらのブログの影響は大きいです。
    いつもやわらかい中にしっかりとした意見をお持ちのコメントにゆっくり考えること教わってます。
    この団体が本当に困っている被災者の方や子宮頸がんの被害者に手をさしのべることができたら。
    そういうことに一致団結したら、瞬時にすごいお金と、皆の力が動くのに。
    本来、そういう末端の人達の集まりなだけに残念です。
    今は小さくても自分にできることをするだけです。

  48. mさん
    本質を突かれたコメントに感謝いたします。
    すべて同意します(^^)
    これからもよろしくお願いいたします。

  49. 三枝さん、そうですね。
    >ほんと、学会員は人の死に対して不感症なんですね。これも、全国共通なんですね。
    私もそう思います。以前ここで話したことなのですが、母親の代からバリ活創価脳の兄嫁は、実母が亡くなったときに決して泣きませんでした。それは心配する周りの家族を思いやって気丈に振舞っていたのではなく「母は最後まで信心を貫いたのだから成仏したのだからちっとも悲しくなんかない。泣く理由なんかどこにもない」と周りに言っていたのを、私の母(同じバリ活創価脳)が、「実の親が死んだというのに涙ひとつ流さないのはどうかと思う」とこぼしていたのが印象的でした。学会員の葬儀では、故人がどんなに悲惨な死に方をしても「家族の罪障をみんなまとめて持って行ってくれたのよ」とか「今世の使命を全うしたのだから、すぐにきれいな体で生まれ変わっているわ」などとめちゃくちゃなことを平気で言います。とにかく残された家族に向かってその場しのぎの無責任なことを平気て言ってのけます。これも全国共通のようです。人の気持ちなんか考えきれなくなるんですね。それを悪びれもせずあっけらかんと言い放つ。デリカシーとか思いやりとか、そんなレベルではなく、生命に対する侮辱以外の何物でもないと思います。やってることは生命を軽んじるカルト宗教。その実態はただの詐欺集団。被害者とも加害者とも自覚のない洗脳された、いいように搾取されるだけの学会員。
    よく「創価学会にもいいところはある」とうそぶく、被害者意識も加害者意識もないが、いちばんうまいこと騙されているチョイ活がいますが、創価学会のどこにいいところがあると言うのでしょう。これだけの人権侵害をみのがせるだけの「いいところ」って何なのでしょう。

  50. minronさん
    1円財務4人分ですね(^○^)
    手数料等を考えると、創価の方がお金がかかっているので良いことだと思います。
    39996円(可処分所得の中からなので本当はもっと高いですね)大切に使ってください(^^)

    財務が断れない方は、1円財務ですね!

  51. 創価の会員の人生観って、例えば奇妙な物差しを使って建てられた建物のようなものだとも言えますね。
    世の中の物差しは、日本ではミリとメートルが標準です。10進法です。
    時間や外国のインチやフィートは、12進法です。
    これが、創価では7進法とか8進法みたいな、使いようのない尺度の物差しを基準にした価値観をもとに
    人生設計をしているような感じですね。
    例えば建築の世界で、ミリ単位に測量をして建物を作り、それにあった建具や家具や家電を内装に取り付けるわけですが、その内装を取り付ける段階で、創価の建物は奇妙な物差しを使用しているため、通常の規格品の寸法が全く合わず、見映えは立派だが全く使い物にならない建物みたいなものです。
    そのことを創価では、規格品の寸法のほうが間違っており、自分達の奇妙な物差しによって作られた建物のほうが正しいのだと理不尽な主張を繰り返しています。対話の出来ない創価脳がこれです。
    我々が今まで便利に使いこなしていた自分達の物差しを、わざわざ奇妙な物差しに変える必要もないし、変えることによって世の中に混乱が生じます。(折伏活動のこと)
    創価のいう「広宣流布」とは、このような奇妙な物差しを世界に広めようとしているようなものです。
    そんなものは全然必要ありません。使う気もありません。
    よって、このような奇妙な物差しを押し売りする活動を辞めたとしても、罰など当たるわけがありません。
    自分はそう思います。

  52. スマイルさんありがとうございます。
    やっぱりそうですよね、おかしいですよね!

    今までは家にパソコンも無くて最近スマホに変えてから一気に情報を見るようになりました。

    そして幼い頃の感情も一気に爆発しました。

    しかし、精神的にも爆発したみたいで仕事中でもあの頃の記憶が蘇って急にボロボロと涙がこぼれ落ちることがあります。

    でも、このサイトで癒やされていると思っています。

    みなさん方もよろしくお願いします!

  53. 非活約1年、二世、アラフィフのあにきです。
    活動家の学会員って、人の死に対して、評論家になるというか、冷たいというか。葬儀のあと、死相がああだこうだ、と聞かされることがいかに多いことか。
    死に対する尊敬なんて皆無であり、愚弄しているとさえ感じています。
    宗教とは、誰も逃れられない生老病死をどうとらえ、どう乗り越えていくかを考えさせ、実行させる手段だと私は定義しています。
    死に対する姿勢が滅茶苦茶軽い創価は、宗教ではないと思っています。カネ、無償の労働を強いる反社会的な団体、と言っても過言ではないでしょう。

  54. シニフィエ様
    再開して下さりありがとうございます。
    学会三世非活ン?十年のまめです。
    このサイトをお気に入りに入れていたので、定期的にチェックしていました。
    久しぶりに目にする常連の方々や新規の方がおられて嬉しくなってしまいます。
    レイラさんの学会のカツアゲのくだりは思わず吹き出してしまいました。
    新卒で就職した時のことを思い出してしまいます。
    一人暮らしで自由だ〜と思ったら、中学生の時から苦手な学会員(既に女子部でした)が私の父に聞いたのか、活動しないくせに見栄っ張りな父が依頼したのかご本尊は持ってないとダメよと有無を言わさずそのままお寺へ連行されました。
    友人が遊びに来る度に「これはドレッサー?」と布で隠した仏壇に驚く事数回ありました。
    創価ネットワークは恐ろしいもので、会社に転居先の女子部から電話がかかってくるのが嫌でたまりませんでした。
    一人暮らしで就職したばかりの社会人一年生に余裕資金なんてある訳ないのに財務の話です。
    選挙は住民票を移してなかったので、公明党に入れずに済みました。
    父方の親戚の中でも熱心だった叔母が今年初めに亡くなりました。
    学会抜きなら叔母は好きでした。親戚中この叔母に逆らう人はいませんでしたが、私は信心について反抗した事があります。
    抑うつでドン底の時期でしたが、それ以来私に選挙や新聞、学会活動を強制する事はありませんでした。
    叔母の息子夫婦とその子供が代わりに?新聞や投票依頼してくる様に…。
    叔母といっても父からみた叔母なのですが。
    何とか逃げてはいますが、逃げてばかりでは私の意思は伝わらないですよね。
    私の人生には創価は要らない。
    罰もバチもあたってない。
    まとまりのない愚痴でごめんなさい。

  55. こんばんは、50代、ツムツム活動家のコージです。
    スターウォーズイベントが終了して、ちょっぴりロス状態です。
    このロス状態を解消するには・・!そうだ!お題目しかない!
    祈って祈って戦って戦って勝って勝って勝ちぬくのだ!
    ・・・な訳もなく、1年半以上、仏壇に座っていません(笑)
    signifieさんの、
    >それよりも「創価を疑っても罰なんかないよ」と伝えるほうが、いくらかは届くのではないかと
    ほんと、そう思います。
    以前、心身の不調を理由に非活宣言して、しばらくしてから
    同じ地区の男子部から一緒に戦ってきた壮年部の人が心配して
    少し話をさせて欲しいと電話があったんですが、
    私が「でもね、創価には功徳なんて1%もないよ?」と言うと、
    すぐに創価シャッター閉じて感情的に反論してきたんです。想定内でしたが。
    あの時、「創価からひとまず離れても罰なんてないよ!」と言った方が、
    もう少し気持ちが届いていたのかも知れません・・・
    まあ、今であれば、ハッキリと言ってあげられますが。
    その後、その壮年部とは一回も会話などはしていません。
    男子部時代からずっと足に障害を抱え、当然それが治るはずもなく、
    仕事面でもずっと不幸ばかりで何1つ改善していなかった方です。
    1年以上前から、ピタリとメモ書きなども入ってこなくなったので、
    もしかすると、私のように非活に転じているのかも?とか期待したり・・
    「コージ君は魔に負けて信心やめてるから、関わらんとこ」とか思ってるんなら、
    まあそれでもいいですが(^_^;)
    こんな快適な魔なら、大歓迎ですけどね(笑)

    新聞をストップされた方々、おめでとうございます、
    まだコージは新聞辞めてないんかい?と言われそうですが、
    何か面白いネタでもあればご紹介しよう、という気持ちで、
    いや、単に口うるさい地区婦人部長を刺激しないようにと
    ダラダラと購読しておりましたが、ほんと、しょーもない話です。
    最近の聖教新聞は、突っ込むような面白い記事も皆無で、
    1面に海外のお金ばら撒き記事と池田の本当かよメッセージ、
    あとはひたすらひたすら広告だらけ・・・
    こんなつまらない新聞を読んで、啓蒙までして
    創価脳の活動家は、どんだけ余裕があるのでしょうか?
    そこの創価脳のアナタ、こんな新聞、本気で面白いとか思ってます?
    読んで功徳?辞めて罰? ないない!(笑)
    さっさと新聞なんか辞めて非活に転じた方がいいです。
    とか言って、池田のXデーまで購読を続けたろか?とも
    少し思ってたり(;´Д`)

    そもそも創価の信仰など、功徳も罰も地獄行きもないのは
    歴然とした現実であります(会合風に)

    考えてもみてください。
    そもそも創価学会の歴史だって、仮に池田大作が創価に入らなければ、
    創価は今でも日蓮正宗の信徒団体だったはずですから、
    逆を言えば、宗教なんて、何でもアリなんです。
    どうしても信仰に頼りたい気持ちが捨て切れないのであれば、
    自分で穏やかな気持ちで、独学で信仰心を持てばいいんです。

    ある意味、宗教なんてものは、曼荼羅がどうだとか
    大昔のお坊さんの説教がどうだとか、そう言うことではなく、
    自分自身の生命の中にある「優しさ」だとか「希望」みたいなものが
    本来の宗教的な救いの道のようなものではないかな、と思います。
    創価の言いなりになって活動や簡略勤行なんかしたところで、
    そんなもので境涯革命だとか、宇宙のリズムと合致するだとかは
    どう考えても有り得ません。
    早い話、創価なんかに協力するのではなく、
    普通に「1日1善」「人に親切に」という事の積み重ねこそが、
    宇宙のリズムに合致?していくのではないかなと思います。

    てか、勤行や選挙応援や財務などで宇宙のリズムと合致するんなら、
    スペースシャトルや宇宙事業などに関わっている人たちは
    みんな創価の活動したほうが確実なの?と思いますよ(笑)
    無重力状態の中で、お守りご本尊をプカプカ浮かせながら
    宇宙飛行士がナムナム・・・・・
    NASAからも、宇宙のリズムに合わせるためにナムナム・・・
    上手く軌道に乗ったら、威風堂々の歌!とか(笑)

    創価が究極のブッポウというのなら、そうなってても
    おかしくないですよね~? (^・ェ・^)

  56. セイコさんのコメントの中のお師匠さんのお具合が本当に心配です、
    はるばる大会に出かけられて、きっと気持ちも弾んで出かけられたことでしょうに、
    しばらくしてお疲れが出て、‥‥ほんとよくあることなので休息されたらいいですよね、
    誰彼にとがめられるようなことじゃありませぬ、ましてや創価になんぞ☆〜
    ところで政治のことは相変わらずよく分からないんです、
    主人がテーブルに置いていく日経新聞を拾い読みしてるだけで、
    ああ世の中ってこんなに目まぐるしく変わるんだ〜〜とついていけません。
    ‥‥ただ経済の仕組みが信頼できるものであれば社会も安定して
    より多くの人が普通の暮らしが送れるんだろうなあ、と
    創価が経済に及ぼす不可解極まりない影響が弱まれば、
    落ち着いた社会になるんじゃないかな?と、期待しています。
    創価は政治を動かすために経済に幅をきかせすぎ、と思うんです。

    ラザリスさん、お仕事が充実されているご様子、
    コメント参考になりました。
    他にもお仕事お忙しい方、年の瀬ですのでお体に気をつけて

  57. こんばんわ!

    マリーさん、本当に皆さんの体験よんだり、かくことで忘れた記憶が甦ってくる、ここはすごいブログですね、びっくりです(@_@)

    レモンさん、じーんとしてくださり嬉しいです。
    昨日も2番目の娘が花籠をかかえ、看病(風邪)にきてくれ、嬉しかったのですが、うつるのですぐ帰ってもらいました。

    レモンさんの新婚時代をその後、池田の婦人に置き換えて考えてみました。
    話が飛びますが、「香峰子抄」、、あんなにつまらない本がミリオンセラーになんでなったのか、どんなに考えてもわからなかったのですが、ここで、理解できました。何冊も一人の人が買って誰彼となく贈呈していたんですね。半強制的に勉強会資料として私も買って読みましたが、記憶にないほど、つまらい本でした。
    そして、勉強会、げっ、ほんとにやるんだ。しかも、一人ひとり、感想を述べよ。。。つまらなかったと言えば空気が悪くなる。
    私は、先生がご執筆中、なにかあったとき、すぐ行けるよう、奥さまは廊下に布団をひいて寝たことが偉いなと思いました、、みたいなことを、言った記憶があります。
    他の会員さんも、すごいねぇ、立派だねぇ、真似できないねぇと抽象的な意見しかなく、ちっとも、勉強会っぽくありません、得るものは何もありませんでした。
    その後、他の人もつまらなかったのか、ブックオフにはずらーーーとかねさんの本は100円で並んでいました(高い)。
    確かに池田の妻は大変なご苦労があると思います。しかし、お手伝いさん、子供シッター、料理人などいて、かねさんは活動しているだけでよい身分だったのですよね(活動してたのか?)。
    しかも、有り余るお金でまわりからチヤホヤされていた。
    途中から、池田に付き添うようになり、ツーショット写真が見られるようになったとき、思わず、笑ってしまいました。かねさん、いつも池田の隣に、同列に、微妙に隙間を作って離れてたっています。バッグは腕を曲げてもつわけでなく、どーんと腕を下におろして無造作に持っています。足も開いていてO脚をごまかす訳もなく棒立ちですね。カメラマンやスタイリストも池田夫婦が怖くて何もいえなかったんですかね?
    有名人夫婦のスナップでこれ程あか抜けない写真は初めてみました。
    また、池田は私が女子部のころ、恋愛禁止にしたり、戦いきって結婚しなさいとの指導をしていました。おかげで40過ぎで子供なしの戦いきって結婚した元婦人部がゴロゴロいます。戦いきったわりに離婚も多いです。
    でも、かねさんは、戦う前に20歳で結婚したんですよね。社会の厳しさのなんたるかも不完全な状況で、婦人部指導したり、会員さんが尊敬できるほどの本を良くだせましたね。
    なん十年創価にいても、池田家は、天皇家よりわかりませんでした。。。闇が深すぎて。。。

  58. 元栄光地区婦人部さん

    コメントを有り難うございます。
    信心ガチガチの親をもったところが私と似ていると思いました。
    だけど、元栄光婦人部さんのご両親のほうが知性的です。
    母が信心を始めたころは、年の離れた姉たちは専門学校や、就職のため、家を離れていましたので、創価の毒牙にはかからず、セーフでした。それまで、母は良いと聞けば、たいこどんどんの信仰や踊る信仰、何でもやったそうです。今度は創価学会?あきれて、開いた口がふさがらなかったと良く言っていました。
    その為、姉たちが帰ってくるといつでも、信心のことで大喧嘩していました。
    なん十年も喧嘩するうちに殆ど、絶縁、。母は今も許してもらっていません。私だけが母の保護者として施設に時折いっています。その私もあんな風に子供に寂しい思いをさせたくないと、母の間反対の子育てをしてきました。
    小さな子供にとって、親の影響力は大きく、子供の頃は、姉たちが間違っていると思っていました。

    年頃になり、友人が遊びにくると、ノックもせず、部屋に入り、友人に根掘り葉掘り、家の信仰を聞き出したりして、邪宗だとしると、仏間にもどり、大声で題目を始めます。恥ずかしく、私も無理に世間話、学校のことを大声で話し、母の題目をきこえないよう、努力しましたが、聞こえていました、確実に。嫌がらせです!

    社会人になり、年始は会社の屋上にあるお稲荷に今年も売り上げ発展の願かけをします。
    母が知ると「そんな会社やめなさい!」入社するのに大変だったことを母も知っていたはずなのに。
    5年頑張ってましたがやrめました。

    2回目の企業は年始に商売繁盛の不動尊にいきます。
    それも、母はろくでもない会社だ「一年くらいで、見切りをつけなさい!」5年頑張りましけど。

    結婚相手も「うちは、入信が条件です。」
    素直に入信してくれましたが、最後まで、夫だけには冷たい母でしたね。

    いいことがあれば、私の題目のおかげ、悪いことがあれば、私の弱い信心で魔がはいった。リズム感、こぶしもいれて
    ♪あっ、そーれ、題目、題目、題目、いちにも題目、ににも題目、、、。そーれ、、題目しなさい♪

    信心で誉められても、普段の私の努力は認めようとせず、全部、私が祈ったからと平然と言ってしまう人でした。私の努力は見ていなかったようです。
    毒親でした。

    親子ですから、憎みきれませんが、青春の一番輝いていたとき、潰されたものがあまりにも多かったです。
    憎みきれないけど、許しがたいものが多いです。

    かえって、創価を信じると不幸ですね。

    創か学会の葬儀は欠陥だらけです。無神経極まりないです。
    創か学会自体鈍感で、非常識です。

  59. 創価の活動家は
    自分の信心の確証を得たいために人の死を成仏の相などとさばきます。
    『自分もこの信心をしていると、死ぬときは苦しくなくて、死後も成仏できる』と。
    そして学会員でも悲惨な死に方をした方をみても、『その人の信心がおかしい』とか、または『頑張ったんだから成仏してるよ』などといって上っ面の慰めの言葉をかけたりします。
    全て不安と恐怖から出ていると思います。

    学会員は『人の気持ちに不感症』なんですね。

  60. 皆様、こんにちは。杜若です。(元地区婦、退会済み)
    創価の活動が嫌で苦しんでいた時、投げ出してしまいたかった時
    やはり、仏罰が怖くて雁字搦めになっていました。
    そんな時、末活の方のブログに「組織で言われてるような仏罰はありません。」
    と書いてありました。本当にこの言葉に心が救われました。
    活動から離れて1年ちょっと経ちます。退会してから9ヶ月経ちます。
    日々充実しています。元気いっぱいです。
    1日仕事をした後、くたくたになりながら会合に出なくてもよくなりました。
    新聞啓蒙の目標数に追い立てられる事もないです。
    いつ解散総選挙になるのかとピリピリしなくても良いです。
    「聖教新聞、短い期間でいいので取ってくれませんか?」
    「今度の選挙なんだけど、公明党から○×△□と言う候補が出ているのでよろしく
    お願いしまぁす。」
    「今度、こう言う集まりがあるんだけど、来てみませんか?」
    外部の友人には頭を下げて頼み事ばかりしなくても済みます。
    バリ活さんも未活さんも退会者さんも人生色々で良い事も悪い事もあります。
    罰論なんて何か起こった後に後付けで何とでも言えるいい加減なものです。
    人の心を恐怖心で縛る!!そんな団体が人を幸せにする宗教なもんですか!
    仏罰への恐怖心が創価シャッターが下りる原因かな?とも思います。

    話は変わりますが第2シーズンの終わりころ、コメントされていた
    地区婦のあずきさん。お元気ですか?

    無駄に高い紙    イラン( -.-)ノ ・゜゜・。ポイッ

  61. signifieさんのsuzukiさんへのコメントに同意します。
    私も日蓮の教えには懐疑的です。というか強く否定します。
    日本は信教の自由が保証される法治国家ですから何を信じても自由。個人の裁量に委ねられていますので批判めいたことは言いませんが…。この際、宗教書を読まれたらいかがと思います。仏教研究の大家と言われた東大の故中村元先生の本がいいと思います。
    特におすすめは三枝充悳さんとの共著「バウッダ」(講談社)ですね。原始仏教から大乗仏教へ釈迦の教えの真実が書かれています。
    テーマとかけ離れてすみませんでした。

  62. こんにちわ

    葬儀の話がでていましたので私にも言わせてください。
    S40、50年代、父や兄の葬儀にお祝い袋でお香典を持ってきた会員さんいっぱいいました。
    創か学会では喜ばしいことだそうで、新しい旅立ち、家族の業を全部持っていってくれた、来世は創か学会の家に生まれてくるなど、見たこともないのに堂々といわれ、MC中の母や私は納得していました。姉たちや父の兄弟は大激怒でした。その後の家庭内の争いは想像どうりです。

    夫の葬儀はこだわりがあったので、若い人らしく、菊の花を入れず、ラン、バラ、ひまわり、ゆりなど、香りがある洋花にしてのフラワー学会葬儀でした。
    ところが、普段でも偉そうで笑顔一つない年のとった幹部が儀典長、、遺族に会釈もなくさっそうと座って、挨拶もなくいきなり、勤行、唱題を始めたのです。勤行が終わろうとした頃から、煙にむせた儀典長は喘息の発作が始まりマイクには、、、ゲホンゲホン、ヒューヒーユー、ふうふう、、、とても苦しそうな音が入っていて、勤行どころではなくなり、一人ひとりの焼香時、あろうことか、黙って帰ってしまいました。誰かかわりをしてくれればいいのに、会員はただ大きな声で題目をあげるだけ。喪主だった私は急いで係員に言って用意してきた、クレイダーマンのBGMをかけてもらいそのピアノ曲でお焼香をしてもらいました。
    知らない人まで、足をとめ、花の香りや洋花にうっとりしてくれたのに創価の幹部に台無しにされてしまった葬儀、、、。本当に許せません。ひやひや、ドキドキで悲しむどころではありませんでした。
    母だけが、いいお葬式だったね、、と言って回りをしらけさせていましたが、姉たちは私達をかばい、母には一言もなく睨み付けていました。なぜ、こんな時も覚醒できなかったんだろう?
    地区の人たちが、、、この世の使命を果たしきったのよ、、転受享受よ、きょうし寿命できただの、ほんとに軽々しく言ってくれたものです。
    これから子供たちにとって、必要になるはずの夫がいなくなって、なにが、この世の使命を果たしきった?
    MC中は、、そうなんだ、、と、ぼんやり思っているだけでした。
    鈍感で無責任の集まりです。

    レイラさん、天国のお母様、喜んでいますよ!

  63. 今回は笑いなしでコメント致します。LIARです。

    生きてきたようにしか死ねない、と言った方がいます。言いたいことの本質は理解してます。
    生きざまが死にざま。理想的。
    しかし、この考え方すら受け入れられないほど、納得のいかない死に方をされる人なんて星の数ほどいるのに、そこには目を瞑らざるを得ない思想に何の意味があるのか。語るに落ちるとはこの事です。
    妻の兄(年下でしたが)が作業中の事故で亡くなった時、私は人目も憚らず号泣致しました。何年も経ったのに、思い出すだけで涙が出ます。
    これからの人でした。幼子を残し、彼の親友達は私以上に泣き崩れ、沢山の人に惜しまれつつ、天に還りました。
    今でも毎月、誰かが墓石に花を添えていきます。優しく真面目でひたむきな男。本当に惜しい人です。もし、生き返りノートなんてのがあったら、真っ先に名前を書いてやりたい。
    警察の安置所で遺体を確認したのに、それでもまだ「ただいま~」って、玄関から、腹減った顔して入ってくるんじゃないかって。今も。

    それをね、信心していなかったからだ、とか、宿業だった、とか、何か罰が当たるような事をしてたんじゃないか、とか、半笑いのしたり顔で軽々しく言われたら冗談じゃないんですよ。解ります?
    まともな人間だったら、手前がどう思おうと絶対口にする事じゃないんですよ。それすらわからねえのが、バリ活創価脳や様々な宗教の信者さんに『かなりの数で』います。全部とは言いませんが。心当たりがあるなら、そうです、あなたです。
    比べちゃならねえ、それは間違いだ、悪いことだと解っていながらも、そんなとんでもなくふざけた野郎を見ると、兄の代わりに手前が死んだら良かったんだって、不謹慎にもそう思ってしまう自分がいるんです。口には出しませんけどね。

    私の気持ちは私のものです。誰のものでもありません。あなたもそうです。ありのままで受け止め、色んな思いを背負って生きていく。疲れたら休めば良いし、誰かに話して楽になればいい。これのどこか悪いことなんでしょうね。
    愚痴は福運を消すんでしたっけ? 幹部さん。
    良いじゃねえか、聞いてやれよ。あんたを頼って来てんだろ? 生きてるうちに『黙って』聞いてやれよ。信心しろって言いたくてウズウズしちゃうの? 子供か! 早く大人になれ! 何が学会幹部だ、自分の意見も持ってねえ奴が偉そうに。私は創価に対してそう思ってます。ああ、笑い無しでって書いたのに……

  64. 2016年12月20日 10:52
    こんにちは。
    もう、数年前から、こちらのブログを拝読(笑)させて頂き、何度かコメントもさせて頂きました。

    先程、間違えて前回のスレッドにコメントを入れてしまいました。すみません。
    再度、投稿させて頂きます。

    忘れた頃に届く領収書との、
    兼ね合いで、仕方なく1円財務してきました。3桁、2桁していた時もあった私なので、1円!って、逆に手が震えました。学会側が手数料負担だし、マイナス財務ですね。
    読み物関連の未購読、会合、同中等の不参加、選挙活動、唱題停止。
    後は、脱会のみ、なのですが、
    普段学会活動のみをしてきた私は、気づけば
    まわりの友人は、みんな、学会員。
    学会外の友人いるにはいますが、悪どい?選挙活動や、色んな会合に、強引に、誘っていたようなこともあって、身近に頼れるような親友って人が、ほとんどいなくなってしまいました。
    脱会するとなると、学会員の強引な引き止めにあったり、、精神的にその、状況に耐えれるかが、頭を過ぎります。罰は当たらないと分かっていますが、、その後の強烈なゾンビ的な学会員との対応はどうしたら?いいのかと迷い悩んでいます。罰とは、また、別物に思えて脱会後からの、乗り切り方が、よく、わかりません。タイトルから外れたコメントになってしまいましたが、過去スレを何度も読み直しながら、親戚との兼ね合いや、逆襲訪問とか、袋叩きにあいそうな、、どうやって乗り切れば良いのかいろんな事をあと一歩が踏み出せず、迷い悩んでいます。

  65. みなさん、はじめまして三代悲報と申します。

    約10年前に脱会済み、40代三世、元男子部です。
    ラインでは地区リーダー、S班でダサイジャケット着て着任してました。
    自分は創価脱会→正宗に入り→そして正宗で未活動。信仰そのものが嫌になり現在に至っております。
    正宗を勧めてる方がいらっしゃいましたが、自分も管理人様と同意見です。
    元を正せば創価の元凶は日蓮正宗です。
    法華講の方々も今回のテーマ罰の事をよく言われていましたよ。退転したら〜とか、学会員は〜とか。
    結局…創価辞めても一緒じゃねぇか‼︎と思い華麗にフェードアウトしました。
    伝統仏教か新興宗教の違いだけで、根本の思想はまったく同じ。目くそ鼻くそです。
    日蓮さんの教え自体がアレですから…
    創価も正宗も罰と功徳で人々の心を縛り付けてます。身をもってカルトサーフィンした結果です。どちらもヤったから幸せ。辞めたからバチが当たったなんて事はなかったですよ!
    今は何も縛りがない無宗教が一番幸せだと感じております♪
    管理人様のあまり触れないようにしていた配慮は理解できますので、承認はお任せ致します。

  66. こんばんわ。
    2世白百合長のminronです。
    スマイルさんありがとうございます。
    スマイルさんのコメントにも随分癒され、勇気ずけられ私もやっとここまで来れました。一人ではとてもとても1円財務にしても、怖くて出来なかったと思います。
    皆様もありがとうございます。
    これからも宜しくお願いいたします。
    m(_ _)m

  67. ルフランさんへ
    もうなんて言って良いのやら・・・・私の両親のどこが知的なのだろうか?と。
    私の母が生きていたら、きっとルフランさんのお母様と意気投合して一緒に「♪あっ、そーれ、題目、題目、題目、」って踊って歌っていたと思います。(-_-;)

    そうそう、「歌」にまつわる、私の母がいかに知的だったかという思い出話を一つ紹介します。
    私は歌が大好きで学会歌をよく大きな声で歌っていました。
    「森ケ崎海岸」という歌は学会では割りと有名かと思います。
    ある日、台所でお米を洗いながら私は大きな声で歌いました。
    ♪きりすとのみち〜〜〜われゆく〜〜〜とぉ〜〜〜〜〜♪
    間髪入れずに母が「そんな邪宗の歌を歌うんじゃない!」と怒鳴りました。
    しばし私唖然・・・。
    「知的な」母の思い出でした。(白目)

    >青春の一番輝いていたとき、潰されたものがあまりにも多かったです。

    本当に同感です。一番若く綺麗で輝いてるはずの青春時代、世界平和文化祭なんてのに2回も出てしまった、おてもやんのような化粧で白蓮Gなんかやってしまった・・・
    こんな人生から私は何を期待されているのだろう?と考えるようにしています。

  68. 前スレで
    元栄光地区婦人部さんのHNを
    最後に「長」まで付けてしまってました。(;^ω^)失礼しました。

  69. 杜若さまへ
    こんばんは。覚えていてくださって… ありがとうございます。
    昨年の今頃…もう死んでしまいたいと思いながら、地区婦として活動していたあずきです。
    このブログが 休止中もほぼ毎日…過去の皆さまのコメントを読ませていただくことで、本当に救われました。
    まだ脱会できずにいますが、S新聞(多部数)、公明新聞、大白、グラフもすべて止めて完全非活になって半年です。
    いつだったでしょうか? 杜若さまが覚醒されてから、活動家の息子さんとのコメントを読ませていただき…涙が出ました。我が家の息子も牙城会で着任していましたが、すべて辞めてくれて完全非活になりました。
    何も罰もなく… 無事に暮らしています。
    ブログが再開されてから、皆さまの衝撃的な投稿を読ませていただくだけで…コメントできずにいました。
    管理人さま、ブログを再開してくださってありがとうございます(。-_-。)

  70. signifieさま、皆さま初めまして、入会して17年の現在地区リーダーの30代、今は非活動の金麦と申します。よろしくお願いいたします。題名からそれますが、創価学会に入会した当初から創価学会が嫌いです。私以外、妻も両親も誰も創価学会ではございません。ずっとゆる活で、6年前に人材不足で地区リーダーになりました。
    本当に題名からそれてごめんなさい。
    私が創価学会に対して、疑問に思うことを書かせてもらいます。ザックリ行きますね。( ͡° ͜ʖ ͡°)
    1.バチが当たる宗教に誰が入りたいと思いますか?入会させる前にちゃんとその旨、伝えてますか?学会の都合の悪い事に対しては、バチバチバチ‼︎バチはね、悪い事をした人に当たればいいんです。なんで一つの教えの考えをそれただけで、バチが当たるのでしょうか?仏法は厳しいから?それ単なる口癖ですね。感覚だけで言わないで下さいね。
    2.3.と色々ありますが、長くなり、クドくなりますので、このへんで、失礼させていただきます。signifieさま、応援しています。あっ‼︎ちなみに近所の活動拠点は、座談会期間でも、車2から3台位しか無いですね、うちの地区は、5分の1まで衰退してます。

  71. シニフィエ様の問題提起にもある通り、功徳を求めるよりも本当は罰が怖くて創価の活動を続けている人は想像以上に多いと思います。

    信心から離れたら罰が当たると幼少期から教え込まれ、得体も知れない何かに怯えながら育つことが、本人の人生をどれだけ狂わせ、苦しめているでしょうか。
    創価は功徳も罰も都合の良いように使います。バリ活の人に良い事が起これば功徳、悪いことが起これば信心を試されてる、頑張っているから魔が起こる。しかし未活の人に良い事が起こってもそれはたまたま、悪い事が起こればほら見たことかと言わんばかりに罰だと言うでしょう。全部創価の組織に縛り付けるための方便でしかないんです。

    罰に怯えながら生きている人なんて周りにいますか?よほど悪い事でもしでかして良心を痛めている人でもない限りそんな人は恐らくいないでしょう。そもそも、やめたら罰があたる宗教なんておかしいじゃないですか。功徳があると言っているのにやめたら罰が当たる。私たちは生まれた時から強制的に創価に入会させられている。だったら当然未入会の人よりも良い人生が送れてしかるべきですよね。でもやめたら地獄行き。だったら元から創価ではない家に生まれた人はどうなんでしょう。その人たちには罰は当たらないんでしょうか。宗教をやらないことがゼロであるとするならば、本来創価の活動をすればそれがプラスになり、やめればまたゼロに戻るだけです。しかし創価の教えはやめたらマイナスになる。これはどう考えてもおかしいです。やめれば罰があたるというなら、功徳なんかなくても罰があたらないだけ未入信の人のほうがマシではないかと、バリ活の頃から思っていました。

    生きていれば良い事も悪い事もそれなりにあります。たまたま運悪く悪い事に遭遇してしまうこともあります。それを「罰」だとすることは、自分の信心が足りない=「全部自分が悪い」という思考になってしまい、それが続けば精神に異常をきたすことは明らかでしょう。

    バリ活の頃は勤行を一日でもさぼれば何か悪い事が起きると思っていましたが、活動をやめて5年経った今でも罰と思われるようなことは一つも起きていません。これは私が創価の活動は必要ないと確信したきっかけでもあり、一つの自信でもあります。何故今まであんなに怯えていたのかとバカバカしくなります。問題が起きたらその都度自分の頭で考え、解決の道を探っていけばいい。皆そうして生きています。まだ起きてもいない罰などというものに怯えながら生きる人生はもったいない。創価の活動に疑問を感じている方にはそう伝えたい気持ちです。

  72. こんばんは。二世で40代壮年ミドリムシです。

    元栄光地区婦人部さんのコメント、読んで思わず笑ってしまいました(^_^;)

    「森ヶ崎海岸」、私も子供の頃、池田大仏大好き人間の母親に無理やり連れて行かれた婦人部の会合等で良く聴いた思い出があります。

    「♪きりすとのみち~~~われゆく~~~とぉ~~~~~♪」

    良く覚えています。若き池田大仏青年と友人が森ヶ崎海岸で語り合って……みたいな話を歌にしたものですよね。
    まだ、信心していなかった池田大仏青年はキリスト教に行くという友人を別に止めもせず、お別れするみたいな内容で。

    私はバリ活創価脳時代から、疑問に思っていた事がありました。
    その後、大仏先生はこの友人を折伏したのだろうか?と。
    でも、この友人を折伏したという話は聞いたことが無い。何故なのか?
    例え今のようにインターネットやSNS等無くても
    創価学会名誉会長、池田大作の地位と名前と力を使えば、この友人を探す事くらい簡単に出来るのではないか。
    青年時代、あんなに人生に迷っていた友人が邪教であるキリスト教に入信してしまったのに、大仏先生は助けてあげないのか?歌にして思い出にひたってる場合じゃないだろうと。

    結局、池田大仏って、大阪の戦いでまさかを実現とか、1万1千111世帯の拡大弘教とか、伝説的な話はありますが、「私は池田先生に折伏されて信心を始めました」という人を、見たことも聞いたことも無いですよね。
    末端会員には折伏、新聞啓蒙、選挙のFやZの数字をやたらと聞いてきますし、私の地域の名簿には本流した数迄書いてありました。

    だったら、池田大仏先生以下、ダーハラ会長他、全ての幹部の折伏、新聞、F、Z数を発表して欲しいですよね。

  73. あずきさん
    完全非活になられたんですね。
    本当に良かったです。
    第2ステージ終了寸前に書き込まれていて、背負っているものが活動家時代の自分とまさに同じで、とても気になっていました。
    コメントから辛い心情が手にとるようにわかったので、コメントを返信したかったです。
    でも、あの時(閉鎖寸前の時)自分は偽善者なんだろうか??という心理状態になっていて、あずきさんにコメントすることを躊躇してしまいました。
    声もかけて頂いたのに、応える事ができずにいてごめんなさい。
    でも、落ち着かれたようで安心しました。
    杜若さん、声がけありがとうございます。

  74. 「森ケ崎海岸」の歌は美しかったですよね
    ピアノでよく弾いてました、他の学会歌の演奏はイヤイヤだったけど☆
    情景を思い浮かべるととてもリアルだし、実際のところが気になりますね、
    池田センセーの心境もうかがわれますしね‥‥
    お相手の友はいまいずこに?‥気になりますね、実在の方でしょ?
     ♪ 銀波揺れゆく〜〜 森ケさ〜き〜〜

    スマイルさんに以前ご紹介した同名の曲が、手元の楽譜には見当たらなくて‥
    娘が弾かなくなったピアノを台所の近くに移動して、たまにポロポロしてるんですが。
    音楽を耳にすると、ふわ〜〜っと気持ちがゆるくほどけて率直な感性になれると思うんです

  75. レモンさま
    心温まるコメント…気にかけてくださっていたなんて… 嬉しいです。
    ありがとうございます。
    そんな… 偽善者だなんて…
    長年、人の何倍も苦労されてきたレモンさまだからこそ、悩み苦しんでいる人の気持ちがわかるのであって…思いやりいっぱいのコメントだと思って読ませて頂いていました。
    私も含めて、レモンさまからのお声掛けやコメントの数々で救われた方も多いと思います。これからも、どうぞ宜しくお願いいたします(。-_-。)

  76. 杜若です。
    あずきさん、お返事ありがとうございます。
    ずっと気になっていました。
    息子さんも活動から離れる事が出来て本当に良かったですね。
    もうすぐお正月。娘と息子と初詣に行こうと思っています。

    レモンさん、こんにちは。
    私の住んでいる地域はもう根雪に覆われてますが、
    オクラ、それなりにとれました(^^)v

  77. (自称脱会済)の彼とお付き合い継続中外部ジャンヌです宜しくお願いします。

    去年の今頃…私の頭の中は創価一色でしたね〜。笑
    たしか彼の家で隠されていたご本尊様とやらをビリビリに破いて流しに火を放って帰ったような…( ノ∀`)

    だけど、フツーに日常生活過ごせてます♪

    今は創価問題と距離を置いてる状況なので、精神的にも少し楽になりました。
    創価と関わらない方が、罰どころか、よっぽど健康的に過ごせます♪♪

    財務で一万より、焼肉で一万!!
    外部ジャンヌでした!
    ٩( ‘ω’ )و♡happy♡٩( ‘ω’ )و

  78. 管理人様
    新参者の私のコメントを承認くださってありがとうございました。
    創価を完全否定して非活になって10年。折伏の横取り経験から完全な人間不信になり、
    今なお、人様との交流がうまくできず、このブログでもどうしたらいいか、戸惑いながら今書いています。
    おかしな内容になってしまうかもしれませんが、何卒お許しください。

    もし10年まえに、このようなブログがあったら。。。と思うとなんだかただただ泣けてきます。
    創価のおかしい点を幹部にどんなにぶつけても「あなたは教学がわかってない」だの
    「イケダ先生との縁がないのよ」と言われ、折伏の横取りを訴えると「まあ誰が紹介者になろうが
    相手の方が幸せならいいじゃない」と、心の傷を塩で塗られた日々。
    誰もわかってくれる人はいないんだな、と人に対する安堵感や信頼ができず、恐怖心に包まれる日々。

    ギルークさん、あにきさんのコメントを読んで、おいおい泣きました。
    ああ、わかってくれる方がいたんだ、と。

    そしてマリーさんの体験。
    思うに、成果の横取りは本人さんたちは「横取りしてきました!」という申告はしませんよね。
    知ってるのは取られた人間と取られた組織。

    初めての時は、文化祭出演者も知り合いだったので、特に腹も立ちませんでしたが
    今思うと、やっぱりおかしかったんですよね。
    婦人部になってからの出来事は納得できるものではありませんでした。
    折伏は最後の最後まで魔が入ると言われましたが、その魔というのは本人ではなく
    組織内のことなのか、と。
    支部婦人部長同士で喧嘩もしてました。
    人様を仏道に導くのに、いったいこの人たちは何をしてるんだろうか?と
    ただただ情けなかったです。
    挙句、私は所属していた支部の当時の支部婦人部長に
    「貴女の命が汚いから盗られるのよ!!」と。

    私は返す言葉がみつからず、ショックでただただひとりで泣きました。
    私の命が汚いから、友人の幸せをひたすら祈り、信仰によって幸せな生き方をしていこうと
    友人に訴えていたのか、と。

    その支部婦人部長のお子さんは本部職員です。

    私のような人間は創価学会という悪魔の巣窟のようなところに居場所はないな、と
    心から思いました。

    特定の宗教ではなく、自然に生きとし生けるものすべてに感謝をして
    静かに生きようと思いました。
    ただ、強く思うのは、もう一度ちゃんと人を信じることができるようになりたい、ということ。
    このブログでみなさんの正直な言葉を読ませていただき、人を信じれるような
    嬉しさを噛みしめています。このような場を運営してくださっている管理人様にただただ
    感謝申し上げます。

  79. 池田にまつわるエピソードはいろいろありますね。

    汽車に乗っていて、隣のお腹すかせた親子に弁当を買ってあげたとか、謎の池田の手紙とか。

    あと森ケ崎海岸の歌のキリストに入信した友人は後から創価に入会したと噂がありましたよ。

    基本的に『宗教ビジネスのために作り話をつくる。伝統を作る』なんですよ。

    蒲田の戦いとか関西の11111世帯とか。
    あんなの適当ですよ。
    とにかく伝説作りです。嘘でもなんでも伝説作っておくと、そのうち人は記憶が曖昧になったり引っ越したり、死んだりしますので、嘘か真実かわからなくなります。それが狙いです。
    ちなみに嘘ついてると、嘘つき本人も嘘が本当だと思うようです。以前勤めていた組織の長がそうでした。

    創価って、とても上手に人を動かしています。牙城会とか創価班とか、フツーやらないですよ。

    ストーリーを作ってそこに人を参画させる手口。
    見破れば簡単です。

  80. スマイル様のおっしゃる通り、池田にまつわるエピソードは、美談に属するものは、残念ながら(?)ことごとく、口コミで伝えられた作り話みたいですね。もちろん事実を脚色したという程度のものもいくらかあるでしょうけれども。
    逆に、矢野氏をはじめ、長年にわたってすぐそばで池田を見てきた人たちが書いて居られる眉をひそめたくなるような話の方は、どうも殆ど全部本当のようです。
    ちなみに、私の妻は学生の頃(40年程前)にじかに池田に会っています。道端での会話ですが。一言、力強く言われたそうです。「いいかい。絶対退転しちゃいけないよ。何があってもついてくるんだよ」と。
    一目でカモだと見抜いたんでしょうかね。いまだに妻の洗脳は深く、ちょっと解けそうにありません。
    まあ、辛抱ですな。
    殆ど無意識にパッ、パッと人をコントロールする言葉を発してきたんでしょう。麻原も福永も多分そうじゃないですか。
    真実は何かの拍子にだーっと明らかになるものと思います。

  81. スマイルさん、教えて頂いてありがとうございます。

    そうですか、森ヶ崎海岸のお友だちは無事に?創価に入会したんですね。
    池田大仏先生も一安心ですね(笑)

    それにしても本当に創価って伝説が好きですよね。
    そもそも日蓮の竜野口の光物からして伝説ですものね。
    覚醒してみると馬鹿馬鹿しさに呆れるばかりですが、バリ活の頃は同じ話を聞いても『やっぱり先生は凄い❗』『やはり大聖人は末法の御本仏だ❗』と思ってしまうんですよね。

  82. 非活約1年、二世、アラフィフのあにきです。
    まるちゃんさん。その支部婦人部長、脳ミソ逝ってますね。
    30年ぐらい前になりますが、学生部のときは、本尊流布ができていないと、班長の次のグループ長には成れませんでした。本尊流布ゼロのメンバーは、学会の活動家としては、失格の烙印を押されていたのです。
    面接のときなどで幹部がそうしたメンバーを罵倒するのをよく見てきましたが、そのたびにイヤな思いで一杯になったことを思い出しました。
    今はどうかわかりません。ただ、折伏成果の付け替えが横行したということは、創価の力が落ちてきた証左でしょうね。

  83. こんばんわ!

    うちは、子供の一人が社会人になり、転勤で家を出る時、入会カードを書かせられました。しかも、私の了解もなく。子供部屋をお掃除しているとき、初めてみて、入会者が子供の名前になっていたので、驚きました。
    すぐ、地区婦人部長に電話で、抗議しました。「うちは生後3ヶ月で入信していたのを統監で知っていますよね。分所帯の用紙になぜ、書かせないのですか?活動もして、役職もあって、それで、新会員っておかしくないですか?」っといったら、「そういうもんです、継続して、活動ができるし、書類上のことだけでなにもおかしいことはありません」と、言われてしまいました。子供も新しい人生の出発に波風たてたくないとのことでしたので、黙って見送りましたが、今だに納得できません。
    紹介者が誰になったのか分かりませんが、そんなあざといことをしてまで、数や実績が欲しいのでしょうか?
    創価のやりぐちは異常です。いい加減です。数の操作を一生背負う人生で末端の幹部の方は幸せですか?
    前レスに折伏の横取り記事が出ていましたので、ふっと、過去の苦い経験が思い出され、罰のような生活を送っているのは、一体どちらなんだろう、、。
    今は罰どころか、二重人格にならず、せき立てられず、無駄な時間も労力も奪われず、見栄すいた事もしない。正直に生きてゆけることがこんなにも、素晴らしいことなんだと、日々の幸せを噛み締めています。
    大きな災難も長い一生にはあります。でも、毎日、数にせかされ、自分に嘘をつき活動をすることを考えれば、自分自身に降りかかる大きな苦悩を乗り越える努力に一生懸命のほうがよほど、人生が輝くと思っています。そこに、罰など、ありません。

    創価では、策や方法にはしるな、黙っていのれ!みたいな思考停止型指導があります。
    人間の頭は飾りじゃ、ないんだから、困ったとき色々考えるのが、当たり前の人間です。

  84. ちょっと見ぬ間に2  ((+_+))`
    信濃さん、「罰」だの「功徳」だのと宗教じみたことは、“ソーカの公式発表は嘘だらけ”を訂正した後の話である。 私ら一家が非活になった一番の原因は、池田の嘘にあり。

    かっては、戸田城聖に倣って?、
    「創価学会は、たった一銭のカネといえども、会員に迷惑をかけていない。広宣流布の日まで、学会のつづくかぎり、学会員のみなさんから、一銭も寄付をとったり、迷惑をかけるようなことは絶対にしない」(s35年12月7日、中国本部落成式での講演)
    又、偉そうに
    「正本堂へのご供養は、最初で最後のご供養」と、言ってたが、…僅か2年後…
    (いざ集まった金を見て、ここから池田が銭ゲバ悪鬼に変わって行ったと評価する人が多い。/「会長は、ああいう人ではなかったはずだが、権力は、そして富は、人をして狂人にさせるのでしょうか」と創価学会のある首脳が嘆く/(創価の野望より))

    …何の釈明もなくs47から~の金集め。(「嘘ついてすみませんでした」と、土下座して謝ってからしか、話は先には進まないだろう)
    普通の人なら、此の嘘つき。と、太っちょ出腹に見切りをつけるだろう。

    嘘つきを鉄面皮というが、池大没の面には特注品の“超合金製”!か、

    日蓮の再誕!とか池田本仏論?とか~、褒め殺しか!という位持ち上げてたが、…
    会員さんは毎日「仏語実不虚」
    (仏陀の言葉はいついかなる時にも真実であって一切の虚偽を含んでいません)。
    と、唱えておられるのなら、仏と対極の“裏も表も嘘まみれ”の池大没に付いてたら、↓

    ① 公称827万世帯の嘘
    “みんなが寝静まった頃に”-徹底検証-
    http://tskeightkun.blog.fc2.com/blog-entry-709.html
    又、
    “SBクリエイティブonline”には、
    創価学会でさえ退潮の兆しが見えている- 2015年12月17日
    [連載] 宗教消滅─資本主義は宗教と心中する─【16】 文・島田裕巳

    NHK放送文化研究所編『現代の県民気質―全国県民意識調査』(NHK出版)である。これは、全国の4万人以上を対象にした調査であり、信頼度は高い。それによると、自分は創価学会の会員だと答えている人間は3.0パーセントに及んでいる。これに総人口をかけると約378万という数字が出てくる。
     ほかに、2.3パーセントという数字をあげる調査もあり、それだと約290万人という数字になる。創価学会の会員の実数は300万人前後と考えて間違いないであろう。
     NHKの全国県民意識調査は、1996年に行われたもので、すでにそれから20年の歳月が流れている。
    (以上)

    ② 「先生はお元気です」の嘘
    「実名告白・創価学会」」の58p~60p
     そもそも私達は、『新・人間革命』をはじめ、師匠の指導や会合へのメッセージが、本部職員によって作られている実態を知っていた。
     今から15年以上前に遡るが、… 
     また会員奉仕局への支持元であり、師匠の秘書業務を担う第一庶務には、各種会合などに向けて「池田名誉会長からのメッセージ」を作るチームがあった。

     「新・人間革命」は聖教新聞社の中に作成するチームがあり、資料集めから原稿作成に至るまで担当し、最終的に第一庶務がチェックをして完成させている。
    「わが友に贈る」も『聖教新聞』の記者が作成し、やはり第一庶務がチェックをして完成させる。
     さらに、書籍『法華経の智慧』や、師匠と世界の識者との対談集の作成も、実際は師匠が「聖教」の局長、部長クラスの新聞記者に著書の大方針を伝え、その後は担当した弟子(『聖教』記者)が作成していると職場上司から聞いていた。
    前述したが、ローマクラブ共同代表のヴァイツゼッカー博士も、「池田名誉会長との対談集は、直接名誉会長と会って作っている訳ではなく、ドイツSGIが日本の学会本部との間に入ってくれて作っている。池田先生とは数年前に創価大学の卒業式で一度会っただけなのです」と証言している。

    師匠はそうした活動を、会員奉仕局、第一庶務局、『聖教』記者、国際室など100人を超える本部職員を信頼し託していたのだ。 (*100人以上だそうな!)

     しかし、今、師匠が物事を判断できず、意思を示せないと思われる状況の中での「代筆」は、師匠の意思も精神も失われているどころか、本部執行部の不正を正当化することになりかねない。それは師匠を利用する以外の何物でもない。
    (以上引用終了)

    ※創価讃嘆ブログに、“池田先生の指導より”とか引用して得々としているブログ主さんがおられるが、それ(池田指導)を実際に書いたのは、創価が“退転者とか反逆者”とか罵っている、“原島嵩さんをリーダーとする代筆文芸グループ”だから笑っちゃうよね。
    (知らぬが仏の大矛盾)
    発表される体験談も、アッチもコッチも幹部のチェックが入って、最初書いた体験談とは見るも無惨に大違い!だそうな。

    ③ 最後に財務の入出金の明細を会員へ報告しなさい。

    『創価学会の野望─宗教法人を逸脱した数々の策謀』内藤国夫/s53・日新報道
    おわりに、より
     創価学会・公明党を取材していて、いつも痛感させられるのは、池田会長以下の幹部がひとつ、大きな思い違いというか、善良なる一般庶民をみくびりすぎていはしないか、ということである。
     ウソやごまかしは、いつまでもまかり通るはずがない。創価学会・公明党が、いまのようにウソとごまかしで自他をあざむきつづけるかぎり、ただいま現在は、側近中の側近、忠実な下僕である人々も、いつの日か、良心がうずき、創価学会・公明党の現状はこれでよいのか、と思うようになる。やがて造反し、真相はこうだった、と内部情報をわれわれ外部の人間に寄せるようになる。
     このレポート自体が、かってそういう立場にあった人々や、いまも学会の首脳部にあって、池田会長の動静にも通じていながら、池田会長およびそれをとりまく幹部の現状を憂えるあまり、われわれに内部情報を寄せる人々の協力を得て、初めてこうしてまとめられているのだ。
    (以上引用終了)

    ※結局、信仰心のある真面目な幹部の人々は、そうして離れて行ってしまい、残ったのはミニ池田という、守銭奴の嘘を平然とつく輩。これでは組織が持つ筈もない (-.-)

  85. カガテツさんのコメントにある、「正本堂へのご供養」を見て銭ゲバと化した池田センセー
    ‥‥たしかにそれは順を追って考えれば、実際そうだったんだろうな〜、と思いますね。
    幼少期に金銭的に恵まれなかった人のごく一部の中には、いざ地位や権力を手にすると
    絶対に離してはならないと躍起になって、人からどう見られようがなりふり構わず、
    我を忘れて常識はずれの行動に突っ走ってしまう場合があるそうです。
    いまの東京の混乱につながった舛添前東京都知事もそういうタイプらしいです。
    狂信的なあまり、逆の方にアドレナリンが作用してしまった、という感じ??

  86. はじめまして。
    1ヶ月程前に偶然、こちらのサイトにたどり着き、毎日、過去のコメントと一緒に読ませて頂いています。

    元明るく元気な学会っ子です。
    結婚した未活の旦那のDVのせいで、うつになり数年前に離婚しました。
    結婚期間は10年です。外部の人はよく10年も我慢したわね。と言います。
    でも、家庭訪問に来る地区婦は、10年もDVに耐えられたのは、信心のおかげねー。と言います。
    うつの症状が酷くなり、地区内でも公認?の非活3年婦人部です。
    新聞も読めなくなり、見出しだけでも読まなければと購読し続け、新聞取らないと地区に迷惑かかりますからねー。
    でも、見出しどころか新聞受けから取り出すことすら、辛くて辛くて。新聞と大百は止めてもらいました。
    役職は、元白ゆり長、ヤング支部責、新聞正配、民責経験者です。
    未来部時代もいろいろやらされ、恥ずかしい思い、その年頃に見合わない異常な緊張感を日々感じ育ちました。
    両親は、軽い障害を持っており、当時のB長B担以上の役職は回って来ず、代わりに自分達の自尊心を満たすため、私と兄に、徹底的に罪と罰、福運脳を植え付けてくれました。時には脅したり体罰もありです。私は罰が怖くて、そして世界平和を目指す団体の一員だとの変な誇りもあり、どんな事でも、はい喜んで!ピンチはチャンス等と自分に言い聞かせ43年間走り続けてしまいました。夫のDVを受けながら、これは自分の宿業だわ。自分は試されている!魔だ!どなたかも書かれていましたが、自分が変われば必ず相手も変わる!これは、精神的にやられます!絶対に!
    そして、離婚し、非活を過ごしていくうちに、何かソーカの考え方って違うんじゃないか?と考えはじめたら、パズルのピースがはまるみたいに、分かりはじめて、そして何よりこちらに来て、やっぱりみんな同じ事考えてたんだー。ソーカを疑っていいんじゃん!
    バリ活時代の私のバイブル、カネコ本やら、365日本、御ショー&大全集、数珠やら、記念にもらったふくさ等大処分しました。
    何も起こりませんでした!
    当たり前じゃーんと思うのは外部だけです。内部は元気に明るく振舞っているけど、内心ビクビクなんですよ!
    MCの怖さです。
    そしてそのスケールのでかさ。
    スケールがでかいから、疑いにくくなってしまうんでしょうね。きっと。
    スケールは違えど、DVもMCと同じではないかと思います。
    学会員家庭のDVって結構あるんじゃないかな?
    前置きが長くなってしまいましたが、退会届けを出したいと思っています。
    他のサイトはちょっと信用出来ないので、皆さんに教えて頂きたいです。
    巻物も返したいです。

    これから、少しづつですが、リハビリします。
    まず、自分はどうしたいか、どう思うかを考える練習をします。
    一番大切なのは自分です。
    そんなこと当たり前じゃーん。
    チッチッチッ(-_-)
    当たり前じゃないんです。
    だから、辛いんです。
    娘2人いますが、進路や人間関係とか、良く話してくれます。
    私は聞き役に徹してます。
    そうすると、自分で、答えを見つけだし、勝手に歩き始めます。
    頼もしいです。
    学会でちやほやされ、学校ではいじめられてた私から見たら眩しすぎます。
    最近は、特定の宗教の強要も虐待項目になっていますから。
    初コメント失礼いたしました。

  87. 3年前に脱会済です。
    先日、教学の「き」の字の無い先輩に町でばったり会うと
    「5年・10年したら色々出てくるで!」と言われましたが
    創価の連中には5年・10年の間
    何の悩みも、健康障害もなく過ごせるものなのでしょうか?

    辞めてから3年、良いこともたくさんありましたし
    嫌な事や悩みもありました、もちろん今もあります
    当たり前ですが…

    でも狂った創価から脱会できて充実の日々を過ごしていることも
    事実ですよwww

  88. うちは創価3世の嫁をもつ夫(他宗教)です。創価自体辞めさせましたが親からの教育自体(性格そのものが創価)創価なので困ってます。創価は他人に起こった不幸を「本人の業」で片付けてしまいます。結婚して10年、私は18年働いてきた職を失いました。結婚してからというもの何かにつけて良い事が起こらなくて今までの幸福が嘘のようでした。そのうち精神病を煩い退社。
    いじめ問題の裁判2年、最就職するも15時間労働による過労と喘息で10本ものあばら骨折によりここ数年働けず。そんな俺に義父母は業としか言わない。

    創価自体悪い人ではないけど教えそのものが問題で宗教の考え=人格になっているのが大変な問題である。義理の母(地域の婦人部長)曰く異教徒=悪の考えで日々私を恨んでるとのことで、生霊というか念みたいなものまで飛ばしてくる始末。正月や盆に顔出しても無視され、疎外感抜群な家柄で義父も一見人良さそうなのだが、私には冷たい。
    それは嫁に聞くと異教徒だからという理由のみだそうだ。

    嫁は人間の感情のうち、喜怒哀楽の哀が無い。もちろん義父母もそうだし、義弟もその嫁(創価)もそうである。
    一人息子が結婚して3年目に生まれたが愛を知らず育ったため人の不幸をなんとも思ってない。
    必死に私が教えても三つ子の魂なんとやらで気にもしない(息子が3歳まで私はやんでいたため教育できなかった)。
    今も必死に息子に人に対する愛情を教えているところである。

    創価の人間は他人の不幸より自分たちの幸福が大事で創価の考え方しか見えない偽善者集団である(ラジオやCMに騙されてはいけない)。
    単に金集めのためだけの宗教団体なのに気づかずに金を貢ぎ幹部が私服を肥やしてることに気づかない不幸な末端信者の集団である。

    元々本家の法華教の末端組織だったのに無理やり本尊を偽造し、破門されてもなお、勝手に宗教として立ち上げた単なる団体で本家を逆恨みして悪口を言う子供のような団体。事実宗教と認められてないのにしゃくふくと称して他人の家に上がりこみ仏壇の位牌を壊してきたとんでもないやつら。

    幹部に近いほど不幸になり、家族はうつ病等重度の障害を発する
    事実妻(女性部長)もその一人だった。
    私は霊感が強く池田の写真を見たとき鬼に見えたことがある。
    池田大作は鬼そのものの化け物で下半身は今まで騙した信者が亡者と化した姿の塊で顔に向かって登り詰めている。そのため本尊を拝めが拝むほど不幸を呼び込むために創価の家族は不幸になる。もちろん信じた先祖も地獄の闇にいる状態になるし、その子孫も先祖供養を知らないので当然幸福にはなれない。単に教を読む事で幸福になれると信じている。

    私が見た限り先祖の墓にいっても誰もその墓にはいない。なぜなら本当の宗教でないからであり、墓の上空にはじばく霊が浮遊している。当然供養どころか先祖を苦しめている状態である。

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