創価に対する疑問リスト

以前お話が出ていました「創価に対する疑問リスト」

これからしばらくはこれでやっていきたいと思います。

創価に対する疑問はいくらでもあります。ありすぎて頭の中で整理できないですね。なので、ここでひとずつ「創価に対する疑問と根拠」つまりどういった具体的な事実が疑問になっているのかということが簡潔にはっきりとわかるようなリストをみなさんで作っていければと思います。まずは基本的なところの疑問をみなさんに出していただいて、それをジャンル別に整理してナンバリングしてから根拠の部分を簡単な文章にまとめていくとわかりやすいのではないかと思います。

本当は鯛焼きさんとの対話を進める中で作れたらいいなと思っていたんですが、すぐに論点をずらされてきたので無理だと思いました。

・なぜ創価は会員数を公表しないか?

・なぜ創価は収支を公表しないか?

・なぜ莫大な収益をあげている聖教新聞の配達集金を会員にタダ同然でやらせるのか?

・なぜ創価は御本尊を平気で替えるのか?

・なぜ公明党は戦争しやすくする法案を強行に通すのか?

などなどいろいろあると思います。

ということで、まずはみなさんからは思いつく「創価に対する疑問」をあげていってください。

よろしくお願いします。

日顕撲滅唱題会について教えてください

先日から始まりました現役活動家支部長の鯛焼きさんとの対話で「日顕撲滅唱題会」について話をしようとしています。

私が非活になって20年近くになるので、実際の日顕撲滅唱題会に参加したことがありません。どうやらまだ今でも名前を変えて続いているようです。そこで。日顕撲滅唱題会なるものの実際をご存知の方、どんな内容なのかを教えていただきたいです。この撲滅と言う表現が実際に参加者がどのように受け止めているのか。そこでどのようなことを幹部が話しているのか。参加者に対して日顕に不幸があることを祈るように指導しているのか。唱題会の時間や参加者の人数や開催頻度など、今の話でなくてもいいです。実際に参加した方の報告が欲しいのです。そして今でも人の不幸を組織的に祈っている事実がはっきりすれば、これは本当に大変な問題だと思いますし、これを当たり前のようにやっている会員は本当に人間としてのモラルが麻痺していると思います。

まずは日顕撲滅唱題会あらため一凶撲滅唱題会の実態についてご存知の方は、どんな小さなことでもかまいませんので教えてください。よろしくお願いします。

鯛焼きさんとの対話

バリ活の壮年部と言われる現役活動家の鯛焼きさんから前スレに対話の申し出がありました。

前スレにしておくと、鯛焼きさんは大勢の方から質問責めにあうので、いつものようにこのスレッドに移しました。とりあえずしばらくは鯛焼きさんとシニフィエとの対話の場とさせてもらいますので、このスレへは鯛焼きさんのみコメントをしてください。また、鯛焼きさんへの質問や感想などは前スレにお願いします。よろしくお願いします。

私たちは創価学会員さんをこのように思っています。

今回のテーマは「私たちは創価学会員さんをこのように思っています。」とさせていただきます。

というのも、このブログが脱会者が寄ってたかって創価学会員の悪口を言いまくるようなところだと思い込んでいる創価学会員さんが結構いるようだということからです。というか、上からそのように教え込まれていたり、勝手にそのように思い込んでいるのが学会員だからです。なぜそのようにしか思えないのかも含めて、少しお話ししましょう。

もちろんのことなんですが、私たちは学会員さんの悪口を言っているのではありません。このブログを読んで、それすら理解できない方は読まなくても結構です(笑)。

創価学会員として、何十年も活動を続け、お金もありったけ財務に回し、自分のやりたいことや夢や家族との時間を犠牲にしながら広宣流布実現へと、人生のすべてを投げ打って生きてきた何千何万人という学会員が、なぜ「創価は宗教ではなく詐欺だ」という結論に達し、脱会し、あるいは脱会しようとしているのか。その理由は、このブログを少しでも読んで貰えばわかります。「創価が宗教ではなく詐欺だという証拠」は、このブログだけでも山ほど詰まっています。でも創価脳という物事を自分で考えることを放棄した学会員がいくらこのブログを読んでも、そこには嘘しか書いていないとしか思いません。あるいは何を書いてあるのかさえ理解できないようです。宗教について自分で考えないような脳になっているので、このブログに何が書いてあるのかわからないのも当然といえば当然でしょう。

しかし、私たちはそんな学会員を見下したり、バカにしたりしているわけではありません。創価学会の真実の姿を知ってほしい。それには自分の頭で考えることができるようになって、創価学会が何をしているのか見てほしいとの思いで、これほどまでの膨大な証拠を積み上げているのです。

創価学会員であるということは、創価学会に騙されてお金も時間も、人生そのものを奪われて死んでいくということです。創価学会員に今もその途中であるということに気がついてほしいからです。創価の信心をやれば幸せになれる。そんなの嘘です。幸せになれた学会員がどこにいますか?いません!しかし学会員は自分で考えることができないために、創価学会員で幸せになった人がいないことすらわからないでいるのです。いや、何が幸せなのかさえわからなくなっているといったほうがいいでしょう。そして自分もいつかは幸せになれる。誰よりも福運を積んで、絶対的幸福境涯をつかむことができる。と、創価から言われたことを自分で考えることなく、そのまま信じてしまっているのです。なぜ自分で考えないのか。普通の人間は赤ちゃんでさえ自分で考えて行動します。でも創価学会員は「自分で考えたりしたら地獄に落ちてしまう!」と日々の活動の中で嫌という程叩き込まれているので、どんなにおかしなことを言われても、恐ろしさのあまり考えることを拒否してしまいます。神秘主義の終末思想で信者を脅して思考停止に持ち込み、言われるがままに搾取するという典型的な新興宗教の代表格が創価学会です。創価学会の活動の中でそのような脅しの刷り込みがずっと続くので、もう無意識のうちに考えることをしなくなり、パブロフの条件反射の如く「何があろうと創価は正しい」としか生理的にも思えなくなってしまいます。すると、創価について批判的な話を聞くと、反射的に恐怖と怒りがこみ上げてきてブチ切れます。これを「創価スイッチ」と呼んでいます。これは決して学会員をバカにしているのではなく、創価スイッチという言葉で、学会員がいかに思考停止状態でキレやすいのかをわかりやすく表現したものです。ちゃんとした根拠があるからこそ言っています。

また、このブログで一番使われる学会員の呼称は「創価脳」です。つまり「この世で創価学会だけが正しく、後の全ては間違いであり、その間違った宗教や思想を信じているから人間は不幸になるんだ。したがって世界中が創価学会員になれば世界中の人が幸せになり平和な世の中になる」というめちゃくちゃなことを本気で信じているのが創価脳です。さらに「その世界全員創価学会=広宣流布を達成させるためには、どんなことをやっても許される」という過激で危険極まりない「創価原理主義者」のことを創価脳と名付けています。

原理主義というと、イスラム原理主義が浮かびますが、イスラム教というのはもともと他国の文化や宗教にとても寛大な宗教です。その寛容さゆえにイスラム文化と経済は発展の歴史が存在します。それとは別にイスラム原理主義過激派というのは、ごく一部の偏った武装勢力であり、これももっと大きな権力によって操られている傀儡集団でしかありません。これはキリスト教についても同じようなことが言えますが、ここではテーマからそれてしまいますので割愛します。

それと同じように、創価学会員も創価原理主義を脳に植え付けられることによって、いいように操られて自分自身を搾取してしまうという悲劇を繰り返しているのです。折伏も、聖教新聞の啓蒙、法戦と言われる強引な選挙活動も、こうした創価原理主義に染められた思考停止の学会員による悲しい現実です。

創価学会員は創価原理主義を脳に植え付けられているので、創価以外の考え方には見向きもしません。創価以外の考えを知りもしないのに完全否定します。完全否定する根拠など一つも持ち合わせていないし、確かめる気持ちもない。自分で考えたら地獄に落ちると怯えているからです。ネットを見たら地獄に落ちると本気で怯えている学会員もいます。

私たちは、そんな創価脳の悪口を言うためにこのブログにコメントしているのではありません。ここにコメントされる方のほとんどが、かつての創価脳でしたので(笑)、当時の自分がいかに愚かだったのかを身にしみてわかっているから、こんな自分のような失敗はこれ以上誰にもして欲しくない。そしてこれだけ多くの人を騙し不幸にしてきた創価学会が1日も早くなくなってほしい。そうした思いから、このブログに驚くほどたくさんの創価学会経験者から真実の声が集まっていることをわかってほしいのです。

もう一つこのブログから誕生した言葉が『創価シャッター』です。何度も言いますが、創価脳は創価原理主義者です。つまり創価以外の考えを頭ごなしに否定します。創価以外の誰の言うことも聞きません。そのような状態を『創価シャッター』と呼んでいます。これは創価学会員のブログをみればよくわかります。本当に気持ちが悪いです。

このように、日々の活動(勤行唱題、会合、折伏、新聞啓蒙、選挙活動など)によって一旦「創価脳」が完成すると、創価以外の人間は劣った人間だと見下します。創価以外の人間は正しい宗教を知らない愚か者だと憐れみます。人を見下し哀れむことを仏の慈悲だなどと勝手に勘違いして、自分は高尚な人間だと悦に入ります。そしてそんな創価に対する世間一般のまっとうな意見や、創価に対する社会的な評価も一切聞く耳を持たなくなります。下等な人間の言うことを聞く必要はないと言うものすごい傲慢な姿勢を当然だと思うようになります。創価シャッターとはそうした極端に傲慢な精神状態から現れます。とにかく何を言おうが「私が一番正しい」というのがあるので話にならないのは当然です。これをわかりやすく「創価シャッター」と呼んでいます。

「この信心をすれば幸せになれる。ものすごい功徳をもらえる。どんな悩みも必ず解決する」という理論的にはめちゃくちゃな創価原理主義に染められ、創価以外の全てを蔑み、ちょっとでも批判されたら理性を失い烈火のごとく怒りまくる。この典型的な創価学会員の姿を世間の人がどう見ているかというと「気持ち悪い」「関わりたくない」です。しかしこれも創価脳には通じません。むしろ嫌われたり相手にされないと「これで前世からの宿業を切ることができる」とか「これが正法である事の証だ」などと、これまた創価から言われたことを鵜呑みにして、ますます洗脳の深みにはまっていきます。創価の思う壺です。そしてどう見ても不幸な境遇であるにもかかわらず「自分は幸せなんだ。今はそうではなくても、いずれは誰よりも幸せになれるんだ」と、これまた創価から言われたとおりのことを信じて疑いません。疑わない。疑うと不幸になるから何が何でも疑わない。思考停止。それが創価脳です。

さて、この「創価脳」「創価シャッター」「創価スイッチ」という言葉が創価学会員に対する単なる悪口でしょうか。「早く気づいてください。あなたたちは本当はこのようなことになっているんですよ。自分で考えないことがどんなに恐ろしいことかに気づいてください。私たちもかつて同じように騙されて、とんでもない目に合わされていることにやっと気づいたんです。だからこうして繰り返し訴えているんです。」

私たちはこのような思いで現役学会員さんにメッセージを送っています。

このブログを恐る恐るでも覗いているそこの学会員さん。自分で物事を考えて判断するというのは、人間として当然のあるべき姿です。何も考えずに自分の人生を他人に委ねる生き方が正しい宗教だと本気で思えますか?それが宗教だと思えますか?私は思えません。釈迦は目の前のありのままの現実をみなさいという、現実主義者だったと思います。何かにすがるといいことがあるなんて言うはずがありません。ましてやカラーコピーに呪文を唱えると幸せになれるなんて宗教を信じろという方がおかしいと普通なら考えます。創価学会員はそうした判断すら自分でしようとはしません。怖いから。バチが当たるから。地獄に落ちると言われてるから。誰が言ったんでしょう?考えたことないですよね。自分で考えたこともないことを言われるがままに信じている自分に気づきませんか?

もし仏教に興味があるのなら、まともな仏教の書物を読んでみましょう。創価学会の言っていることが全くでたらめだということがいやでもわかります。もし哲学に興味があるのであれば、ちゃんとした哲学の書物を読みましょう。創価の言う哲学がとんでもないインチキだということがわかります。創価は会員がそうした書物を読んだら創価のインチキがバレるから「読んだらバチが当たる」「地獄に落ちる」と必死で脅しまくるんです。もし創価がまともな宗教であれば、他宗教をそこまで否定したり、哲学を下等な考えだなどと蔑むようなことはないはずです。

いずれにせよ「自分で考える」。これによって創価がいかにインチキであるかがすぐにわかります。「なんでこんなインチキに気づかなかったんだろう」このブログにコメントを寄せる皆さんは口を揃えておっしゃいます。いかに自分で考えないことが恐ろしいことかがわかりますよね。さあ、これでも私たちが学会員さんの悪口を言うために集まっていると思いますか?

と言うことで、今回のテーマ「私たちは創価学会員さんをこのように思っています」。あらためてそのことに絞ってみなさんの思いを述べていただけると、もしかしたら少しは通じる学会員さんもいるのかなと思います。少しでも創価に疑問を拭えないで悶々としている学会員さんであれば、少しは自分で考えていると思います。その自分で考えるというところが覚醒への第一歩です。

今回も皆さんの実体験を元にしたコメントをよろしくお願いいたします。

活動家の私が思考停止だったと思うこと

サッカーワールドカップの熱狂と、オウムのテロ実行犯の死刑執行と、大雨による甚大災害発生の報道の影で、国会では働き方法案やカジノ法案がろくに審議されることもなく、国民の関心もないままに通ってしまいました。日本の水道利権が外資に売り渡され、新しい種子法によって、日本の農業は外資の思うままになることがほぼ決まったようです。莫大な利益を生むであろうIR事業に参入を狙っているカジノの外資が、カジノ法案に関係する国会議員のパーティ券をかたっぱしから買っていたことがわかりました。種子法も水道利権についても、確かに自民党と外資の裏取り引きがあったことでしょう。マスコミはそうした報道はしません。サッカーとオウムと災害と芸能スキンダルばかりです。何か大きなイベントがあるときは 本来なら通らない法案も簡単に通してしまうというのは、昔からの自民党のお家芸で、イベントがないときには広告代理店に溜めさせていた芸能人のスキャンダルを小出しにして国民の関心を政治から逸らすのもお手の物です。

公明党は自民党の太鼓持ちでしかないので、自民党がどんなことをやろうと、あの山口代表のようにいつもヘラヘラ笑って見ているだけです。公明党としては宗教法人への課税がされなければ、自民党の政治に口を出すことはありません。

それと同じように、学会員は公明党が何をしているかほとんど関心がありません。学会員にとっては公明党の票をとれば功徳がもらえると信じているので、ちょうど願いを叶えるためにお百度拝りをするようなもので、政治をどうにかしようと思って公明党を支援している学会員はほとんどいません。そもそも政治をどうにかしようと思ったら公明党には入れませんからね(笑)

このように学会員は功徳欲しさに創価の言うことなら何でも聞く奴隷にさせられています。また、しないとバチがあるとか地獄に落ちるなどと、見え透いた嘘にも簡単に騙されますので、やめるにやめられないで苦しんでいる学会員もたくさんいます。

創価学会は宗教ではなく詐欺ですから、功徳もバチありません。

こんな簡単なことが学会員にはわからないです。このブログには数え切れないほどの証拠を挙げているのに、先の秋雄さんのように「創価が詐欺というなら証拠を見せろ」と言う。いやいや、証拠は目の前にいくらでもありますよと言ってもわからないんですよね。ここほど創価が詐欺だと言う証拠の揃ったサイトは他にはないでしょう。

功徳欲しさとバチの恐怖でまわりが見えなくなっています。功徳どころか自分も家族も不幸になっていることさえ気づかない。そりゃそうでしょう、お金は新聞だの財務だのとかたっぱしから吸い取られ、毎日毎晩活動活動の日々。家族の団欒もなければ旅行ひとつできません。近所からは異様な目で見られ、仕事場でも当たらずさわらずの人間関係しか持てないので、一家和楽なんて百年続けても無理です。でも、会員にはそれがわからないんです。いい加減気づきはじめると、バチが当たる気がして、恐ろしくてそれ以上に考えることをやめてしまいます。

今も秋雄さんのあの言葉が忘れられません。

>信仰とは、覚悟の道です。途中に何があろうが、組織に矛盾があろうが、幹部が腐っていようが、貫き通すことこそ信仰です。学会員であったならば耳にタコができるくらい聞いてる言葉でしょう。

 

これぞミスター創価脳。秋雄さんは耳にタコができるほど聞いているから、何があろうとこの信念だけは手放しません。これは指導でも激励でもなく脅しです。脅迫です。「自分で考えるな。黙って言われていることを聞きなさい。言った通りにしなさい。さもなければ地獄行きだぞ」学会員は耳にタコができるほど言われ続けているんです。秋雄さんの言葉で思考停止されている様子がよくわかりますよね。

それで、今回のテーマは「活動家の私が思考停止だったと思うこと」とさせていただきます。「活動家時代にはこんなふうにしか考えられなくなった」と、今となっては話すのもの恥ずかしい「やっちまった話」の思い出と教訓を、今でも「やっちまってる学会員」のためにお話ください。

 

通常のスレッドに戻します。

現役活動家の秋雄さんという方との対話は、わずか2日で終了しました。対話の途中でしたが、秋雄さんはコメントされなくなりました。

せっかくの機会でしたが残念です。

なので、ここでは通常のスレッドに戻したいと思います。

よろしくお願いします。

現役学会員の秋雄さんとの対話

現役学会員さんとの対話を申し出たところ、秋雄さんという男子部副地区リーダーの方が名乗り出てくださいました。アウェイでの対話に挑むその勇気に拍手を送ります。

残念ながら秋雄さんとの対話は2日で終了しました。

しかし現役学会員さんと私たち脱会者の考え方の違いが浮き彫りになった良い機会でもありました。

秋雄さん、ありがとうございました。

 

現役学会員さん、ここで対話をしてみませんか?

『創価学会の信仰をすれば絶対的幸福境涯に絶対になれると言いながら、この80年ものあいだに誰一人として絶対的幸福境涯になった学会員がいないという事実をどう説明しますか?』という質問を学会員にしたとしても、ちゃんと答えることのできる学会員はいないでしょう。『では誰一人として創価のいう絶対的幸福境涯という結果を出したことのない創価学会が、会員から集めたお金がどれくらいで、何に使われているのかを知らないのはなぜですか?学会員はなぜ疑問に思わないのですか?』と聞いても答えることのできる学会員はいないでしょう。答えるどころか、創価スイッチが入って逆ギレします。普段は穏やかな人でも、創価を批判されたと思うと人が変わったように逆上して手がつけられなくなるのも学会員の特徴です。学会員に創価がいかにおかしな集団かを指摘しても、まったく聞く耳を持たないことは、創価経験者であれば自分の体験として身にしみていると思います。なんでこんな簡単なことがわからなかったんだろう。なんでこんなにくだらない詐欺に引っかかっていたんだろう。覚醒した途端にそう思います。

突然、何の予告もなく8年も姿を現さなくなった池田大仏なのに「先生はお元気です」と言われただけで疑わない創価脳。信仰の対象(ご本尊)が変わる宗教なんて本来ありえないんですが、他にもどう考えてもおかしなことが、学会員にはおかしいとは思えない。思えないと言うより、思ったら最後、地獄に落ちると怯えている。いや、自分が怯えていることの自覚すらない。これがいわゆる創価脳の特徴と言えます。ひとことで言うと思考停止状態です。

しかし近ごろは、そんな創価脳のみなさんでも、創価のあまりのおかしさに、次第に自分の頭で考えることができるようになって、奴隷のような活動に嫌気がさし、禁断のネットを読んで、このブログにたどり着き、創価が詐欺だったことに気がつく人が増えました。そこまで行かなくても、非活になったり、勤行やめてみたりしても何も変わらないことに気付く方も多いようです。本当に創価は急速に崩壊に向かって突き進んでいるようです。

最初にあげた『創価学会の信仰をすれば絶対的幸福境涯に絶対になれると言いながら、この80年ものあいだに誰一人として絶対的幸福境涯になった学会員がいないという事実をどう説明しますか?』という質問にちゃんと答えられますよという現役学会員さんや、池田大仏が8年も姿を見せないまま、大量の執筆だけは続けていることをちゃんと説明できる学会員さんがおられましたら教えて欲しいです。

このブログは現役学会員さんのコメントも受け付けています。ただこれまでにコメントされた現役学会員さんは、ろくに挨拶も自己紹介もなく、ふつうに話をすることが困難な方ばかりでした。唯一対話ができた現役学会員の白いブランコさんも途中で組織から離れました。結局のところ、このブログでまともに話しができた現役学会員さんは一人もいません。

そこで今回は現役学会員さんに対話を呼びかけてみたいと思います。

衰退著しい創価学会で、今もなお真面目に活動にはげみ、新聞を購読り、財務を差し出して、選挙のたびに自腹で走り回って友人に疎まれ、連日の会合に家事や仕事や育児がおろそかになっても活動を最優して、家族で旅行のひとつも行く暇もお金もらない毎日を「最高に幸せです」と言うしかない現役学会員さんと、真面目に本音で対話をしたいと思っています。

現役学会員さん、ここには毎日何千人もの創価経験者が見に来られています。あなたが創価学会は素晴らしい宗教団体だと信じておられるならば、そのことをここで話されてはいかがでしょう。私は学会員さんと喧嘩したり討論するつもりはありません。一人の人間として対話がしたいのです。

ということで、今回のテーマは『現役学会員さん、ここで対話をしてみませんか?』とさせていただきます。みなさんも現役学会員さんに聞きたいことや、話をしてみたいことがありましたら呼びかけてみてください。たった一人でも、まともに話のできる現役学会員さんが来られたら嬉しいですよね。

『対話を求めて』のこれまでとこれから

みなさんに大切なお知らせがあります。

もしかしたらこのブログが近いうちに一方的に閉鎖されるかもしれません。

ここで詳細を話すのは危険ですので控えますが、先日のように突然アクセス不可能になったらそういうことだと理解してください。これまでここに集まった「創価は宗教ではなく詐欺だ」という確かな証言の6年半の記録はネット上から消えてなくなるかもしれません。なんとかならないかと検討していますが、もともとこうした世界に疎い人間だし、なにぶん外国のサービスですのでうまくいきません。どなたかこのあたりのことに詳しい方がいらっしゃいましたら、コメントいただけると有り難いです。

もちろん最悪このブログが閉鎖されて過去の記録が消滅しても、別のブログサービスを使って『対話を求めて』は新たにスタートするつもりですので、そこは安心してください。緊急事態の時は、先日と同じく高倉先生のブログ『白バラ通信 パンドラの箱』にコメントさせていただきますのでよろしくお願いします。

このブログをスタートさせた6年半前とは違って、創価は確実に崩壊へまっしぐらに加速度をまして転がり落ちています。新入会員はほとんど見込めず、いたとしてもわけも分からず入会させられる高齢者ぐらいです。さらに現役会員も高齢化が進み、実際の活動家と言われる一人の会員に課せられる負担もどんどん大きくなっているようで、それが原因で覚醒して脱会する学会員も増えているようです。いずれにせよ創価学会は近いうちに機能不全を起こし、化けの皮が剥がれるでしょう。ですからこのブログがたとえ消滅したとしても、もう創価学会に未来などありません。例えば5年後、創価学会の活動家は半減しているのではないかと思います。地区単位の座談会がまともにできるのかどうか、聖教新聞の購読数もますます減るでしょうから、広告を掲載する企業も減っていくでしょう。もちろん会員が減るのですから財務の金額も減ります。集金能力と集票能力のない創価学会は外部の権力にとっても何の魅力もない老人集団でしかなくなると思います。そしてその後の5年で創価学会は存続不可となるのではないかと、個人的には期待しています。

で、この際ですので(笑)今回のテーマは「『対話を求めて』のこれまでとこれから」とさせていただきます。これまでの『対話を求めて』はみなさんにとってどのようなものであったか、そしてこれから先、この『対話を求めて』というブログはどのようにしていけばいいのか、みなさんからのご意見をいただきたいのです。私としては、これからも淡々とと言いますか、粛々と言いますか(笑)この形で続けていければと思っていましたが、こうした事態に遭遇して、また違った形での展開もあり得るのではないかなどとも考えます。

この場の『対話を求めて』がどれくらい保つかは全くわかりませんが、みなさんのご意見をいただけるとありがたいです。

 

結婚相手が創価だとわかったみなさんへ

創価は最初から単なる詐欺集団として発足しました。それが池田大仏の代になって超極悪詐欺集団として巨大化していきました。そこに宗教的要素はこれっぽっちもありません。もともと宗教なんかじゃなかったのです。創価をやる前は、エロ本販売だったりサラ金の取り立て屋だったりして、いかに楽して金儲けをするかしか考えていなかった連中です。だから日蓮正宗は最初から利用されただけでした。でも日蓮正宗としても黙っていても会員から騙しとったガンガンお金が回ってくるものだから、金に目のくらんだ日蓮正宗は創価に対して何も言えなかった。日蓮正宗は未だにそのことに対する謝罪などしてませんよね。その後、創価の傍若無人があまりにも目に余るようになり、日蓮正宗も創価と組む旨味がなくなり破門することにした。表向き、創価学会は日蓮正宗の信徒団体として発足したのだから、少しでも創価学会が宗教であるならばその時点で解散せざるをえなかったのですが、もともと創価学会は日蓮正宗を最初から利用した金儲けでしかなかったので、今度は日蓮正宗とはまったく関係のない新興宗教団体として生き延びることになったわけです。とにかくお金儲けのためにはなりふり構わずなんでもやってきたのが創価学会であり、その本質は今も変わっていません。表向きは新興宗教団体として宗教法人格を継続したまま、今も非課税で会員からのお金を騙し取り続けています。創価が宗教を装う理由の一つは、宗教的な功徳や罰の話で会員を思考停止にさせることと同時に、宗教法人格でいることで、会員から騙しとったお金の集取報告をする必要もなければ、税金を納める必要もないという、まさにやりたい放題にできる夢のようなシステムだからです。だからこそ、宗教法人格にも課税をすることがないように、公明党は自民党の言いなりになってどんな無理難題も通すようにしています。現在は会員が急速に減り続けているとはいえ、600万票以上の集票能力のある思考停止集団ですので、表向き自民党であるところの勢力はまだまだ利用し続けると思われます。ただもうこれからの10年先はどうなるかわかりません。創価の衰退ぶりはますます加速度を増していくでしょうし、創価が会員から騙し取れる金額も、どこかの時点で経費を下回ったりする時がくるでしょう。確かな根拠などはありませんが、個人的にはなんとなくこの10年が創価の潮時ではないかと思っています。もちろん、オウム真理教のように超カルト化した部分で残ったりするのかもしれませんが、創価の終わりは、創価を利用してきた勢力がどの時点で見放すかだと思っています。ダーハラなどかろうじて首の薄皮一枚でつながっているようなものだと。権力の裏側の使いっ走りといったところでしょうか。
創価は裏の世界にも通じています。暴力団でさえ顎で使っていました。だから希望様の言う通り、暴力団とは比べ物にならない超極悪非道集団なんです。というより裏の世界ではもっと大きな極悪権力に利用されているといったほうがいいのではないでしょうか。もうそのあたりになると、私たちのような一般市民には手の届かないところですので言及はしません。したところでなんの意味もないでしょうから。
とにかくここでは創価学会は宗教ではなく、暴力団も呆れるほどの極悪非道の詐欺集団であるという認識が大切だということです。「創価にもいいところはある」などといった話はまだ洗脳されている人間の言葉です。あるいはそれは創価にいいところがあるのではなくて、騙されている会員の個人的な人間性をさしていうことでしょうから、それと創価の本質をはき違えてはいけないと思います。
創価をやめたくてもやめられない。その理由の多くは年老いた創価脳の親に言って嘆き悲しませたくない。言ったところでわかるはずもない。そうした悩みでもがいていらっしゃる方が本当に多いと思います。なので創価がどんなに人を不幸にしていても、それを止めることができなかったり、自分自身が脱会することすらできないでいるというのが現実です。創価学会というのは本当にどこまで人間を不幸にしてしまう犯罪集団なのでしょう。
また、結婚を決めている相手が創価学会員だとわかって、創価学会がどのようなものかを知りたくてこのブログにたどり着いたみなさん。創価学会は宗教でないことは当然ですが、創価学会にちょっとでも関わると大変なことになります。「宗教は個人の問題だから、個人の意思を尊重する。相手がしたいと言えばそれはそれでいいのではないか。自分は自分の考えでするしないを決めればいい」などと思うのが普通の人間の考えでしょうが、残念ながら創価にそんなものは通用しません。まず第一に創価学会は宗教ではありません。ここを勘違いすると大変なことになります。そして創価の人間と結婚すると、必ず信仰しろと強制してきます。その強制の仕方が常軌を逸しています。めちゃくちゃなんです。そこには信教の自由はもちろん、基本的人権さえ存在しません。ここは日本だというのに、信教の自由も基本的人権も皆無です。もう8年も姿を見せない池田大作のために、人生のすべて(財産も時間も人間関係も)を捧げなければ地獄に落ちると死ぬまで脅され続けます。ちょっとでも批判するとすぐに幹部がやってきて徹底的に恐怖を植え付けます。それでも逆らえば「あの人は頭がおかしくなったから相手にしないように」とふれまわります。さあ、こんな気狂い集団に従わなければならない人生を選択するのかどうかです。もちろん恋愛も結婚も個人の自由です。しかしそこに創価がちょっとでも関わってくると個人の問題だけでは済まなくなるのです。そして創価は一般常識など全く通用しない世界です。だからそれでも創価の人間と結婚したいと思うのであれば、それ相当の覚悟は必要だと思います。ある意味、暴力団の娘と結婚するとか、暴力団員の妻になる覚悟があるかどうかよりも大変な選択だと思います。

ということで、今回のテーマは、このブログが始まってから再三問題として上がってくる、創価学会員との結婚についてを取り上げます。題して「結婚相手が創価だとわかったみなさんへ」です。これは親が創価脳なので自分もやめられないと言った問題と同様に、とても深刻な問題です。実際に創価の人間と結婚してどんな問題が出てきたのか。逆に創価だった自分が外部の相手と結婚してどうなったのか。あるいは創価の人間と結婚しようとしてどうなったのか。などなど、どちらかが創価であるがゆえに結婚できなかった、結婚してもうまくいかなかった、別れるし開かなくなった、家族が崩壊した。これまでに様々なケースがこのブログに寄せられました。ここでまた、あらためて創価であるがゆえの結婚問題を取り上げたいと思います。思い出すだけでも嫌な気持ちになる方もたくさんいらっしゃると思いますが、これから創価の彼氏彼女との結婚を考えるにあたってのアドバイスをお願いします。